パリ発~ショパンを廻る音楽散歩2019

第1章 ポワソニエール大通り27番地 - フランス革命の余熱

2019/04/18
第1章
ポワソニエール大通り27番地 - フランス革命の余熱
ポワソニエール大通り27番地

ショパンの希望に満ちたパリでの生活は、ポワソニエール大通り27番地の5階(フランスの5階は日本での6階!)から始まりました。小部屋が二つという慎ましい間取りでしたが、バルコニーからの眺めは最高で、ショパンは旧友、クメルスキ(※)に宛てた1831年11月18日付けの手紙の中で、自宅のアパートのついてこんな風に語っています

僕はポワソニエール大通り27番地に住んでいる─君が信じられないくらい魅力的な部屋に―素敵なマホガニーの家具付きで、並木道の歩道に面したバルコニーからはモンマルトルからパンテオンまでの、パリで一番美しい景色が見渡せる。皆がこの眺めを羨ましがる。5階までの階段は誰も羨ましがらないけれど。

27, boulevard Poissonnière
75002 Paris
地下鉄 8・9号線 Grands Boulevards
Sortie 4番出口
1831年9月末 - 1832年6月
最上部のプレートにはショパンが1831年から1832年まで住んだと記されている。
ショパンがはじめて住んだアパート。門のみが現存する。
  • クメルスキ
    ノルベルト=アルフォンス・クメルスキNorbert-Alphonse Kumelskiウィーンからパリ へ旅立った際、ミュンヘンまで同行し、ポーランドに帰国途中ベルリンに滞在してい た博物学者

ポワソニエール大通りは2区から9区に伸びる、全長351m、巾35mのブルヴァールと呼ばれる大通り。現在でも劇場や映画館の密集する賑やかなエリアです!

現在のポワソニエール大通り 現在のポワソニエール大通り
30-32, boulevard Poissonnière 75009 Paris
+33 (0)1 47 70 25 55 / +33 (0)1 42 46 65 70
reception@hiopera.com
年中無休/ 24時間受付
地下鉄 8・9号線 Grands Boulevards

ポワソニエール大通りを挟んで、ショパンがパリで最初に住んだアパートの門のはす向かいに位置するホテル。
5階に宿泊して、ショパンと同じ目線で窓からポワソニエール大通りを眺めては如何でしょう?


フレデリック・フランソワ・ショパン Frédéric François Chopin (1810-1849)

作品のほとんどがロマンチックなピアノ独奏曲であることから「ピアノの詩人」と称される、ポーランド出身のフランスで活躍した作曲家。

クラシック音楽の分野で最も大衆に親しまれ、彼のピアノ曲は今日に至るまで、コンサートやピアノ学習者の重要なレパートリーとなっている。

ワルシャワ郊外で、フランス人の父とポーランド人の母との間に生まれ、生後数か月で家族と共にワルシャワへ移住し、1830年11月、国際的キャリアを積むため、ウィーンへ出発するが恵まれず、一年後の秋にパリへ移住。以後、パリを拠点に活躍し、美しい旋律、斬新な半音階進行と和声によって、ピアノ音楽の新境地を開いた。

中野真帆子
なかのまほこ◎4歳よりピアノを始め、10歳の時、NHK教育TV「ピアノのおけいこ」にレギュラー出演。ウィーン国立音楽芸術大学を経て、パリ・エコールノルマル音楽院コンサーティストを審査員全員一致で修了後、カナダ・バンフセンターにて研鑽を積む。ロヴェーレ・ドーロ国際音楽コンクール優勝をはじめ、アルベール・ルーセルピアノ国際音楽コンクール第4位、及びルーセル賞、マスタープレイヤーズ国際音楽コンクールピアノ部門第1位など、ヨーロッパ各地のコンクール入賞を機に、ソリスト・室内楽奏者としてアジア・カナダ・ヨーロッパの音楽祭に参加。帰国後はフェリス女学院大学音楽学部で後進の指導にあたる傍ら、国内外での演奏、各種コンクールの審査員、TV・ラジオへのメディア出演、音楽雑誌への執筆・翻訳など、多方面で活躍し、2016年秋に国連帰属の世界公益同盟より日本人として初めてのメダル受章。著書に『ショパンを廻るパリ散歩』(2009)、翻訳書に『パリのヴィルトゥオーゾたち』(2004)、『ショパンについての覚え書き』(2006)、録音にキングインターナショナルより『LIVE』(2015)、『ロマンチック・タイム』(2016)。◆ Webサイト
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