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【一人で弾くための協奏曲】
掲載日:2013年7月29日

J. S. バッハ像(ライプツィヒ)


18世紀後半にピアノの改良が重ねられ、響きや強弱の幅を増してくると、オーケストラのような重厚さとピアノ本来の軽やかさを対比させた、「協奏曲風」のソロ曲を書く作曲家が現れました。例えばクレメンティは、1794年、このスタイルによるソナタOp.33-3を作曲し、これは、翌年に書かれたベートーヴェンソナタOp.2-3に影響を与えたとも言われています。また、19世紀になると、ショパンやその後輩ヴォルフの「演奏会用アレグロ」、リストの「演奏会用大独奏曲」、アルカンの「ピアノ独奏のための協奏曲」作品39-8,9,10といった作品も生み出されました。[注]

さて、同じ試みをチェンバロの時代に行った曲があります。それが、バッハの有名な「イタリア協奏曲」BWV971です。その名の通り、この曲は、実際にイタリアで作られていた協奏曲と縁があります。

この曲は1735年に出版されましたが、それに20年以上先立つ1713年、ワイマールのヨハン・エルンスト公子が、ヴィヴァルディを始めとするイタリア人作曲家による様々な楽器のための協奏曲の楽譜を、多数ドイツに持ち込みました。公子は、これらをチェンバロやオルガンのソロで弾きたいと思い、バッハにも編曲を依頼。この経験から、バッハは新たな表現を身に付けることになります。

それから長い時を経て、バッハ「イタリア協奏曲」BWV971を作った時に、若い時の編曲の経験が特に強く頭にあったであろうことは、これらの編曲と同じチェンバロ・ソロ用であることや、タイトルからしても容易に想像できます。とは言え、本家イタリアの音楽と比べると、はるかに堅固で複雑な造りになっていて、その辺りは、やはりバッハならではとも言えます。(林川)

注:例に挙げたショパンリストの作品は、通常本文のように訳されていますが、Konzert(独)、Concert(仏)、Concerto(伊)等、いずれも「協奏曲」「演奏会」両方の意味があり、曲のスタイルや由来からすると、「演奏会用~」とするよりは、「協奏曲風~」あるいは「協奏的~」とする方がふさわしいように思われます。(林川)
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