海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ヴァン・クライバーン国際コンクール(21)審査員X.ジャン先生の指揮者視点

2013/06/13
jury_XianZhang.gif
今回のヴァン・クライバーン国際コンクールでは、女性指揮者として活躍するシャン・ジャン女史(Xian Zhang)を審査員して起用した。ジャン女史は2002年マゼール/ヴィラ―国際指揮者コンクールで優勝し、現在ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の音楽監督やニューヨーク・フィルハーモニックの副指揮などを務め、来季はコンセルトヘボウ管等との共演が控えている。そんなマエストラに、初めてのピアノコンクール審査経験と、どのように演奏を聴いているのかをお伺いしました。

―ピアノコンクールのご審査は初めてだと思いますが、この2週間はいかがでしたでしょうか。指揮者として、若いピアニストのどのような部分を聴いていらっしゃいますか?

ええ、ピアノコンクールの審査は初めてですね。予選・セミファイナルとも全て2回ずつのステージでしたので、出場者にとって大変良い経験になったのではないかと思います。審査員としては想像以上に大変でした!全て2回ずつなので、情報が多すぎたかなとも思いました。
ピアニストはこのコンクールに出場する権利を得た時点で、テクニック的な実力を十分に兼ね備えています。ですからその上で、音楽に説得力がある演奏者を見出したいと思っています。それはテンポの設定や、フレージングの創り方など、ほんのわずかなこと、些細なことだったりします。でもその細かい部分が、その音楽家の全てを物語ることがあるのですね。

―普段若い音楽家と共演されることもあると思いますが、どのように接していらっしゃいますか?

実は今日マエストロ・スラットキン(ファイナルで協奏曲指揮を務めたレナード・スラットキン)ともお話したのですが、私も一指揮者として、若い演奏家と一緒に音楽を創っていくのは大変なことで、彼がどのようになさっているのかがよく分かります。オーケストラは大規模なグループですので、その中で自分と自分の音楽を見失わないことが大事です。また、どの楽器のどのラインを聴けばいいのか、どの楽器と共にいればいいのか、あるいはフレーズの冒頭をどうやって揃えるのか・・等。プロになって初めの数年間は、こういった勉強も必要でしょう。私も若い世代の音楽家と共演する時は、まだ経験が少ないので、ある程度教えてあげることが必要だと思っています。

現在ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団(Orchestra Sinfonica di Milano Giuseppe Verdi)の音楽監督を務めていますが、2005年優勝アレクサンダー・コブリンと何度か共演しました。また1993年優勝シモーネ・ペドローニはアーティスト・イン・レジデンスです。イタリアではこのコンクールはとても知られた存在なんですよ。

―今回の優勝者や入賞者も、マエストラとの共演を望んでいるのではないかと思います。今回30名の出場者の中には、指揮や作曲を勉強しているピアニストもいます。その勉強がピアノのソロ演奏にどのような影響を与えるとお感じになりますか?

作曲は、ピアノソロ演奏にとって確実に良い勉強になりますね。音楽がどう成り立っているのか、対位法、構造、形式、歴史など全てです。指揮科も作曲科の必修科目と同じ科目を取ります。我々だけでなく、演奏専攻の方も含めて、音楽家を目指す方は皆さん勉強するとよいと思います。またピアノ譜だけでなく、オーケストラ総譜を勉強することが大事だと思います。コンクールを聴いていても、オーケストラで何が起こっているのかが分かっていないのでは、と感じました。

―ピアノの立場をきちんと理解して弾くには、場数を踏むとともに総譜の理解も大事ですね。ところでマエストラはいつから指揮を学び始めたのでしょうか?

3歳のころからピアノを習っていましたが、16歳か17歳の頃から指揮の勉強を始めました。きっかけはほんの偶然でした。私がピアノを弾いているのを見て、先生が(指揮を)勧めてくれたのですね。勉強するなら早い段階から始めるのがいいと思いますね。進歩も早いですから。

―指揮を始めてから、音楽へのアプローチの仕方は変わりましたか?

ええ、大きく変わりました。ピアノを弾くためにはそれに見合った身体や筋肉が必要ですが、総譜を理解するのには頭を使います。私にとってピアノより指揮の方が合っていたと思います。

―指揮者の視点からご覧になったピアニストのお話、とても参考になりました。貴重なお話をありがとうございました!

実は2011年東日本大震災が発生した直後、偶然欧州にいた筆者は、パリで彼女が指揮するフランス放送フィルハーモニー管弦楽団による被災者追悼公演を聴いていた。そのことを伝えると、「ええ!」と驚きとともにとても喜んで下さった。小柄ながらエネルギッシュで、音楽にも洗練された躍動感が溢れていた。あの時「日本の皆さんのために、200%の力で演奏しました」と真剣な眼差しで語って下さったことが、昨日のことのように蘇ってきた。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】