今月、この曲

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秋元恵理子『海を渡る蝶群』ミュージックトレード社『Musician』2018年5月号 掲載コラム

 春になると、蝶々さん達が可愛らしい姿をあちらこちらで見せてくれますよね。私は蝶を見るたびにいつも、秋元恵理子さん作曲の「海を渡る蝶群」という曲を思い出します。この曲は今は亡き母の生徒達がピティナ・ピアノコンペティション連弾中級で一位をいただいた思い出の曲でもあります。

 みなさんはアサギマダラという蝶をご存知ですか? アサギマダラは集団で長距離を移動する習性を持っていて、定期的に国境と海を渡ることが標識調査で証明された、世界に1種しかいない珍しい蝶です。他の蝶に比べて生態の解明されていない部分が多く、なんだか謎に包まれた不思議なアサギマダラ。なんと! あの小さな羽で、2,000キロもの長い旅をしたという調査も確認されているそうです。

 この曲は、セコンドのトレモロが波のようにざわめいている上で、プリモが蝶の羽を大きく広げて飛んでいるところから曲が始まります。途中小さな音で不気味な完全5度の低音から、♭の世界で始まるところが嵐の始まりを予感させ、5連符と16分音符の微妙なズレが、嵐に呑まれそうになりながらも力強く飛ぶ、一羽の蝶ではなく沢山の蝶、まさに「蝶群」がキラキラと輝き、穏やかに元のヘ長調へ戻り、最後は波と波の間から遠くへ見えなくなり消えていく...?、小さな体でどうやって飛ぶ方向を決め、なぜ海を渡って長い旅をするのかも、謎のまま...?

 アサギマダラは羽化してから5か月程で生涯を終えるそうなのですが、短い生涯をなぜ飛び続けるのか、目的は研究者の間でも分かっていないそうです。目的地に辿り着きエサを求めるためなのか、適した気温を求めるために飛んでいるのか、もしかしたら考えられない程の距離を飛び続けることに意味があるのか...?

 亡くなる直前まで音楽の事を考え、病室に生徒達の写真を飾り、57年という生涯を風のように走り抜けていった母の姿に、アサギマダラの姿が重なります。

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