ショパンの中期にあたる1839年に書かれたこのソナタは、彼の創作意欲の大きさを示すばかりか、彼の音楽形式に対する並々ならぬ才能が開花した数少ない傑作である。このソナタに関してシューマンは「彼の最も狂気じみた4人の子供を無理矢理一緒にした」と述べている。しかしこのソナタは、最初に完成した第3楽章『葬送行進曲』の2種の主題を基に他の楽章のモティーフを生み出すという技法によって、全曲が見事にまとめられている。内容も叙情的で力強く、この上なく独創的である。<ピアノ曲事典のページへ>
コンサート情報
2012年3月20日(火・祝) 第35回入賞者記念コンサート 第一生命ホール (東京・勝どき) ⇒チケット販売中
2012年8月4日(土) 小林愛実ピアノリサイタル 鎌倉芸術館大ホール (神奈川) ⇒本日チケット販売開始!
演奏
ピアノ:小林愛実(第5回 福田靖子賞)
1995年 山口県宇部市出身。3歳よりピアノを始める。
2001年より、世界最大規模の参加人数を誇るピティナピアノコンペティションに 4年連続で決勝進出。
2003年 フッペル平和祈念鳥栖ピアノコンクールにて第1位、こども大賞を受賞。
2004年 ショパン国際ピアノコンクールinASIAアジア大会にて第1位金賞を受賞。
2004年 アクロス福岡シンフォニーホールにて九州交響楽団と共演。
2004年 ピティナピアノコンペティション小学3年(8歳)でJr.G級(16歳以 下の部門)にて、出場最年少で全国決勝大会第1位、金賞 ソナーレ賞 読売新聞社賞を受賞。
2005年 第59回全日本学生音楽コンクール全国決勝大会にて第1位、井口愛子賞、野村賞、都築音楽賞、毎日小学生新聞賞を受賞。小学4年生での全国1位は59 年の歴史で初という快挙である。
2005年 フランス、パリ(コルトーホール)アメリカ、ニューヨーク(カーネ ギー)にてコンサートをする。カーネギーホールでの模様はフランステレビ局により ヨーロッパ全土及び東京MXテレビ系で放映された。
2005年 12月、NHKテレビにて生出演する
2006年 1月には、日本テレビ『深夜の音楽会』にて読売日本響楽団と東京オペ ラシティコンサートホールにて共演する。読売日本交響楽団は40年以上の歴史があるが、「最近10年間では、バイオリニストの神尾真由子が中学生の時に共演した記録がある程度で、近年では最年少のソリストとの共演になる」(読売日響 公演事業部 江上氏)としている。コンサートの模様は日本テレビにて放映された。
2006年 10月、再び行われたカーネギー大ホールでのコンサートで大成功を収める。
2006年 12月、ロシア(モスクワ)でヴラディミール・スピヴァコフとコンチェ ルトにて共演(AADGT 主催)。3社のテレビ局と33社の新聞社での記者会見が行われ、 その模様は海外にも流れる。
2007年 3月、東京サントリーホールにて東京フィルハーモ二―交響楽団と共演。4月、福岡アクロスシンフォニーホールにてデビューコンサートで大成功を収める。5月、フランステレビ局LCIに取材を受けるその内容がフランス国内で放 映される。11月、再びフランステレビ局LCIに取材を受ける(この度、来日中のマエストロ エッシェンバッハ氏よる、NHK大ホール にて特別レッスンを受ける光景が取材されフランス国内で度々放映され、多くの反響 がLCIに寄せられている)。
2008年 2月、Spivakov and his Virtuoso Orchestraと、モスクワとサンクトペテ ルブルグにて、ベートーベン1番を、協演、大成功を収める。国内にて、PTNAの入賞者演奏会に客演として、各地で、演奏する。6月、3度目のニューヨーク、カーネギーホールでの演奏を果す。
7歳でオーケストラとの共演、9歳で国際デビューをはたす。山口県(19年2月まで 在住)よりメダル栄光文化賞を3度受賞する。学校や各種施設、ホスピス等でのボラン ティアコンサート、慰問にも精力的に活動を行う。
2007年4月より桐朋学園大学音楽学部付属 "子供のための音楽教室"に特待生として入学。
2008年、東京倶楽部特別助成金を受ける。
8歳より、二宮裕子先生に師事し現在に至る。