【実施レポ】中井正子先生 ラヴェル講座

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2012/03/15
中井正子 ラヴェル講座 カワイ表参道 2012年2月22日
文・山本美芽
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 11月から始まった中井正子先生の公開講座「ピアノテクニックシリーズ」Part2の全5回のうち、第4回をレポートします。

 モーツァルト、ショパン、リスト、ドビュッシーなどの作品に続き、この日の講座では、ラヴェルの「ソナチネ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「水の戯れ」をとりあげました。

 中井先生はフランス音楽のスペシャリストとして知られています。中井先生が16歳でパリ国立高等音楽院に留学した1970年代には、イヴォンヌ・ロリオ先生をはじめとするラヴェルの時代のフランス音楽の伝統が、まだまだ色濃く残っていました。中井先生がショパン社から出版しているドビュッシーとラヴェルの校訂楽譜は、ペダリングや指づかい、フランス語の指示についての日本語訳など、これらの伝統に基づいています。

 講座はまず「ソナチネ」の第1楽章から始まりました。フランスで勉強していたとき、「ラヴェルはクリスタルのような音で」と、中井先生はいつも言われていたそうです。そのために、主題は指先を硬くして、内声部とは音色を変えて弾くのだとか。「ドビュッシーだったらもっとやわらかい音になるんですね」といって、ラヴェルをドビュッシー風に弾いて下さったところは、実に面白いものでした。音階の7度音にあたる音が半音上がって導音になっていないために、「旋法」の響きになっている箇所なども、確認していきます。PPPが出てくる前のPはピアノだけれども、ある程度、音を出して、というお話もありました。ラヴェルは楽譜に強弱やテンポなど、非常にたくさんの情報を書いているので、楽譜に忠実に弾けば、ある程度音楽になりやすい、ということです。微妙なテンポのコントロールについても、楽譜の指示を確認しつつ、実際に演奏を聞きながら理解していくことができました。

 「亡き王女のためのパヴァーヌ」では、中井先生が演奏する弦楽器のピチカートのような伴奏のタッチが、とにかく素晴らしいものでした。ラヴェルの時代にはロシア音楽がパリで流行していたので、この曲にはムソルグスキー風の半音階や、ボロディン風の部分が隠れているそうです。和音をアルペジオで弾くときに、「ぐちゃっとならないように。指の1本1本が責任をもって」と説明しながら弾いていた明晰なアルペジオと、音と音がくっついてしまった不明瞭なアルペジオの対比がとても印象的でした。

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 「水の戯れ」では、まず最初の右手の主題は、レガートではなく、フレージングなので、ひとつひとつの音をクリアーに弾くということです。さらに、フォルテのままウナ・コルダのペダルを踏む箇所があり、「ウナ・コルダは、音量を小さくするために使う場合もあるけれど、ここでは、エネルギーを保ったまま音色を変えるために使うので、フォルテで弾く」というお話がありました。この曲ではまさにクリスタルそのものか、または噴水かのように、ピアノの音がほんとうにきらきらと輝き、まぶしく感じられました。

 五音音階や旋法、全音音階、形式などの作曲理論、そして曲想に応じたテンポや強弱のコントロール、音色やタッチの使い分け、それらが自然に一体となって、演奏と一緒に説明されていく様子は、セミナーならではの知的な刺激、そしてコンサートで美しい演奏に対して感じる満足感、その両方を満たしてくれるものでした。

 最後にラヴェルの「小品集」から、あまり知られていないけれど、取り組みやすい「ボロディン風に」「シャブリエ風に」が演奏されました。参考としてボロディンの「だったん人の踊り」から、途中に出てくる有名なメロディの部分をオーケストラのCDで聴きました。ボロディンとラヴェルのつながり、こうして聴くと「なるほど」と納得です。

 次回、カワイ表参道での中井先生の講座は3月28日、ドビュッシーの「小組曲」、フォーレの「ドリー」をとりあげる予定。また、5月からは、ドビュッシー生誕150周年にちなんで、ドビュッシーの講座を新たに始める予定があります。


中井正子
なかいまさこ◎ 東京芸術大学音楽学部附属高校在学中、パリ国立高等音楽院に留学。ピアノ科を審査員全員一致の1等賞首席で卒業。また、ピアノ科研究科を経て、ジュネーヴ国際音楽コンクール第3位入賞、ロン・ティボー国際音楽コンクールのフランス音楽特別賞他を受賞。パリ、リヨン、ワルシャワ等でのリサイタルの他、国内でも都響、新日フィル等を初め多数のオーケストラと共演、リサイタル、放送等の演奏活動を行う。1995~6年ドビュッシー全ピアノ作品を日本人として初めて4夜にわたって演奏。また1997年にはラヴェルの全ピアノ作品を2夜にわたって演奏。1998年よりショパン没後150年を記念して5回のショパン演奏会を開催。2003~6年にはシューマン・シリーズが開催され、好評を得た。 実用版楽譜「ラヴェル・ピアノ作品集」4巻、「ドビュッシー・ピアノ作品全集」全12巻を校訂。また、留学記「パリの香り、夢みるピアノ」をショパン社より出版。2003年より開始した2度目のドビュッシー・ピアノ作品全曲演奏全4回(主催・朝日新聞社)、さらに全曲CD全4枚(ALM RECORDS/コジマ録音)、全曲楽譜校訂全12巻(ショパン社)によるドビュッシー・プロジェクトが2008年ドビュッシー没後90年に完結。2009年にはフランス・パリでのドビュッシーコンサートで好評を得る。また補巻としてCD「知られざるドビュッシー」が全集の5枚目としてリリースされた。実用版楽譜「ショパン名曲選集26」全3巻を校訂、ショパン社より出版。2009年12月より2度目のラヴェルピアノ作品全曲コンサートが始まり、全曲CDを録音予定。演奏の傍ら、東京芸術大学ピアノ科において後進の指導も行っている。
山本美芽
やまもとみめ◎音楽・ノンフィクションライター、ピアノ教本研究家。著書に「21世紀へのチェルニー」など。音楽誌「ムジカノーヴァ」にて書評ページ担当。http://homepage1.nifty.com/mimetty
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