海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

独ワイマール・若いピアニストのためのリスト国際コンクール(2) 課題曲は?

2011/04/03
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ドイツ・ワイマールで行われた若いピアニストのためのリスト国際コンクール。リスト作品だけでなく、リストが影響を受けた作曲家、リストが同時代あるいは後世に影響を与えた作曲家、さらに現代曲も含めた幅広い課題曲が特徴です。リストがいかに幅広い視野の持ち主であるかを知る機会になるでしょう。今回は課題曲からどのように学びを広げるかについてリポートします。

リストを取り巻く作曲家を体系的に知る

カテゴリ1(13歳以下)ではリストの他、バッハ、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、ツェルニー、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、グリーグ、ドビュッシー、バルトーク等、いずれもリストに関係のある作曲家が選ばれている。リストは古典派の巨匠ベートーヴェンを幼少の頃から尊敬し、サリエリやツェルニーに手ほどきを受け、ロマン派の寵児として音楽界を席巻し、多くの同時代作曲家の編曲や作品初演を行い、晩年は無調音楽の到来を予見する曲を書いた。こうした課題曲は、リストが影響を受けた作曲家、影響を与えた作曲家などを体系的に知るのに良い機会だと思う。では各自どのようなプログラムで臨んだのだろうか。

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リストと他の作曲家を絶妙に組み合わせることで、新たな発見を促されることがある。例えばカテゴリI・2位のケ・ワン君(中国・13歳)はツェルニーop.740-1で、リストのように多彩な音質や起伏あるフレージングを試み、「もしリストがツェルニーを弾いたらこうなったかもしれない・・」という面白みを感じた。彼は二次予選で自作曲「Dancing Flame」を披露し、素質の高さを見せた。(写真:審査員のバーバラ・ズジェパンスカ先生と)

また優勝したヴラディスラフ・フェドロフ君(ウクライナ・17歳)は、リストの絵画的描写力を生かしたプログラム。彼は二次予選でリスト「ジュネーブの鐘」(巡礼の年1年・スイスより)を軸に、シューマン「アベッグ変奏曲」、グリーグ「小人の行進」(抒情小曲集より)、ドビュッシー「小舟にて」(小組曲より)等を選曲。華麗な技巧よりも、歌を大切にする本人のキャラクターにも合っていた。あるいは、リストが交響詩を創始した作曲家であることを意識していたのかもしれない。

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カテゴリII(14歳‐17歳)では上記に加え、ショパン、ブラームス、ラフマニノフ、そして1940年代以降の現代曲が含まれる。現代曲について副審査員長のペーター・ヴァース氏(ワイマール音楽院教授)によれば、「リストは同時代作曲家の作品やその編曲をよく演奏していました。その眼は常に同時代人にも注がれていた。私たちもそういった精神を取り入れたいと思い、現代曲を含めました」。

特に現代曲賞を受賞したテクギー・リ君(韓国・14歳)には、現代っ子らしいセンスを感じた。リストも現代曲も同じ距離感で眺め、現代曲だと構えることなく、リストで見せた遊び心と多彩な音色でリーバーマンの曲の多面性を引き出していた。ロマン派リストを軸として、古典と現代曲の性格の違いをはっきりと描き分け、プログラム全体を俯瞰したような音楽的アプローチが光る。

グランプリと共にリスト作品優秀演奏賞を受賞したマリアム・バタシヴィリさん(グルジア・17歳)は、一見表層的に聞こえてしまいそうなリストの曲に奥行きを与える。一つ一つのリズム、フレーズ、休符に意味を見出し、それにふさわしい音で表現する姿勢は、ベートーヴェンや現代曲にも活かされていた。特にハンガリー狂詩曲2番は冒頭からオーケストラのような深く雄大な音で、同曲の管弦楽版だけでなく、先に弾いたベートーヴェンをも思い起こさせた。

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こうした上位入賞者の多くは、自分の長所を生かす選曲をしているという共通点があった。また体系的にプログラムを組むことで、歴史的背景や各曲の相関関係を踏まえつつ、各曲の特徴をより明確に捉えようとしていたのが分かる。

なお参加者の中には、ベートーヴェンやシューベルトなど古典派ソナタでアイディアが十分に表現しきれていない例も見受けられた。ヴァース氏は課題曲全体に関して、難易度の高すぎる作品は入れていないと述べられたが、米国のポール・ポライ先生は少し立場が異なる。「ジュニアには少し難しいと思われる課題曲もありました。例えば12歳の子がベートーヴェン・ソナタをそれにふさわしく弾くのは難しい。(例えば悲愴ソナタ冒頭の和音はオーケストラのようであり、ここには魂を深くえぐるような音が欲しい。また曲が進むにつれて、様々な変化が現れながら発展していきます。ベートーヴェンはアプローチがとても難しいですね。でも、どの参加者もそれぞれ良い面を持っていたと思います」。ポライ先生が主宰するジーナ・バックアゥワー国際コンクールは若い才能発掘に定評があるが、そのジュニア部門(13歳以下)は完全な自由選曲で、参加者が自信を持って弾ける曲を選んでもらう趣旨だという。

古典派ソナタは重要なレパートリーで、課題曲に含めるコンクールも多い。大事なのは、自分の持つテクニックで、その曲が要求する内容を表現しきれるのかを見極めた上で選曲することだろう。


室内楽・編曲・自作曲も

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同コンクールのもう一つの特徴は、両部門の第二次予選でアンサンブルを取り入れていることである。カテゴリIではモーツァルトの4手のピアノソナタK521を選曲した人が多かったが、特にタイのグン君(13歳・Gun Chaikittiwatana)は柔らかいタッチから透明感と軽やかさのある音を放ち、セコンドとも次第に対話するように音楽が進んでいった(古典派演奏賞を受賞)。他曲でもハーモニーの僅かな変化も音色に反映させていたが、その音を聴く能力がアンサンブルにも生かされていた。
またカテゴリIIではブラームス、ラフマニノフ、ミヨー等が加わる。特筆する演奏はなかったものの、皆卒なく弾きこなしていた。

昨今アンサンブルを取り入れる国際コンクールが増えているが、ジュニア時代の経験は貴重である。中国人審査員の張晋氏(Jin Zhang、北京中央音楽院付属音楽学校ピアノ演奏科主任)は、「このコンクールはソロだけでなく、室内楽の力、つまりチームワークの力、他人とコラボレーションする力も見る機会があり、これは他と違う点だと思います。コンクールで入賞できる人はほんの一握りですが、若いピアニスト達が集まってアイディアを交換することに大変意味があると思います」

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なお2台ピアノ以外の選択肢として、即興か自作曲を選べる。即興は一人のみだったそうだが、自作曲を用意した参加者のうち、アレクサンダー・ヴォロンツォフさん(Alexander Vorontsov)が自作曲賞を受賞した。
今回審査員長グーズマン氏と共に課題曲を選定したペーター・ヴァース氏(左写真)によれば、次回はもっと自由選曲を増やす方針だそうである。より個性を生かした、面白いアプローチが見られるかもしれない。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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