19世紀ピアニスト列伝

フンメル 第1回

2014/11/06
フンメル 第1回

19世紀に活躍した30名のピアニストを紹介するマルモンテルの『著名なピアニストたち』も18人目となりました。今回から約4回に分けてご紹介するピアニスト兼作曲家はヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837)です。数少ないモーツァルトの弟子の中でも傑出した才能を発揮し、ピアノ、管弦楽、オペラ、宗教曲などあらゆるジャンルで作品を残した肥沃な才能です。現在ではピアノのレパートリーに殆ど残っていませんが、19世紀まではフンメルの数々のソナタはその華麗さと堅固な構成でピアノ教育の中心的な地位を占めていました。

今回ご紹介する冒頭部分はベートーヴェンとの比較から始まります。第3段落から、フンメルの略歴が始まります。

フンメル

芸術上の比較というのはめったに望ましいものではないし、しばしば不都合をもたらすものではあるが、それでも年代の一致や様式上の関係から時に比較が必要とされることがある。フンメルにとって、ベートーヴェンと並べられ、この巨匠と比較されることは名誉なことであろう。ところがそれは全く喜ばしいことではない。等しく一線を画したこの二大家を互いに対比すること、それは学識を駆使した想像力と創造的な発想の才を、繊細な感性と対比させ、確実な様式、労多くして培われた独創性を創造的衝動に対比することである。ここから、この同時代を生き競い合った二人の大家の不都合な対照がくるのである。ベートーヴェンは一人の力強い天才であり、フンメルは一人の才能ある音楽家であった。前者の威光は、後者の本当の美点をくすんだ光の中に置き去ってしまった。だから、精神的な努力によって、不滅の交響曲作曲家の芸術の頂点にベートーヴェンをただ一人取り残しておかなくてはならない。そうしたら、彼の雄々しきライバルに対して与えられるべき正当な評価を下すことがいっそう容易になるだろう。

この恐るべき隣人から離れて距離をおくと、フンメルの芸術的な容貌は新しい光で輝く。その容貌にしかるべき地位を与えることに戸惑う者はいない。フンメルは輝かしいばかりか、芸術を進歩させ新しい道を拓いた大家の一人として尊敬されている。彼はベートーヴェンの大きな羽ばたき、浩々たる力強い霊感を持ち合わせていなかったにせよ、少なくとも音楽の古典詩人たちがもつ霊感あふれ正確で純粋な言語を話し、真の傑作を書き、様式と趣味の賞賛に値するモデルを残したのだ。

(ヨハン=ネポムク・)フンメルは、傑出した音楽家で熟練の教師、指揮者だったヨーゼフ・フンメルの息子で、1778年11月16日1、プレスブルク2に生まれた。子ども時代の早いうちからピアノの学習に全く特別な適性を示し、彼はこれを5歳から始めた。彼の音楽能力はたいへんに目を見張るもので、7歳の時にはすでにそのヴィルトゥオジティで人を驚嘆させた。フンメルの父はウィーンに居を定め、そこで劇場オーケストラを指揮していたが、彼は自身の神童を多くの傑出した芸術家とヴォルフガング・[アマデウス・]モーツァルトに紹介した。この大作曲家はこの幼いヴィルトルオーゾの豊かな素質に大変感激し、ほとんど教育を好まなかったにもかかわらず自ら彼の指導を望んだのであった。

  1. 正しくは14日。
  2. 現在のスロバキアの首都、ブラチスラヴァ。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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