ロンドンレポート

ギルドホール音楽院『コネクト』 第2回 ~「生きるスキル」を学ぶ音楽教育

2009/05/22
ギルドホール『コネクト』
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第2回 ショーン・グレゴリー氏インタビュー後編

初心者からプロまでが1つのアンサンブルに
―実際にはどのような人たちが『コネクト』に参加しているのですか?

全くのミックスです。フルートやヴァイオリン、ピアノなどの楽器のレッスンを受けている人もいれば、独学でドラムやギターをやっている人、それに打楽器や歌やコンピュータ音楽をやっている人もいます。私たちはオーディションを設けず、オープンにしています。伝統的なオーケストラやアンサンブルではあり得ないような組み合わせ、例えばフルート5人、ヴァイオリン1人、ドラムが3人などが集まっても、全てがアンサンブルの一員として参加できるような方法を見つけるのです。

―何度も『コネクト』に参加し続ける子たちもいますか?

もちろんいます。私たちも常に次のプロジェクトに誘っていますし、口コミでも広がっています。『コネクト』の目的の1つは、若者との関係作りでもあります。『コネクト』ができる前は、1度ワークショップをやったらそれきりで、このような関係を作ることはできませんでした。今では、アンサンブルの中に様々な経験の層ができています。初めての子もいれば、3~5年になる子もいて、さらにリーダーを補佐して後輩の子どもたちをサポートする実習生という存在になっている若者もいます。

創作を通して音楽の一部になる
―『コネクト』の様々な活動に共通する特徴、理念とは?

私たちの活動の中心にあるのは「創造性」だと考えています。創造的なプロセスを通じてやりたいことは、全ての人に「声」を与えることです。ギルドホールの学生であれ、それまで音楽をやったことのない地域の若者であれ、彼らが自分自身の音楽の「声」―音楽を通して何かを言う「声」―を築き始めてほしいのです。そのためには、個々で努力するだけでなく、他人と一緒に協力してやることで発達させるのが一番よい方法だと考えています。

そしてこのプロセスによって、若者は自分が「音楽づくりの過程の一部になっている」という自信を感じることができるのです。ある者はこれによって「もっと上達したい、先へ行きたい」と決心したり、またある者はこの経験で満足するでしょうがそれでも構いません。何かの一員であるという感覚は、若者に人間としての自信を与え、人生によい影響を与えるからです。

また、私たちはプロセスと同様、出来上がってくるものも大事だと思っています。多種多様な音楽の言語やスタイルが組み合わされ、若者自身のアイディアから生まれた音楽は、今までに聴いたことのないサウンドやメロディやテクスチャを持った、全く斬新な音楽であり、若者の「声」の集合表現なのです。

―そういった理由から「音楽を創造すること」を活動の方法として選んだのですね。

はい。例えばクラシック音楽をただ聴かせたとしても、若者にとって素晴らしい体験ではあるけれども、ほとんどの者は「私にはあんなことできない。できるようにならない。」と思ってしまいかねません。もし音楽を聴いて「私にはあってない」と思ったら、「私には音楽はできない」と思い始めてしまう。ですから、彼ら皆が参加しその一部となれるような他の方法で音楽をやってみたいのです。音楽は最も古いコミュニケーションの一つで、何かを言ったり、言葉では伝えられないものを表現する方法だったはずです。

また、イギリスの音楽教育の中心には、「全ての子どもは、あらゆるタイプの音楽を聴き、音楽を作り、演奏する機会を与えられるべきだ」という理念があります。私たちはその過程は、できる限り参加型であるべきだと思っています。『コネクト』ではアンサンブル活動を通じて、子どもたちが自分の音楽を作曲し、楽器なり声なりを使って演奏をし、一緒に音楽を作り上げ、自分たちがその一部として参加する機会を作っています。つまり、我々がただ一方的に演奏を提供するのではなく、相互に働きかけながらともにある音楽体験を作り上げる、という方法を取っているのです。

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私たちは学生や若者たちに、できるだけクリエイティブになってほしいと思っています。たとえクラシックのヴァイオリニストになるためにレパートリーを学んでいるとしても、グループの中でアイディアを持ち、作曲し、即興し、若者と対話し、つながりを作り、他のジャンルとも共同して音楽を作っていくことに自信を持ってほしいのです。地域の若者にも、これらの学生とともに音楽を作り上げる中で、たとえ楽器を習っていなくても、自分たちも音楽を通じてアイディアを持ち、クリエイティブになれるということに気付いてほしいのです。

―それはとても大事なことですが、学びとるのも難しいですね。経験によって身につくものでしょうか。

経験はとても重要です。こうしたものは、例えば「いかに聴衆とつながり、自分を表現するか」などを教えられることでは獲得することはできません。自分なりの方法を見つけなければ意味がありません。様々なシチュエーションで実践をするにつれ、自分なりの人とのつながり方やコミュニケーションの仕方というものを学んでいくのです。音楽家は失敗を恐れるものですが、失敗から学ぶのです。我々の活動の理念で大事なのは、思い切ってリスクを冒すこと、責任を持つこと、いつでもアイディアに耳を傾け、貢献しようとすること、関わろうとすることです。

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関わるとは、他人と、またプロセスに関わるということです。音楽家にとって音楽に関わることはたやすいことだと思うかもしれませんが、自分では音楽に関わっていると思っていても、実はちゃんと関わっていないことがよくあります。オーケストラやアンサンブルの中に座っていても、他のメンバーや自分以外の音楽にどれだけ関わっているでしょうか?周りで起きていることにどれだけ意識を配っているでしょうか?子どもと楽器を持って対話する時、どうやってお互いが交わるポイントを見つけるかは、さらに難しい課題です。

―周りと関わるスキルは、ソロで活動することが多いピアニストにはより難しい点ですね。

その通りです。ですから、今回ピアノ教育業界がこうした活動に興味を持っていること、そして「学校クラスコンサート」などで実際にピアニストが子どもと関わる道を見つけ始めていることを知って、とても嬉しく思いました。音楽教育とは、生涯教育です。いかに素晴らしいピアニストになったとしても、同時に、自分の経験や周りから常に学び続ける、それが音楽家です。

音楽教育を通して「生きるスキル」を学ぶ
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―子どもにとっての音楽教育とは、どういうものであるべきと考えていますか?

子どもの音楽教育では、できるだけ多くのスタイルの音楽に接し、演奏し、創作し、聴く全てのことに参加し、できるだけ多くの異なった音楽経験を吸収できるようにすべきだと思います。音楽専門の教育を受けている若者でも、フォーマルな教育とともに、彼ら自身が聴き、心動かされ、もっと知りたいと思うような音楽と関わるインフォーマルな方法による学びが組み合わせられるべきでしょう。クラシック音楽の道に進もうという者が、ポピュラー音楽やジャズを聴いたり演奏したりすることに罪の意識を感じるべきではありません。それら全てはつながっていて、等しく価値があるのですから。

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音楽の道に進まない子どももまた、音楽づくりの体験の機会を与えられるべきです。こうした経験は、子どもに人間としての自信を与えます。音楽づくりに参加する過程で、子どもは立ち上がり、自分のアイディアを持ち、人とコミュニケーションを持ち、表現し、フィードバックを受け、その中で人と交流する自信を持ち、対人スキルを育てるのです。技術的にどんなレベルであろうと、音楽教育を通してその他にもたくさんの「生きるスキル」を学ぶことができるのです。

それらのスキルは、他の領域にも転じることができます。音楽家にならずとも、音楽教育の過程で養ったものは、ビジネスであれ教育であれ、法律や医療であれ、生きていく中で活かすことができるのです。ですから、音楽家にならなかったからといって失敗と感じる必要はありませんし、「演奏家になれなかったから音楽の先生になる」といったような、演奏家を上に、教育家を下に置くような、まだどこかにあるような考え方はぜひとも変えたいと思っています。

- 次回は、実際に『コネクト』のアクティビティの様子を覗いてみましょう。

※ギルドホールコネクトは2009年秋に再編され、「バービカン/ギルドホール・クリエイティブ・ラーニングとなった。詳しくはこちら。

(取材・執筆 二子千草)


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