今月、この曲

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ミュージックトレード社『Musician』2010年12月号 掲載コラム

冬の夜に奏でたいシベリウス珠玉の小品

 北欧フィンランドの代表的作曲家シベリウスは、7曲の交響曲や交響詩「フィンランディア」などのオーケストラ音楽を数多く作曲していますが、そのような大がかりなものとはまた一味違う独創的アイデアを、今回取り上げる「樅の木」などに代表されるピアノ小品の中で表現しました。それらの多くは魅力的な標題を持ち、シンプルな形式の中に独特の渋いロマン性が、祖国フィンランドへの愛情と共に綴られています。その存在は日本でも早くから知られていましたが、ピアニスト・舘野 泉氏の素晴らしい演奏と彼の編・解説による楽譜の出版によって、改めて私達に紹介され、今では欠かせないレパートリーとして身近なものになっています。
 さて「樅の木」は、それぞれの曲に樹木の名が付けられたユニークな「5つのピアノ小品」作品75の第5曲で、シベリウスのピアノ曲の中では最もよく演奏される作品の一つです。曲は、短い前奏によって追憶の念を呼び起こすように始まり、すぐに孤高に佇む樅の木を思わせるメロディーが現れます。それから、美しく繊細なハーモニーに伴われた抒情的フレーズが何度か繰り返された後、約1ページに及ぶカデンツァ風の中間部で一気に緊張感を高め、最後は余韻を残しながら静けさの中へ消え去って行きます。
 演奏に際しては、息の長いメロディーをしっかりと歌うために芯のあるタッチ、それから憂いを帯びた穏やかな音色が求められ、また特に右手メロディーを支える低い位置のバスの響かせ方などが、重要なポイントになるかと思います。幸いなことに、この曲は中級程度の腕前と歌心があれば、おそらく十分に弾きこなすことが出来るでしょう。しかも、わずか3ページの中にバラード風の趣、そして詩情あふれる見事な情景描写が込められているため、演奏会用として、またはレッスンでの教材としても効果のある理想的な小品です。
 長く厳しい冬の間、来るべき春の訪れを信じて、じっと耐える北国の「樅の木」に思いをはせながら、冬の夜に奏でてみてはいかがでしょうか。

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