今月、この曲

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ミュージックトレード社『Musician』2012年7月号 掲載コラム

 もう40年以上も前のことだ、音大に入って間もない私が「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴いたのは。ラヴェルの楽譜は、今のようにいつでもすぐに手に入って、誰もが当たり前に勉強する、というものではなかった。
 「こんな美しい曲があるのか......」。胸がドキドキした。新鮮な感覚だった。ラヴェルについて詳しい知識も無いまま、ただその美しさに魅了された。その秘密を知りたくて、通い始めた和声学のレッスン。先生が参考にするよう貸して下さったのが『道化師の朝の歌』だった。
 『道化師の朝の歌』はラヴェルが真夏の暑い時期にオランダを旅行した際に作曲したという『鏡』の中の一曲だ。エネルギッシュで華やか、くっきりとしたリズム感で、冒頭から一気に道化の世界へ引き込まれる。スペイン風の情緒あるリズム(ラヴェルの母はスペイン人であった)、メロディーの展開も私の好みだが、全体を通してみれば、やはりフランス音楽、ラヴェルの粋でモダンな曲調が輝くばかりの色彩となって、大そうな魅力を発している。
 ただ問題は、何と言っても演奏する側にとって"難しい"ということだ! 多種多彩な連打、二重グリッサンド等々、高度なテクニックの連続で、なかなか思うようにはいかない。私の教室の生徒も敬遠するばかりだった。
 ところが最近、今回紹介するデュオ編曲楽譜があることを知ったのである。
 ソロなら、右手が高度なテクニックを要する箇所でも、デュオ版では「Ⅰパート」が両手で弾けば良いし、激しい連打部においては、「Ⅰパート」はそのテクニカルな面に集中でき、残りは「Ⅱパート」に委ねればよい。お互いに無理がなく、演奏を楽しむ余裕もでき、結果、豊かな演奏に行き着くのだ。4手で奏する分、音域・和声も幅広く贅沢に使われ、立体感が倍加して、ときにピッコロやフルートの音色が、あるいは打楽器の轟きが聞こえてくる。このラヴェルの編曲版を通して、2人で演奏することの醍醐味を存分に感じていただきたい。

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