2015ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール(3)一次予選3日目 楽譜と自分の位置関係は

2015/10/06

ショパンコンクール3日目(10月5日)

ショパンコンクール3日目。外もホールも気温上昇中のワルシャワからお届けしています。本日は日本人が6名登場!どの方も笑顔で溌剌としており、堂々と好演を披露してくれました。またちょうど日本人研究者がノーベル医学生理学賞受賞というおめでたいニュースが届きました。対象に徹底的に近寄り、時には遠くから眺めながら、大きな流れや細かい変化を察知し、その意味を読み解いていく―ピアニストはさながら研究者のようでもあります。鋭い直感か緻密な検証か、アプローチは人によって異なりますが。そこで本日は「楽譜と自分の位置関係」という点から、印象に残る演奏をピックアップしました。新しい光を当てる人か、物語を声色豊かに語る人か、自身自身を見出す人か?いずれも素晴らしい演奏が続出!


新しい光を当てる人

46番 中桐望さん(日本)
楽譜の深い読みを、立体的に音に投影する。ノクターンOp.37-2は目くるめく転調に伴い、音色を変え、変幻自在に表情を引き出していく様が見事!ガラスに反射して煌めく、あらゆる光を感じ取るように。エチュードOp.25-6、Op.10-5はややかたくなった印象だが、スケルツォ2番は雄大で格調高い音楽の創り。悲劇性を帯びた問いかけのような第1主題、第2主題を経て、中間部の流れも見事で、特に繰り返される右手のパッセージが流麗かつノーブルに奏され、この曲の格調を高めている。
※使用ピアノ:スタインウェイ (photo:Bartek Sadowski NIFC)

38番 ロマン・マルティノフ(ロシア) の視点は、エネルギーがどこから生まれるのか、そのエネルギーがどこへ行くのか、思いがけないところからその源を探り当てる。ノクターンOp.27-2は最後半音階で下行する際の、高音域の前打音に光を当てる。エチュードOp.25-10は嵐のような激しいオクターブの連打の中から、いくつかの上声や内声に光を当て、それが中間部へ繋がっていく。そこでも拾い上げた内声が、次の展開を呼び起こしていく。エチュードOp.10-5はさらっと軽やかに、まるで次曲の前打音のように。バラード4番f-mollはフレーズの中の内部で密かにエネルギーを与えている音や和声に着目し、それが次への展開へ結びついていく。面白い視点を提供してくれた。
※使用ピアノ:スタインウェイ (photo:Bartek Sadowski NIFC)


物語を豊かに語る人

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43番 アレクシア・ムーザ(ギリシャ/ベネズエラ)
Op.10-4は軽々としかし迫力たっぷりに、Op.25-4も軽やかで左右のバランスが良い。エチュードOp.25-7は左の旋律が情熱的で、長く深い呼吸で朗々と歌い上げる。スケルツォ1番は激情がダイレクトに伝わる音で、意図的に荒々しさを出す。一転して中間部では、故郷の音色が記憶の彼方からかすかに響いてくるように、2回目は目の前に迫ってくるかのような鮮やかさで、3回目はまた記憶の底に押しとどめるように、そして追憶は唐突に遮断され一気にコーダへ。見事な構成と語り口だった。
※使用ピアノ:ヤマハ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)

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53番 ジョルジ―・オソキンス(ラトビア)
ノクターンOp.62-1は内面からほとばしる情熱的な2つの和音から始まり、密度の濃い一音一音によって旋律が奏でられる。一転、コーダではヒラリと羽が空を舞うような美しさで終える。エチュードOp.25-10は感覚優先で、中間部などはやや自己陶酔気味だが、Op.10-5は対比的にさっくりと進める。バラード3番は、優しい語り口で始まり、第1主題、第2主題を、物語の第1章、第2章という感じに語りを展開していく。プログラム全体を見渡すと、ストーリーテラーとしてのピアニスト像が浮かび上がる。
※使用ピアノ:ヤマハ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)

47番 シモン・ネーリング(ポーランド)
は各曲・各楽節に様々な表情を見出そうと試みている。エチュードOp.25-7はややテンポを揺らしてこね回し過ぎたが、幻想曲Op.49は旋律を朗々と歌い、コラールは内省的に、エチュードOp.25-4はリズム、アーティキュレーションを明確に出したり、音の配分を考えて新しい響きを追求した。Op.25-11はやや力みも見えたが堂々と最後を締めくくった。


自分自身を見出す人

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45番 中川麻耶加さん(日本)はノクターンOp.27-2は安定した伴奏に、旋律が刺繍のような繊細さを添えて心地よく乗る。左右のバランスもよく音色が透き通っている。エチュードOp.25-6は滑らかに、Op.25-11は自分の心情と結びつけての気迫こもった演奏。舟歌Op.60はノクターンと逆の上昇する音型で、何かが起こりそうな予感をさせる左手の表情が良い。左右の役割をさらに描き分けるとより立体的になるだろう。幾度かの内省を経て、成長して大胆に生まれ変わったかのような表現、そして最後*は大きくやわらかい波によってすべてが洗い流され、一粒の真実が残る。小柄だがとても大きい音楽を見せてくれた。
※使用ピアノ:ヤマハ (photo:Bartek Sadowski NIFC)

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40番 三重野奈緒さん(日本)
ノクターンOp.27-2は音が美しく伸びやかで、この音楽の心に迫ろうという素直な気持ちが伝わってくる。ちょっとしたフレーズにも美しさと気品が宿る。再現部は雄大に華やかに。エチュードOp.10-8は表情豊かで愛らしく、Op.10-2は左手にもう少し面白味があっても。スケルツォ4番は美しく弾いているので、全体の構造を踏まえてさらに有機的に表情を創り上げることができるだろう。コンクール前のプレイベント2日間にも足を運び、「感動しました!」と音楽経験を豊かに増やしている10代最後の秋である。
※使用ピアノ:ヤマハ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)

37番 シン・ルオ(中国)
エチュードOp.10-12革命エチュードは激昂の表現よりも戦禍のやるせなさが表現される。Op.25-10は中間部に入る手前から、その優しく慈しむような語り口が心に染み入る。ノクターンOp.27-2は素晴らしい旋律の歌わせ方で、自分の心との対話を通して嘘偽りのない音が出てくる。心の眼にはどんな風景が広がっているのだろうか。バラード1番は全体の構造よりも、瞬間瞬間の美しさに何度も出会った。
※使用ピアノ:スタインウェイ

51番 ピョートル・ノヴァク(ポーランド)
ノクターンOp.27-2はゆったりとした長い呼吸で、よく細かい部分まで音を聴いて音色を創っている。エチュードOp.25-10は中間部が思索的で、音を通して自分の内面と対話しているような印象。スケルツォ3番は全体の構成を踏まえていないと「これでもか」と美も力任せになってしまうが、一瞬一瞬に美しさを追求する気持ちはよく伝わってくる。


日本人も堂々の好演!

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52番 小野田有紗さん(日本)
エチュードOp.25-6は軽やかに滑るように、Op.10-8は左手のリズムが曲全体に軽快な躍動感を与え、旋律もほんのりと表情を感じさせる。そのバランスにセンスが光る。ノクターンOp.48-1は伸びやかな明るい音で情熱的に歌う。バラード1番は響きの創り方にやや甘い点があったが、第2主題の旋律の運び方などに独自の感性が生かされていた。
※使用ピアノ:スタインウェイ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)

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50番 野上真梨子さん(日本)
ノクターンOp.27-2は清廉で爽やかな音でとても耳に心地良い。エチュードOp.10-10も丁寧に美しく、Op.25-11もよく弾きこなした。スケルツォ3番はよく透き通った音で、第2主題の高音域から舞い降りてくるパッセージは非常に美しい。全体的に楽譜に忠実に、大変美しい仕上がりを見せてくれた。
※使用ピアノ:ヤマハ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)

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39番 丸山凪乃さん(日本)は若干16歳!元気はつらつで威勢の良いと確実な打鍵で、エチュードOp.10-8、Op.25-6を闊達に弾いた。ノクターンOp.48-1も明快な打鍵でどこまでも快活に。スケルツォ3番も大きくブリリアントな音で、やや単調になる面もあったが、大舞台でも全く物怖じしない度胸を見せて立派!
※使用ピアノ:カワイ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)

*訂正しました。

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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