海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

チャイコフスキー国際コンクール(6)Internalization 音楽と自分を掘り下げる

2015/07/07

7月1日の表彰式に続き、2日、3日には全部門の優勝者および上位入賞者が出演するガラコンサートが開催された。ピアノ部門以外を聴くのは初めてだが、さすがにこの大コンクールで活躍したアーティストたち。それぞれの熱演聴かせて頂いた(3日サンクト・ペテルブルグ、マリインスキー劇場2にて)。総勢22名が出演、4時間半にも及んだ。いくつか印象的な演奏を挙げてみたい。又記事後半では、音楽を通して自分を掘り下げることについて考えた。


ガラコンサートの様子(3日:サンクトペテルブルグ)


(写真= Svetlana Moskalenko, Delibes: Lakmé, Scene and legend)

声楽部門女声2位のスヴェトラーナ・モスカレンコさんは艶やかな声質と、役柄の心理を巧みに描き出す表情を持ち、これからが楽しみだ。3位のマネ・ガローヤンさん(Mane Galoyan, Gounod: Romeo and Juliet, Juliet's Waltz)は声質も可憐な表情付けも役柄に合っていた。

(写真=Alexander Buzlov, Tchaikovsky: Variations on a Rococo Theme)

チェロ部門1位のアンドレイ・イオニータさん(Andrei Ionu? Ionită, Shostakovich: Cello Concerto No. 1, 1 movt.) は若いながら魂が入った渾身のショスタコーヴィチを披露。3位のアレクサンダー・ブズロフさんは楽器と身体が見事に一体化して、軽快な表情から野太い音まで味わい深く出せるテクニックと、豊かな音楽性を感じさせた。スペイン出身パブロ・フェルナンデス=カストロさん(Pablo Ferrández-Castro, Dvorak: Cello Concerto No. 1, 3movt.)の繊細かつ情熱的な演奏も印象深い。

(写真=Clara-Jumi Kang , Mozart: Violin Concerto No. 5, K. 219, 1 movt)

ヴァイオリン部門は残念ながら1位が出なかったが、2位のユーチェン・ツェンさん(Yu-Chien Tseng, Tchaikovsky: Violin Concerto, Op. 35, 3 movt.)はチャイコフスキーの協奏曲第3楽章を丁寧に実直に弾き切った。対して3位のパヴェル・ミリュコフさん(Pavel Milyukov , Shostakovich: Violin Concerto No. 1, 2 movt)は情熱をダイレクトにヴァイオリンに乗せる演奏。また4位のクララ・ジュミ・カンさんはモーツァルト協奏曲第5番で丁寧なフレージングと細かい表情付け、優雅な立居振舞いもステージで映えた。

ピアノ部門は4位のルカ・デバルグ(Lucas Debargue, Ravel: Scarbo)が前半最後に登場、ラヴェル『夜のガスパール』よりスカルボを演奏。冒頭左手の誘い方も怪しくグロテスクな空気を描き出して、この曲の妙味を存分に引き出した。2位のルーカス・ゲニューシャス(Lukas Geniušas)はショパンのエチュードOp.10-6,5、セルゲイ・レトキン(Sergey Redkin)はプロコフィエフの協奏曲第2番第3楽章を熱演。また約4時間半に及ぶガラコンサートは、チャイコフスキー協奏曲第1番を2位ジョージ・リーが第2楽章、1位ディミトリ・マスレーエフが第3楽章を弾いて最後を飾った(George Li, Dmitry Masleev, 2nd & 3rd movements of Tchaikovsky Piano Concerto No.1)

(写真=Ariunbaatar Ganbaatar, Tchaikovsky, The Queen of Spades, Yeletsky's aria)

そして、最後にワレリー・ゲルギエフ氏よりグランプリが発表された。声楽部門男声1位のアリウンバタール・ガンバタールさんが見事受賞!ガラコンサートではチャイコフスキー作曲『スペードの女王』よりエレツキー公爵のアリアを熱唱。ステージ登場の瞬間から聴衆の心をつかみ、豊かな声量と風格で実力を見せた。


音楽を通して自分を掘り下げる

こうして全部門をまとめて聴くと、どの楽器でも「自分の中にどんな音楽があるか」、その強さや深さが如実に現われてくる。音楽をどれだけ深くとらえ、それを伝えるだけのテクニックをもって、楽器と一体化して音が出された時、それは自ずと心の声として出てくる。楽器を弾いている、または役柄を演じているという感覚すら薄れ、自分が音楽になるという境地なのではないだろうか。

音楽を掘り下げることは、音楽とともに自分を掘り下げること。それが音楽の内在化・内面化(Internalization)といえるだろうか。音楽だけでなく、身体芸術であるバレエでも、役柄を深く理解して表現するためによく先生や生徒同士で対話をするそうだ。自分はこの解釈が理解できない、となれば率直にディスカッションする。そこから楽譜の読み方や様々な解釈を知り、新しい解釈を見つけていく。ピアノ部門3位セルゲイ・レトキンは最初の先生を通して音楽が好きになり、サンクト・ペテルブルグ音楽院では音楽関連科目の他に哲学や経済学なども学び、現在は1位のマスレーエフなどとともにコモ湖ピアノアカデミーで研鑽を積んでいる。同アカデミー主宰のウィリアム・グラント・ナボレ先生はとても博識で、楽譜の細かい読み方を教えてくれます、と語ってくれた。少人数でじっくり語り合う場、いわばロマン期のサロンのようなものだ。音楽だけでなく、他人を知り、自分を知る。こうした密な空間から、また次世代の音楽家が育っていくだろう。(参考:「コモ湖アカデミー~国際コンクール優勝者が研鑽する場(2011)」)

自然に、音楽と同化している人もいる。グランプリ受賞のガンバタールさんは、その堂々とした佇まいから、ステージ上で一瞬もゆるがない自分の声への確信と役への共感が感じられた。またロシアほか全世界の注目を集めたルカ・デバルグも、「神の音楽!」というモーツァルトに魅せられて以来クラシック音楽を学び、自分が音楽の中に生きているという感覚があるという。自分の意思や感覚を信じ続けることはそう簡単ではない。でもそれが出来た人がステージで独自の光を放つことができる(Individuality*)。実際彼の演奏には賛否両論あったようだが、彼の演奏やその存在が今回の目玉の一つであったことは確かだ。アーティストとは、新しいものの見方を提示してくれる人でもある。次はコンサートでスカルラッティとスクリャービンを弾く予定だそうだ。

今回共演を務めたマリインスキー劇場管弦楽団はさすがの名手揃いで、質の高い演奏で優勝者・入賞者たちを盛り立てた。終演後、指揮を務めたゲルギエフ氏より、若い音楽家に対して応援の言葉を頂いた。

「若い音楽家にとって大変な3週間だったと思いますが、それぞれこのステージで一番大事なことが伝えられたのではないでしょうか。予備予選、一次、二次(2回)、ファイナル、ガラコンサートも2回ですから本当に大変です。その中で我々が望むのは、いつも同じことばかりをしないように、ということ。我々がプログラムを選び、サポートをしますが、あとは彼ら次第です。準備の仕方を学び、十分に自分を成長させてステージに上がってほしいと思います。コンクール全体はとても良い雰囲気で行われ、やはり世界で最も素晴らしいコンクールの一つだと思いますね。(若い音楽家にとって大切なことは?)沢山ありますが、才能があること、働き方と休養のとり方を知ること、作曲家の違いを知ること、準備の仕方を知ること、良い先生を持つこと、気遣いをしてくれるマネージャー、特に若い時はご両親の理解とサポート、運があること、慎重かつ懸命であること、そして情熱をもつことが大事ですね。多くの入賞者は精神的にも技術的にも、すでにかなり成熟した音楽家だと思います。これからもさらにその才能を磨いてほしいと思います」


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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