ピティナ・ピアノ教室紹介 利用者の声


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2017/06/05再開S.Aさん80代80年大阪府

今回は、かつてピアノの演奏活動をされ、ピアノ指導者でもあった、80代のお母様が、数10年ぶりに、またピアノに向かうことになった経緯を取材しました。ピアノ再開のきっかけを作ってくださった、お嬢様にお話を伺いました。

 

5歳からピアノを始められ、80年あまりの歳月を、音楽と共に過ごされていらっしゃいますね。ご幼少の頃から学生時代を経て、今に至るまでのピアノとの関わりをお聞かせください。

母が幼少の頃、のんびりと地元の先生に習っていましたが、15,6歳の頃に、大阪で毎日コンクール(=日本音楽コンクール)に次々と優勝、入賞させている、「金澤ピアノ塾」にご縁があって入塾しました。金澤孝次郎氏に、本格的なレッスンを受け、ピアノを真剣に取り組むようになったようです。母の両親が早く他界したため、家業(繊維会社)を継がされそうになりましたが、「1度だけ」という条件で、東京藝大を受験することになりました。

音楽の道に、と真剣に考えるようになられていたのですね。

親戚の紹介で、当時藝大ピアノ科主任教授の川上きよ氏に、度々上京して指導を受け、公私ともに大変お世話になりました。普段は、当時大阪にいらした、伊達純先生を紹介していただき、大阪で指導を受けました。受験の時、1次試験は合格し、2次試験でひょうそう(爪から黴菌が入り爪周辺が腫れあがる病気)になり、泣く泣く音大受験をあきらめ、地元の帝塚山学園短大家政科に進学しました。

「たった一度だけ」というチャンスを、ひょうそうで失ってしまった事はショックだった事でしょう……

そうだったと思います。その後、学生の時に、金澤先生から生徒を次々と紹介され、ピアノ指導を開始しました。戦後のベビーブーム、高度経済成長の時代と相まって、大阪府内だけでなく京都、兵庫、など近県からも生徒が押し掛け、大人気のピアノ教室となりました。新聞の取材を受けたこともあったようです。また、ラジオで演奏したり、ピアノ塾講師のリサイタルをしたりと、ステージで演奏する機会にも恵まれていました。20代後半で結婚してからは、演奏よりも指導が忙しくなり、発表会で連弾や講師演奏で演奏する程度になったそうです。

指導に、演奏に、ご活躍されていらしたのですね。

その後、子育ても終え、70歳くらいまで指導していましたが、その後は健康のためスポーツクラブで汗を流すことに専念していました。年を重ねるにつれて、足も動かくなってきて、スポーツクラブにも通うのが困難になってしまいました。指導をやめてからは、ピアノもほとんど弾く事もなく、病院の通院、買い物などで、一人暮らしを満喫していました。帰省の度に、母の心身ともに老化していく姿を目にするのが辛いので、もう一度ピアノを初めてみたら?と働きかけるようになりました。

またピアノを始めたら、お母様の生きがいになると思われたのですね。

はい。母は、「近所に良い先生がいるわけがない」、「年下の先生に、気を遣うのはいや」など、かなり抵抗していました。一年以上、説得し続けて、半ば強引に、「私も一緒に行くから」と、有無を言わさず、ピティナの先生紹介に相談しました。地元のカルチャースクールなども頭に浮かびましたが、ピアノを初めて習う方向けの、童謡などをピアノで弾いてみようという、いわゆる初心者向けの教室だったため、そちらはあきらめました。

お母様としては、勇気を出してご自分から、というようには踏み切れなかったのですね。

 

ご希望の先生は、ホームページの情報からお選びになったのでしょうか?

はい。先生のページに、大人の初級~上級までご指導されているという情報、先生のコメントもあったので、だいたいわかりました。何より、母が一人で通えるところを探していたので、徒歩圏内で、カートを押していける平坦な道に先生がいらしたことは有難いことでした。紹介担当者の方が、大変親切に相談に乗ってくださり、とても心強かったです。体験レッスンで、すばらしい音楽性と人間性を併せ持った先生ということがわかり、母は大喜びでした。「1回目のレッスンではどんな曲を聴いてもらおうかしら」と手のひらを返したような態度で、びっくりさせられました。しかも先生は私の母校、桐朋学園大の先輩だったので2度びっくり。なにかのご縁があるのかな、と感じました。

音楽性、技術、指導力はもちろん、素晴らしいお人柄だったんですね。先生も、お母様の状況をよく理解してくださってレッスンしてくださっているようですね。

 

ピアノから遠ざかっていた時期と比べると、ピアノのある生活は違いますか?

はい。月に1度のレッスンでも、レッスンを中心に生活のサイクルが動いているようです。母は夜遅くに練習するそうですが、ほぼ毎日30分、たまに2~3時間ピアノと対話しているそうです。母との電話でも、レッスンの話になると、急に元気になるので本当に充実しているんだな、強引でも再開させて良かったな、と思いました。

再開されて、半年程で、発表会にも出演されたそうですね。何を演奏されたのでしょうか?

曲はヘンデルのシャコンヌでした。20代ぐらいの時に出会った曲で、先生と相談して決めたようです。大人の生徒さんばかりで、落ち着いた素敵な発表会でした。

お母さまが発表会に出られた時の感想なども、お聞かせいただければと思います。

ピアノのレッスンに定期的に通えればそれで充分、と思っていましたが、先生に早々と発表会参加を促されました。母はかなり躊躇していましたが、「もしかしたらこれが最初で最後の発表会になるかもしれない」と思い、ご迷惑にならないか心配でしたが、参加させていただきました。このところ、すっかり老婆に甘んじていた母が、参加を決めてから、私が幼少のころの、とても厳しい、音楽に対して妥協のない母に戻っていったのです。本番直前まで、何度も何度も難しい箇所をさらう姿、発表会では、不自由な身体をひきずりながら、一生懸命にピアノに向き合い、長い曲を最後まで弾き切った姿を目の当たりにし、涙が止まりませんでした。私が小5の頃、夫を亡くし、女手一つで一家5人を養ってくれた母。どんなにつらい時でもいつもレッスンの合間にピアノを弾いていた姿を思い出し、感無量でした。

お話を聞くだけでも、心に響きますね。様々な想いの溢れた演奏だったのではないかと思います。

発表会では、先生が母の演奏の後、「いかがですか、みなさん。本当によく練習されるんですよ」と語りかけていらっしゃったのが印象的でした。歳を取ると、出来ないことが増えて行くものですが、あきらめなければ亀のように1ミリずつでも成長していける、ということを身をもって教えられた気がしました。

本当ですね。お母様の取り組む姿は、たくさんの人に勇気を与えてくれると思います。ピアノ再開のきっかけを作ってくれたお嬢様にも、きっと感謝されているのではないでしょうか。

なにより的確な指導と、いつも温かい目で励まし続けて下さった先生には、深く感謝しています。この場を借りてお礼を伝えたいと思います。ありがとうございました。そしてこれからも引き続きよろしくお願いいたします。

また今年の発表会にも出演なさるとのこと、また素敵な演奏を聴けるのが楽しみですね。ありがとうございました。