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19世紀前半のイタリアとピアニスト・コンポーザーたち 3
掲載日:2012年10月5日

 19世紀のイタリアはどのようなピアニスト・コンポーザーを生み出したのか?前回に引き続き、謎多きショパン世代のイタリアの作曲家がテーマです。今日の主役はコロンブスとパガニーニゆかりの地ジェノヴァが輩出した作曲家、ガンビーニです。
 前回はイタリア・ピアノ音楽のパイオニア、ステファノ・ゴリネッリをご紹介いたしました。1817年ボローニャ生まれのゴリネッリに続いて登場するイタリアのピアニスト兼作曲家はジェノヴァ生まれのガンビーニです。カルロ・アンドレア・ガンビーニCarlo Andrea Gambini(1819~1865)はゴリネッリより一つ年下で、ミラノから南に145キロほどの場所に位置するジェノヴァという街に生まれました。ガンビーニについては、現段階でゴリネッリ以上に分かっていることの少ない謎の多い人物です。

●ジェノヴァの街と音楽の伝統
 ガンビーニの生地ジェノヴァは、地中海に面した港湾都市として発達し、ヴェネツィアと並ぶ海洋共和国として権勢を振るいました。11世紀にはアウレリア街道の延長によってローマ、更に北は南仏と結ばれ、陸、海ともに重要な交易地として栄えます。音楽文化の歴史は古く、13世の音楽の写本が現存し、教会を中心に発達した音楽的文化の土壌がありました。街の発展に伴い16、17世紀には貴族たちが豪勢な館を築き、そこで世俗音楽が著しい発展をみせました。これらの館は現在でも過去の栄華を物語る街の文化遺産として保存され重要な観光資源ともなっています。
 世俗音楽の分野での演奏は、演奏家養成機関を兼ねた職業音楽家の集団である複数の音楽アカデミーが設立され、街の洗練された音楽活動の中心を担いました。17世紀の間には劇場が設置され、ジェノヴァからは優れたオペラ作曲家や歌手が輩出されます。
 一方、器楽の発達は弦楽器、特にヴァイオリンの分野で18世紀に著しい発展が見られます。マルティーノ・バッティ(1655/6-1743)、フランスで活躍したグイード・アントニオ・ジョヴァンニ(1675頃~1728以降)以降現れた巨人は魔人的ヴィルトゥオーゾ、ニコロ・パガニーニ(1782~1840)でした。本日の主役ガンビーニはパガニーニの没後「同郷の著名なヴァイオリニスト」に捧げた《パガニーニの追想》作品50という20分を越える大作を書いています。リストがそうであったように、ガンビーニがこの同郷人から多大な感化を受けピアノ演奏への高い意識を保たせたことはおそらく間違いないでしょう。
1810年頃のジェノヴァ(Wikipediaより転載)


●教育的環境
19世紀になっても音楽活動の中心はやはりオペラでした。1828年にカルロ・フェリーチェ座がオープンすると、ベッリーニやドニゼッティのレパートリーが上演され、20世紀に至るまで街の音楽文化を支えました。近代的な音楽教育機関の前身は翌1829年に創設された無償歌唱学校Scuola Gratuita di Cantoでした。その目的は上記オペラ座の歌手を要請することであり、未だ器楽の独立した地位は与えられていなかったことになります。パリ音楽院でも当初はそうだったように、ピアノはおそらくここにおいても伴奏楽器としての地位を占めていたに過ぎないでしょう。この学校は現在ではニコロ・パガニーニ音楽院として存続しており、もちろん幅広い器楽教育を行っています。いつからピアノ科が創設されたのか、これは今後調べてみたいと思います。

●ガンビーニとその作品
ということは、1819年生まれのガンビーニは恐らく公的な学校教育ではなく個人的な教師についてピアノと作曲を学んだということになります。出版された彼の楽譜の献呈先から、彼の先生が「A.ベヴェラックア」なる人物であったことは分かりますが、それ以上のことは現段階では不明です。ピアノのヴィルトゥオーゾとして経歴をスタートさせた彼は、「1810年世代」のなかでは「後発組」ながら《12の練習曲》作品36(1841)で一気に周囲のヨーロッパの音楽家に劣らない作曲家としての気概を示します。流行のオペラの主題に基づく幻想曲や小品を書く一方、《ピアノ・トリオ》第一番、作品54、《12の性格的カプリチョ》(1846)作品55を経て演奏家、作曲家としての地位を確立。リストに迫る1850年の大規模な《6つの大ピアノ練習曲》作品70は19世紀イタリア・ピアノ音楽の成熟を示す一つの頂点を成しています。この曲集が「イタリアのピアニストたち」へ捧げられたことは、台頭しつつあった「イタリア楽派」というナショナリスティックなアイデンテイティー形成を意識しているようです。
 彼は生涯に3曲のピアノ・トリオ(作品52, 62, 64)、《ピアノ・ソナタ》作品83を含め現在確認出来るだけで作品番号にして145、作品番号なしの作品を含めれば200余りの作品を書いています。50年代、ジェノヴァの指導的な音楽家となってからは、オペラ、オラトリオ、いにしえの同郷人クリストファー・コロンブスを題材とした劇的交響曲《クリストフォロ・コロンボ》を始め大規模作品を手掛け、19世紀イタリア楽壇の中でリーダー的な存在として活躍しました。それにしてもこれらの作品、一体どのような内容なのか大変気になりますが、この辺りはいずれイタリアに行って楽譜を調査したいと思います。

●商業録音
ガンビーニの作品は彼自身がまだ研究者にも知られていないので殆ど録音はありません。私が検索して見付けられたのはパガニーニをテーマにしたアルバムに収められた《パガニーニの追想》作品50のみです。本当は、作曲家の特徴を偏りなく理解するには室内楽も含めた幾つかのジャンルの作品を一ダースほど聞くことが大切ですが、このような場合はやむをえませんね。Naxos music Libraryにも登録されておりますので、ナクソスに登録されている方は聴くことができます。(上田)

下図は1843年時点のイタリアの地図(Wikipediaより転載)ナポレオン失脚後、ウィーン会議を経て以前の小国分立状態へと戻った。赤い丸がガンビーニの生地ジェノヴァ、白丸はゴリネッリの生地ボローニャ。ジェノヴァはサルデーニャ王国、ボローニャは教皇領に属していた。

執筆者:上田 泰史 
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