海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

パリ発・東日本大震災のための慈善演奏会リポート

2011/03/27

この度は東日本大震災の犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様に心からのお見舞い申し上げます。今回の災害については海外でも連日大きく報道され、日本の皆さんの冷静な行動や復興に全力を傾ける姿に、多くの方が高い関心と敬意を寄せています。街中でも、温かい励ましの声をかけて下さる方が何人もいました。現在各地で慈善演奏会が開催されていますが、その中から3月18日パリ・サルプレイエルにて開かれた慈善演奏会の様子をリポートします。

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人間は常に自然の隣にいる。ある時は音楽で自然の美しさを称え、ある時は音楽によって自然の脅威に立ち向かってきた。リストは1838年ヴェネチアのサン・マルコ広場で寛いでいた時に故郷のドナウ河氾濫の報を聞き、すぐに慈善演奏会を開いて多額を寄付したという。またマーラーも1909年イタリア大地震の犠牲者に向けて、トスカニーニらと共に演奏会を開き、被災者への祈りを捧げた(メトロポリタン歌劇場)。

3月18日パリ・サルプレイエルで行われたコンサートは、その1週間前に東日本太平洋沖を襲った大震災の犠牲者および被災者の方々へ捧げられた。この日登場したのはフランス放送フィルハーモニー管弦楽団を率いる若手女性指揮者のシャン・ジャンさん(Xian Zhang)と米国在住ヴァイオリニストの五嶋みどりさん(Midori)。小柄なアジア人女性二人が、オーケストラをバックに満席の聴衆を喝采の渦に巻き込んだ。

プログラムはポール・デュカスの交響詩『魔法使いの弟子』から始まる。19世紀末に作曲されたこの曲は、18世紀文豪ゲーテが2世紀のギリシャ詩人ルキアノスから着想を得て書いたバラードを元にしている。指揮者ジャンは全身を大きく使った指揮で、多彩な音質を各楽器から引出しながら、滑稽味と風刺の効いた音楽を創り上げていく。冒頭から高い集中力を発揮し、12分後にはもう聴衆を完全に引き込んでいた。続いて五嶋みどりさんが登場し、ハープから始まるバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番。この作品は1938年第二次世界大戦前夜に書かれ、この2年後にバルトークはハンガリーの親ナチ政権を逃れて米国へ移住する。五嶋みどりは心の耳で音を捉えるかのように、ぐっと前傾姿勢で構える。その音はハープのように繊細ながら芯があり、いかなる複雑なパッセージでも決して崩れず、凛とした佇まいでオーケストラと絶妙に掛け合う。その存在感は、一本の百合の花のようだった。

後半はリムスキー・コルサコフのスペイン奇想曲から。指揮者ジャンの明快さ、ヴァイオリンソロを担当したルセヴの鋭く深い音色、オーケストラの豊かなハーモニーで、この曲に生き生きとした生命力が吹き込まれた。最後はストラヴィンスキー「火の鳥(1919年版)」。特に子守歌から終曲にかけては、夜明けの薄明かりの中から、次第に辺りが照らし出されるような美しい色彩感で描き出され、完全な秩序と調和が戻ってくるような力強いカデンツで締めくくられた。また全プログラムを通して登場するハープは、まるで現実と空想の世界を行き来するような効果を与えていた。

想像の世界には、現実を乗り越える力がある。真剣な明るさには、悲しみを労わる力がある。特にストラヴィンスキー「火の鳥」を締めくくる最後の音は、万物を明るく照らし出す希望の光のようでもあった。パリの聴衆から演奏を通じて、日本の被災者に対して、そして一日にも早い復興へ向けて、励ましの拍手がいつまでも贈られた。

指揮者ジャンさん(写真下)は「今回は音楽家全員が特別な思いを持って演奏会に臨み、100%、200%のエネルギーを出して演奏をさせて頂きました。日本の皆様のために心からお祈りしています」とメッセージを贈って下さった。

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左よりフランス放送局長、齋藤大使ご夫妻と五嶋みどりさん

またこの日は斎藤泰雄・特命全権日本大使ご夫妻も臨席された。「今回の大震災はフランスでも大きく報道されています。日本大使館にも毎日のように心配の声や励ましの言葉が届いています。改めて、フランスの方々が日本や日本人に対して大変温かい気持ちを持っていることを感じています。この追悼コンサートで、五嶋みどりさんの素晴らしい演奏が聴けたことは、大変感慨深いものがあります」。会場には他に女優ジェーン・バーキンさんの姿も見えた。

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追記:

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ソリストの五嶋みどりさん、指揮者シャン・ジャンさん、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、プレイエルホールの厚意により、今公演謝礼及び収益全額がユニセフの日本救援プロジェクトに寄付されることが決定しています。(フランス放送フィルハーモニー管弦楽団は、音楽監督チョン・ミュンフンを含む全団員がユニセフ親善大使を務めている)

また他の国・地域でも、多くの慈善演奏会が開かれています。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ではサイモン・ラトルがダニエル・バレンボイムとジョイント・コンサートを開催予定(メッセージ&ライブ配信ページ)、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(クリスティアン・ティーレマン指揮)では震災の翌日、開演前に黙祷を捧げたそうです。またロンドンでは葉加瀬太郎さんが慈善演奏会を開催したことが、英紙にも報じられました。

海外でも多くの方々が、一日も早い被災地の復興を願って日本を見守っています。音楽を通じて、その願いが届きますように・・・!

リポート◎菅野恵理子


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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