4.トピック

野本由紀夫先生 野本由紀夫先生インタビュー
ピアノを通して、F.リストの「全体像」を解明する
─ まず、今回全6時間におよぶ「F.リスト」の徹底研究の、聴きどころをお伺いします。

 リストは生涯に 1,500曲ほど作っているのですが、ピアノを伴う作品は、そのうちの700曲ぐらいです。そのピアノ曲においても、限られた時期のごくごく一部の作品だけを聴いて、「リストの曲は・・・」と判断をされてしまっているところがあります。今回の講座では、ピアニストとしての側面と、作曲家としての側面の2つの側面を浮き彫りにしながら、リストとピアノの関係、そしてリストの全体像を、できるだけ解明していきたいと思います。

ピアニスト・リストの「超絶技巧への道」を探る
─ リストといえば、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストというイメージが、最初にありますね。
リストの直筆譜をもとに、作曲技法を解説いただきます。
リストの直筆譜をもとに、作曲技法を解説いただきます。

 そこで第1部では、皆さんにもっとも関心があると思われる、「ピアニスト」リストの「技巧」をテーマにしました。リストにどのように取り組めばいいか、どのように練習すれば弾けるようになるのか、というような点に加え、そもそもリストは、どうやって技巧を見出していったのか、「超絶技巧への道」を解き明かしてみようと思います。

 たとえば、15歳の時に作った「12の練習曲」(作品1)は、『超絶技巧練習曲集』の初稿にあたり、チェルニー40番レベルの曲もあることから、課題曲に出しているコンクールもけっこうあります。易しいのに、『超絶技巧練習曲集』とメロディが同じなので、リストの雰囲気を味わう入り口として、おすすめです。ここから、『超絶技巧練習曲集』(第3稿)に至るまで、どのようにして技巧を開発して、曲になっていったかを今回比較していきたいと思います。

─ リスト独自の技巧として、特に挙げられるのは何でしょうか?

 リストのピアニズムの本質は、オクターブの重音の連続のような、オクターブ奏法です。ショパンが、テンポ・ルバートで歌うように演奏するカンタービレ奏法だとすると、リストは、オクターブで演奏する。つまり、指の技巧というよりは、腕の技巧に、一つ特徴があると思います。
 さらに、リストは、指のタッチに関わる記号を、楽譜にものすごくたくさん書き込んでいます。スタッカートなのか、テヌートなのか、テヌート・スタッカートなのか、あえて何もついていないのかという、非常に細かく記譜分けしているので、指の形や、指の腹のタッチなのか指先なのかという奏法のお話も、この技巧編でお話しようと思っています。

─ 第1部では、ヴァイオリンのデモストレーションも予定されていますね。

 実は、リストのピアニスト・あるいは技巧のルーツは、ヴァイオリンにあるんです。ただやみ雲に難しいのではなく、本当はヴァイオリンのこういう演奏を求めていて、わざわざこう楽譜に書いているのだ、という意図があるのです。ピアニストのみなさんは、なかなかヴァイオリンのテクニック的なことまでご存じでないことが多いと思うので、そういう点も第1部の聴きどころになればと思います。

作曲家・リストの作風の変遷と与えた影響を探る
─ 第2部は、リストの生涯を振り返りつつ、作曲家としてのリストにアプローチされるわけですね。

 第1部で技巧について取り上げましたので、第2部では、曲をどう捉えたらいいのか、内容的な面と形式分析的な面の両方から取り組んでいきます。
 リストの人生は、ざっくり言えば、「ピアニスト時代」、「作曲家時代(ワイマール時代)」、「聖職者時代(ローマ時代)」と大きく移り変わっていきます。作曲の仕方がどう変わっていくのか、違いを明らかにしていきたいと思います。
 リストでまず重要なのは、『標題音楽の作曲家・リスト』です。「標題音楽」(=プログラム・ムジーク)という言葉を作ったのは、実はリストなんですね。19世紀の音楽史は、音だけで音の世界を構築して何も表現しないという考えからきた「絶対音楽」と、いや、音楽というのは感情とすごく結びついていて、何かを表現するんだという「標題音楽」、この2つの音楽思想が激しく対立していたのですが、その片方の側なわけです。どのような感情表現と結びついているのか、どんなメッセージを発しているのか、それを具体的に見ていきたいと思います。

─ そして、交響詩ともつながってくるわけですね。

 その標題音楽を作っていた時代に、オーケストラ曲では、「交響詩」というジャンルを創始したのが、リストだったわけです。じつは、今回取り上げる『メフィスト・ワルツ』や『2つの伝説』は、ピアノによる交響詩なんですね。この交響詩の作曲技術を、『オーベルマンの谷』で見ていきたいと思います。交響詩のキーワードは、『主題変容』で、一番最初に出てきた主題が、曲の中でどのように発展していくのかが、非常に重要です。ですから、ピアノを弾く時にも、主題の姿が変わっていったことに注意を向けなければダメで、ただ指の練習と思って弾いてはいけません。曲の構成というものがちゃんとある、ということです。
 交響詩は、メッセージを伝えるという機能から、民族的な題材にも、最適でした。例えば『モルダウ』を含む『わが祖国』、『フィンランディア』も交響詩なんですが、政治的独立より前に、まず音楽から独立しようと、民族独立を音楽で達成するという原動力になったのが交響詩なんですね。実際、音楽が一つの引き金となって、とうとう独立していくことになったわけですから、そういう意味では、リストは世界史にも影響を与えている人なのです。

─ 第2部の最後は、20世紀音楽の先駆者リスト。まさに、知られざるリスト、という感じですね。

 一つは、フランス印象派の先取りをしています。最晩年にドビュッシーに会っているのですが、『エステ荘の噴水』を聴いたドビュッシーは、自分が印象派の最初だと思っていたら、リストがすでにやっていた、ということでショックを受けているぐらいなんです。
 もう一つ、無調音楽の先取りです。シェーンベルクらの音楽を、30、40年先取りしているということなります。この音楽は、15歳のときのリストの曲よりも、演奏テクニック的にはずっと簡単で短い曲であり、ある意味、非常に不思議な曲でもあります。
 最晩年の知られざるリストのもう一つは、「聖職者・リスト」で、カトリックの宗教音楽へ向かっていきます。『2つの伝説』は、完全に宗教作品ですね。

─ ロマン期の激動の時代の全てを網羅しているような生涯ですね。

 ベートーヴェンも活躍していた頃に生まれ(1811年)、亡くなった1886年は、ストラヴィンスキーマーラー、20世紀の作曲家たちも生きていた時代ですからね。楽器としてのピアノの完成なども含め、非常に広い方面に影響を与えています。リストを通じて、クラシック音楽のど真ん中の時代を見渡していただければと思います。

編曲者・リストから、ピアノとオーケストラの語法を探る
─ ところで、野本先生は、リスト研究家の第一人者でいらっしゃいますが、どういうきっかけでリストの研究をするようになったのですか。

 きっかけは、リストが編曲したベートーヴェンの交響曲第5番『運命』ですね。グールドの演奏しているピアノ独奏版の『運命』を聴いたのが、リストとの最初の出会いだったと思います。LPに付いていたピアノ譜と、オーケストラのスコアと見比べてみて、「これは大変な、音楽史上まれに見る天才だぞ!」と高校生のときに気がついたんですね。他の有名なピアノ編曲家たちの編曲譜と見比べてみると、リストの編曲は、まるっきりレベルが違う。ピアノが上手いとか下手とかいうレベルではなくて、リストは、ピアノという楽器の語法もよく知っているし、オーケストラの語法もよく知っている、バイリンガルなんです。

─ 第3部は、このような編曲を通じて、ピアノとオーケストラの「バイリンガル」であるリストを取り上げていただくということですね。

 たとえばベートーヴェンの交響曲の場合、ピアノを知り尽くした大ピアニストだったリストが、作曲家に転身してオーケストラを知り尽くしたんですね。ピアノとオーケストラのバイリンガルというのは、リストのひとつの特徴だと思います。
 リストはオーケストラのスコアに書かれた音域を、そのままピアノ譜に置き換えるということはなく、オーケストラの音色を、ピアノだったらどの音域の音になるか、よく考えられています。音を加えることもあるし、抜くこともいっぱいある。響きのことがよくわかっている、ということに驚かされます。音符の表面にとらわれるのではなく、「意味」にとらわれる、つまり、オーケストラからピアノへの「意訳」が、リストの本当のすごさですね。
 ピアノを弾くときに、オーケストラのイメージがあった作曲家、ベートーヴェンやリストなどの曲は、オーケストラ版と見比らべたり、自分でスコアを弾いてみるというのは、すごく勉強になります。私はもともと、ずっと指揮を勉強していたので、スコア・リーディングしたり、オーケストラをピアノで弾いたりすることは普通のことなのですが、ピアノを演奏される方も、リストのピアノは、ピアノだけの発想で弾いてしまわない方がいいですね。

 今回も、『メフィスト・ワルツ』や『2つの伝説』では、ピアノ版とオーケストラ版の両方を取り上げますが、実際にオーケストラのCDも聴いていただこうと思っています。リストがどれぐらいバイリンガルだったかというと、例えば『メフィスト・ワルツ』にしても、オーケストラとして書いたのをピアノにしたのか、ピアノの曲をオーケストラにしたのか、どちらが原曲かわからない。どっちもオリジナルに聴こえてしまうというところがすごいところです。

─ 野本先生の解説を伺いながらの聴き比べ、たいへん楽しみです。最後の特別企画の編曲も興味深いです。
講座の教材として、野本先生ご自身が校訂された原典版楽譜シリーズ(全音刊)が充実。
講座の教材として、野本先生ご自身が校訂された原典版楽譜シリーズ(全音刊)が充実。

 講座の最後は、歌をピアノにしたもの、オーケストラをピアノにしたものも楽しんでいただこうと思います。
 それと同時に、『愛の夢』にしても、やはり歌詞をきちんと知った上で演奏する必要があるとわかっていただくy機会になればと思います。つまり、今回リストをテーマにしていますけれども、リストだけではなくて、ロマン派の曲でもベートーヴェンの曲でもバッハの曲でも、いきなり指の練習で弾き始めてるのではダメで、それよりも前に、いかにやることがたくさんあるかを、お伝えできればと思います。

(2011年7月4日 東音ホールにて)

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今回の徹底研究の企画について

 F.リストは1811年10月22日ハンガリー領ライディング(現オーストリア領のブルゲンラント州)で生まれ、2011年の今年はリスト生誕200年を迎えます。

 昨年のショパン生誕200年には世界中で関連行事が盛り上がっていた様ですが、今年のリスト生誕に関しては残念ながらやや盛り上がりに欠けているようにも思われます。

 その原因は定かではありませんが、一般的にはリストの音楽は技巧が大変華やかで聴き映えがするが、同年代の作曲家、ショパン、シューマンと比べてやや音楽の内容でうすいという誤解や偏見がある様に思われます。

 しかし、リストは当時全ヨーロッパを舞台にヴィルトゥオーゾピアニストとしての活躍、作曲家、また教育家として大きな足跡を残しました。

 作曲の分野ではピアノ曲、オーケストラの作品はもとより、宗教的合唱曲、独唱歌曲の分野にまで及び、"編曲"に至っては膨大な数の作品があります。そして晩年には、すでに20世紀の無調音楽を予見する様な作品もあり、後世の作曲家に多大な影響を与えました。

 今回のピティナ徹底研究では、リスト研究第一人者の野本由紀夫先生をお迎えいたします。 先生のお話から一般的に今までの勉強不足からリストに対して抱いていたイメージが変わり、まだまだ隠れた名曲を沢山持ち、私達の知らない世界を持っている作曲家リスト。その偉大さを発見できますことを大変期待しております。

 ピティナ演奏研究委員長 杉本 安子