今月、この曲

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ミュージックトレード社『Musician』2013年1月号 掲載コラム

 「カッチーニのアヴェマリア」は、左手のピアニスト・舘野泉氏のリサイタルに行った友人から教えてもらいました。アンコール曲として演奏されたこの曲に非常に深い感銘を受けた友人は、早速楽譜を買い求め、私たちの練習会で披露してくれました。
 曲は初めの8小節のテーマが8回変奏されドラマを作り上げていきます。誰もが心に秘めている魂の原風景に訴えかけてくるようなメロディ。感動的なコンサートの最後にこれを聞かされたらしばらく立ち上がれないと思います。
 カッチーニのアヴェマリアとして親しまれているこの曲は、実はバロック期のイタリアの作曲家ジュリオ・カッチーニの作ではなく、20世紀のロシアの作曲家がカッチーニの作風を模して創作したものといわれています。編曲は、NHKの大河ドラマ「平清盛」の音楽を手掛けた作曲家、吉松隆さん。実際にドラマの中でこの曲を聞くことができます。重要人物の出家や崩御などの厳粛な場面で使われており、次はどの場面でこの曲を聴くことができるかと吉松ファンにとっては期待が高まるそうです。
 楽譜は「舘野泉 左手のピアノシリーズ」となっているので、左手だけで演奏するのかと思いましたが、大譜表に書かれていて両手で演奏できるようになっています。むしろこの編曲を左手一本で弾いてしまう舘野泉さんは、やはりすごいピアニストです。メロディは青く深い湖に投じる一石のように思いを込めて、伴奏は、移りゆくアルペジオの様々な色合いを、粒ぞろいよく表現したいアレンジです。
 「アヴェマリア」という題名はラテン語で、直訳すると「こんにちは、マリア」または「おめでとう、マリア」を意味する言葉です。一般的に声楽曲「アヴェマリア」ではこの一文に始まるキリスト教の聖句がそのまま歌詞になっているものが多く見られます。年の初め、冷たく澄みきった空気を胸いっぱい吸って、この曲を「お弾き初め」にお薦めします。人に優しく、思いやり深い一年が過ごせそうです。

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