会員・会友レポート

第4回タイショパン 国際ピアノコンクールの 審査に携わって~レポート1

2018/04/02
第4回タイショパン
国際ピアノコンクールの
審査に携わってレポート1

執筆:土師さおり

このコンクールはタイのバンコクにある「サイアム ラチャダ オウディトリウム」を会場として、2017年11月19日から21日の三日間行われました。会場はヤマハ音楽スクールの建物の中に設けられているホールで、若者が集うサイアムの大きなショッピングセンターの中にあります。主催者はMongkol Chayasirisobhonさんという方でバンコクでは有名なコンサートプロモーターです。元々は科学者ですが、歌や合唱を趣味としてやっており、奥様はプロの歌手。そのようなご縁からいつしか音楽プロモーター始められたそうです。流暢な英語と冗談好きなキャラクターが楽しい科学者であり経営学者でもあるMongkol(モンコル)さんです。

バンコク到着の夜、空港ではモンコルさんと奥様がお迎えに来て下さって、賑やかなバンコク市内を通りながらホテルまで案内して下さいました。11月の秋の日本から、赤道直下タイに降り立つと、そこは高温多湿のトロピカルな国。東南アジア独特のスパイシーな匂いと喧騒。たった5時間でそこは全くの別世界です。旅の疲れと共に何か夢を見ている様でした。

一夜明け目覚めると、ホテルの窓下には雄大なチャオプラヤー川が見えます。もうすでに、多くの渡し舟や遊覧船が行き来しており、バンコクは朝の活気で満ち溢れています。今日から早速コンクールが始まります。

チャオプラヤー川

このコンクールは、年齢は24歳までとし下限の年齢制限はありません。カテゴリーA(24歳まで)、カテゴリーB(17歳まで)、カテゴリーC(12歳まで)の3つのカテゴリーに分かれています。ショパンの曲を中心とした課題曲の他に、ショパンエチュードと共にリスト、ラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ、ドビュッシー等のエチュード、バッハの平均律やインベンションとシンフォニアも課題に加わっています。事前に音源審査が行われ、その審査に合格した者がこのサイアムの会場でライヴの第1次審査と第2次審査を受けます。

参加者のほとんどはタイ人でしたが、ベトナム、インド、中国系の参加者も見られました。タイのお隣、ベトナムからの参加者が多いのも特徴的でした。多種多様な人種が住んでいる東南アジアらしい光景を見ることが出来ました。日本企業の駐在員が多く住んでいるバンコクでは日本人の子供達もこのコンクールを受けるそうですが今回は残念ながらいませんでした。コンクールに参加する子供たちは、ご両親と同伴で会場に来ています。様々な表情を見せながらロビーで出番を待っている姿はどこの国も同じです。さて、コンクール会場で興味深かったのは、ロビーには、無料サービスのコーヒー、お茶、甘いお菓子が置いてありました。参加者は、家族でそれを飲んだり食べたりしていて、とても和やかで楽しそうでした。

審査員はベルギーやドイツなど、ヨーロッパからいらっしゃっている教授やピアニストでした。

中でも、ベルギーからいらしていたエリアーヌ レイエスさんは、ブリュッセル王立音楽院の教授で、世界中を飛び回っているピアニスト。ショパンのワルツ全集CDも発売している彼女は、このショパンコンクールの審査に相応く頼もしい審査員でした。そんなレイエスさんは、このバンコクの仕事の後は、東京で天皇陛下への御前演奏を行うとの事で、親日家の彼女は大喜びでした。またフランスのナントで開催される2018年のラ・フォルジュルネにも出演すると嬉しそうに語っていました。

審査の際、ヨーロッパ人とアジア人の音楽の好みに違いはあるだろうと予想はしていましたが、やはりそのような場面はありました。しかし子供や学生を対象にしたコンクールでもあるので、基本的な要素をしっかり見ていきました。ヨーロッパの審査員の方々は、その演奏者が持っている才能そのものを見極めようとしていました。つまりピアノ指導者にうまく操られた演奏を良しとするのではなく、いかに音楽が自然で自発的であるかが、大切な要素になってくると思いました。

さて今回印象的だった参加者をご紹介いたします。ベトナムから参加で同門同士のLe Phuong Pham、Vo Ming Quangの12歳の二人。

Le Phuong Phamさんは、地元ホーチミンではピアノ協奏曲を演奏したりソロの演奏会に出演したりと大活躍の女の子。舞台マナーも慣れたもので、しっかりとしたテクニックで落ち着いた演奏をします。表現力も大人っぽく将来が楽しみな女の子でした。コンクール後には積極的に審査員に講評を聞き、アドバイスを求めてくる姿はシャイな日本人とは大違いでビックリしました。

Vo Ming Quang君はとても将来性を感じさせる素晴らしい参加者です。彼の演奏したスケルツォ3番に、審査員一同涙したほどです。小柄な体で、長く細い腕をしなやかに使います。しっかりしたテクニックとダイナミックな音楽。12歳の少年から深い人生を感じさせるその表現力に驚いてしまいました。

タイに住んでいる中国人のchayapon chanporn君。典型的な中国のスタイルがあるならば、この男の子はまさに、その曲芸的なスタイル。8歳の小柄な体を効率よく使うために椅子にスレスレに座り、かろうじて届くその足で器用にペダルを踏みながら、ショパンエチュードやワルツを演奏しました。

タキシードを姿は立派なピアニストの様で、この少年の演奏スタイルは賛否両論ありましたが、結果的には部門優勝しました。世界では、中国人ピアニストが大活躍していますが、このような子供たちが大勢いるのだと想像することができました。舞台上では過度と思われるパフォーマンスもあるのですが、しかしそれを完全に自分のスタイルにすることができる中国人の演奏は、シャイな日本人にとって見習うべきポイントなのかもしれません。

グループA(24歳まで)で参加したタイ人の二人も非常に印象的でした。

Warit Techakanont君は高校1年生。とても明るくリズミカルな演奏。繊細な歌心もあり、自然な音楽で好感が持てました。とてもリラックスしていて、まるでコンサート会場に来たかのような錯覚で演奏を聴くことが出来ました。審査後、彼が「僕はジャズが好きです。作曲もします。でもまだ他にやりたいことがたくさんあります!」とキラキラした笑顔で語ってくれたのが印象的でした。

バンコク市内の音楽大学に通う19歳の大学生Tigla Janaporn君。今回一番成熟した大人の演奏を聴かせてくれた参加者でした。バンコクには音楽大学はありませんが、,総合大学の中にある音楽学部で学ぶことが出来ます。チュラロンコン大学、マヒドン大学、ランシット大学、シラパコン大学がメインの大学です。Tigla Janaporn君も総合大学の音楽学部に在籍しており、そこではヨーロッパからの客員教授のレッスンも受けているそうです。非常に情熱的で素晴らしい演奏でした。将来は留学したいということで、現在はその目標に向けてコンクールを受けたり、レパートリーを増やしていると最中だと語ってくれました。

受賞者

このコンクールの審査を通して、たくさんの素晴らしい演奏を聴くことができました。私が予想していた以上にレベルが高く驚きました。日本の子供や学生との違いは何だろうと考えたとき、その一番の違いは「自然な音楽」でした。

さらに付け加えるならば、「音楽性の自立」。指導者を感じさせない、自然に溢れてくる、マニュアル化されていない音楽、深い表現力。文化、日常の生活、言葉、精神性、美意識など、国によって様々な違いはありますが、小さな要素が重なって結果として一つの表現力となるのです。それを指導者が上手に導いてあげることが重要なのだと痛感しました。

もう一つの違いは「演奏を楽しんでいる」ことです。皆に共通していたことは、緊張している中でも、その時間を楽しんでいる様に見えました。音楽の本来の姿を見た気持ちになり、非常に考えさせられました。

素晴らしい生徒をこのコンクールに多く出場させていたベトナム人の先生と、お話しをする機会がありました。彼はダンタイソンのお弟子さんで、10代の頃には浜松の音楽アカデミーで学んだ経歴もあります。そのベトナム人の先生曰く「焦らずゆっくりと寄り添って教えることが大切」だそうです。シンプルですが、とても意味のある言葉だと思います。レッスンに効率の良さだけを求めると、音楽の学びが非常に表面的になると思うのです。じっくりと腰を据えた学びの時間をモットーにピアノ指導して行きたいと思いました。

東南アジアの中でも経済的な発展が著しいタイ。私が滞在していたホテルから見る首都のバンコクは、チャオプラヤー川が悠々と流れ、たくさんのビル群があり大都会です。町には多くのブランド店があり賑やかな屋台やレストラン、お店があります。コンクール会場の様子は日本と何も変わらない光景です。しかし、ふっと視線を変えると、古く朽ちた建物もあり、貧しそうな人々がいます。貧富の差を感じるこの国で、コンクール会場とホテルを行き来したこの1週間は、同時に2つの世界に滞在したような錯覚を覚えました。

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ピティナ編集部
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