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【19世紀ピアニスト列伝翻訳シリーズ】 アメデ・ド・メロー~最終回:気高きルーアン市民の闘病と最期~
掲載日:2013年8月7日

今日でマルモンテル著『著名なピアニストたち』より第5章「アメデ・メロー」は最終回です。ピアニスト、作曲家、文筆家として、いずれにおいても第一級の水準を保ったメローはルーアン市のアカデミー会長に迎えられました。肺の病に冒された晩年、71歳の時にメローは遂に息絶えました。芸術家としてのみならず、人格者としてもルーアンの芸術家たちの尊敬を集めたメローの死は市民に深い哀しみをもたらしました。

私は今でもアメデ・ド・メローの好感に満ちたあの表情が目に浮かぶ。力強さと善良さが輝く顔、エネルギッシュで愛情に溢れた容貌、くっきりと浮かび上がる輪郭、揺るぎなく見通しのよい眼差はそれでいて好意に満ち、それはまさにあの雄々しき精神の反映そのものだった。1874年4月25日、多くの友人と生徒の愛情を残し、彼の熱烈に愛したある女性に深い愛着を抱いたままメローは亡くなった。三年来、肺に生じていたアンギーナによって彼の頑強な身体組織は蝕まれたが、彼はこの手ごわい病の進行を近親者に知られないように務めた。善良で愛想がよく微笑みの絶えないド・メローは正に堅忍不抜の精神で病の苦痛に起因する幾度とない危機に耐え、周囲の人々には安心させる言葉をかけた。

彼の死はルーアン市に深い哀しみをもたらした。人々に愛された芸術家は、このノルマンディー地方の都市にとって養子のような存在だった。ルーアンのアカデミーは彼を会長の座に据え、彼に対し正式に、上流市民の資格を与えたのだった。ルーアンの芸術家たちは一人残らず博愛的精神の下に団結し、ド・メローのために大芸術家に対して行うような葬儀を営んだ。思いを共にする人が自身の墓の周囲に集まってくれる人々はなんと幸せだろう、そしてその死が高揚する人々は!

メローの墓のほとりで読まれた弔辞はこのヴィルトルオーゾ、傑出した作曲家、卓越した文筆家という3つの掛け替えのない栄光に贈られた輝かしい賛辞である。だがも我々は重ねて述べておきたい。まさにメローの名を高からしめたこれらの美点に加えて、メローは更に実直な心、揺らぎない良心、彼の芸術に対する変わらぬ愛、まったく繊細な感情を備えた雄々しき精神を持っていたのだ。ゆえに彼の名は、永遠の命がこの先長く模範となり、高尚な教訓となっている大家の名に加わるに相応しいものなのだ。



次回からは数回にわたり「ノクターン」というジャンルを確立したジョン・フィールドの波乱万丈な人生をお送りします。どうぞお楽しみに。 (訳・文:上田泰史)


アメデ・ド・メローのポートレート。フランス国立図書館デジタルアーカイブGallicaより。



執筆者:上田 泰史 
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