驚異の小曲集 エスキス

第08曲「偽りの無邪気さ」

2008/08/18

曲集全体のおおまかな構成については、この連載の第2回で触れました。簡単に復習すると、12曲ずつの4巻+終曲という形で、ハ長調で始まり24の調をふた周り、終曲でハ長調に戻る、というものでした。調性の巡り方も、1周目と2周目でそれぞれ違って面白いのだけど、詳細は別の機会に――ということで第2回では細かく書けなかった。今回は第1巻の調性の並びについて見てみたい。

今までの連載で取り上げた第1曲から第7曲まで、調性を書き出すと、こうなる。

C-dur (ハ長調)
f-moll (ヘ短調)
D-dur (ニ長調)
g-moll (ト短調)
E-dur (ホ長調)
a-moll (イ短調)
Fis-dur (嬰ヘ長調)

さて、ここまで見れば、もう今回の第7曲の調性はわかりましたね。――そう、 h-moll (ロ短調)です。はっきりとした規則に基づいていますが、よく考えてみるとこの並べ方、ちょっと面白い。

24の調性を網羅する、という構想に基づく曲集はいくつもあります。まず挙がるのはやはり、バッハのいわゆる「平均律クラヴィーア曲集」でしょう。これは単純明快に、

C-dur (ハ長調)
c-moll (ハ短調)
Cis-dur (嬰ハ長調)
cis-moll (嬰ハ短調)
D-dur (ニ長調)
d-moll (ニ短調)
Es-dur (変ホ長調)
dis-moll (嬰ニ短調(=変ホ短調))

といった具合で、同主調(ハ長調とハ短調のように、同じ音から始まる長調と短調の関係)を並べながら半音ずつ上がっていくやり方です。これに対し、平均律の次に挙がると思われるショパンの前奏曲集だと、

C-dur (ハ長調)
a-moll (イ短調)
G-dur (ト長調)
e-moll (ホ短調)
D-dur (ニ長調)
h-moll (ロ短調)
A-dur (イ長調)
fis-moll (嬰へ短調)

となっている。こちらは平行調(調号(♯や♭)の数が同じ長調と短調の関係)を並べながら五度圏(調号がひとつ増えたり減ったりする調の関係)を上がっていくやり方。

並べ方はまったく違いますが、両者に共通しているのは、この規則通りに調を並べていけばすんなり24の調を網羅できるという点です。そりゃあそうですね、普通はそうする。網羅するのが目的なんですから。

しかしアルカンの並べ方は違う。きちんとした理論に則り、長調と短調を交互に並べているのはバッハやショパンと同じだけど、その規則通りに進めていくと、12の調を使ったところでもとのハ長調に戻ってきてしまう。半分しか網羅できない。なんだこりゃ、失敗だ――なんてことはなくて、これも計画のうちなのです。実は第2巻では、

 c-moll (ハ短調)
F-dur (ヘ長調)
d-moll (ニ短調)
G-dur (ト長調)
e-moll (ホ短調)
A-dur (イ長調)

といった形で、第2巻では第1巻と長、短を入れ替えた配列にしてある。これで24の調を網羅できるようになっているのです。このことにより、第1巻と第2巻にははっきりとした色合いの違いが出る。第3巻と第4巻も、並び順はまた違いますが、同じ構想に基づいて配列されています。全体が2つではなく4つの巻に分かれているのにもちゃんと意味がある。調性の配列からもそれがはっきり読み取れるのです。

分析する分には簡単なことなのだけど、このひねった並び順を思いつくのはなかなか大変だと思う。アルカン、実は相当に頭脳派だ。

さて、それでは今回の「偽りの無邪気さ」。これはタイトルで魅せるタイプの代表でしょう。 Andante pian piano という珍しい標示も効いている。曲として聞かせる場合、つくりが非常に単純なので退屈にならないよう注意しましょう。2小節ごとの調の交替や、中間部のドッペルドミナントや増二度のきつめの響きを活かせるよう、色合いに変化をつけることが大切です。中間部は、下段に書かれた音符の一部を右手で取ってやるなど、両手の使い方を自由に工夫すると弾きやすくなるかもしれません。ペダルはただ指示通りに踏みっぱなすのではなく、耳でよく聞きながら調節しましょう。

それではまた次回。「ないしょ話」でお会いしましょう。

第8曲「偽りの無邪気さ」
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森下 唯(もりしたゆい)

ピアノを竹尾聆子、辛島輝治、東誠三の各氏に、リート伴奏をコンラート・リヒター氏に師事。

ホームページ:http://www.morishitayui.jp/

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