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19世紀フランスの音楽雑誌とピアノの楽曲解説~第3回
掲載日:2013年9月25日

 前回は、19世紀前半のフランスの『ピアニスト』という音楽雑誌に掲載された、ショパンの楽曲解説をご紹介しました。今回は、同じ時期にフランスで刊行されていた『ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』という音楽雑誌を取り上げて、ショパンの作品がどのように解説されたのかを見てみましょう。
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 前回取り上げた『ピアニスト』の《4つのマズルカ》Op. 17の楽曲解説では、ショパンの独創的な作品には、しばしば「耳に衝撃を与える」部分があると、やや批判的な意見が書かれていました。その解説が掲載された直後、『ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』という音楽雑誌は、ショパンの《ポーランドの歌による幻想曲》の楽曲解説を掲載します。その解説では、以下のような説明がなされています。

ショパン氏が創ることのできる和声の結合は、彼に固有のものであります。そのため、耳がほとんど訓練されていない人は、とりわけ、もしその芸術家[=演奏家]の演奏に不完全な部分が残っていたり、その芸術家[=演奏家]がショパン氏の特性を十分に理解していないならば、作品の中にところどころ誤りがあり、間違った音を聴いていると思ってしまうのです。


『ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』の解説者は、ショパンの作品を、耳が肥えた人のための音楽として説明しています。これは、『ピアニスト』の解説者の「耳に衝撃を与える」という意見に、異を唱えているように読めます。
 『ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』は、なぜこのような楽曲解説を掲載したのでしょうか。それはこの音楽雑誌が、フランスでショパン作品の出版の多くを手がけていたモーリス・シュレザンジェという楽譜出版者によって、刊行されていた媒体であったからです。つまり、上で引用した楽曲解説は、ショパン作品の楽譜の広告としての役割も持っていたのです。
 この『ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』という音楽雑誌は、ショパンの有名な《華麗なる大円舞曲》の楽曲解説も掲載しています。下の図はその解説が掲載されている頁で、ここには次のような説明があります。

このワルツは、[…]その譜面台が通俗的な音楽を乗せることに慣れていないようなピアノのところに、すぐに行き着くべき作品です。ベートーヴェンの美しいソナタを流行の作曲家の変奏曲や幻想曲よりも好むような愛好家[…]さえも、ショパン氏のワルツを喜び満足して弾くことでしょう。


解説者は、ベートーヴェンのソナタを引き合いに出して、《華麗なる大円舞曲》の価値を説明しています。シュレザンジェは、ベートーヴェン作品の出版者でもありました。ショパンの軽やかなサロン・ピースが、ベートーヴェンの音楽の愛好家を満足させる作品として紹介されていることは、やや大袈裟な宣伝であるように感じられるでしょう。しかし別の見方をすれば、高尚な芸術音楽を求める人々にショパンの作品を届けたいという、売り手の熱意が強く反映されているとも考えられます。

図:『ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』からの1頁。赤い線で囲んだ部分がショパンの《華麗なる大円舞曲》の楽曲解説。

 この音楽雑誌は当時のフランスで非常に大きな影響力を誇っていましたので、楽曲解説で作品の優れた点をアピールすることは、作曲家にとっても大きなメリットがありました。よく知られているように、ショパンは公の場で演奏することを好まず、レッスンと楽譜出版が収入を得るための大切な音楽活動になっていました。したがって、楽曲解説を通して作品の理解者・購買者を増やすことは、ショパンがフランスで音楽活動を続けるうえで、とても重要なことであったと考えられます。このように見てみると、楽曲解説がピアノ学習者と作曲家をつなぐ役割を果たしていたことも分かります。
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 ここまで3回にわたって、19世紀のピアノの楽曲解説について見てきました。歴史を振り返ってみると、楽曲解説とは、作品について知りたいと思う学習者の意欲、作品についての考えを言葉で伝えたいと思う解説者や出版者の熱意から、生まれたものであったと言うことができるでしょう。現代はインターネットを使って楽曲解説に簡単にアクセスすることができる時代ですが、この連載を通して、音楽について語ること・学ぶことの歴史の厚みを感じていただければ嬉しく思います。そして皆さんには、様々な楽曲解説を読んで、自分自身の解釈をかたち作ることにつなげていただきたいと思います。
(塚田 花恵・音楽学)
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