19世紀ピアニスト列伝

アレクサンドル・ゴリア 第3回:成功とスキャンダル

2016/08/23
アレクサンドル・ゴリア
第3回:成功とスキャンダル

いつの時代でも、ジャーナリズムはスターのスキャンダルを探すことに一生懸命です。今回は、パリでの成功とスペインである新聞記事によって引き起こされたスキャンダルがテーマです。社交界でひとたび傷ついた名声は、ただでさえ回復は困難でしたが、ゴリアのような内気で善良な人物にとっては更に大きな打撃となったようです。

アレクサンドル・ゴリア

 ゴリアが寛大で善良だったことも書き添えておこう。墓場まで彼を追い回した敵意について、彼の立派な心には何の責任もない。不幸にして、内心の美点や芸術的な長所が、慎重さ、機転、判断に代わることはないものだ。というのも、ゴリアは、決して忘れえぬスペイン旅行で、辛酸を舐め、ひどい経験をしたのだった。

 ピレネー山脈の向こう側でプリュダンゴットシャルクが収めた華々しい成功を見た彼は、有能な芸術家が決まって最上級の歓待を受ける、あの美しい国を見てみたいと思った。たくさんの推薦状を携え、コンサートで多くの実りをもたらすことを確信して、ゴリアはまっすぐマドリードに赴いた。そこでは、上流社会が彼を熱狂的に歓迎した。サロンというサロンでもてはやされ、すかさず大演奏会の告知をすると、そのチケットは数時間のうちに売り切れた。その夕べ、会場は人であふれかえり、華々しい聴衆はこのフランスのピアニストに拍手喝采をする準備を整えていた。そのとき、ある出来事が、観客の好意を台無しにした。

 道中、そしてマドリードに着いてからも、ゴリアはメモをとった。メモといっても、それは音符や流行の歌もモチーフではなく、多かれ少なかれユーモラスかつ控えめな観察録だった。それはスペインの習慣や風俗を話題にし、女性たちの美貌に関するもので、内心にかかわる細かな事柄にも踏み込むものだった。すべてはゴリアの親友で、ピアノを弾く士官ヴィエノ1に宛てた手紙に要約されている。この芸術家[ゴリア]がスペインの人々の好感を呼んでいたちょうどそのころ、才気に富んだ、しかし時宜を得ない手紙が運悪く、まだ小さいながら、すでによく知られており、やがては軽い話題を扱う初期の通信媒体となる新聞の編集長の手に渡ってしまった。この手紙は、休暇中の新米記者の手になるあの攻撃文書の出版が、どんな惨事をもたらすかも考慮されないまま、印刷に回されてしまったのだ。

 マドリードで刊行されたこの新聞は、コンサートの数分前、つまりすでに聴衆がホールに着席していたその時に読まれた。手から手へ、ボックス席からボックス席へと新聞は渡っていった。こうして騒動の準備は整った。開演前にそのことを知らされて、ゴリアは、この不意の逆境に心打ちひしがれたまま、すぐさまマドリードを離れなければならなかった。この出来事は、物質的にも道徳的にも災難となり、ゴリアはそこから決して立ち直ることができなかった。彼を悩ます心臓の鼓動はますます激しくなった。彼の精神は沈み込んでいた。なんども脅迫や挑発を受けた彼は、いつも、今に決闘が始まるのではないかと思うようになっていた。だが、戦闘的な気質をぜんぜん持たない彼は、かくて不安にかられ、そのことばかり考え、悲しみのうちに数年を過ごした。その上、人々は、ゴリアとこの残念な出来事について話すのを避けていた。というのも、そうすれば、親友の軽率さを問題にすることとなる上に、決して争われない彼の生来の寛大さが、そのことで痛めつけられることになるからだった。

  1. 書ではViennotと綴られているが、この人物はエドゥアール・ヴィエノédouard Viénot(1825~?)である可能性が極めて高い。機甲連隊長でありながら、熱心なピアノ愛好家でもあり、自ら作曲も手がけた。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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