ピティナの50年を振り返る - 50年前のピティナとは?その2

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2016/02/12
450年前のピアノ指導者の問題意識・提言とは

会報には、当時のピアノ指導者が抱えていた問題意識や提言が綴られている。音楽の本質は、時代や社会が変わっても変わらない。それがわかる50年前の言葉をご紹介したい。

  • 「よい音楽を聞いたら「美しい音ね」と語りかけましょう。お友達とも遊ばせましょう。ピアノとも遊ばせましょう」(大島君子先生、会報7号「ピアノの道」より)
  • 「スラーとフレーズを混同する人が多い。フレーズはどのように把握するかといえば、やはり、曲想、和声進行、楽式などに関する音楽的な教養や知識がもとになると思うと語られました。」(田村宏先生講座、9号「ピアノ教育の問題点」より)
  • 「当たり前のことをいうようであるが、日本には、音楽家でないピアニストがたくさんいるのだ」(中田喜直先生、12号『頭のないピアニスト』より)
  • 「父も音楽が好きで、私の指導にも熱心で、音楽をやる上で役立つようにと、美術館へ連れていきましたり、西洋古代の建築の勉強などをさせました。(山岡優子先生、40号(山岡優子先生、40号「昼リサイタル、夜コンチェルト」より)
  • 「リズムは自然界を始め、私たちの周りに満ち溢れています。リトミックもレッスンとしてなさるだけでなく、毎日の生活の中でお子様と一緒に応用なさり、楽しんでいただきたいと願っております。」(江幡豊子先生、43号)
9号p6 田村宏講座 「ピアノ教育の問題点」より

9号p6 田村宏講座 「ピアノ教育の問題点」より

7号p3 大島君子

7号 大島君子(寄稿文『ピアノの道 』より)

12号 中田喜直(寄稿文『頭のないピアニスト』より)

12号 中田喜直(寄稿文『頭のないピアニスト』より)

5海外からの風、海外への風

海外との交流も活発にしたい、海外の教育に追いつきたい。そんな強い思いも誌面から伝わってくる。邦人曲を海外で披露したり、留学先で受けた感動や衝撃を綴ったり、音楽が真にグローバルなものだと体感した経験など、様々な音楽家が誌上で語っている。また30年以上前から、近隣のアジアにも目が向けられ始めている。今でこそあらゆる分野でグローバル化が進んでいるが、音楽はそもそもグローバルなもの。現代こそまさに音楽が生かせる時代だと、そのポテンシャルをあらためて感じさせられる。

  • 「日本初演の『過ぎ行く者の詩』は、リルケのフランス語で書かれた詩に、アメリカ人であるバーバーが作曲したもので、それを日本人である私が歌ったわけですから、国際色豊かな演奏一コマになったと思います」(丹羽勝海先生、6号『20代から30代へ』より)
  • 「メキシコで三善晃のヴァイオリン協奏曲を初演しました」
    (黒沼ユリ子先生、8号『文化オリンピックに参加して』より)
  • 「留学してすぐ、ウィーンフィルハーモニーの演奏でモーツァルトのシンフォニーK550を聴いた。たしかベームの指揮だったと思うが、悲哀と情熱にあふれたこの名作を、優雅な、流れるように生き生きとした演奏で聴いた時には、身も心もとけてなくなりそうな心地がした。それから私の音楽会、オペラ通いが始まった。」(深沢亮子先生、 10号『モーツァルトと私』より)
  • 「リサイタル第1回は、戦後すぐじゃないかしら。いつだったか、デュカの45分もかかるえらく長いソナタを初演したんですよ。そしたらそれがとっても評判よくてね。その楽譜の注文が殺到した、なんてことがあったんですよ」(室井摩耶子先生、27号「ピアノとの生活」より)
  • 「英語教育において、英語を母国語とする国に目が行きがちですが、同じ立場で効果を上げている国に、学ぶことがより多くあるのではないでしょうか。それは、音楽教育についてもまったく同じことがいえると思います。」(福田靖子先生、95号「台湾の小学校を訪ねて」より)
8号 黒沼ユリ子(寄稿文『文化オリンピックに参加して』より)

8号 黒沼ユリ子(寄稿文『文化オリンピックに参加して』より)

10号 深沢亮子 (寄稿文『モーツァルトと私』より)

10号 深沢亮子 (寄稿文『モーツァルトと私』より)

27号 室井摩耶子(「ピアノとの生活」より)

27号 室井摩耶子(「ピアノとの生活」より)


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