200年の時を超えて~モーツァルトのピアノソナタ自筆譜見つかる!

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2014/12/17
モーツァルト
200年の時を超えて~モーツァルトのピアノソナタ自筆譜見つかる!
レポート: 丸山瑤子(音楽学)
批判校訂版楽譜の正確さを揺るがす一大事件!

ピアノを弾く人にとっても弾かない人にとっても、『トルコ行進曲付き』といえばモーツァルトのピアノ・ソナタ K.331番とすぐに結びつく有名曲。今まで消失したと思われていたこの作品の自筆譜が今秋、ブダペストで発見されたことは、日本でもまだ耳新しいニュースでしょう。音楽に関わる多くの人々にとってこれは衝撃の事実ですが、特に出来るだけ作曲家に近い資料に基づいて校訂譜作成を担うモーツァルト研究者の立場からすれば、これは現行の批判校訂版楽譜の正確さを揺るがす一大事件と言えます。

発見後に行われたレクチャーに参加

そんな研究者らを前に、過ぎし10月5日、モーツァルトの生地ザルツブルクで開かれた国際モーツァルト学会で、発見者であるブダペストの国立図書館音楽部門主任バラージュ・ミクシ氏自らが、自筆譜発見の経緯、自筆譜の音楽テクストから導かれる現行版の問題点などに関するレクチャーを行いました。モーツァルト研究の専門家でなくとも作品成立の様をリアルに伝える作曲家の自筆譜を見るのは心踊る体験です。そのチャンスを逃す手はないと、筆者もザルツブルクへ赴き、その幸運を享受してきました。以下ではレクチャーの様子の一部をレポートします。

「生き別れ」の自筆譜、世紀を超えて再会

発見されたのは二つ折の楽譜1枚で、ソナタの第1、第2楽章の一部を含む部分です。会場では、このソナタの自筆譜のうち、これまで唯一存在が認められていたモーツァルテウム所蔵の第3楽章《トルコ行進曲ALLA TURCA》を含む1枚(第90-127小節)と並んでお目見えとなりました(ガラスケースの中にガードマン付きで!)。

新モーツァルト全集の校訂報告では、1799/1800年時点には既に上に挙げた第3楽章の自筆譜以外は消失、と考えられてきたので、歴史のなかで「生き別れ」となっていた2つの断片が世紀を超えて再び揃ったわけです。

自筆譜には新全集の解釈・修正をも覆す内容が・・・

今回の発見の大きな意義は、この自筆譜が新モーツァルト全集の見直しを求める資料だという点にあります。というのも、自筆譜は、モーツァルト研究において常に批判校訂版の重要な基礎だからです。
 これまで批判校訂版の大部分は、自筆資料が無かったため、1784年のアルタリア社による初版譜に基づき、1798年のブライトコップフ・ウント・ヘルテル版を参照する形で作られていました。現行の新モーツァルト全集では、底本とした初版の楽譜テクストに疑問がある場合、研究者がそれらの箇所を音楽的な文脈から解釈し、場合によっては初版を誤りと見做して注釈、修正を加えていました。ところが見つかった自筆譜には初版譜との相違点があるのです。そればかりか自筆譜は、新全集の初版譜に関する解釈、修正をも覆す内容を含んでいました。

現行版と自筆譜の違いとは?

詳しい相違は、近い将来、ミクシ氏自身の詳しい論考が公開されるでしょうから、ここではどのような類の違いがあったのか簡単に触れましょう。見つかった相違点には、音価や音高の違いといった既に知られていた旋律の流れが実は初版の誤りであること(または誤りである可能性)を伝えるものから、転調に関する新全集と自筆譜との相違、つまり楽曲の部分的なキャラクターを支える調性を左右するものまであります。相違点の一部は、自筆譜に基づいた演奏録音によって、レクチャーの中で実際に耳にすることができ、たとえ譜面上では一音、二音の違いであろうと、実際に音が鳴ってみると、音楽が明らかに異なることが分かりました。

自筆譜発見の面白さ―塗り替えられる演奏

発見された自筆譜のテクストはこれまでの研究の疑問点の一部を(全てとはいかないのが難しく、また研究上面白いところですが)一挙に氷解してしまいます。中には初版譜のミスが百年単位の規模で影響を及ぼしていたところもあるのですから、ケアレスミスには十二分に気をつけたい、と身につまされる思いになります。
この発見のおかげで、これまで不明だったモーツァルト自身のアイディアがはっきりとしたので、今後、まずは現行の批判校訂版が、そして数多ある実用版楽譜が修正されるはずです。数えられないほど演奏されてきたモーツァルトのソナタが、部分的であるとはいえ変わっていく。まさに歴史を塗りかえる出来事です。演奏者にとっても研究者にとっても、今後、新しい課題が生まれてくるでしょう。しかしそれは良い意味で私たちを刺激してくれるに違いありません。

おわりに

さてヨーロッパの図書館において、有名な作曲家の自筆資料の大半は電子化かファクシミリの形での公開となり、実物は簡単には見せてもらえなくなる、というケースが珍しくありません。その点からするとこのレクチャーは、発見したてのモーツァルトの筆遣いを生で拝める貴重な機会をもたらすものでした。その感動とともに、このレポートが新発見の一端を伝えることができたら幸いです。合わせて皆様が目にする校訂譜が作られるまでにどのようなことが起こっているのかについて、ご興味を持っていただけるきっかけになればと思います。


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