ピティナ・ピアノ教室紹介 利用者の声


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2017/11/03教室の変更H.Nさん15歳8年愛知県

音楽高校を目指す為、小学校6年生の時にピティナ教室紹介に申し込みされ、今春、見事県立高校音楽科に合格されたNさんにお話を伺いました。

 

ピアノを始められたのは何歳頃でしょうか?

近所の音楽教室で、小学校2年生の時から始めました。大手音楽教室の個人レッスンに通っていました。それまでは、ただ楽しくピアノを弾いていたという感じです。

音高受験を希望されての先生紹介のお申込みでしたが、音高受験をしたいと思ったきっかけ、また申し込まれた当時はどのような状況だったのでしょうか?

ピアノをずっと続けたいという気持ちがあり、ただ漠然と音楽の道へ進みたいと思っていました。ちょうど6年生の秋でした。ただ、実際には音高受験にはどのくらいのレベルの曲を弾かなければならないのか、何が必要なのか、という事は何も知らない状態でした。

それで、ピティナの先生紹介に、「音高受験に対応してくださる先生に」というご希望で申し込まれたのですね。

そうです。全く予備知識のない状況での申し込みでした。先生紹介のページで、「受験指導可」という先生が市内に2名いらっしゃり、そのうちの一人が先生だったのです。

先生に習おうと思われた決め手は何でしたでしょうか?

音高受験のレベルにはほど遠い状態でしたが、あきらめずに受け入れてくれたからです。体験レッスンの時に、ブルグミュラーの「小さな花」を持って行ったのですが、とても遅いテンポでただ弾いている、という感じで、あまりのレベルの低さに、先生がすごくびっくりされていました。それにもかかわらず、「まずは、半年間見させてください」とおっしゃって下さり、レッスンに通うようになりました。

それから、先生との二人三脚が始まったのですね。

はい。とにかく、自分が全然弾けていないことがわかりましたが、先生も「無理」ということは一切おっしゃらず、とてもアグレッシブな先生なので、引っ張って行ってくださり、この先生に付いて行こうと思いました。

始めは、どのような課題をクリアして行かれたのでしょうか?

山のように、身につけないといけない事がありました。受験生としての意識や、自分の状態の危機感も薄かったと思いますが、先生が粘り強くアプローチして下さり、まずは、楽譜の見方(音、リズム、記号、指番号、フレーズ、音の役割や構成、ペダルの踏み方)や、身体の使い方、音楽のイメージ、練習方法等々、本当に基礎的な事から丁寧に、時間をかけてご指導くださいました。

中学生になり、D級で初めてコンペにも参加されましたが、D級はバッハ、ソナタ、ショパンエチュードなど、音高受験を見据えた課題曲が出ていますが、先生に代わってから半年で、D級の課題曲に取り組むまでに、ご苦労されたこと、また工夫されたことはありますか?

D級の課題曲は、とにかく今まで弾いたことがないレベルの曲でした。弾けそうな曲を選曲していただき、出場できる仕上がりになったらエントリーするという約束で取り組みました。ラッキーなことに、本選にまで進めたのですが、その時に周りを知ることができ、自信を持って進んで行こうと思う第一歩にもつながりました。

コンペに出て、影響を受けたこと、意識が変わったことなどがあればお聞かせください。

「伝えよう」という気持ちが強くなりました。コンペに出る前は、楽しく弾ければ良いと思っていたのですが、人に伝えるにはどうしたらよいか、説得力のある演奏を目指すようになりました。自己分析をしたり、テクニック的に弱い部分などを徹底的に練習するようになりました。

高校受験まで約3年間の準備期間があったわけですが、6年生の時から何を、どうやって進めて行ったのか、思い出せる範囲でお願いします。

ピティナのコンペ後も、ひたすらなレッスンが続きました。ツェルニー練習曲は30番、バッハはインベンション、シンフォニアを数曲やった所でしたが、受験まで、更に加速しなければならなかったので、音高受験の生徒さんを多く指導されている先生を紹介していただき、ツェルニー50番、バッハの平均律に取り組むまでになりました。中2の冬に、愛知ピアノコンクールに初挑戦することになり、低いレベルの部門でも、課題曲に平均律、ベートーヴェンソナタ、自由曲でショパンエチュードという厳しいものでしたが、必死で取り組みました。その先生にも、「エントリーできなければ、高校受験はないよ」と言われ、D級を受けた時よりも更に大変でしたが、何とかクリアして行きました。更に、中3では5つのコンクールを経て、無事に合格することができました。

ソルフェージュなどは、どのように勉強されましたか?

ソルフェージュも、先生がご指導してくださいました。全くゼロからの出発でしたが、その点は、本当に恵まれていたと思います。聴音は、4声が苦手だったので、始めは2声、そして3声と増やしてもらい、コツコツと練習しました。単旋律も徐々に難しいものになって行き、視唱も同じように、簡単なものから、試験と同じ難易度の曲を歌えるようになって行きました。1年半の個人のレッスンの後、同じ音高受験生、作曲志望の受験生と3人のグループレッスンに入れて下さり、どんどん上達し、受験課題レベルには心配ないところまで、持ち上げていただきました。

門下には、同じように音高を目指す方はいらっしゃったのでしょうか?

はい。その方は小さい頃から先生に習っており、違う高校に入学しましたが、同じ年齢の受験生がいた事も大きかったと思います。あまり連絡は取れていませんが、今年も弾き合い会に出させてもらった時に、久しぶりに会うことができ嬉しかったです。

同じ受験を乗り越えた同志ですね。

はい。

先生からお伺いしたのですが、とにかく受験しようと決めてからの伸びが素晴らしかったとのこと。今まで指導した中でも、伝説になるくらいの生徒さんとおっしゃっていましたが、ご自身で伸びた秘訣は何だと思いますか?

先生のご指導のおかげだと思います。全面的に受け止めてくださり、否定的な言葉を一切言われなかった事も頑張る力になりました。先生のおっしゃることを全身全霊で受け止め、無我夢中で、とにかく練習しました。遊ぶ暇もないくらいに。そして、ピアノを思い切り練習できる環境を整えてくれ、応援してくれたた両親のおかげだと思います。

今は音楽高校の1年生ですが、将来の夢は? また、これから音高受験する方たちへのアドバイスがありましたら、お願い致します。

先生のような指導者になりたい、というのが一番の気持ちです。遅い時期から始めた私でも音楽科に合格することができたので、頑張って下さい。