海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

アメリカでは、なぜ舞台芸術支援が増えているのか(番外編)オケ・フォーラム

2013/09/14
なぜアメリカでは、
舞台芸術支援が増えているのか? ~文化芸術支援の最大手・メロン財団を読み解く
オーケストラ支援の経緯・1960~80年代

第2回目記事では、メロン財団が1990年代を転機に文化芸術支援に深く踏み込んでいったことをご紹介した。ではその時、関係者の間では何が話し合われたのだろうか?同財団が支援する舞台芸術の三大柱であるオーケストラ・オペラ・現代舞踊から、オーケストラの事例について取り上げたい。

まずはオーケストラ業界への支援経緯から(1989年次報告書等より)。オーケストラは1960年代に様々な財団の投資対象となり、著しい成長を遂げた。ロックフェラー財団は、「オーケストラは最も確立し、最も普及し、最も安定した芸術団体」であるとし、またフォード財団はオーケストラ諸団体に8千万ドルを投資している。しかし多額の支援を受けたものの効率的な経営には結びつかず、次第に状況は変化していく。

メロン財団でも1969年からオーケストラへの支援を始めているが、こうした組織運営体制の立て直しの必要性を感じ、1977年から1994年までは支援対象数を絞り込んだ上、長期安定運営の道を模索している。その結果、様々な課題も浮上したものの、新しい聴衆層の開拓や演奏家の賃金向上など、ポジティブな結果を引き出すこともできたと振り返っている。なおこの期間中には中小規模オーケストラに対する財政支援にややシフトし、ピリオド楽器オーケストラ14団体に対する増収支援、小規模オーケストラ15団体に対する長期的財政改善および運営戦略化を目的とした助成などが行われた。

●1990年代後半より、芸術支援が本格化 ~その時、何が話し合われたか?

メロン財団では1990年代半ば頃から、「より狭く深く」人文・芸術支援の道へ踏み込んでいく。それは単に協賛するだけではなく、業界全体の情報インフラ整備やネットワーク構築、市場調査、組織体制強化など、第三者的立場を生かした提言や支援であった。

その一つとして、オーケストラ業界の現状考察と新しい価値創造に向けて、積極的に動き出している。まず当時の問題意識としては、リーダーシップ、ガバナンス、戦略の欠如があった。クリーブランド交響楽団事務局長トーマス・モリス氏によれば、アーティスティック・プランニング、プログラムとレパートリーの定期的考察、強い理事会の存在が、オーケストラを蘇らせるとしている。そこで1998年初頭より4回にわたり、メロン財団主催のフォーラムが開催された。10楽団から指揮者・楽団員・理事・事務局長・スタッフ・音楽業界内外の識者を集め、熱心なディスカッションが行われた。これにはメロン財団の助成がどれだけ有効に生かせるかを測る目的もあり、そのため、組織運営の根幹に関わることをテーマにしたそうだ。

<4つのトピックス>
  1. リーダーシップ:効果的なアーティスティック・プランニング、支援者のモチベーション向上への啓発、聴衆やコミュニティのコミットメント促進などに関して、意思決定の構造が曖昧だという意見が共有された。またリーダー的立場にある音楽監督・事務局長・理事・マーケティング担当の任期の短さや不在から生じる、アーティスティック・プランニングの弱さも挙げられている。フォーラム開催報告書を75楽団に配布した結果、どこも同じような問題意識を抱えていることが明らかになり、うち39楽団はこれを最優先課題としていた。
  2. 楽団員の役割:楽団員は、ある時は指導者、ある時はパブリック・スピーカー、ある時はファンドレイザー、あるいは理事と、ホール以外での活動も期待されるなど、伝統的な楽団員像とは変化している、との現状認識が共有された。それに対して「楽団員も仕事に多様性を求めている。また経営側は、楽団員を『芸術資源』としてより有意義に生かしたいと思っている」など、この変化は健全であるという意見が多かったそうだ。
  3. コミュニティからの期待の変化:コミュニティとの関係構築においては、「コミュニティと共に何かを行うこと」が成功への道だという発言が散見された。とはいえ芸術的要素を二の次にするのではなく、様々なコミュニティの声にこたえるために音楽活動を「多様化」すること、としている。
  4. レパートリーとプログラム:レパートリーについては「伝統的に演奏されている楽曲と、新曲初演をどのような配分でプログラムに入れたらよいか」「有名曲と無名曲を、いかに啓発的かつ斬新な文脈にのせて提案すれがよいか」という問題提起があった。戦略的なプログラムを組んだり、継続的に現代曲を演奏することは重要だという認識が共有された。たとえばボストン交響楽団はヒンデミット『画家マティス』を1934年に世界初演し、以後1958年まで3年おきに演奏している。ストラヴィンスキー『ペトルーシュカ』も1920年~1945年の間に13回演奏されている。

こうしたフォーラムでの討論を受けて、メロン財団は各楽団の中核事業の見直しとリーダーシップの回復を呼びかけている。同財団によれば、目標達成に向けて資源を効果的に動かす力をリーダーシップの一要素としている。そして、オーケストラの芸術的アイデンティティの確立、芸術ならびに組織運営方針の統合、中長期的視点に基づいた戦略的プログラム、オーケストラとコミュニティの関係構築などを、主に支援すると約束している。

●経済状況と収支バランスの相関関係は?FTF分析リポート

このオーケストラ・フォーラムから派生したのが、2003年「エレファント・タスク・フォース(ETF)」である。同年多くのオーケストラにおいて、大小の規模に関わらず、収益が前年度比を大幅に下回るという財政危機に直面した。そこで主要オーケストラより14名が定期的に集まり、1年半にわたって議論を重ねた(クリーブランド管理事、ピッツバーグ響CEO、フィラデルフィア管楽団員など)。さらに客観的な分析調査を求め、メロン財団は全米トップ50の楽団や全米オーケストラ連盟からデータを収集し、「財政難は周期的な問題か、または構造的な問題か」というテーマで、専門家による分析を行った(分析はスタンフォード大学経済学部ロバート・フラナガン教授)。

フラナガン教授は報告書の中で、パフォーマンス・インカム・ギャップ について言及し、17年間で収益の3倍の速さで支出が増えていることを指摘した。また短期的に収支の帳尻を合わせても、長期的には生産性の問題が残るとした。 しかし周期的な変動があったとしても、パフォーマンス収入が少しでも上昇し、非パフォーマンス収入(個人・企業・財団からの寄付や政府の公的支援)がある程度増える傾向にあれば、パフォーマンス支出が若干増える、または政府の公的支援が減っても、緩やかながら収支バランス改善のトレンドに転じるとした。

このフラナガン報告書以外にも、ETFでは多くの問いかけがなされた。その一部がこちら。

  • 聴衆と来場傾向(楽団はどれだけ聴衆のことを把握しているか?全米人口データに基づく大学生世代人口から何が分かることは?家族と個人の来場パターンは?オーケストラはどれだけITを生かして既存・潜在的聴衆に接しているか?プログラム構成は来場者数にどれだけ影響があるか?聴衆の嗜好を引き出すか、あるいはフォローするのか、どのようなバランスにしたよいか?より広義な文化業界内でのコラボレーションの可能性など)
  • 組織内文化(事務局長や音楽監督などの任期の長さやストライキの頻度・期間は、組織内文化にどれだけ影響を及ぼすか?ガバナンスの役割は?楽団員にとって舞台上だけでなく、組織内文化形成に関わることの意味は、等)
  • 楽団員のキャリア(音楽院は21世紀型音楽家をどのように育てているか?オーケストラという職場は音楽力向上のためにどう役立っているか?首席奏者のリーダーシップ向上について他業界から学べることはあるか、等)
  • 新しい収益戦略(チケット購入者/販売数、寄付者/寄付の関係性をどう捉えるか?収益増は財政の健全化を意味するか?他業界の収益モデルを学ぶことはできるか、等)
  • 個人による寄付(人口、高収入世帯数、首都圏エリアでのNPO寄付総額などのデータから、寄付収入目標や潜在的寄付者を予測することはできるか?定期来場者ではないが、オーケストラの社会的意義とコミュニティでの必要性を理解している市民が、どれだけ寄付をしてくれているか、等)
  • 基本財産(基本財産の引き出しは、パフォーマンス・インカム・ギャップをどれだけ埋めてくれるか。?在の差異を埋めるには基本財産はどの程度必要か?基本財産の価値は、一般的な経済状況や株式市場、税制の変化にどれだけ影響されるか、等)

すぐに答えの出ない問いかけがたくさんあるが、それでも真正面から取り組んだオーケストラ・フォーラムならびにETFリポートは、多くのヒントを与えてくれたようである。なお最近のアメリカにおける芸術支援については『アメリカでは、なぜ芸術に民間支援がつくのか』(全8回)をご覧頂きたい。またこのような流れを受けて、今年6月にミズーリ州セントルイスで開催された全米オーケストラ連盟大会では、「今後10年間で我々はどうあるべきか?」というテーマで様々な発表や討議が行われた。こちらはまた別途リポートさせて頂く予定である。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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