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19世紀フランスの音楽雑誌とピアノの楽曲解説 第2回
掲載日:2013年9月17日

 前回は、19世紀前半のフランスで刊行された『ピアニスト』という音楽雑誌をご紹介しました。この雑誌の編集者が考えていた、初学者の独習を助ける楽曲解説、適切な選曲をするために役立つ楽曲解説とは、どのようなものだったのでしょうか。今回は、実際にこの雑誌に掲載された楽曲解説を見ていきたいと思います。
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 『ピアニスト』では、例えばチェルニーの《40番練習曲集》など、私たちが今でも勉強している作品が取り上げられています。この「チェルニー40番」の楽曲解説の中には、次のような説明が見られます。

[指の動きの]速さが過剰なまでに推し進められていますが、筆者はチェルニーに対して、このことを非難しているのです。この作品においては、ほぼ全ての練習曲が1分あたりに800もの音を要求しているほどです。


この解説が書かれた1830年代のフランスでは、リストやアンリ・エルツなどのヴィルトゥオーソ・ピアニストが活躍していましたが、この説明からは、名人芸的な技巧だけを追求する風潮に対して解説者が批判的であったことがうかがえます。
 他の楽曲解説の例も見てみましょう。同じ時期に『ピアニスト』は、当時フランスで出版されたばかりのショパンの《4つのマズルカ》Op. 17の解説を掲載しています。以下の2つの譜例は、第3曲からの一部分です。譜例1はAs-durの冒頭部分、譜例2はE-durの中間部が終わるところです。この中間部の後に再びAs-durの冒頭部分に戻りますが、そこではeの音をfesと読み替えるエンハーモニック的な転調がなされています。

  ●譜例1:ショパン作曲《4つのマズルカ》Op.17の第3曲。As-durの冒頭部分。


  ●譜例2:ショパン作曲《4つのマズルカ》Op.17の第3曲。E-durの中間部の最後。E-durからAs-durにエンハーモニック的な転調をし、譜例1の冒頭部分に戻る。


『ピアニスト』の解説者はこの部分を指して、「わざとらしい」転調になっていると批判をしました。そして、ショパンの音楽語法に対して、次のような意見を述べています。

ショパンの作品の中には]独創的な形式や、全く新しい手法で処理されたパッセージの和声が絶えず現れます。それは、適切に打鍵されない時には、耳に衝撃を与えるのです。


具体的には、上に挙げた遠隔調への転調や、非和声音の使用などに対して、しばしば『ピアニスト』の解説者は批判を行ったのでした。
 なぜ解説者は、指の速さを競うようなヴィルトゥオーソの音楽や、凝った転調が頻繁に起こるロマン派の音楽を批判したのでしょうか。それはこの音楽雑誌が、クレメンティやドゥシークなどの少し前の時代の作品を、ピアノ愛好家が学習すべき「古典」として尊重していたためです。解説者は、メロディー・ラインがよく聴き取れるような作品こそが、優れたピアノ作品であると考えていました。そのため、同時代の作品の中で、速いパッセージや複雑な和声が目立つ箇所があると、メロディーの美しさが阻害されていると感じたのでしょう。
 このように、作品を分析し、時に芸術的な評価を行う楽曲解説とは、中立的・客観的なものではありえず、書き手の音楽観や教育観を強く反映するものなのです。したがって、解説者が異なれば、同じ作曲家・作品に対して違う見方が示されることもあります。次回は、ショパンの作品について、同じ時期に書かれた別の楽曲解説を見てみたいと思います。
(塚田 花恵・音楽学)
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