会員・会友レポート

世界遺産とピアノ [後編]世界遺産・富岡製糸場の「幻のピアノ」を求めて 第5回

2017/06/29
連載 ピアノプラザ群馬訪問 後編
第5回:ピアノの行方、調査の行方
ピアノはどこに・・・?

前述のとおり、1876年2月1日の競売にかけられた二台のピアノ行方は、いまだに分かっていません。そもそもピアノは落札されたのか、もしそうだとしたら、誰に落札されたのか……現在の競売では、落札者の氏名などを記録しないことは珍しくありません。それでも、小切手や振り込み記録から落札者名を特定することができれば、ピアノの所在調査の大きな糸口となるでしょう。しかし、そうした資料が発見されなければ、ピアノと富岡製糸場の「再会」は奇跡的なめぐり合いによってしか、ありえないでしょう。ピアノが国内にあるのか、外国に持ち出されたのか、それすら分かりません。国外に持ち出されなかったとしても、関東大震災や第二次世界大戦の空襲などで焼失した可能性がないとも限りません。
しかし、インターネット時代のこんにち、ピアノを探すために国際的に富岡製紙場とピアノの関係をアピールし、楽器を探していることを発信し続けることは無駄ではないでしょう。その場合、漠然とアピールするよりは、できる限り楽器の詳細を特定するほうが発見の可能性は高まります。では、今後、富岡製糸場のピアノ探索のためにすべきことは何でしょうか。

今後の調査にむけて

目下、筆者がこの調査を現実的に推進することができると考えているのは、プレイエルのグランド・ピアノの製造番号の特定です。この調査は、このピアノがルフェビュール=ヴェリー家またはブリュナ家の財産であったという仮定の上に成り立ちます。とりわけ、音楽一家だったルフェビュール・ヴェリー家の遺産目録には注目すべきです。1869年にエミリーの父が亡くなった際、遺産目録が作成されているはずです。彼の相続に関する遺言も、おそらく公証人によって作成されていることでしょう。この種の史料は、通例、パリのフランス国立記録文書館(Archives nationales de France)に保存されています。これらの史料に製造番号、製造年が記されている可能性はあります。というのも遺産鑑定人が財産価値を計算するために高額な物品の詳細を書き記す場合があるからです。
また、1876年に亡くなったエミリーの母の遺産目録も何かしらの手がかりをもたらしてくれるでしょう。父の遺産目録に存在し、母の遺産目録に存在しないピアノがあるとしたら、それが日本へと持ち出されたピアノである可能性が高いと考えてよいでしょう。
もう一つ調査しなくてはならないのは、パリの19区にある楽器博物館のアーカイブです。ここにはプレイエル社の楽器販売台帳が保存されており、部分的にはインターネットでも公開されています。ルフェビュール=ヴェリー、ブリュナのいずれかが1871年以前に購入した記録が見つかれば、それがエミリーの弾いていたグランド・ピアノである可能性があります。この場合、台帳には製造番号が記されていますから、富岡製糸場のピアノに近い楽器を探し出すことができます。
このように、複数の史料を対照させていくうちに、よりプレイエル・ピアノに関してはいっそう確実な仮説を導きだすことができるでしょう。
しかし、プレイエルのピアノの調査だけでも、パリへの渡航費や滞在費など多くの経費がかかります。調査費を得るための助成金申請が今後、この問題を一歩前進させるため必要な手続きとなります。世論を喚起して、調査の実現できればまたひとつの扉が開かれることでしょう。今後、中森氏の呼びかけと意欲に応え多くの協力者が現れ、ピアノが運び込まれた経路、競売の詳細(競売カタログ)などについても明らかにされていくことを願って本リポートを閉じたいと思います。

写真群馬スタインウェイセンターにて、中森氏(右)とともに
参考文献
□ 一次文献
  • Marmontel, Antoine, Les pianistes célèbres, silhouettes et médaillons, Paris, Heugel et fils, 1878.
  • Anonyme, [Annonce du mis aux enchères de l’ameublement de Paul Brunat], L’écho du Japon, no. 1810, 7e année, 25 janvier 1875, Yokohama, s.n.
□ 楽譜
□ 二次文献
  • 富岡市教育委員会(編)『富岡製糸場のお雇い外国人に関する調査報告 : 特に首長ポール・ブリュナの事績に視点を当てて 中間報告』、富岡製糸場総合研究センター報告書、富岡:富岡市教育委員会、2010年。
  • その他、ルフェビュル=ヴェリー一家の成員の生没年等の情報はパリ市記録文書館(Archives de Paris)に保存されている手稿史料を参照した。
    参考:パリ市記録文書館サイト

ピティナ編集部
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