今月、この曲

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モーリス・ラヴェル:夜のガスパールより「オンディーヌ」 ミュージックトレード社『Musician』2017年3月号 掲載コラム

 先月に引き続き、誕生月の作曲家という事で3月生まれのモーリス・ラヴェルを取り上げてみた。雪解けにはまだまだ早い時期だが"水"をテーマにした一曲、「夜のガスパール」の中の「オンディーヌ」を紹介したい。
 さて、この「夜のガスパール」というタイトルだが、これはもともと19世紀のフランスの詩人ベルトランの書いた64篇から成る散文詩集の事である。その中から特にインスピレーションを受けた3篇をラヴェルが選び、そのまま「夜のガスパール」と命名した。選ばれた3篇の詩はきわめて幻想的で怪奇性の強い内容で、第1曲が「オンディーヌ」、第2曲「絞首刑」、第3曲「スカルボ」。

 ラヴェル自身、技巧派のピアニストでもあったため、当時難曲の代表とされていたバラキエフの「イスラメイ」(よく芸大の男子学生などが弾いている)を名指しして、これより難しいピアノ曲を書くと宣言したのちに発表された作品だ。余談だが私はこの悪魔的技巧満載の「スカルボ」を無謀にも大学の卒業演奏試験に選び、ピアノ人生で二度とない壮絶な半年間を過ごす事となる。「スカルボ」との血みどろの格闘の合間に、ふと第一曲の「オンディーヌ」の出だしの奇妙な音の配列に目が引き寄せられ、弾いてみた。そこから醸し出される緻密な音群の圧倒的な官能美に衝撃を受け、そのままピアノ曲の中で最も好きな一曲となった。

 水をつかさどる精霊である「オンディーヌ」はベルトランの詩の中で、「聞いて、聞いて、私よ、オンディーヌよ」と「私」にささやきかけ、夫になって、と哀願する。しかし「私」が人間の女性が好きだと答えると、ふくれっ面をして忌々しそうに、そしていくらかの涙を流して突然弾けるような笑い声をあげて雨の中に消えて行く。

 この詩の世界の画像がまさに目の前に広がっていくかのような作品である。「オンディーヌ」の切ない心を想いながら、しばし美しい幻想の世界に身を委ねてみてはいかが。

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