ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2010 エリアコンサート リポート

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2010/05/07
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2010 エリアコンサート ~若手アーティストが表現した、それぞれの「ショパンの宇宙」




ショパン生誕200周年にちなみ、「ショパンの宇宙」をテーマに開催された今年のラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日音楽祭)。丸の内エリアでも全公演無料のエリアコンサートが行われ、連日多くの聴衆で賑わいました。

若手アーティストが多く出演したこのエリアコンサート。正統派のピアノ作品や室内楽・協奏曲、また様々な楽器を用いたアレンジ、ポップスやジャズとのクロスオーバーなど実に多彩な演奏が繰り広げられ、ショパンの音楽が時代や国境を超える普遍性をもちながら、いかに個人個人の心に深く根ざした存在であるかを改めて実感しました。だからこそ全てを超越し、全てを内包する「宇宙」という表現がふさわしいのでしょう。
今回は、その熱狂の7日間をリポートします。

どの視点から「ショパンの宇宙」を表現する?
他楽器とのアンサンブルから見えるショパン像
正統派?クロスオーバー派?多彩に活動する若いアーティスト
リアルな街角から、オンラインの街角へ

どの視点から「ショパンの宇宙」を表現する?

皆さんは「『ショパンの宇宙』というテーマで30分のプログラムを組んで下さい」と言われたら、どんな選曲をしますか?

● 正統派プログラムは?

まず王道のプログラムは、仲道郁代さん、宮谷理香さん伊賀あゆみさん樋口あゆ子さん小林愛実さん島田彩乃さんなど。まず初日オープニング・セレモニーに登場した仲道郁代さんは、エオリアンハープやバラード1番などを、時に軽やかに、時に力強く演奏。そして「これぞ、ショパン」とラストに選んだのは、ショパンの祖国への強い思いが込められているという英雄ポロネーズでした。
1995年ショパンコンクール5位入賞の宮谷さんは、バラード1番や華麗なる大円舞曲などをメリハリの効いたリズム感で生き生きと表現。「200周年という記念の年に、私たちは今生きている?そのことに意味を見出せると素敵だなと思います」。

伊賀あゆみさん

樋口あゆ子さん

一方、丸ビル35コンサートのコーディネータ・ピアニスト伊賀あゆみさんは、「音楽の楽しみ方や聴き方をよく分かって下さるお客様が増えてきたので、今回あえて葬送ソナタという大曲を演奏させて頂きました」という迫真の演奏。その後「小犬のワルツ」アレンジで、コケティッシュな魅力もアピールしました。
樋口あゆ子さんは「30分という時間制限の中で、『That's Chopin』という重要な曲をソナタ以外で取り上げました」。今回はバラード1番やスケルツォなどを、明確な輪郭に縁取られた奥行きある構成で披露しました。
今年2月、ポーランドでの演奏会に出演した14歳の小林愛実さんは、この日ショパン協奏曲第1番をカルテットNと共演。自然に湧き出るような音楽性は協奏曲でもいかんなく発揮されました(5/15サントリーホール出演予定)。
また、この音楽祭が生まれたフランスはパリ音楽院に留学経験のある島田彩乃さんは、「皆に親しみある曲を」と革命エチュードや小犬のワルツを成熟した音楽性で聞かせました。「ホールとは音響も雰囲気も違いますが、皆が音楽を自由に楽しんでいる空間で弾けて楽しかったです」。

さらに次世代ピアニストも続々登場。教会のような音響のTOKIAで、實川風さん(2007年特級銅賞・東京芸大3年)はスケルツォ3番やワルツ、エチュード等を披露。「ショパンは難しくて独特。どれも魅力が多いのになかなかつかみきれない、その大変さが魅力でもあります。ショパンは弾けば弾くほど別の面が見えてくる。これからもずっと、より上を目指して勉強したいです」。その言葉通り、年々着実に成長を遂げている實川さん。翌日同じ会場に登場した石井絵里奈さん(2005年特級ファイナリスト・東京芸大院修)もノクターン9-2やショパンの幻想即興曲4番などを好演。数百人の聴衆が会場を埋め尽くし、一音一音慈しむように聴き入っていました。

● 知られざる名曲も
尾崎有飛さん

万人が知る名曲以外にも優れた曲は多くあり、それを発掘・演奏するのもピアニストの醍醐味でしょう。「いわゆる『名曲』から少しずらしました」というのは、現在独ハノーヴァー音大留学中の尾崎有飛さん(2007年特級グランプリ)。「あまり光が当たらない影のような曲にも、親近感を持ってもらえたらと思います。」今回はワルツ5番、ポロネーズ5番、バラード4番を選曲。卓越した技巧と突き抜けた音色があるからこそ表現できる新たな音楽表現、さらに今後を期待させます。

川上昌裕先生(pf.)と大塚茜さん(fl.)

川上昌裕先生(pf.)と大塚茜さん(fl.)のデュオは、ショパン唯一のフルート曲「ロッシーニの主題に基づく変奏曲」に続き、本邦2度目となるカプースチンのフルート・ソナタを披露しました。「フルート曲としては史上最も難しいのでは」というのは、カプースチン研究の第一人者ともいえる川上先生。作曲家とやり取りしながら練習している最中に、音が変わった箇所まであったとか。さすが現代曲ならではのライブ性を感じますね。(7/7カプースチン室内楽CD発売)

● ショパンが影響を受け、与えた芸術家

ショパンが影響を受けた作曲家、影響を与えた作曲家というのも、重要な切り口です。 現在ポーランドを拠点に、日本と往復しながら学びを深めている根津理恵子さん(2005年ショパン国際コンクールファイナリスト)。憂いを含んだ叙情性で、バラード1番を雄弁に語らせました。また「ショパンが生まれ育った文化や環境に触れて、『ショパンが本当に生きていたんだ』と改めて実感し、もっと踏み込んでいけるようになった」という革命エチュードや、「曲にこめられた表情は違うけれど、ショパンとメッセージ性が共通している」という点からフィールドとモンポウも披露。その心が伝わったのか、涙する聴衆もいました。(5/15王子ホール5/23公開録音コンサート 出演予定)

南部やすかさん(fl)と石川悠子さん(pf)

南部やすかさん(fl)と石川悠子さん(pf)のデュオは、リスト「愛の夢」やショパン唯一のフルート曲に加え、ショパンから影響を受けたシャミナードが作曲した「コンチェルティーノ」も。女性作曲家らしい薫り高く上品なハーモニーを素直に表現し、ショパンの精神が後世にも受け継がれていることを改めて実感させてくれました。

一方ショパンが多大な影響を受けたバッハやモーツァルト。Vn.原麻里亜さん&pf原佳大先生の親子デュオは、「10代のショパンが、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の二重唱<ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ(お手をどうぞ)>の主題による変奏曲を作曲している関わりから、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタK.301を。またノクターン遺作(ミルシュタインによるヴァイオリン編曲と、オリジナル)などを演奏しました。モーツァルトでは音楽に合わせ、のりのりになってスイングされる年配の男性もいらっしゃいました」(原先生)。「ショパンのハーモニーの美しさ、エスプリの効いた音型、マズルカ風の舞曲を楽しんで演奏しました」と娘の麻里亜さん。別日、ピアノ・トリオでも情感豊かなヴァイオリンを披露しました。

その他の公演では、J.S.バッハ(ヴァイオリンのためのソロパルティータ)、ヘンデル(メサイア)、モーツァルト=ヴォロドス(トルコ行進曲変奏曲)など、また同時代の作曲家としては、シューマン(幻想曲、「アダージョとアレグロ」)、メンデルスゾーン(弦楽四重奏、劇音楽「夏の夜の夢」)、リスト(「愛の夢」「ダンテを読みて」)なども登場しました。

天才は天才を知る ─ ショパンにインスピレーションを与えた巨匠や同時代の芸術家の音楽は、改めてショパンの偉大さを知るきっかけにもなります。

他楽器とのアンサンブルから見えるショパン像
● 室内楽曲から探る、ピアノの詩人
pf佐藤展子さん、vc.横山二葉さん

ショパンはピアノ曲が大半ですが、他楽器とのアンサンブルから見えてくるショパン像もあります。
学校クラスコンサート等でも大活躍の佐藤展子さん(2001年特級グランプリ)は、vc.横山二葉さんとチェロ・ソナタを演奏。「これはショパン最後の曲で、そこには友情や、チェリストとピアニストの絡み合いや調和といったものが込められている。ソロだけよりも、ショパンの気持ちが勉強できたかなと思います」。また、同じくチェロ・ソナタをvc.新倉瞳さんと共演したpf.石川悠子さんは、「ショパンは最後にチェロ・ソナタを書き、ヴァイオリン・ソナタのスケッチも残しています。弦や管などアンサンブルの分野も広げていく矢先の死だったのでは、と思わせます」。室内楽曲から、さらに奥深いショパン像が見えてきます。

● 他楽器の音色で広がる、ピアノ曲のイメージ

また今回はピアノ原曲を弦楽器や管楽器、歌でアレンジしたものが多く登場しました。特に多かったのはエチュードより「別れの曲」、「革命」、ノクターン作品9-2。

Natree

「革命」エチュードをピアノ、マリンバ、ドラムで大胆にアレンジしたのはNatreeのトリオ。冒頭パッセージのマリンバとピアノの華麗なるユニゾンが印象的でした。「柔らかいノクターンや速いエチュードなど、ピアノ・マリンバどちらもが主役になれるようにアレンジしました」。
また同じく「革命」エチュードをアレンジしたのはVanilla Moodの4人。こちらはフルートを交えた珍しいカルテットです。「冒頭のパッセージをあえて分けて、難易度をさらに上げたりしました(笑)。情熱的な曲なので、フラメンコのリズム要素を入れてみました」(作曲・編曲担当Keikoさん)。3人が東京芸大出身という確かな実力をベースに、思い切ったアレンジが聴衆を沸かせました。

Legend

一方ノクターン作品9-2をアレンジしたのはLegendの5人。全員が国立音大出身のオペラ歌手で、声質の違いを生かしたメロディの歌い分けが秀逸。日本語で歌詞を考えた後、イタリア語に訳したというのはミラノ留学経験もあるテノールの吉田知明さん。「手紙(La Lettera)」と題し、 ? ・・perche` non ci sei tu?(なぜあなたが隣にいないのか、考えます)・・potro` incontrarti nei miei sogni?(夢であなたに会えますか?)"で締めくくられる切ない曲に。
このノクターンを弦ならではの流麗な調べで聞かせたのは、ストリングス・アンサンブル・ヴァルデ・ムジークの4人。「ショパンを弦だけで弾くのは難しいですが、ピアノとはまた違う美しさを出せたらと思いました」(vn.佐藤奈美さん)。またノクターン第20番遺作は平原綾香「カンパニュラの恋」のベースになっていますが、田中知子さんのピアノに続き、劇団四季出身の歌手・高城信江さんが手話を交えて熱唱しました。

vc新倉瞳さんとpf石川悠子さん

松本あすかさん

そして、一番人気はやはり「別れの曲」。劇団四季出身の石丸幹二さんは、オープニング・セレモニーで、この曲を元にした『名もなき星になるまで』を朗々と歌い上げました(5月CD発売)。ソプラノ歌手の小沢佑美子さんは、「切ない旋律で、男女の愛を表現したかった」と表現力豊かな声と自作の歌詞にのせて。5人の男声オペラ歌手Legendによる熱唱も、気迫漲る声に独自の世界観を感じさせました。
またvc新倉瞳さんとpf石川悠子さんは、「チェロは影の部分を表現しているよう」とピアノとチェロで物悲しい「別れの曲」に。松本あすかさんは「トイピアノのとつとつした感じと切ない感じが意外にこの曲に合うんじゃないかと思って、弾いてみたら合いました!」
一方、米ジャズピアニストのジェイコブ・コーラーさんは、コントラバスとの共演でクールな「別れの曲」。ピアノのクリアで明晰な音色と、クールで温もりあるバスの低音が絶妙にブレンドしたアレンジでした。
「『別れの曲』だけれど、出会いという感じもする」というのは、ポップオペラを提唱する藤澤ノリマサさん。母への感謝の気持ちを綴った『温もり』という題名で、ピアノ弾き語りを披露しました。

● まだまだ登場する、他楽器によるピアノ曲アレンジ

このほか、鍵盤ハーモニカ2台によるバラード2番(松本あすかさん)、弦楽四重奏やギターデュオ(いちむじん)による前奏曲、クラリネットによる「華麗なる大円舞曲」、リコーダーやヴァイオリンによるワルツ(vn.Tsukasaさん)など、多彩な楽器編成によるアレンジが続出!fl.南部やすかさんは「複雑な和声なのに、全体としてはふわっとした印象を受けるショパンは貴重な作曲家。ワルツop.69-2などフルートで弾いてみたいですね」。

ショパンの曲はピアニストのみならず、どの楽器奏者にもインスピレーションを与える存在。そして他楽器とのアンサンブルを通じて、ピアノ曲のイメージも自在に膨らんでいきます。長年慣れ親しんだピアノ曲にも、また新たな視点が見えてくるかもしれません。

正統派?クロスオーバー派?多彩に活動する若いアーティスト

多くの若手アーティストが参加した今年のエリアコンサート。クラシック正統派のアプローチと、他ジャンルとのクロスオーバー派に分かれ、それぞれの魅力を十分に生かした演奏で聴衆を熱狂の渦に巻きこみました。
共通するのは、自分たちで考えたプログラムと伸びやかな音楽表現。楽器や表現方法はそれぞれ異なるものの、「皆にこの曲の魅力を伝えたい」という純粋な想いから、実に様々なショパン像が登場しました。それは、確かな演奏技術があってこそ生きること。基本があるから応用ができる、そんな若手アーティスト達の自信に満ちた姿が印象的でした。

リアルな街角から、オンラインの街角へ

街角に音楽、街角にアート・・・街角は今や重要な文化発信地となっています。今回は9会場での生演奏以外にも、マズルカ自筆譜を展示した「ショパン展」、マンガの直筆原稿を展示した「のだめカンタービレ♪ワールド」が開かれました。また、「マネとモダン・パリ展」(三菱一号館美術館)、アートアワードトーキョー丸の内、丸の内フラワーウィークスなど、様々なアート文化を発信していました。

では、文化都市において音楽とはどのような位置づけなのでしょうか?
「音楽というソフトは国境・年齢・性別もないという位置づけで捉えています。GWにはクラシックがほぼ定着し、秋には東京ジャズ、クリスマスにはポップスと、年間を通して音楽に接して頂いています。三菱としては引き続き様々なソフトを提案し、街としても盛り上げていくようにしていきたいですね」(小武秀彰さん・三菱地所ビルマネジメント株式会社プロモーション事業部副主事)

今年オープニングに登場したラ・フォル・ジュルネ・アンバサダーの石丸幹二さんも、「2年前にこの街角で、ふとこの音楽祭と出会ったんです。それはまさに衝撃で、それ以来すっかり虜になりました」と語っていました。この出会い、この衝撃は、聴衆の皆さんも同じかもしれません。今年も街角で「あ!あそこでクラシック音楽をやってるよ」という声を何度耳にしたことでしょう。

小林愛実さん

さらに今年は初の試みとして、twitterによる実況配信と、Ustreamによる演奏生中継も行われました(5/2小林愛実さん)。「すぐそこに音楽がある」という環境が、まさにいつどこでも実現可能になったのです。そして演奏者と聴衆のコミュニケーションも演奏会場だけでなく、twitterやブログを通じてより活発に。それはオンラインの街角、とも言えるでしょう。
*Ustreamは無料で映像配信できるソフト

離れた場所にいても、誰もが気軽に音楽が生まれる瞬間を共有できる、そして誰もが発信者になれる ─ そんな次世代の音楽環境を先取りしたエリアコンサートでした。


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