ピアノステージ

親学講座:子育ての中に音楽を③ 情緒と感性を育むために~「人づくり」編~(レクチャー:小倉郁子先生)

2014/10/28

小倉郁子先生による親学講座「家庭学習や習い事から学ぶ親子の関わり方」@祇園小学校(2010.12.7)

現在、世の中で必要とされているのは、社会に貢献できる人だと思います。コミュニケーション能力があり、しっかりした価値観を持ち、精神的にも経済的にも自立している人ということだと思います。そのような大人に育てていくために、私たちは子育てに奮闘しているわけです。子供を育てた結果は、大人になってから出てくる。今良い子でも、親元を離れてから、子供が自立して、社会人として一人前に、責任ある仕事をして、ということができるかどうか。
 (今回は)「人づくり」という点から、ピアノ学習をアプローチしていきたいと思います。


10歳までは体感学習

読譜をする際に、伝記を読んだり、時代背景を考えたり、知的作業は大事ですが、イメージ作りにおいては、やはり自らの体験がいちばんものを言います。体験をしたことが、みずみずしい表現になっていくのです。その体験といっても、土日にあちこちのイベントめぐりをするということではなく、普段の生活の中に、子供が経験しなければいけないものが、たくさんありますよね。その経験は、できるだけ10歳まで。なぜかというと、実は10歳までの学習形態は、体感なのです。本やテレビ、誰かからきいた話を聞いたといった間接体験から知識を得るのは、10歳以上なんです。10歳までは、体感したことが、体に残るんです。体感量が多ければ多いほど、ピアノでもイメージを作っていき、それを基に表現するということに繋がっていくわけです。家庭そのものが、子供のイメージを膨らませる源であり、親が作る家庭環境そのものが、イメージの湧き出る泉なんだということ。家庭の重要さというのが、ここに問われてくるのです。


人づくりの土台は小学校高学年

中学校に上がると、環境は大きく変わります。小学生の時期は、反発はあるにしても、まだ手のひらで転がすことはできますが、中学生になると、手のひらから糸がついて出て行ってしまいます。手のひらから今にも落ちそうな、危ない状態なのです。見えない糸を、どう繋げておくかということになってくるんです。高校になったら、その見えない糸は、切れているかもしれない。行動範囲が、親の想像以上に広がっていて、どんな世界で、何をやっているのか、まったく見えない状況になってくるんですね。その時に、うちの子だから大丈夫、絶対に道を踏み外すことはないと、親は信じていたいですよね。だからこそ、この小学校高学年で、きちっと厳しく育てること。反抗期も始まり、生意気盛りで大変な時ですが、非常に重要な時期なので、ここで親が甘くしてはやはりだめなのです。

自発性

非常に積極的なお子さんなら問題ないわけですが、消極的なお子さんの場合、どうやって自発性を育てていくかということは、非常に難しいことだと思います。まず、自分のお子さんの事を、もっとよく観察しましょう。ピアノは学ばせたいという親の気持ちがある場合、ピアノに興味を持っていくために、お子さんの興味を持っているものから、ピアノの方向へ向けられるように、促して行ければよいわけです。自分のお子さんがどんなものに興味を持っているのか、それからどんな性格なのか。非常に性格がものを言うと思うので、よく観察していただければと思います。消極的な子供は、なかなか面と向かっては本音を言いませんが、ちらっと言ってみたりする。ですから、聞き逃さないように、もう少しアンテナを高く立てて真剣に取り上げてあげる、ということをして行かなければならないと思います。客観的に子供を見るという目を、お母様方には養ってほしいと思います。

約束を守る

たとえば、親子で何か約束事をしたとします。実際は親がリードしているかもしれないけれど、自発的ではないけれど、最終的には、「あなたが決めたこと」という形に導いて行くとよいと思います。これはお母さんが決めたから、あなたはやりなさい!というのは、まずいわけです。
約束事は必ず守ることは、人として絶対に身につけなければならない、人づくりの基本です。人との関わりというのは、信頼関係によって社会は営まれているわけですから、約束を守れない者は、信頼を得られないのです。そういうことを、小さいうちにきちんと教えて行きたい。ですから、約束事には、主体性をもって、どんなことがあっても必ず守るように、そこは非常に厳しく育てたいものです。

そういうスタンスで親が取り組んで行かないと、どうしても曖昧な子育てになってしまいます。約束をしても、なかなかスムーズに事が運ばない時、お母さんから「それ、約束と違うんじゃない?○○までにやるっていうことだったのに、間に合うの?」と切り出すと、子供は子供なりに、まずいな、困ったな、ということになります。どうやったら、お母さんとの約束が期限までにできるか、自分なりに考え始めるのです。その機会を与えないといけません。「もうやらなくて、いいわよ!」と叱ってしまいかねないところですが、自分で考えてやっていくうちに、自分の力を知って行く機会になるのです。お母さんと約束したけれど、内心無理だと思っていたとしたら、無理をしてしまうような約束は、してはいけないな、と気付かせる。そういうものが重なって、結局自立へ繋がって行くのだと思うのです。

自立心

自立というのは、待っていれば出来るようになるものではないと、私は思います。いつになっても、子どもっぽいの子っていますよね。いつになっても、大人になりきれない人が、今は結構多いように私は思うのですが。「かわいい子には旅をさせよ」と申しますが、親が過保護にしすぎて、子どもに旅をさせなかったことになると思います。母親が何でもやってあげたという子どもは、結局自立が遅れてしまうのです。お母さんやってよと、人に頼って生きることになってしまう。そのような大人になって困るわけですから、この時期の子どもには、いかに自立をさせていくかということを考えなければいけないのです。自立を支えるものの1つに、精神力も関わってきます。

強い精神力

ピアノ学習の場合、最終的に、聴衆の前で演奏するという宿命をもっています。ステージでのよい演奏を目指して、子供たちが懸命に努力していく。その過程には本当に大変な思いをして行くわけです。作品として仕上げていく過程で、美的感覚、センス、バランス感覚、構築力、想像力、機敏な運動能力などを駆使して、演奏するということを目指して行くのです。そして、期待と不安の両面をかかえて当日を迎えます。自分の音楽を、やってきた実力を、充分に発揮できるかどうか、ハプニングがあった時に、自分が冷静にその場で判断をして対処することができるのだろうか。色々な課題を抱えて、緊張と闘いながら、ステージに立つ姿は、ご存じだと思いますが、結局そこで要求されるのは、「強い精神力」です。

その強い精神力をどう身につけるか。これはやはり人生において、一つの大きな条件だと思います。ステージ演奏の経験というのは、失敗することを恐れずにチャレンジしていく強さを学ぶ、最適なものではないかと思います。ピアノは、求めて行けば、何回でも人前で弾くチャンスを得られる時代になってきました。自分が緊張した立場に立たされ、そして自分で乗り越えなければならないんです。そういうことを学ぶのは、本番でしか学べないんです。回数を重ねるという事は、私は非常に奨励していますが、小さいうちから積み重ねていく事が大切ではないかと思います。回数を重ねる中で、必ず挫折という事を味わう時が来ると思います。その挫折を味わうという事は、子供の成長にとって必要なことです。順調に行ってくれれば、それは最高ですが、でも人生の中で一度も挫折を味わったことはないという人はまずいないのではないでしょうか。多かれ少なかれ、必ず皆さんも挫折を味わったことがあると思うんですね。その挫折が、大きくなってからだと大変です。どーーっと落ち込んだら上がってこなかったり、そのうち引きこもりになってしまったり。どうせ味わわせるなら、年齢の低い時の方がよいと思います。立ち直るために、周りが手助けをしてあげるながら、タダでは起きないように、乗り越える知恵をつけさせることができるからです。それが、親の役目でもあると思います。失敗してきなさいとは決して言いませんが、幸い、ピアノはどんなに厳しくやっても、命に関りませんので、挫折を経験させたい。そして何回でも乗り越える強さを身につけ、自信を持たせて行きたいと考えています。


親の役割は、統合すること

ピアノ学習は、全ての教科に関わっています。表現するために、国語、社会、数学、理科、体育、美術・・・など、いくらでも繋がって行きます。この各教科は、独立することなく、絶妙なバランスで関わっているということを、まず知っていただきたいと思います。それぞれの教科で学んだ事を、如何に関連付けて、物事を上手に活かしていくか。このことは、子どもの良い成長の秘訣ではないかと思います。演奏をするだけでも、全教科の知識がいるという事、そしてそういう理解が必要ということ、そして物事を総合的に見て、考える習慣を身につけると、非常に応用力のある柔らかい頭の子に育つと思います。

親がやるべきことは、学校や塾で学んできたことがどれだけマスターできているか、とても気になりますよね。でも、その事だけにお母さんとしてのウェイトを置くのではなくて、勉強してきたことをどのようにつなげていくかという所がお母さんの役目なのです。それはすごく難しいことのように考えられますけど、実はそんなでもないのです。
では実際に、私がどんなことをお家でやってきたかといいますと、いちばんよいのは、食事の時間でした。家族で食事をとる時に、よく話題に乗せたのは、今食べているものです。「このお魚はノルウェー産って書いてあるけど、ノルウェーってどこにある?」というと、子どもたちはダイニングにいつも貼ってある日本地図や世界地図から、すぐに探し出してきました。オレンジにカリフォルニアって書いてあったら、カリフォルニアを探します。食べるものから、どんどん世界に目を向けて行くという事から始まりました。話は食べ物からどんどん広がって行きました。そういう環境づくりをしたのです。こうして、夕食の時間が1時間半かかっていました。たった一つのオレンジを食べたことから、話が広がり、いろんな話に繋がって行く。それが、親子のコミュニケーションをとる、大事な一時間半でした。今から思えば、そこが全てだったかなと思います。


むすび

これまでに述べてきたことは、本当に全てピアノで学べることです。結果的に、逆算して物事を見つめ、軌道修正して目標に到達することは、ピアノ学習でもあり、人生の学習ではないかなと思います。ピアノで学び、それを人生の到達点に置き換えて考えて行けたら、非常に余裕のある子育てができるかなと思います。人生の方向性をきちんと見つめて、精神的にも余裕のある人生を送ってもらえたら、親としてこんな幸せな事はありません。あせらずに余裕を持って、人生計画を立てられるような子供に育って行ったら良いなと思います。
昔から人間形成において、知育、徳育、体育と3つ良く言われますね。この3つがバランスよく身に付くことが、「情操教育」であると思われます。その情操教育の手段として、音楽教育があるのだということを認識していただければと思います。自らエネルギーを発信しながら生きて行く子どもたちを見て、私がピアノというものを核にして学ばせてきたことが、決してマイナスにはならなかったかなと思っています。

イラスト:フジサワミカ

小倉郁子おぐらいくこ◎宇都宮短期大学ピアノ科卒業。同研究科修了。同短大および附属高校講師。コンぺティション全国決勝大会審査員。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会正会員、ならびにステップ課題曲選定委員。ピティナピアノコンペティション指導者賞18回受賞。バスティンメッソード指導講師。数回の渡米においてバスティン女史に直接指導を受ける。宇都宮教材研究会代表・「ピアノ教育は人づくり」をモットーにしたグループ音学代表として活躍中。

ピティナ編集部
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