海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

舞台芸術の力 ~FACPリポート(2)音楽コミュニティは、国境を超えて深化

2014/09/26
舞台芸術の力をすべての人に ~FACPを通じて
2.音楽コミュニティは、国境を超えて深化する
ギャレス・マローン氏の基調講演。

コミュニティは地域だけでなく、同じ志をもつ者同士が国境を超えてつながり、新たに創られていく。最近では短期交流だけでなく、長期でパートナーシップを結び、音楽コミュニティが国境を超えて深化しているように思う。その求心力となるのは、「場」と「意識」の共有である。

コミュニティ内で心を通わせる
会場の全員で「スタンド・バイ・ミー」を合唱!

今回基調講演を務めた合唱指揮者のギャレス・マローン氏は、合唱を通してコミュニティを活気づけたり、子どもたちに自信をつけさせるなど、音楽がもつ力を伝えてきた人である(BBC番組シリーズはNHK-BSでも放映))。シリーズ4作目『軍人の妻たち』では、アフガニスタン派兵軍人の妻や恋人たちに合唱を教える様子が収められている。皆同じ境遇にある者同士ではあるが、軍隊では感情表現が抑制されているためにお互い不安や悩みを吐き出すこともなかなかできない。リハーサルはグループセラピーのようでもあった、とマローン氏は振り返る。しかし回を重ねるたびに、歌ったり感情を表に出すことが恥ずかしいという感覚が軽減し、社会的な絆も深まってきたそうだ。そして最後にはロイヤル・アルバートホールで開催されたエリザベス女王即位60周年式典でその歌声を披露した。

またマローン氏は『職場で歌おう!』シリーズで、職場の上司と部下が一緒に歌うというシチュエーションを創り出している。仕事では部下だけれど、音楽ではちょっと先輩になれる―そんな立場の逆転も起こり、コミュニティに弾力性が生まれていく。また『ボーイズ・ドント・シング』では男の子たちの「歌なんて女の子がやること。自分たちは歌えない」という心の壁を取り払い、見事に彼らの自信を高めることに成功した。見えない境界線を突破すること、これも音楽の力だ。

コミュニティ同士のパートナーシップが深まる
「よい意味での競争相手に、そして長い目では協力者であろう」韓国の発表より。

オーケストラや音楽院を一つの音楽コミュニティだと考えると、パートナーシップやレジデンシープログラムはコミュニティの融合・拡大と捉えられる。その中でどのようなダイナミズムが生まれるだろうか。

中国・韓国では国交樹立20周年を記念して、中韓双方のオーケストラメンバーを半数ずつ交換し、共にステージに立つという公演を行った。中国と韓国の二都市でコンサートを行い、経費も半額ずつ出資したそうである。

また中国では2014年9月よりニューヨークフィル、上海交響楽団、上海音楽院の三者が共同創設した「上海オーケストラアカデミー」が始まった。ニューヨークフィルと上海交響楽団が4年間レジデンシーオーケストラとなり、その杮落しにニューヨークフィルメンバー9名が2週間にわたり上海音楽院でマスタークラスが行われた。オーケストラ同士の交流もあるだろうから、中長期的な教育プログラムとして定着すれば、両都市の音楽コミュニティの質向上につながるのではないだろうか。

他にも、ジュリアード音楽院プレカレッジが中国・天津市に新設されるほか、シドニー交響楽団は星海音楽学院(広州)と3年間のパートナーシップ契約を結び、NYリンカーン・センターは、天津市複合文化施設のコンサルタントになることを発表している。

都市間で複数のコミュニティが結びつく
兵庫から東日本へ、復興支援チャリティコンサートの様子。

より恒常的で多層的なパートナーシップを促進するのは、都市間ネットワークである。昨年、世界に東アジアの多様な文化を発信することをめざし、横浜市、中国の泉州市、韓国の光州市が「東アジア文化都市」に選定された。3都市のアーティストだけでなく、夏休みには高校生各15名がお互いの都市に滞在し、相手の文化生活様式を体験したそうだ。また今年横浜で開催中のトリエンナーレでは3か国の若手舞踊家や書道家、音楽家をフィーチャーしたり、砂の彫刻展では各国の歴史を砂で表現した(中山こずゑ氏・横浜市文化観光局長)。アジアの都市内ネットワークを深めていくことで、心理的な距離は近づいていく。

また1995年神戸大震災からの復興を象徴する兵庫県立芸術文化センターは、2011年東日本大震災の復興支援コンサートや、佐渡裕音楽監督がオーケストラを率いて被災地でのコンサートを行っている。まさしく音楽の絆である。同センターは年間300の自主事業を行い、創設9年を迎えた今年、来場者累計450万人を達成したそうだ。ゼネラルマネージャーの林伸光氏は、日本全体の地方自治体文化関係経費や助成金が減少する中、国からの助成制度も期待しつつ、諸芸術団体と提携しながら幅広い自主活動の広がりを創り、アジアとの連携も深めていきたいとした。

国境を超え、理念で繋がる音楽コミュニティ

音楽の絆は国や地域を超え、理念で繋がることもある。たとえば複数の国や地域の若手音楽家が集まるオーケストラプロジェクトがある。欧州には EUYO欧州連合青少年オーケストラ(1976年~ クラウディオ・アバド等設立)、アジアにはアジアユースオーケストラ(1990年~、ユーディ・メニューイン&リチャード・パンチャス設立)、中東にはウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団(1999年~、ダニエル・バレンボイム&エドワード・サイード設立)などがよく知られている。どれもが地域に文化交流と若手才能育成をめざしており、特に後者はイスラエルとパレスチナの若手音楽家を同じステージに上げ、平和を文化的側面から貢献する、という理念によって成り立っている。現在もその絆を絶やさぬよう、バレンボイム音楽監督をはじめ懸命な努力が払われている。

よりエネルギーが高く、求心力の強い方へ、人は流れていく。そこであらためて問いかけたいのは、自分のコアバリューは何か、それはどんな場を求め、どんな音楽を創り上げたいのか、育てたいのか。「場」と「意思」を求心力として、新しい音楽コミュニティはこれから増えていくだろう。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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