【ミュッセ】ミュッセな人々 宮川彬さんインタビュー

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2008/05/24
ミュッセな人々
宮川彬良さん アレンジの極意!

NHK教育テレビ「クインテット」は、今年で放送6年目を迎える人気番組だ。平日なら毎日、夕方になるとその五重奏団は現れる。中央にピアノ、その他の楽器はヴァイオリン、チェロ、クラリネット、トランペットというユニークな構成。ピアニストは「クインテット」率いるコンサート・マスター、「アキラ」こと宮川彬良さんだ。ピアノの周りで楽器を奏でているのは小さなパペットたち、つまり人形である。しかし、その仕草は驚くほど巧みで、指使いからブレスまで、まさに人の動きそのもの。番組メインの演奏会シーンの作品は、すべて宮川さんの編曲によるもので、ピアノの小品から協奏曲やオペラ序曲といったオーケストラ作品まで、どんな音楽でもおよそ3分半のクインテット作品へと姿を変えている。パペットたちの活躍と良質のクラシック音楽、その明快なコンセプトと全体のクオリティの高さで、子供ばかりでなく大人の人気も絶えない。そんな「クインテット」の立役者・宮川彬良さんに番組のこと、そして編曲という音楽の作り方についてお話を伺った。(飯田有抄)

◆ クインテットの生まれるところ
― 「クインテット」のような番組の舞台裏はとても奥が深そうです。

「クインテット」は音楽番組だと思って作っています。一緒に演奏しているのは人形だけれど、裏で動かしているのは非常に成熟した人形劇団の人たちなんですよ。その人たちは哲学、ポリシー、イデオロギー、もうそういうことすべてを人形劇に収斂させて、「これだ!」っていうものを作る。そのこだわりは、音楽家と一緒なんだよね。人形の動きで「ちょっと指がちがう」とか「おかしい」とかいうのは音楽家には感覚的にわかるのだけれど、そこを彼らもわかってくれるわけ。「あなたから見て、おかしくないように作りたい。遠慮なく言ってくれ」と、プロデューサーからも人形師さんからも言われてるんです。最初は、だから、彼らにブレスから教えたんですけど、とても飲み込みが早い。そういう人たちと出会ってこそ、この番組はできたんだよね。立ち上げ時の6年前は、最初トランペットの指は動かなかったんですよ。でも「なんとかなるんじゃない?」と問いかけたら、テグスや指貫を使って動かせるようになった。強度や重さ、ひっかかりや湿度の関係から改良に改良を重ねてできるようになって、それから撮りはじめたわけね。実際に人形の演奏を動かしてるのは、音大を出たばかりの若いミュージシャン。ボーイングや指使いをやってもらう。遠くから演奏にぴったり合う動きをやるんだから、彼らにも技術が必要。人形師さんと演奏家に譜面と台本の両方見て協力してもらって...だからすごい人口密度なんだよね。

― 番組作りは丁寧で、妥協がないということですね。

人形師のリーダーの方はご自身がチェロを習い始めたくらい。その心意気はすごいよね。海外、ロシアやチェコといった国々では、これまでに楽器を演奏する人形というのは作られてきています。そういう国の伝統から学ぶことは学んで、今は自分たちがそれ以上のものを実現できていると思ってます。
NHK教育テレビでは、音楽番組に20年ほど前から携わってきたけれど、作家の下山啓さんと一緒になって、これまでの経験も失敗も生かして「クインテット」を作っています。まさに集大成。もう「これだよね!」と言う感じ。

◆ どこにも無駄はない
― テレビ番組として「クインテット」は人形以外の視覚的な効果も大きいですね。壁に掛けられている絵などのセットにも統一したセンスが伺えます。

「クインテット」のポリシーは「ダンボール」なんですよ。セットはじつは全て紙でできています。人形ももちろん全部手作り。

― エコですね!

そう!無駄はどこにもなく、捨てるところはない。音はすべてアコースティックの楽器で、セットの質感との統一が自然に生まれてる。ものすごくシンプルで、それでいてキャッチー、かつ、なごやかなムード。微妙で、だけどとても大切な何かを届けたいという、音楽家としての主張もたくさん入っているんです。番組のすべてが、ぜんぶが有機的に結びついていて、役に立っているっていうこと。作る人すべてと共鳴し合ってできているんだよね。

― 「クインテット」は、全体としての統一感はありながら、でも音楽を見てみると、取り上げられている作品はとても幅広いバリエーションがあります。ピアノ小品からオペラの序曲、オーケストラ作品まで...。でも番組ですから時間の枠組みという都合が大変ですよね。

そうなんだよ!そこがちょっと大変なところ。どれも3分半くらいにまとめなくちゃならないから。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲なんかは大変だったね。これ以上うまく縮められたのがあれば見てみたいっていうくらい(笑)。原曲はよく知ってるし大好きな作品。だからといって好きなところを羅列しても、食い足りなかったり、ヘンなところでおわったり納得感が全然なかったりするから、そこが難しいね。

◆ 編曲から見える音楽の在り方
宮川彬良さん
― 番組を作る上で、曲選びから編曲の過程で、取捨選択の瞬間というのがたくさんあるのではないでしょうか。

選曲は大変。自分のやりたいことのイメージや、プロデューサーからの要求に応えてアレンジをするのだけど。一つの作品は繰り返されて放送されるから、何年経っても聞きたいものを選んでいます。
シュトラウスのワルツもその一つ。最初は原曲のあのオーケストラ編成を編曲するのはムリかなと思った。でも良く考えてみたら、シュトラウスは町の楽士としてサロンや広場で、5,6人の編成で演奏もしていたようなんですね。それに、ウィーンではまさに「クインテット」のような楽器編成で、カフェで演奏されたりするっていうじゃないですか。「そうか!」と思ってやってみたら、とてもうまくいったんだよね。編曲によって、実に自由自在なワルツが出来上がった。躍動感が出た。民謡的な雰囲気が出た。編曲することによって、この音楽が本当は民謡とか町のほこりや人々の手垢のついた音楽と楽団との間にあったんじゃないかなとか、そんな発見がありました。

◆ 繰り返すこと-人の記憶と編曲と
― 放送のリピートによって、何度も同じ曲を聴くことが出来るのも「クインテット」の魅力だと感じます。刷り込まれるように、一つの音楽に馴染む楽しさがあります。

「クインテット」の歌のシーンはとくに、繰り返して歌い継いでほしい童謡を「掘り起こしている」と言える部分があるんだよね。今は教科書によっては「赤とんぼ」が載っていないものもあると聞きいたんですが、ひたすら歌いついでほしいものって、やっぱりある。「赤とんぼ」のような歌は、大人になってから思い出したり、初めて歌詞のほんとうの意味が理解できたりしたとき、ド感動するんだよね!足元もってかれるくらいの体験。でもそれは、そういう曲を子供のころから知ってたから。刷り込んでおいたから。北原白秋や山田耕筰、野口雨情なんかの世界を、そのころにしっかり刷り込んでおいたからこそ、後で思い出したときに、ドーンと感動が来る。だから、刷り込むことには価値があるのだと僕は思うんだよね。
時代とともに変わるものがあってもいいけど、なんか僕は、ぜんぶそうなってしまうのはおかしいと思うし、ある歌を教科書から削る前に、「ほんとうにこの歌、しゃぶりつくしましたか?!」って問いかけたい。

― 刷り込みから来るオトナの感動、ですか。

そう。だって「赤とんぼ」で言うと、大人になって聞いてわかることに「まぼろしか」という言葉の意味があると思う。

「山の畑の桑(くわ)の実を 小籠(こかご)に摘んだはまぼろしか」

この「まぼろしか」という言葉に、この歌の鉱脈の入り口があるように思うんだよね。もう一度、この歌詞を見てみると、「ねえや」というのは幼い奉公人の女の子。15でお嫁に行って、今は便りもない。わずか数年わたしの家にいた「ねえや」。だけどわたしには、彼女におんぶされたというぼんやりとした記憶ある。その人はわたしにとって、いわば母のように感じていた存在だった。今はここにいない誰かのぬくもり。その肌のぬくもりを、私は、私だけでもいいから、しっかりと覚えていたい。わたしは、あなたの存在を肌で覚えていますよ・・・。「まぼろしか」という言葉を切り崩していくと、そういうことなんだよね。その想いに行きつくと、感覚として「まぼろし」という言葉が使いたくなってくるのがわかる。そして「まぼろしか」の「か」には、「いやそうではない」という下の句が出てくるわけ。「あなたは私が覚えている。あなたの温度を忘れまい」っていう下の句が出てくるわけよ。そこまでいかないと、そうした想いに行き着いて初めて「わかった!」と受け取ることがでる。大人になってそれがわかると感動する。
そして、それこそが実は、アレンジの原点なんですよ。

◆ アレンジの極意
宮川彬良さん
― アレンジと、刷り込みとの結びつきですか?!

アレンジをするっていうことは、たとえば「赤とんぼ」を「サンバ風してみました」とか、そういうことではないんだよね。そうではなくて、たとえば「まぼろし」を喚起するようなイントロがついたり、ということ。曲のもつ遠い記憶、温度、ぬくもり、誰か見えない人に対する想い、それらをまず「わかる」こと。そうすれば、イントロにせよ、伴奏にせよ、そこにはメロディーが出てくるし、テンポもわかる。キーまでわかるときがあるよね、「だったら、このキーでしょ」みたいな。光の差し具合い、匂い、明るさ、情景、そういうものが、ありありと手にとるようにわかってくる。
音楽で表したい心がここにある。音楽でなきゃ表せない心、命、遠い想い、距離感だとか、そういうもの。「あ、そういうことだったんだ!この曲はこういうことをいってたんだ!」とわかった瞬間が、一番感動するときだよね。僕はそういうことをいつも考えていて、だからアレンジができるのかもしれない。アレンジというのは、「あ、そいうことだったんだ」と、あとからくる感動を表現するということ。それは、芸術じゃなきゃできないことだと思ってるんです。

だからこそやっぱり、最初の刷り込みはとても大切だね。とにかく最初は刷り込んで、歌うということ。これはこれで立派な行為。皆に共通な歌を歌い継ぐということ、それは、皆で共通なことにまなざしを向けられるということ。共通なことっていうのは、生きているとか、いつかは死を迎えるというようなことと一緒。皆でまなざしを向けられるという点では、音楽会もそう。音楽会は本来そのような場であることが理想だね。

― 共通の想いを「わかった」ということの表現が、アレンジなのだということが「わかった」気がします!

「編曲の極意を教えてくれ」と言われれば、僕にはこういう説明しかできないかな。変えようと思うときには、ちゃんと理由がある。編曲も作曲の一部。ムダや虚飾はできるだけ少なくしたいというのが作曲家のホンネです。音楽はいつの時代も愛されて、平和のよりどころ。みんなが協力しあって、すごいことを成し遂げたりできるところだと感じています。

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NHK教育テレビ「クインテット」は月曜-金曜午後5時50分から
10分間の放送。土曜版は毎週午前8時25分から。
なお平日朝7時25分からは、「クインテット・プチ」
と題した5分間の再放送も楽しめる。
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【関連リンク】

宮川彬良さんホームページ
クインテット


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