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    <title>2008年度採用研究論文／渡邊智子</title>
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    <published>2009-08-07T04:30:00Z</published>
    <updated>2009-08-07T04:23:13Z</updated>

    <summary>楽語から見たブラームスの音楽 ~ピアノ作品におけるAndanteの用法~</summary>
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    </author>
    
    
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<div class="title"><span class="title2">楽語から見たブラームスの音楽</span><br />
&#65374;ピアノ作品におけるAndanteの用法&#65374;</div>
<p style="text-align:right;">渡邊　智子</p>


<!-- ▼目次▼ -->

<p>─ 目次 ─</p>
<p><a href="#hajimeni"><strong>はじめに</strong></a></p>
<table class="tb"><tr><td>
<p><a href="#01"><strong>第<big> 1 </big>章　Andanteの歴史</strong></a><br />
<span class="mokuji">
　<a href="#01-1">1、バロック時代のAndante</a><br />
　<a href="#01-2">2、古典派のAndante</a><br />
　<a href="#01-3">3、ロマン派のAndante</a></span></p>

<p><a href="#02"><strong>第<big> 2 </big>章　ブラームスの楽語</strong></a><br />
<span class="mokuji">
　<a href="#02-1">1、テンポに関する楽語</a><br />
　<a href="#02-2">2、Andanteに付く言葉</a><br />
<span class="mokuji">
　　<a href="#02-2-1">2-1、初期に多く使われている語</a><br />
　　<a href="#02-2-2">2-2、後期に初めて使われる語</a></span><br />
　<a href="#02-3">3、ドイツ語とイタリア語</a></span></p>
</td>
<td style="padding-left:60px;">
<p><a href="#03"><strong>第<big> 3 </big>章　ブラームスのAndante</strong></a><br />
<span class="mokuji">
　<a href="#03-1">1、初期作品</a><br />
　<a href="#03-2">2、後期作品&#65374;小品集&#65374;</a></span></p>

<p><a href="#matome"><strong>まとめ</strong></a></p>

<p><a href="#owarini"><strong>おわりに</strong></a></p>


<p><a href="#sanko">参考文献一覧</a><br />
<span class="mokuji">
　<a href="#furoku">付録・・・・・・・・	i‐ix</a></span></p>
</td></tr></table>

<hr size="1" noshade>

<br />

<a name="hajimeni"></a>

<div class="t3">はじめに</div>

<p>
　ブラームスは、演奏者のテンポ設定に対して柔軟な考えを持った作曲家であったと言えるだろう。<br />
　19世紀の作曲家たちは、メトロノーム表記を積極的に取り入れた。しかし、ブラームスの楽譜にはメトロノーム数値が殆ど見られない。現在、出版されている楽譜で、表記されているものは以下5曲のみである。</p>
<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list">
<li>ピアノ三重奏曲 第1番 Op.8<a href="#c01" class="c00">（1）</a>
<li>カンタータ≪リナルド≫ Op.50
<li>≪哀悼歌≫ Op.82</ul>
</td><td style="padding-left:50px;">
<ul class="list">
<li>ピアノ協奏曲 第2番 Op.83
<li>ピアノ三重奏曲 第2番 Op.87
</ul></td></tr></table>


<p>　ブラームスの曲は作品番号122まで、作品番号無しが38まであり、それに含まれない編曲作品なども加えると膨大な数である。そのうちの5曲のみというのは、非常に希少だと言える。<br />
　ブラームスがメトロノームに関して述べた言葉に以下のようなものがある。</p>

<div class="eee">「メトロノームは駄目だ。私の知る限り、役に立たない。使い道が思いつかない。<a href="#c02" class="c00">（2）</a>」(ジムロック宛の書簡　1881年7月5日)</div>

<div class="eee">「メトロノームには何の価値もない。私の作品に見られるメトロノーム表示は、親友たちが書くことを勧めたもので、私自身は、私の血と機械装置が一緒にやっていけると思ったことは一度もない。<a href="#c03" class="c00">（3）</a>」     (ジョージ・ヘンシェル宛の書簡　1880年2月)</div>

<div style="font-size:1.3em;margin-bottom:15px;">　この言葉から、ブラームスがメトロノームを嫌っていたことがよく分かる。ブラームスは、周囲に対して「私がいつも自分の曲を同じように弾くようなバカだと思う？」とも言っており<a href="#c04" class="c00">（4）</a>、常に決められたテンポで弾くという機械的な演奏を好んでいなかったと考えられる。<br />
　例えば、家で一人ピアノを弾く時はリラックスした状態であるが、ステージなど特別な場所では独特の緊張感に包まれる。このような気持ちの違いは演奏に現れ、テンポにも影響することがある。テンポはその瞬間の感情と調和していることが最も重要であり、よって常に一定のものではなく、時と場合に応じて変化するものであるとブラームスは考えていたのではないだろうか。メトロノーム数値を書かないことによって、演奏者により多くの可能性を与えたかったのかもしれない。<br />

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="譜例1" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei1.gif" width="216" height="220" class="mt-image-none right" style="" /></span>

　ブラームス作品の中で、ピアノ協奏曲第2番Op.83はメトロノーム表記のある数少ない例の一つであるが、その数字は私たちが聞き馴染んでいるテンポとかなりの隔たりがある。第1楽章の冒頭もそうであるが、特に第3楽章の数値 <img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_onpu.gif" width="12" height="19" class="onpu" />＝84【譜例1】は驚くほど速く、今日ブラームスの書いた数字に従う演奏家は少ないであろう。筆者の調べた限りでは <img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_onpu.gif" width="12" height="19" class="onpu" />＝60前後の演奏が多いようである。このような差が生じる理由はいくつか考えられるが、一つには楽器の変化が挙げられる。時代と共にピアノもオーケストラも音量が大きくなり、そのことがテンポ感覚にも影響しているのかもしれない<a href="#c05" class="c00">（5）</a>。<br />
　しかし、同じピアノ協奏曲第2番Op.83でも、他の楽章のメトロノーム数値はそれほど違和感が無いのは何故だろうか。ここで、言葉の解釈という問題を提起したい。第3楽章冒頭の速度標語はAndanteである。次章で詳しく述べるが、Andanteは非常に定義の曖昧な言葉であり、時代によって解釈が変化したという経緯もある。ブラームスの考えたAndanteと、現在私たちが認識しているAndanteに差異は無いのだろうか。彼自身はどのような意図を持ってこの言葉を使っていたのだろうか。<br />
　本論ではブラームスの楽語用法を検証し、彼のAndante観をより明確にしたいと思う。</div>

<div class="c1">
<a name="c01"></a>
1  第1作(1854年)と改作(1891年)があり、前者のみメトロノーム表記あり。<br />
<a name="c02"></a>
2  Klaus, 1988 p.111<br />
<a name="c03"></a>
3  『ニューグローヴ世界音楽大事典』第11巻 p.352 ＜テンポ＞の項<br />
<a name="c04"></a>
4  Klaus, 1988 p.111<br />
<a name="c05"></a>
5   Detlef, 1988 pp.111&#65374;112</div>
<br /><br />



<a name="01"></a>
<div class="t3">第 <big>1</big> 章　Andanteの歴史</div>


<p>　 "andante"は"andare"から派生した単語である。"andare"は「行く(go)」という意味で、そこから派生した"andante"は、イタリア人にとって「前に進む、移動する」という感覚を表す言葉である。
私たちはAndanteを「歩く速さで」と教えられてきた。しかし、"andare"は「歩く」という意味を持たなくはないが、基本的には前進するという感覚を表す言葉であり、歩く動作をイメージさせるものではないようである<a href="#c06" class="c00">（6）</a>。また、伊和辞典には「平凡な、途切れの無い、気取らない」といった意味も並んでいる。<br />
　楽語辞典では、Andanteをどのように説明しているのだろうか。以下は『新音楽辞典　楽語』(音楽之友社　1994年)からの引用である。</p>

<div class="eee">　＜歩く　andare＞から出た語でアレグレットとアダージョの中間の速度をいう。アンダンテがはやい速度に属するか、おそい速度に属するかについては意見が一致しておらず、したがってピウ・アンダンテ、メーノ・アンダンテ、モルト・アンダンテなどの場合に解釈が異なる。楽曲の名称としても用いられ、またシンフォニーやソナタの緩徐楽章をいう。</div>

<p>　この説明では、既に"andare"が「歩く」と訳されているため、疑問を挟む余地がないように見える。おそらく"Andante"＝「歩く速さ」という概念が定着していることから、このように訳されたのであろう。<br />
　楽語の故郷であるイタリアでは、Andanteを本来の「前進する」という意味で捉えているが、同じヨーロッパでもドイツ人は「歩く」という概念を持っているようである。明治時代、日本が西洋音楽を取り入れるにあたり、手本としたのはドイツであった。そのため、同じ考え方が浸透し定着したとも考えられる<a href="#c07" class="c00">（7）</a>。<br />
　Andanteは国によって定義が違うだけでなく、時代とともにその解釈が大きく変化した楽語でもある。本章では、時代を追ってAndanteの解釈が変化した過程を見てみたい。</p>


<div class="c1">
<a name="c06"></a>
6 関孝弘，ラーゴ・マリアンジェラ―，2006年　p.52~55<br />
<a name="c07"></a>
7 関孝弘，ラーゴ・マリアンジェラ―，2006年 p.53
</div>
<br />

<a name="01-1"></a>
<h3>1、バロック時代のAndante</h3>

<p>　速度標語は17世紀に発展したものである。最初は、イタリアで主として器楽曲に表記されていたが、その時点では、速度標語というよりは発想標語の性格が強かった<a href="#c08" class="c00">（8）</a>。<br />
　初期のAndanteは、現在ウォーキング・ベース・ラインと呼ばれているバスの動きを指しており、バスの歩みを明確にするように指示したり、各音符が不均一にならないよう警告したりする意味を持っていた。当時の楽語辞典には、以下のように記されている。</p>

<div class="eee">　前進するという意味の"Andare"から生まれた語。とりわけ、通奏低音において各音符が明瞭に演奏されることを意味する<a href="#c09" class="c00">（9）</a>。</div>

<p>　このように、具体的な速度を示す言葉は含まれておらず、低音の奏法にのみ触れている。J.S.バッハの曲に良い例がある。</p>

<div class="furei_m">【譜例2】バッハ：≪平均律クラヴィーア曲集≫第1巻　ロ短調　前奏曲　BWV869</div>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="譜例２" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei2.gif" width="510" height="92" class="mt-image-none furei_i" style="" /></span>

<p>　この曲の低声部は、典型的なウォーキング・ベース・ラインである。このようなバスの動きは、基本的にノン・レガート(デタシェ)で奏され、一本の線が続いていくように、スムーズに進行する。<br />
　バロック時代のAndanteは速度標語ではなかったが、ウォーキング・ベースが自然に流れるテンポと考えることができるだろう。</p>

<div class="c1">
<a name="c08"></a>
8 『標準音楽辞典』p.757 ＜テンポ＞の項<br />
<a name="c09"></a>
9 Grassineau, 1740 p.4
</div>
<br />


<a name="01-2"></a>
<h3>2、古典派のAndante</h3>

<p>　古典派のAndanteを考察するにあたって、問題となるのがAndanteとAndantinoの関係である。イタリア語では"ino"が付くことにより元の意味が弱まるため、作曲家がAndanteを速いテンポと考えていたならばAndantinoはそれより遅くなる。逆にAndantinoの方が速い場合、その作曲家にとってAndanteは遅めのテンポであることを意味するはずである。<br />
　モーツァルトは、AndantinoをAndanteより遅いと見なしていた<a href="#c10" class="c00">（10）</a>。それならば、モーツァルトのAndanteは本来の意味である「前進する」力が強いと考えられるだろう。また、シューベルトは「AndanteはAllegroの境界線にキスするくらいの速さ<a href="#c11" class="c00">（11）</a>」と定義しており、この時代、比較的速めのAndanteが存在したことがうかがえる。<br />
　しかし、同時代の音楽学者であるゲオルグ・ジーモン・レーラインGeorg Simon Löhlein(1725&#65374;1781)は、AndanteからLarghettoまでを静かな性格と定義している<a href="#c12" class="c00">（12）</a>。また、音楽理論家ジョン・ホールデンJohn Holden（生年不明&#65374;1771頃）は、「Andantinoは歩幅が狭くなるイメージなので速くなる。」と述べている<a href="#c13" class="c00">（13）</a>。前進する力が弱くなり遅くなるという考えではなく、狭い歩幅で足を動かすスピードが速くなるというわけである。<br />
　Andantinoについては、ベートーヴェンも頭を悩ませていたようで、出版業者のジョージ・トムソンに宛てた手紙が残っている。</p>

<div class="eee">「もし今後、私に編曲を依頼し送って下さる旋律の中にアンダンティーノと書かれているものがありましたら、それがアンダンテより速いのか遅いのかを明記して下さるようお願い致します。この言葉は、他の多くの音楽用語と同様に意味が曖昧で、アレグロに近くも、また殆どアダージョのようにもなりうるからです。<a href="#c14" class="c00">（14）</a>」(1813年2月19日)</div>

<p>ベートーヴェンは、自身の作品にAndantinoを殆ど使わなかったが、歌曲を編曲した作品で使用している例がある。そこでは"andantino più tosto allegretto"と表記され、明らかにAndanteより速いテンポとして扱っていることが分かる<a href="#c15" class="c00">（15）</a>。<br />
　このように、18世紀の音楽家たちの間でAndanteの定義が揺れ動いていた様子が見て取れる。Andantinoのテンポが問題となるということは、バロック時代と違いAndanteが速度標語として認識されるようになったことを示しており、このあたりから徐々にAndanteの解釈が複雑になってきたと言えるだろう。</p>

<div class="c1">
<a name="c10"></a>
10 Brown, 1999 p.353<br />
<a name="c11"></a>
11 Brown, 1999 p.352<br />
<a name="c12"></a>
12 Brown, 1999 p.351<br />
<a name="c13"></a>
13 Brown, 1999 p.352<br />
<a name="c14"></a>
14 『ニューグローヴ音楽事典』第1巻 p.425 ＜アンダンテ＞の項<br />
<a name="c15"></a>
15 Brown, 1999 p.355
</div>
<br />

<a name="01-3"></a>
<h3>3、ロマン派のAndante</h3>
<p>　19世紀当時の楽語辞典によると、Andanteは以下のように説明されている。</p>

<div class="eee">適度な速さで行く(going)、移動する(moving)。ラルゲットより速く、アレグレットよりは遅い。現代の音楽では幾分遅い速度を示すが、以前は言葉の意味そのものの感覚で使われていた(下線は筆者による)。ヘンデルの曲には"andante allegro"という指示が度々見られ、現代の観念と矛盾するが、単純に「きびきびと動く」(moving briskly)という意味である<a href="#c16" class="c00">（16）</a>。</div>

<div class="eee">一定の速度で前進すること(fortgehend)。落ち着いた、速くないテンポの楽曲<a href="#c17" class="c00">（17）</a></div>

<p>　Andanteの解釈が時代を経て変わったことが明言されており(下線部分)、この時代にはAndanteが「いくぶん遅い」「落ち着いた」テンポとして定着していたと考えて良さそうである。<br />
　ヴァーグナーの楽曲には、AndanteとAdagioにほぼ同じメトロノーム数値を書き込んでいる例がある<a href="#c18" class="c00">（18）</a>。</p>

<div class="frei_m">【譜例3】ヴァーグナー：歌劇≪さまよえるオランダ人≫　第2幕</div>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="譜例3" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei3.gif" width="556" height="114" class="mt-image-none furei_i" style="" /></span>
<div class="hp">

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="譜例4" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei4.gif" width="183" height="164" class="mt-image-none right" style="" /></span>

<p>　また、シューマンの弦楽四重奏曲Op.41-1　第1楽章【譜例4】にあるAndanteもメトロノーム表示(♪＝69)に従えば非常に遅い。<br />
　しかし、ヴァーグナー、シューマンとは対照的な例もある。【譜例5】</p>
</div>
<a name="furei5"></a>
<div class="furei_m">【譜例5】メンデルスゾーン：弦楽四重奏Op.44-2　第2楽章</div>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="譜例5" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei5.gif" width="563" height="189" class="mt-image-none furei_i" style="" /></span>

<p>　この曲にはメトロノーム数値が付いており、それだけでも遅くないことは伝わるが、更にドイツ語で「あまり引きずらないで演奏すべし」と注意書きが加えられている。<br />
　古典的思想を持つブラームスは、同時代の作曲家に比べると、いくぶん快活な意味でAndanteを捉えていたとする見方もあり<a href="#c19" class="c00">（19）</a>、ヴァーグナーやシューマンよりもメンデルスゾーンに近い考えだったのかもしれない。<br />
　ブラームスの楽譜には制限的な言葉、(ma) non troppoと(un) pocoが頻繁に登場する。また、中庸なテンポから遠い存在であるPrestoとAdagioは使われている例が少なく、極端な表現を避けているように思われる<a href="#c20" class="c00">（20）</a>。ヴァーグナーは「真のアダージョは遅すぎるということはまずありえない。」と言ったが、ブラームスはロマン派的な幅広いテンポ感覚を好ましくは思っていなかったようである<a href="#c21" class="c00">（21）</a>。<br />
　古典派の時代には「前進する」Andanteが存在していたことを考えると、古典的な考えを持つブラームスのAndanteが19世紀的な「落ち着いた」Andanteと一線を画する可能性はあるだろう。</p>

<div class="c1">
<a name="c16"></a>
16 Grove, 1879 p.65<br />
<a name="c17"></a>
17 Bremer, 1882 p.23<br />
<a name="c18"></a>
18 Brown, 1999年pp.360~361<br />
<a name="c19"></a>
19 Brown, 1999 p.358<br />
<a name="c20"></a>
20 Klaus, 1988 p.115<br />
<a name="c21"></a>
21 クルト・ザックス，1979年 p.338
</div><br /><br />



<a name="02"></a>
<div class="t3">第 <big>2</big> 章　ブラームスの楽語</div>

<p>　本章では、ブラームスが使用した速度標語の全体を眺め、更にブラームスがAndanteに関連して用いた楽語についても考察する。参考資料として、筆者自身でブラームスの全作品693曲<a href="#c22" class="c00">（22）</a>のテンポ標語を抜き出し統計を取ったものを使用した。(<a href="#furoku">付録参照</a>)</p><br />

<a name="02-1"></a>
<h3>1、テンポに関する楽語</h3>
<p>　ブラームスの使用した速度標語は多岐に渡るが、ここではそれを八つの基幹となる語Presto, Vivace, Allegro, Allegretto, Moderato, Andante(とAndantino), Adagio, Lentoに分類整理した。各々の言葉の意味は（１）『伊和中辞典』(小学館，1996年)と（２）『新音楽辞典　楽語』(音楽の友社，1994年)からの引用である。</p><br />

<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Presto，40曲57例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）間もなく、急いで、容易に、早く<br />
（２）きわめてはやく
</td></tr></table>


<p>　本来「速い」ではなく「早い」を意味する語であるが、所要時間を短縮するという感覚から、結果的に「速さ」が求められる<a href="#c23" class="c00">（23）</a>。<br />
　ブラームスの作品では、冒頭からPrestoの指示があることは少なく、曲途中で相対的に使われる場合の方が多い。Prestoは、ブラームスにとって単純に速度を意味する言葉であったようだ。</p><br />


<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Vivace，43曲54例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）活発な、（頭などの）回転が速い、鮮明な<br />
（２）はやく、生き生きと
</td></tr></table>
<p>　"vivere"「生きている」から生まれた言葉で、生命力に関係した表情を意味する。速さを表す語ではないが、輝くように活発で動きのあるイメージから、速めのテンポが連想される。<br />
　基本的には発想標語であるが、ブラームスは明らかにテンポを示す語としても使用している。≪ハンガリー舞曲集≫にはVivaceの表記が多数あり、テンポを示す例と曲想を表す例の両方が見られる。</p><br />


<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Allegro，154曲173例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）陽気な、快活な、朗らかな<br />
（２）快速に、活発に、にぎやかに
</td></tr></table>
<p>　明るさと軽さが同居した表情。本来「速い」という意味は無いが、ベートーヴェンの時代には既に「Allegro＝速い」イメージが定着していたようである。<br />
　ブラームスが用いた速度標語の中ではPresto, Vivaceに続いて速いと考えられる。<br />
　132曲で冒頭に表記されており、PrestoやVivaceとは違い、ほぼ絶対的なテンポを示すために使われていると言える。</p>
<br />


<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Allegretto，42曲47例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）（Allegroの縮小詞）<br />
（２）やや快速に、アレグロとアンダンテの中間速度
</td></tr></table>
<p>　37曲で冒頭に書かれており、絶対的テンポを示す率が高い。発想標語が付く例では、graziosoの用例が圧倒的に多く、con graziaの1例を含め14例ある。<br />
　また、Andanteを理解する上で参考になりそうな例として、以下2曲が挙げられる。<br />
<strong>◆<u>Allegretto grazioso (quasi Andantino) 交響曲第2番Op.73　第3楽章</u></strong><br />
<strong>◆<u>Allegretto grazioso (quasi Andante) ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100　第3楽章</u></strong><br />
　このような表記があるということは、AndanteとAllegrettoのテンポはそれ程離れていないのだろうか。
</p>
<br />


<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Moderato，33曲37例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）ほどよい、手頃な、控えめな<br />
（２）中庸の速度で、アンダンテとアレグロの間の程度
</td></tr></table>
<p>
　抑制され均整の取れた感覚。分別や思慮が働いているニュアンスがあり、自分に合った程良い状態を表す。<br />
　速度標語としての位置付けはAllegroとAndanteの間だと考えられるが、ブラームス作品においては絶対的テンポを表す用例が少ない。<br />
　Andanteとの関係で、参考になりそうな例を一つ挙げておく。<br />
◆<u><strong>Andante, ma moderato 弦楽六重奏曲第1番Op.18　第2楽章</strong></u><br />
　Andanteにmoderatoが付く場合、他の曲では"Andante moderato"とつなげられているが、この1曲のみ間に"ma"が入る。AndanteとModeratoは相反する要素を持っているのだろうか。仮にブラームスが古典的なAndanteの捉え方をしていたとしたら、この用例は「前進するが、程々に」と簡単に解釈できる。
</p>
<br />

<ul class="list gakugo">
<li><span>Andante，126曲150例</span>
<li><span>Andantino，12曲14例</span>
</ul>

<p>　ここでは、Andantinoの用例が少ないためAndanteと同項目とし、主に両者のテンポの関係を検証したい。Andanteの意味は、前章で述べたため省略する。<br />
　ブラームス作品では、殆どの用例が曲の冒頭に書かれたものであり、絶対的テンポを示す場合が多いと言える。この点Allegroの用法と似ており、両者は用例の多さも群を抜いている。<br />
　ここでブラームス作品におけるAndanteとAndantinoの関係について考えてみたい。18世紀古典派の時代に解釈が分かれたAndantinoのテンポであるが、ブラームスはどのように考えていたのだろうか。実際に作品を見て検証してみよう。<br />
　例としてAllegrettoの項目で触れた2曲、交響曲第2番Op.73　第3楽章Allegretto grazioso (quasi Andantino)とヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100　第3楽章Allegretto grazioso (quasi Andante)を取り上げる。前者は3/4拍子、チェロがピッツィカートで奏でる8分音符に木管楽器のメロディーが乗る。軽やかな舞曲風の曲想である。後者は2/2拍子、前者と比べるとスラーが多く、静かに進むという印象を受ける。また、前者はほぼ4分音符と8分音符で書かれているため、軽快なテンポで演奏することが可能であるが、後者は途中32分音符が使われている部分があることを考慮しなくてはならない。この2曲を見る限り、ブラームス作品ではAndanteよりAndantinoの歩みが速いと考えて良さそうである。</p>
<br />


<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Adagio，50曲56例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）ゆっくりと、静かに、注意深く<br />
（２）アンダンテとラルゴの間の遅い速度
</td></tr></table>
<p>
　"ad"「&#65374;のように」と"agio"「ゆとり、くつろぎ」から生まれた言葉。心地良い、くつろいだ状態を表す。「慎重な」という意味も含んでいるため、ゆったりとした速度で気を付けて進むというイメージである。<br />
　ブラームスのAdagioは33曲で冒頭に表記されており、絶対的テンポを示す例が多い。
Andanteに関連する用例を以下に挙げる。<br />
◆<u><strong>Andante, un poco Adagio ピアノ五重奏曲Op.34　第2楽章</strong></u><br />
◆<u><strong>Andante un poco Adagio クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1　第2楽章</strong></u><br />
　この例を見ると、ブラームスのAndanteは遅いテンポに分類されるようにも思われる。少なくとも、シューベルトの「アレグロにキスする」Andanteとは異なる位置付けと言えるだろう。
</p>
<br />


<table class="tb" style="margin-bottom:0px;"><tr><td>
<ul class="list gakugo">
<li><span>Lento，21曲28例</span></ul>
<td><td style="padding-left:30px;font-size:1.2em">
（１）遅い、時間のかかる、緩んだ<br />
（２）遅く
</td></tr></table>
<p>
　速度がゆっくりであることを指す。前述したようにAdagioは絶対的な用例が多いが、Lentoは殆どが相対的に使われており、全25例中の18例がpiù lentoである。<br />
　Andanteに結びつく用例も一つ挙げられる。<br />
◆<u><strong>Andante(non troppo lento) ≪シューマンの主題による変奏曲≫Op.9　第8変奏</u></strong><br />
　「遅すぎないように」と注意書きのように付け足してある点、第1章で挙げたメンデルスゾーンの例<a href="#furei5">【譜例5】</a>と似ている。
</p>
<br />

<p>　以上の調査結果、ブラームスの楽曲においては、AllegroとAndanteが圧倒的に多く使われている速度標語であることが判明した。<br />
　ブラームスの用いた主な速度標語を分類すると、Presto, Lentoは速度のみを表す言葉、Vivace, Moderatoは発想標語の役割が強く、Allegro, Andante, Adagioはテンポと性格の両方を表す語であると定義できる。ブラームスは、速度のみを示す語を曲途中で相対的に用いることを好み、冒頭表記には、速度だけでなく曲の表情を伝えることのできる言葉を多用したと考えられる。<br />
　Andanteについては、non troppo lentoという表記が付いていることや、Andante un poco Adagioという用法からAndanteのテンポが比較的遅めという可能性が高くなってきた。しかし、Allegretto grazioso (quasi Andante)という表記もあるため、一概に遅いとは言い切れない。<br />
　ブラームスの楽語用法を調べていくと、年を経るにつれ使用する言葉の幅が広がっているように思われる。例えば、Allegroにはappassionatoやcon fuocoといった活発な性格が伴っている例が多いが、1886年のヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100では全く違った性格のamabileが付随する。Prestoを見てみると、それまで器楽曲にのみ使われていたのが、1878年の≪バラードとロマンス≫Op.75で歌曲に初めて表記され、更に1888年のヴァイオリン・ソナタ第3番Op.108では、初めてcon sentimentoが付く例が現れる。このような傾向はAndanteにも見られ、特に後期の作品では付随する言葉が多様になってくる。<br />
　次項ではAndanteに付く代表的な発想標語を検証しつつ、ブラームスの楽語用法の経年変化についても探ってみたいと思う。</p><br />




<div class="c1">
<a name="c22"></a>
22 カデンツァ、民謡集、編曲作品は除く。但し、≪ハイドンの主題による変奏曲≫Op.56のオーケストラ版と2台ピアノ版、ピアノ三重奏第1番Op.8の第１作と改作は、共に楽語表記が異なるため別の作品として数える。また便宜上、ソナタなど多楽章から成るものは1つの楽章を1曲と数える。<br />
<a name="c23"></a>
23 関孝弘，ラーゴ・マリアンジェラ―，2006年 pp.20~24<br />
本項において、同様の楽語解説は全て同書を参照した。
</div><br />


<a name="02-2"></a>
<h3>2、Andanteに付く発想標語</h3>

<p>　ブラームス作品でAndanteとAndantinoに伴う発想標語の一覧を以下に記載した。</p>
<ul class="list">
<li><strong>[Andante]</strong><br />
<span style="font-size:0.9em;">
・moto　27例<br />
・espressivo(con espressione)　16例<br />
・moderato　10例<br />
・grazioso(con grazia)　5例<br />
・sostenuto　2例<br />
・teneramente, sentimento, tranquillo, anima, agitato, largo, mesto, semplice  各1例</span>
<li><strong>[Andantino]</strong><br />
<span style="font-size:0.9em;">
・grazioso　4例<br />
・teneramente, agitato, semplice　各1例
</span>
</ul>

<p>　上記のうち用例の少ない語には、比較的後期の作品で初めてAndanteに付けられた言葉が多い。Andanteに付く語が多様になっていくのは、ブラームスの考え方が変わったことを物語っているのだろうか。本項では、初期作品に多く使われている語(用例の多い語)と、後期作品にしか見られない語を分けて検証したいと思う。<br />
　検証に当たっては、以下4書を参照した。</p>
<ul class="list">
<li>『新音楽辞典　楽語』(音楽の友社，1994年)
<li>『伊和中辞典』(小学館，1996年)
<li>『イタリアの日常会話から学ぶ これで納得！よくわかる音楽用語のはなし』(全音楽譜出版社，2006年)
<li>『音楽用語のイタリア語』(三修社，2007年)
</ul>
<br />

<a name="02-2-1"></a>
<div style="font:bold 1.2em/100% times;color:#666666;margin-bottom:10px;">2-1、初期に多く使われている語</div>
<p>　初期作品でAndanteに付く発想標語としては、motoとespressivoが多く、次いでmoderatoとgraziosoがある。moderatoは速度標語として考察済みのため、ここでは他の三つの楽語について考えてみたい。</p><br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">moto</span>　「動き、運動」</div>

<p>　歩くことを含めた動きに関係することに使われる。"con moto"で「動きを持って」となり、スピード・アップが伴う動きがイメージされるようである。<br />
　ブラームスがこの言葉を使っているのは、Andanteに付随する場合が殆どである。他はAllegro con motoが1例あるのみ。曲の冒頭にCon motoと単独で書かれている例もあり、この場合あまり遅いテンポではないと考えられる。(クラリネット五重奏曲Op.115　第4楽章、≪ハンガリー舞曲集)第16番など。)</p><br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">espressivo</span>　「表情に富む」</div>
<p>　心に感じたものを外に出して伝えるという意味。<br />
　ブラームスの楽譜にはespressivoが頻繁に登場し、細部にまで気持ちを込めて演奏してほしいという作曲家の願いが伝わってくるようだ。Andanteが一定の速度で進むイメージを持ち、尚且つ「平凡な」という意味もあることを考えると、espressivoとは正反対の言葉に思われる。Andante espressivoの場合は、一歩一歩着実に進んで行くようなテンポが求められるだろう。この点、ブラームスのロマン派的側面が伺える。</p><br />


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">grazioso</span>　「かわいらしい、上品な、優美な」</div>

<p>　優しく、上品で、慈悲深く、洗練された、最高に美しい状態を表す言葉。繊細で華奢な表情が要求される。<br />
　ブラームス作品では多くがAllegrettoとセットで使われている。AdagioやLentoとは絡まないことから、ブラームスはしっとりと歌う優美さではなく、軽やかなイメージを持っていたとも考えられるが、以下のような例もある。<br />
◆<strong><u>Adagio→L'istesso tempo, ma grazioso 交響曲第2番Op.73　第2楽章</u></strong><br />
　"ma"が付いているということは、Adagioのテンポではgraziosoが連想しにくいことを示しているのだろうか。しかし、この例はgraziosoがAdagioのテンポには対応するという証拠でもある。また、Prestoに付く例が無いことから、graziosoは速いイメージを持つと断定することもできない。単独で冒頭に書かれている例があるため、少なからずテンポの意味を含んでいるように思われるが、おそらく、繊細な表現が可能な程度の速さと考えれば良いだろう。</p>
<br />


<p>＜初期のまとめ＞<br />
　motoが外的な動き、目に見える動きだとすれば、espressivoは内的な感情の動きを表す言葉であり、どちらも抑えた表現を要求するものではない。繊細な表現を求めるgraziosoを含め、音楽を表現することに対するブラームスの拘りが感じ取れる。ブラームスのAndanteは決して「平凡な」ものではないだろう。</p><br />


<a name="02-2-2"></a>
<div style="font:bold 1.2em/100% times;color:#666666;margin-bottom:10px;">2-2、後期に初めて使われる語</div><br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">agitato</span>　「揺れた、不安な、興奮した」</div>
<p>　何かが強く激しく動いている様子を表す。<br />
　ブラームス作品ではPrestoやAllegroに付く例が多い。Andanteに付くのは以下2曲。<br />
　1868年 　カンタータ≪リナルド≫Op.50　Andante con moto e poco agitato<br />
　1892年 ≪4つの小品≫Op.119-2　Andantino un poco agitato<br />
　またAgitato単独で曲頭に書かれている例もあり、その場合、あまり遅いテンポではないと考えられる。</p><br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">anima</span>　「魂、精神」</div>

<p>　"con anima"で「感情を込めて」を意味する。<br />
　ブラームスがこの言葉を速度標語と共に用いたのは、1896年≪4つの厳粛な歌≫Op.121-4のAndante con moto ed animaのみである。曲中の部分的な指示として書かれている例も少ない。</p><br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">largo</span>　「ゆったりと、幅広く」</div>

<p>　通常largoは遅いテンポを表すが、ブラームス作品では、largoが明確に速度標語として用いられている例は見られない。ブラームスにとってlargoは発想標語だったのだろう。<br />
　Andanteに付く例は、1892年≪6つの小品≫Op.118-6　Andante, largo e mestoのみ。</p>
<br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">mesto</span>　「悲しげな、痛ましい」</div>
<p>　楽語としてお目にかかる機会の少ない語である。ブラームス作品にも殆ど登場しない。速度標語に付く例は、largoの項で触れた≪6つの小品≫Op.118-6の他に、ホルン三重奏曲Op.40 第3楽章のAdagio mestoがある。</p>
<br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">semplice</span>　「簡単な、素朴な」</div>
<p>　Andanteの他はModeratoに付く例が一つあるのみ。部分的な指示に使われる場合、動きの複雑でない単音の旋律などに置かれる例が多い。まさに言葉の意味そのままに使用されていると言えるだろう。<br />
　1887年≪ジプシーの歌≫Op.103-8にAndantino sempliceがある。</p>
<br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;"><span class="gakugo2">sentimento</span>　「感情、感覚」</div>
<p>　愛情も感傷も表すことができる言葉。ブラームス作品では、Prestoに付く例もある。<br />
　1892年≪7つの幻想曲≫Op.116-5にAndante con grazia ed intimissimo sentimentoがある。</p>
<br />


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;">
<span class="gakugo2">sostenuto</span>　「支えられた、打ち解けない、堅苦しい」</div>
<p>
　音を充分に保つことを示す。その結果、抑えたテンポで演奏することにもつながる。<br />
　ブラームスの楽譜にはsosten.--- a tempoという表記がよく見られ、この場合、明らかにテンポの変化を示唆していることがわかる。しかし、sostenuto il tempoという指示もあることから、必ずしもテンポの変化を意味するとは限らない。<br />
　Andanteに付く例は以下2曲。<br />
　1876年 交響曲第1番Op.68 第2楽章 Andante sostenuto<br />
　1884年 ≪4つの歌曲≫Op.96-4  Andante sostenuto</p>
<br />

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;">
<span class="gakugo2">teneramente</span>　「やさしく、愛を込めて」</div>
<p>　もとは"tenero"「柔らかい」から派生した語。感触の良さを表す。<br />
ブラームスが度々曲中で用いた語であるが、ほぼ部分的な表情を指示する目的でしか使われておらず、速度標語と併用されるのは1892年の≪7つの幻想曲≫Op.116-6と≪6つの小品≫Op.118-2のみである。どちらも題名は"Intermezzo"である。</p>
<br />


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:10px;">
<span class="gakugo2">tranquillo</span>　「静かに」</div>
<p>　音の静けさだけでなく、心の平安の意味も含まれる。<br />
　ブラームス作品の中では、曲の途中、明らかにテンポを遅くする指示として用いられることが多くある。Tranquilloはテンポを遅くすることを指し、tranquilloは急いで演奏しないようにという注意の意味があるようだ<a href="#c24" class="c00">（24）</a>。<br />
　1886年のヴァイオリン･ソナタ第2番Op.100第2楽章にAndante tranquilloと表記されている。</p>
<br />

<p>＜後期のまとめ＞<br />
　mesto, semplice, teneramente, tranquillo といった静かな印象を受ける語が多く見られる。テンポを遅くする意味もあるsosotenutoの使用例もあることから、どんどん先に進むAndanteのイメージは浮かばない。しかしagitatoという激しい表現を要求する言葉も使われており、ブラームスのAndanteが持つ性格の幅広さを窺わせる。</p>

<p>　ブラームスがAndanteと共に用いた言葉を検証した結果、動きを表す語と穏やかな表情の語が混在していることがわかった。しかし、どちらかというと比較的遅めのテンポが馴染む言葉が多いように思われる。これは、前項で行った速度標語全般の考察結果とも一致するため、ブラームスのAndanteがゆったりしたテンポである可能性がますます高くなってきた。速いテンポを連想させるmotoとagitatoも使われているが、少なくともヘンデル作品に見られる"Andante allegro"<a href="#c25" class="c25">（4）</a>のようなイメージは持たないと言ってよいだろう。<br />
　前期と後期を比べてみると、後期作品は、語彙が増えたことで指示がより具体的になっているように感じられる。前期の楽語からはストレートな感情表現がイメージできるが、年を経るにつれ、表面は穏やかでも心の底にある強く深い想いが伝わってくるようである。そう考えるとブラームスのAndanteは、徐々に、より遅く、ロマン派的な要素が強くなっていったのかもしれない。<br />
　さて、ここまではイタリア語の楽語に限定して考察を行ってきたが、次項ではブラームスの母国語であるドイツ語表記について検証してみたい。</p>

<div class="c1">
<a name="c24"></a>
24 Avins, 2003 p.22<br />
<a name="c25"></a>
25 Grove, 1879 </div>

<br />

<a name="2-3"></a>

<h3>3、ドイツ語とイタリア語</h3>
<p>　ブラームスの楽譜には、ドイツ語とイタリア語の指示が混在していることがある。<br />
　ドイツ語表記に拘ったロベルト・シューマンは、創作初期はイタリア語を使っており、ある時期からドイツ語に変わる。しかし、ブラームスにはそのような区切りが無く、どのような基準でドイツ語とイタリア語を使い分けていたのか判断に悩むところである。<br />
　ブラームスは、楽語が持つ本来のイタリア語の意味が歪められ偏った意味で使われていることを認識し、信頼できる母国語でより微妙なニュアンスを伝えようとしたのかもしれない。それならば、Andanteに対応するドイツ語を知ることによって、その定義をより明確にできるのではないだろうか。</p>


<p><strong>◆<u>Andante/<em>Träumerisch</em></strong></u> ≪月夜≫WoO 21<br>
　Träumerischは「夢見るような」という意味<a href="#c26" class="c00">（26）</a>。この例ではどちらの言葉も歌パートの上に書かれており、ドイツ語がイタリック体であるためOp.76の例と似ている。</p><br />

<p><strong>◆<u>(歌)Andante/(ピアノ)Sehr zart</strong></u>　≪5つの歌曲≫Op.49-2<br>
　sehrは「とても」、zartは「繊細な」の意。<br />
　ブラームスの歌曲では、歌パートにドイツ語、ピアノパートにイタリア語が記されているものが多くあるが、この曲では歌パートにイタリア語、ピアノパートにドイツ語が置かれている。こういった逆転表記の例は、筆者の調べた限りこの１例のみである。</p><br />



<p><strong>◆<u>(歌)Mässig bewegt/(ピアノ)Andante con moto</strong></u>　≪5つの歌≫Op.72-4<br />
　bewegtはbewegen「動かす」が元なので、con motoに対応する。ブラームスが頻繁に用いたドイツ語表記である。<br />
　mässigは「適度な」という意味。AndanteよりModeratoに近い語であるが"Mässig bewegt"で「適度に動きを持って」と考えると、Andante本来の意味に近いようにも思われる。</p><br />


<p><strong>◆<u>(歌)Anmutig bewegt und sehr innig/(ピアノ)Andante grazioso e molto espressivo</strong></u>≪バラードとロマンス≫Op.75-3<br />
　anmutig「優雅な」はgrazioso、innig「心からの、親密な」はespressivoと解釈できる。ここではbewegtがAndanteに対応しているようである。</p>
<br />


<p><strong>◆<u>Andante con moto/<em>Sanft bewegt</em></strong></u>　≪8つの小品≫Op.76-6　INTERMEZZO<br />
　sanftは「穏やかな、柔らかい」という意味。<br />
　前記のOp.72-4も同じAndante con motoで、ドイツ語は"Mässig bewegt"であった。ブラームスのAndante con motoはきびきびとした動きではなく、緩やかに動くイメージがあるとも考えられる。</p>

<p><strong>◆<u>(歌)Ziemlich langsam, gehend/(ピアノ)Andante moderato　</strong></u>≪低声のための6つの歌曲≫Op.86-4<br />
　ziemlichは「かなり、まあまあ」でsehrよりは低い程度を意味する。langsamは「遅い」、gehendはgehen「行く」が元なので、Andanteの直訳である。<br />
　ここで明らかに速度を示す語langsamが登場した。moderatoが付くことでAndanteの速度に大きな変化は生じないはずなので、この例はブラームスのAndanteが少し遅めのテンポを意味することを裏付けているように思われる。</p>

<p><strong>◆<u>(歌)Einfach und ausdrucksvoll/(ピアノ)Andante espressivo</strong></u>　≪低声のための5つの歌曲≫Op.105-3<br />
　einfachは「簡単な、素朴な」という意味。ausdrucksvollは「表情豊かな」の意味でespressivoに当たる。<br />
　ここでは速度を示す語は無いが、einfachがあることでテンポが揺れ動くイメージではないと言えるだろう。</p>

<p><strong>◆<u>(歌)Mässig/(ピアノ)Andante moderato</strong></u>　≪低声のための5つの歌曲≫Op.105-4<br />
　同じAndante moderatoでも、Op.86-4ではZiemlich langsam, gehendとなっていた。ドイツ語表記が異なり、こちらの例ではまさに中庸なテンポと解釈できる。</p>



<p>　以上の例から、ブラームスはAndanteに対応するドイツ語を一つに限っていなかったことが分かる。Andanteをドイツ語に直訳するとgehendであるが、上記の例でgehendが使われているのは1曲しかない。<br />
　「繊細」「穏やか」「素朴」「夢見るような」といった、どちらかというと大人しい表情の言葉が多く使われており、速度を示す語はlangsamが1例あるのみで、速い部類の語は使われていない。ドイツ語表記を見る限り、ブラームスのAndanteは比較的穏やかな性格ではないかと思われる。しかしbewegtに対応する例もあることから、「動く」というイメージも忘れてはならないだろう。</p>

<p>　本章では、速度標語、発想標語、ドイツ語という三つの視点からブラームスのAndanteを眺めてみたが、結果、テンポの面では「やや遅め」という解釈が共通していることがわかった。また、性格は「静かな、穏やかな」と捉えられる例が多い。「動き」を求める指示も見られるが、これは「緩やかな動き」という解釈もできるだろう。<br />
　楽語表記を検証した結果、ブラームスのAndanteに古典的な要素は薄く、どちらかと言えばロマン派的なゆったりとしたAndanteに近いと考えられる。<br />
　次章では、実際にAndante表記のある曲を見ながら、更に詳しい考察を行いたいと思う。</p>

<div class="c1">
<a name="c26"></a>
26   『マイスター独和辞典』戸川敬一他編，1999年 以下、ドイツ語の意味は全て同書参照。</div><br />




<a name="03"></a>
<div class="t3">第 <big>3</big> 章　ブラームスのAndante</div>

<p>　本章では、ブラームスのピアノ曲におけるAndanteの用法を検証し、実際どのように演奏されるべきかを考えてみたい。</p>
<br />

<a name="03-1"></a>
<h3>1、初期作品</h3>
<p>　ブラームスの初期ピアノ作品の代表としてはソナタ全3曲が挙げられる。これらの緩徐楽章(第1番Op.1第2楽章、第2番Op.2第2楽章、第3番Op.5第2,4楽章)はいずれもAndanteで書かれている。更に、旋律に詩が付いているという共通点もある<a href="#c27" class="c00">（27）</a>。ブラームスの器楽曲は、民謡などからヒントを得たものが多くあり、彼の音楽の根底に常に歌が流れていることを感じさせる。それならば、上記のソナタ緩徐楽章は、実際に歌えるテンポを基準とするべきではないだろうか。<br />
　Andanteを速度の面から捉えた時、Andante moltoとpiù Andanteをどう解釈するかが問題となる。イタリア語本来の意味である「先に進む」と捉えた場合、Andante moltoや più Andanteは「先に進む力が大きくなる」＝「速くなる」と考えられる。しかし、これまでの考察によれば、ブラームスのAndanteに「前進する力」が強いとは断言できない。<br />
　più Andanteの用法で特筆すべき例は、≪ワルツ集≫Op.39の第6番と第7番【譜例6】である。この曲集は全部で16のワルツから成るが、全て続けて演奏する意図を持って作られている。第6番はVivace、続く第7番はpiù Andanteになるが、ここでは明らかに遅くなる。</p>


<a name="furei6"></a>
<div class="furei_m">【譜例6】≪ワルツ集≫Op.39　<span style="font-weight:normal;">(連弾譜)</span></div>

<table style="border-collapse:collapse;"><tr>
<td style="vertical-align:top;"><u><strong>第6番</strong></u><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="第6番" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei6-1.gif" width="231" height="163" class="mt-image-none" style="" /></span>
</td>
<td style="vertical-align:top;padding-left:15px;"><u><strong>第7番</strong></u><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="第7番" src="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei6-2.gif" width="223" height="157" class="mt-image-none" style="" /></span>
</td>
</tr></table>

<p>　第6番は、高い音域でのスタッカートに加えてleggieroの指示があり、バスもスタッカートと休符によって弾むように奏される。一方の第7番では、dolceとスラーが書き込まれている。調性はCis-Durからcis-Mollになり、軽快な表情が一転、悲しげでメロディックな曲想に変わる。曲の性格から考えて、このpiù Andanteはテンポが遅くなる方が自然であると判断できる。<br />
　ブラームスのpiù Andanteという指示には、「先に進む力が増す」ではなく、「よりAndanteのテンポで」という意味があるようだ。<br />
　では、Andanteからpiù Andanteになる例を見てみよう。
　≪パガニーニの主題による変奏曲≫Op.35-2【譜例7】では、終曲の前2曲がUn poco Andante → Un poco più Andanteと指示されており、終曲である第14変奏はPresto, ma non troppoになる。ブラームスのAndanteがゆったりしたテンポを示すとしたら、ここではテンポが遅くなるはずである。<br />
　まず、第12変奏と第13変奏のつながりを見てみよう。前者にはdolce, espressivoの指示があり、旋律にも音程の幅があるため、ルバートを含めた大げさな表現が可能である。対する後者はpoco espressivoとなるため、表現が少し抑えられる。モティーフが下降音階であることから、先に進む力が強くなるように思われる。</p>

<a name="furei7"></a>
<div class="furei_m">【譜例7】≪パガニーニの主題による変奏曲≫Op.35-2</div>

<table style="border-collapse:collapse;">
<tr>
<td style="padding-right:10px;padding-bottom:5px;text-align:right;"><u><strong>第12変奏</strong></u></td>
<td style="padding-bottom:5px;"><img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei7-1.gif"></td>
</tr>
<tr>
<td style="padding-right:10px;padding-bottom:5px;text-align:right;"><u><strong>第13変奏</strong></u></td>
<td style="padding-bottom:5px;"><img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei7-2.gif"></td>
</tr>
<tr>
<td style="padding-right:10px;padding-bottom:5px;text-align:right;"><u><strong>第14変奏(終曲)</strong></u></td>
<td style="padding-bottom:5px;"><img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei7-3.gif"></td>
</tr>
</table>

<p>　次に第13変奏と終曲の関係を見てみたい。譜例を見て分かる通り、両者の旋律は同じ動きをしており、第13変奏は、終曲の予兆として存在していると考えられる。終曲は徐々に華やかさを増す構成であるため、その前奏としての第13変奏は、嵐の前の静けさを演出する必要があるだろう。第12変奏は自由で動きのある曲想であったものが、ここでは内省的な性格になると考えると、テンポは遅くなっても良いかもしれない。<br />
　楽譜を見る限り、Andante → più Andanteではテンポがどちらに転んでも許されるように思われ、非常に判断が難しい部分である。実際、ピアニストたちはどのように演奏しているのだろうか。<br />
　ジュリアス・カッチェンJulius Katchen(1926-1969)とヴィルヘルム・バックハウスWilhelm Backhaus(1884-1969)はpiù Andanteで速くすることを選択している。特にカッチェンの演奏は、テンポの違いがはっきりしており、非常にルバートが多いため大まかな数値ではあるが、(第12変奏)♪＝150 → (第13変奏)♪＝170という変化が見られる。バックハウスの方がテンポの揺れは少ないが、第13変奏の後半でストレット気味に速くなる。両変奏のテンポ変化は♪＝140 → ♪＝140&#65374;160。<br />
　テンポを落として演奏しているピアニストには、クラウディオ・アラウClaudio Arrau(1903-1991)とゲルハルト・オピッツ Gerhard Oppitz (1953-)が挙げられる。両者とも(第12変奏)♪＝120 → (第13変奏)♪＝90&#65374;100というテンポ設定であるが、アラウが第13変奏でルバートを減らし流れを良くしているのに対し、オピッツはより大きくテンポを揺らしている。このあたりもAndante解釈の違いのであろうか。<br />
　しかし、両変奏は第12変奏が6/8拍子、第13変奏が2/4拍子と拍子が違うため、8分音符基準のメトロノーム数値だけではテンポ比較として充分ではないかもしれない。<br />
　では、上記4人のテンポを拍子単位でも考えてみよう。第12変奏は6/8拍子、第13変奏は2/4拍子なので、どちらも2拍子でとることができる。そのように考え直すと、カッチェンは(第12変奏) ＝50 → (第13変奏) ＝85、バックハウスは(第12変奏) ＝46 →(第13変奏) ＝70&#65374;80、アラウとオピッツは(第12変奏) ＝30 → (第13変奏) ＝45&#65374;50となり、全員がpiù Andanteで速くしていることになる。とすれば、ここでのAndanteは本来の「前進する」という意味に捉えて良いだろう。<br />
　ピアノ・ソナタ第3番Op.5の第2楽章でも、同じように解釈の難しい例がある。この曲の冒頭はAndante espressivo【譜例8】、その後Poco più lento【譜例9】で一度遅くなる。ここまでは何の問題も無い。更に進むとpoco a poco in tempo primo【譜例10】という表記があり、どこで最初のテンポに戻すべきかという明確な指示が無いままAndante molto【譜例11】の文字が現れる。この部分が問題である。Poco più lentoから 直接Andante moltoであれば、テンポが上がることは明白である。しかし、ここではその間にpoco a poco in tempo primoという指示があるため、実際は最初のテンポAndante espressivoからAndante moltoへ変化することになる。ここでのAndanteも、≪パガニーニの主題による変奏曲≫Op.35-2の場合と同じように「前進する」と解釈して構わないのだろうか。<br />
　では、実際に曲の流れを見ながら検証してみたい。<br />
　冒頭部分【譜例8】は、8分音符の単旋律に16分音符で単音の伴奏が付く、単純な構成である。Poco più lento【譜例9】では拍子が変わる。2/4拍子から4/16拍子になり、基準とする音価を短くすることで、テンポが遅くなる要因を作っている。また、強弱指示が一段階落ちてppになることからも、一層落ち着いた雰囲気になると判断できる。poco a poco in tempo primo【譜例10】では2/4拍子に戻り冒頭主題が再現されるため、テンポを戻すという指示は当然と考えられる。<br />
　さて問題のAndante molto【譜例11】であるが、ここでまた拍子が変わり、初めて3拍子になる。更に注目すべきは、楽譜から16分音符が消えることである。それまで綿々と続いてきた16分音符の連鎖がここで初めて切れ、これ以降8分音符が最短音価となる。Andante moltoの前1小節から拍の頭が休符になっていることも、続いていたものが切れそうになっている状態を表しているのであろう。そしてAndante moltoに入る瞬間、１拍目の8分休符で鎖が切れる。これは、この後に全く新しいことが始まることを表しているように思われる。そして、曲の最後Adagio【譜例12】では、基本音価が8分音符から4分音符、更には2分音符へと長さを増し、主題を回想して幕を閉じる。</p>


<p style="padding-bottom:5px;"><strong><u style="font-size:0.9em;">ピアノ・ソナタ第3番Op.5　第2楽章</u></strong></p>

<a name="furei8"></a>
<div class="furei_m">【譜例8】</div>
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei8.gif" style="margin-bottom:20px;">

<a name="furei9"></a>
<div class="furei_m">【譜例9】</div>
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei9.gif" style="margin-bottom:20px;">

<a name="furei10"></a>
<div class="furei_m">【譜例10】</div>
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei10.gif" style="margin-bottom:20px;">

<a name="furei11"></a>
<div class="furei_m">【譜例11】</div>
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei11.gif" style="margin-bottom:20px;">

<a name="furei12"></a>
<div class="furei_m">【譜例12】</div>
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei12.gif" style="margin-bottom:20px;">
<br />

<p>　このような流れの中で、Andante moltoの部分はどうあるべきだろうか。曲全体を大きく捉えた時、まず見えてくるのは、最短音価が長くなっていくという構造である。冒頭Andanteは16分音符、Andante moltoが8分音符、最後のAdagioが4分音符という大きな流れが見えてくる。ここで明らかなのは、AndanteよりもAdagioが遅いという関係である。それならば、その間にあるAndante moltには、AndanteからAdagioへの移行をスムーズにする役割があると考えられる。つまり、Andanteより遅くAdagioより速いテンポが要求されているのである。ということは、ここでのAndanteはmoltoが付くことによって遅くなると定義することができ、これは≪パガニーニの主題による変奏曲≫Op.35-2のpiù Andanteと反対の解釈になる。この時期、ブラームスの中でAndanteの解釈が定まっていなかったように見受けられる。<br />
　これまでに挙げたpiù AndanteとAndante moltoの例は、いずれも前のテンポ表記から変化する際の指示であったが、では曲の冒頭にAndante moltoと表記されている場合、どのように解釈すればよいのだろうか。<br />
　ピアノ・ソナタ第3番Op.5の第4楽章【譜例13】がその例である。この楽章は"Intermezzo (間奏曲)"と題され、冒頭にAndante moltoの指示がある。ブラームスの全作品中Andante moltoの指示があるのは、上記の同ソナタ第2楽章と合わせて2箇所しかない。この第4楽章では冒頭に書かれているため、曲の途中に指示がある第2楽章とは違い、絶対的なテンポを示していることになる。Andanteはmoltoが付くと遅くなるようであるが、ここでも単に少し遅めと捉えるだけで良いのだろうか。</p>

<a name="furei13"></a>
<div class="furei_m">【譜例13】ピアノ・ソナタ第3番Op.5　第4楽章</div>
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei13.gif" style="margin-bottom:20px;">
<br />

<p>　ここでは、まず左手の3連音符がクリアに響くテンポが基準となるだろう。とすると、2拍子というより4/8拍子のような演奏になる。テンポの面では、Adagioと書かれていても納得できるくらいの遅さになるであろう。では何故Andante moltoなのだろうか。<br />
　第2楽章のAndante molto部分との共通点を考えてみると、バスの持続音が挙げられるように思う。第2楽章では、楽譜を見ても明らかなように低音Asの8分音符が常に響いている。同じ音を一定の速さで鳴らし続けることで、最小限の動きで先に進む表現をしているようである。一方、この第4楽章では、第2楽章ほど顕著に現れてはいないが、潜在的にはバスの響きが常にあると考えられる。印象的な3連符のモティーフが、しつこいくらいに繰り返されるため、聞き手の頭の中では常にその音が鳴っている状態になるのかもしれない。この曲はb-Mollなので低音はだいたいBかFが響いている。<br />
　このように、土台となる低音に同じ音を持続させることで、上下運動の少ない安定した状態を表現し、更にその音を一定の間隔で鳴らし続けることにより、前進する動きを表しているのではないだろうか。そう考えると、Andante moltoではテンポが遅くなるというだけでなく、上下運動が少なくなり一定の速さで流れていくような運びとなる。これを演奏法の問題と結びつけると、上下運動というのはルバートに関係していると捉えることができ、Andante moltoではテンポを揺らしすぎないことが望ましいようにも思われる。<br />
　ここまで見た限り、ブラームスのAndanteは一定のテンポで静かに前進するイメージが強いと感じられる。その点、バロック時代のAndanteに共通するものがあるかもしれない。ブラームスの作品ではウォーキング・ベースが用いられているわけではないが、Andanteを発想標語として捉える視点は持つべきだろう。</p>


<div class="c1">
<a name="c27"></a>
27 Op.1とOp.5第2楽章は楽譜に詩が記載されており、Op.5第4楽章は"Rückblick(回顧)"というシュテルナウの詩の題名が書かれている。Op.2は楽譜に書かれていないが、ミンネ歌人クラフト・フォン・レッゲンブルクの詩『冬の旅』に霊感を得たと言われている。</div>
<br />


<a name="3-2"></a>

<h3>2、後期作品&#65374;ピアノ小品集&#65374;</h3>

<p>　ブラームスの晩年のピアノ作品は、最初期に書かれたソナタとは全く違った雰囲気を持っている。ソナタに見られる若いエネルギーは影を潜め、内なる心の葛藤や、どうしようもない悲しみを感じさせる曲が多い。<br />
　ブラームスの後期ピアノ小品集には、Andanteと書かれた曲が多数含まれている。Op.116&#65374;119の全20曲中、半数の10曲がAndante若しくはAndantinoと記されている。そして、Andante表記のある曲には"Intermezzo(間奏曲)"と題されているものが多く、違う題名の曲はOp.118-5"Romanze"のみである。<br />
　ブラームスが"Intermezzo"と題した曲は、後期ピアノ小品の10曲以外に7曲あるが、ピアノ四重奏第1番Op.25以外は全てピアノ独奏曲である。晩年のピアノ小品集の先駆けと言える作品≪8つの小品≫Op.76にも、"Intermezzo"と題された曲が4曲入っている。ブラームスのピアノ小品については、題名に深い意味は無いとする見解が多いが、Op.76とOp.116においては"Capriccio"が比較的速く快活であるのに対し、"Intermezzo"は落ち着いた曲想という大まかな区別がつけられるだろう。その"Intermezzo"に表記されている例が多いAndanteは、やはり穏やかな性格を持つ語であると言えそうである。<br />
　ブラームスの初期作品であるピアノ・ソナタと後期のピアノ小品集を比較してみると、前者には曲途中の楽語指示が非常に多く、後者はdolce, espressivoが多く書き込まれている他は、あまり指示が無いことが分かる。後期作品には、前項で検証したAndante moltoやpiù Andanteのような解釈の難しい例も見当たらない。しかし、部分的な指示に使われる楽語が少なくなる代わりに、前章でも述べた通りAndanteに付く楽語の種類が増え、冒頭表記が長くなり多彩さを増しているのである。<br />
　本項では、Andante表記のある後期ピアノ小品の中から3曲を取り上げ、実際その曲をどのように演奏すべきか考えつつ、ブラームスのAndante解釈に迫ってゆきたい。</p>
<br />

<span class="gakugo2">≪7つの幻想曲≫Op.116-5</span><br />
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei14.gif" style="margin-bottom:20px;margin-top:10px;"><br />

<p>　「優雅さ(grazia)と親密な感情(intimissimo sentimento)を持ったAndante」<br />
　この表記だけで曲を想像してみると、愛情豊かな平穏なイメージが湧いてくる。しかし、実際ブラームスがこの楽語を書き込んだ曲は、どこか寂しさの漂う不安定な曲想である。<br />
　まず曲を見て感じることは、これまで見てきたブラームスのAndanteとイメージが合わないということである。休符が多く書かれているため、視覚的には軽快なテンポが求められているような印象を受ける。また、幅広い音程の跳躍もあり、落ち着いた足取りを想像することは難しい。現存する自筆譜で、ブラームスが最初はAndanteではなくAllegrettoを書き込んでいたことが分かっているが、その方が曲想に合っているように思われる。<br />
　AllegrettoとAndanteの明らかな違いはテンポである。敢えてAndanteに変更したということは、速いテンポで軽く弾かれることを恐れたからではないだろうか。この曲の楽譜は休符が多いことから、視覚的には軽やかな表情を連想させるが、ブラームスの意図は違っていたのだろう。AllegrettoではなくAndanteにすることで、軽やかで運動性のある曲ではないこと、内省的な感情の微妙な揺れを表現していることを伝えようとしたように感じられる。</p>

<br />


<span class="gakugo2">≪3つの間奏曲≫Op.117-2</span><br />
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei15.gif" style="margin-bottom:20px;margin-top:10px;"><br />

<p>　Andanteにnon troppoが付く例はこの1曲のみである。Andanteをやり過ぎないようにというのはどのように解釈すべきだろうか。<br />
　この楽譜を見ると、幅広い音域を動く波のような音の並び方をしており、大きく抑揚をつけて演奏されることが望ましく思われる。con molta espressivoという言葉も大げさな表現を求めるものである。ここでは、前記のOp.116-5のように微妙な心の揺れ動きではなく、自分の外に出される感情を表しているのではないだろうか。それならば、non troppoはAndanteの持つ穏やかな性格が強すぎないようにという指示と捉えられる。<br />
　32分音符が並んでおり速いテンポを連想させる楽譜であるが、実際はAndanteという決して速くはないテンポが指定されており、espressivoが加えられていることからも、ブラームスは一つ一つの音を大切にして演奏されることを意図していたと考えるべきだろう。</p>


<span class="gakugo2">≪6つの小品≫Op.118-6</span><br />
<img src="/report/04ess/ronbunreport/images/09watanabe_furei16.gif" style="margin-bottom:20px;margin-top:10px;"><br />

<p>
　通常largoは遅いテンポを表すが、前章でも触れた通り、ブラームス作品では、largoが明確に速度標語として用いられている例は見られない。この曲の場合も、largo元来の意味である「ゆったりと、幅広く」と解釈すべきであろう。<br />
　mestoは、ホルン三重奏曲Op.40の第3楽章Adagio mesto で使われている。この作品は母の死を受けて書かれたもので、この上なく陰鬱な曲想である。<br />
　晩年のピアノ小品が多く書かれた時期も、ブラームスの周囲には死の影がまとわりついていた。親しい友人を多く失い、その悲痛な気持ちが"Andante, largo e mesto"という言葉に表れているのかもしれない。非常に独特の雰囲気を持つ曲であり、その響きは、ブラームスの音楽が新ウィーン楽派に影響を与えたことを感じさせる。<br />
　右手の旋律は隣り合う3音から成り、静かなAndanteの性格に合っているが、左手の分散和音が静かな中にも大きなうねりが生じているような印象を与える。中間部は激しい曲想になるが、変化を示す新しい楽語は表記されていない。仮に、この部分もAndanteなのだとしたら、ブラームスの後期作品におけるAndante解釈はますます難解なものとなるだろう。</p>

<p>　後期作品には、初期作品に見られた「静かな前進」という要素が非常に少ないと感じられる。目に見える動作としての動きではなく、心の動き、感情の波という要素が核となっているように思われる。初期作品ではバロック的なスムーズに進行するAndanteという定義ができたが、後期の作品ではもっと内面の動きを考えなくてはならないようである。<br />
　メトロノームが開発されるずっと以前、時間の感覚を区切るため利用されていた最古の基準は人間の脈拍であった<a href="#c28" class="c00">（28）</a>。この感覚は、感情の波とテンポの同調を大切にしていたブラームスの考えに近いように思われる。彼の音楽は、まさしく人間の音楽と言うことができるかもしれない。後期の作品ではその要素が一層強くなり、Andanteの定義も、視覚的に認識できる「前進」ではなく、感覚的な心の動きに対応していくのではないだろうか。<br />
　Andanteの持つ「前に進む」というイメージは、時間の観点から捉えると、今まさに生きていることと例えることができる。静かな動きでゆっくりと進むAndanteは、毎日を平穏に生きていくというブラームスの理想であったかもしれない。そして晩年の作品では、そこに絶望と諦観の色合いが濃くなってくるのである。</p>

<div class="c1">
<a name="c28"></a>
28 『ニューグローヴ音楽辞典』第18巻 p.209 ＜メトロノーム＞の項
</div>
<br /><br />




<a name="matome"></a>
<div class="t3">まとめ</div>

<p>　最後に、これまでの考察を振り返ってまとめたいと思う。<br />
　まず、第1章でAndanteの歴史を見た結果、ブラームスの生きた時代には「Andanteは緩やかなテンポ」という解釈が主流となっていたことが分かった。しかし、極端に遅いテンポを好む作曲家もいれば、遅すぎないよう注意を促す作曲家もおり、Andante解釈の幅広さが見て取れた。
　第2章では、ブラームスの使った楽語について検証した。<br />
　速度標語についての考察では、ブラームスがAndanteを好んで使っており、様々な発想標語と共に用いていることが分かった。更に細かく見ていくと、晩年に近づくにつれ使用する発想標語の種類が増え、ブラームスの楽語用法に経年変化があったことを窺わせた。ドイツ語表記についても検証した結果、ブラームスのAndanteにはテンポと性格の両面があり、「やや遅め」のテンポで「穏やかな」性格の語という結論に達した。<br />
　最後に、第3章でブラームスのピアノ作品について演奏法の観点から考察し、前期と後期の作品を分けて検証することで、ブラームスのAndante解釈の変化を探ることも試みた。<br />
　前期の作品を見ていくと、この頃のブラームスのAndanteからは「一定の速度で静かに進む」というイメージが感じ取られ、これはバロック時代のAndanteにも通じる部分があると言えるだろう。後期の作品になると、Andanteの「静かな歩み」は、外的な動作ではなく内的な心の動きを表す要素が強くなり、ブラームスのAndanteがより深い意味を持つ言葉になっていくように思われる。<br />
　ブラームス作品におけるAndanteは、落ち着いて一歩ずつ着実に進むイメージと考えられるが、本当に大切なことは演奏者が曲の核心を感じ取り、自分の感情と音楽をシンクロさせることであり、それによって自然とテンポが定められるのだろう。</p><br /><br />




<a name="owarini"></a>
<div class="t3">おわりに</div>

<p>　ここで、「はじめに」で触れたピアノ協奏曲第2番Op.83第3楽章のAndanteについてもう一度考えてみたいと思う。この作品は、ブラームスの手によるメトロノーム数値と、現在演奏されている平均的なテンポとの間にかなりの隔たりがあるというもので、私たちにはブラームスのメトロノーム数値が速すぎるように感じる。<br />
　ブラームスのAndanteは一歩ずつ着実に進むイメージ、ということは一音一音を大切に弾く(聴く)ということに繋がるだろう。ブラームスは、そのように演奏できるテンポを指定したはずである。
ところで、音は細ければ細いほど動きやすく、音に厚みを与えることによってテンポは遅くなる<a href="#c29" class="c00">（29）</a>。オーケストラの規模が大きくなり、個々の楽器の音量も増した今日において、音に厚みが出てしまうのは必然である。そういった中で、ブラームスが指定したメトロノーム数値に従って、このAndante楽章の世界を表現することに無理が生じてきたのだろう。<br />
　ブラームスの演奏テンポに対する考え方を示す興味深いエピソードがある。<br />
　アマチュア・ヴァイオリン奏者のアーウィン・フォン・ベッケラートAlwin von Beckerathが、ブラームスの弦楽四重奏曲第2番Op.51-2を演奏した際のことである。終楽章のテンポに関して、彼ともう一人のヴァイオリン奏者の意見が合わず、作曲者自身に意見を求める手紙を書いた。以下はそれに対するブラームスの返事である。</p>

<div class="eee">「あなたが私にメトロノーム基金を少し払えば、毎週違うメトロノーム数値を届けましょう。正常な人にとって、その数字は一週間より長く有効でありえないのです。ついでに申しますと、あなたは正しい、そして第一ヴァイオリン奏者も正しい！」<a href="#c30" class="c00">（30）</a></div>

<p>　ブラームスは演奏者に自由を与えると共に、解決できない課題をも与えたのだろうか。「芸術に答えなんてない」というのが唯一の答えなのかもしれない。
</p>

<div class="c1">
29  スコダ，1963年 p.38<br />
30  Avins, 2003 p.21</div>

<br /><br />

<a name="sanko"></a>
<div style="font-size:1.3em">◆<strong>参考文献</strong>◆</div>


<u style="font-size:/1.2em"><strong>外国語</strong></u><br />
<ul class="list" style="font-size:0.9em">
<li>Avins, Styla 'Performing Brahms's music: clues from his letters', PERFORMING BRAHMS Early Evidence of Performing Style (Cambridge University Press, 2003)
<li>Brown, Clive. Classical & Romantic Performing Practice 1750-1900 (Oxford Univercity Press, 1999)
<li>Kraus, Detlef. JOHANNES BRAHMS Composer for the Piano, trans. Lillian Lim (Florian Noetzel Verlag, 1988)
<li>Sherman, Bernard D. 'Metronom marks, timings, and other period evidence regarding tempo in Brahms', PERFORMING BRAHMS Early Evidence of Performing Style (Cambridge University Press, 2003)
</ul>

<u style="font-size:/1.2em"><strong>日本語</strong></u><br />
<ul class="list" style="font-size:0.9em">
<li>森田学『音楽用語のイタリア語』(三修社，2007年)
<li>関孝弘，ラーゴ・マリアンジェラ―『イタリアの日常会話から学ぶ これで納得！よくわかる音楽用語のはなし』(全音楽譜出版社，2006年)
<li>クルト・ザックス『リズムとテンポ』岸辺成雄訳 (音楽之友社，1979年)
<li>エヴァ＆パウル・バドゥラ＝スコダ『モーツァルト　演奏法と解釈』渡辺護訳 (音楽之友社，1963年)
</ul>

<u style="font-size:/1.2em"><strong>辞典</strong></u><br />
<ul class="list" style="font-size:0.9em">
<li>Bremer, Friedrich. Handlexikon der Musik (Reclam, 1882)
<li>Grassineau, James. Musical Dictionary (Broude Brothers, 1740)
<li>Grove, George. A Dictionary of Music and Musicians (Macmillan and Co.1879)
<li>『ニューグローヴ世界音楽大事典』柴田南雄，遠山一行総監修 (講談社，1994&#65374;1995年)
<li>『新音楽辞典　楽語』浅香淳編 (音楽之友社，1994年)
<li>『伊和中辞典』池田廉編 (小学館，1996年)
<li>『標準音楽辞典』目黒三策編 (音楽之友社，1971年)
<li>『マイスター独和辞典』戸川敬一他編(大修館書店，1999年)
</ul>

<u style="font-size:/1.2em"><strong>録音資料</strong></u><br />
<ul class="list" style="font-size:0.9em">
<li>"CLAUDIO ARRAU" GREAT PIANISTS OF THE 20th CENTURY (BMG, 1998)
<li>Wilhelm Backhaus / Brahms:Piano Concerto No.1 (HNH International Ltd. 2003)
<li>ジュリアス・カッチェン／ブラームス：パガニーニ＆ヘンデル変奏曲、4つのバラード(The Decca Record Co. Ltd. 1965)
<li>ゲルハルト・オピッツ／ブラームス：ソロ・ピアノ作品全集 (BMG，1990)
</ul><br /><br />



<hr size="1" noshade>
<br />
<a name="furoku"></a>
<div style="font-size:1.3em"><strong>付録　ブラームス作品のテンポ表記一覧</strong></div>
<div style="margin-bottom:20px">＊ヘンレ版、ブライトコプフ版旧全集の楽譜に基づく。楽譜を入手出来なかった曲は作品目録で冒頭楽語のみ確認。主に太字ブロック体の表記を抜き出し、イタリック体表記は重要と考えられるものだけ記載した。<br />
　冒頭数字は作曲年、I&#65374;Vは楽章を指す。<br />
　曲の題名は『作曲家別名曲解説ライブラリー（７）ブラームス』(音楽之友社)に従って日本語で記した。</div>



<div style="font-size:1.2em;font-weight:bold;">◆ピアノ曲</div>
<dl class="frk">
<dt><u>1851　スケルツォOp.4</u>
<dd>Rasch und feurig→Trio I →D.C.→Trio II  Molto espressivo→Più mosso→Più sostenuto

<dt><u>1852　ピアノ・ソナタ第2番Op.2</u>
<dd>I Allegro non troppo, ma energico→Più mosso<br />
II Andante con espressione→Largo→Tempo I<br />
III SCHERZO Allegro→TRIO Poco più moderato→Tempo I→Più moderato→Tempo I<br />
IV FINALE Introduzione.Sostenuto→Allegro non troppo e rubato→Animato→Poco sostenuto→Molto sostenuto

<dt><u>1853　ピアノ・ソナタ第1番Op.1</u>
<dd>
I Allegro<br />
II Andante→Adagio<br />
III SCHERZO Allegro molto e con fuoco→Più mosso→Presto→(D.C.)<br />
IV Allegro con fuoco→Presto non troppo ed agitato
<dt><u>1853　ピアノ・ソナタ第3番Op.5</u>
<dd>
I Allegro maestoso→Più animato<br />
II ANDANTE Andante espressivo→Poco più lento→<i>poco a poco in tempo primo</i> →Andante molto→Adagio<br />
III Allegro energico→TRIO→(D.C.)<br />
IV INTERMEZZO Andante molto<br />
V FINALE Allegro moderato ma rubato→Più mosso→Presto→Tempo I
<dt><u>1854　シューマンの主題による変奏曲Op.9</u>
<dd>THEME Ziemlich langsam→2 Poco più moto→3 Tempo di tema→4 Poco più moto→5 Allegro capriccioso→6 Allegro→7 Andante→8 Andante (non troppo lento) →9 Schnell→10 Poco Adagio→11 Un poco più animato→12 Allegretto, poco scherzando→Presto→13 Non troppo Presto→14 Andante→15 Poco Adagio

<dt><u>1854　4つのバラードOp.10</u>
<dd>
1Andante→Poco più moto→Tempo I→Poco più moto→Allegro (<i>ma non troppo</i>) →Tempo I<br />
2Andante→Allegro non troppo (<i>doppio movimento</i>)→Molto staccato e leggiero→Tempo I Andante<br />
3INTERMEZZO Allegro<br />
4Andante con moto→Più lento→Tempo I→Più lento→Adagio

<dt><u>1855　ハンガリー民謡による変奏曲Op.21-2</u>
<dd>Allegro→7 Poco più lento→13途中 Allegro (il doppio Movimento) →Tempo I più animato

<dt><u>1855　2つのガヴォットWoO 3</u>
<dd>冒頭表記無し
<dt><u>1855　2つのジーグWoO 4</u>
<dd>冒頭表記無し
<dt><u>1855　2つのサラバンドWoO 5</u>
<dd>冒頭表記無し
<dt><u>1857　自作主題による変奏曲Op.21-1</u>
<dd>Poco larghetto→2 Più moto→5 Tempo di tema→6 Più moto→7 Andante con moto→8 Allegro non troppo→11 Tempo di tema, poco più lento
<dt><u>1861　シューマンの主題による変奏曲 (4手) Op.23</u>
<dd>Leise und innig→1 L'istesso tempo. Andante molto moderato→5 Poco più animato→6 Allegro non troppo→7 Con moto. L'istesso Tempo→8 Poco più vivo→10 Molto moderato, alla Marcia
<dt><u>1861　ヘンデルの主題による変奏曲Op.24</u>
<dd>テンポ表記無し
<dt><u>1863　パガニーニの主題による変奏曲Op.35-1</u>
<dd>Non troppo presto→11 Andante→14 Allegro→Presto, ma non troppo
<dt><u>1863　パガニーニの主題による変奏曲Op.35-2</u>
<dd>Non troppo presto→2 Poco animato→4 Poco Allegretto→6 Poco più vivace→8 Allegro→9 ♪= del Thema→10 Feroce, energico→11 Vivace→12 Un poco Andante→13 Un poco più Andante→14 Presto, ma non troppo
<dt><u>1865　ワルツ集 (4手) Op.39</u>
<dd>1 Tempo giusto→4 Poco sostenuto→6 Vivace→7 Poco più Andante
<dt><u>1852&#65374;1869　ハンガリー舞曲集 (4手) WoO 1</u>
<dd>
1 Allegro molto<br />
2 Allegro non assai→Vivo→Tempo I (Allegro non assai)<br />
3 Allegretto→vivace→Tempo I<br />
4 Poco sostenuto→Vivace→Molto Allegro→ (D.C.)<br />
5 Allegro→Vivace→Allegro<br />
6 Vivace→Molto sostenuto→Vivace<br />
7 Allegretto<br />
8 Presto<br />
9 Allegro non troppo→Poco sostenuto→Tempo I<br />
10 Presto→sempre più presto<br />
11 Poco Andante<br />
12 Presto→Poco meno presto→Presto<br />
13 Andantino grazioso→Vivace→Andantino grazioso<br />
14 Un poco Andante<br />
15 Allegretto grazioso→più vivace→più presto<br />
16 Con moto→Presto→Poco meno presto→Tempo I<br />
17 Andantino→Vivace→Meno presto→Vivace<br />
18 Molto vivace<br />
19 Allegretto→Più presto→Allegretto<br />
20 Poco Allegretto→Vivace→Tempo I<br />
21 Vivace→Più presto

<dt><u>1873　ハイドンの主題による変奏曲（2台4手）Op.56b</u>
<dd>「Chorale:St. Antoni」 Andante→1 Andante con moto→2 Vivace→3 Con moto→4 Andante→5 Poco presto→6 Vivace→7 Grazioso→8 Poco presto→FINALE Andante
<dt><u>1878　8つの小品Op.76</u>
<dd>
1 CAPRICCIO Un poco agitato/Unruhig bewegt<br />
2 CAPRICCIO Allegretto non troppo<br />
3 INTERMEZZO Grazioso/Anmutig, ausdrucksvoll→lento<br />
4 INTERMEZZO Allegretto grazioso<br />
5 CAPRICCIO Agitato, ma non troppo presto/Sehr ausgeregt, doch nicht zu schnell→rit.→Tempo I<br />
6 INTERMEZZO Andante con moto/Sanft bewegt<br />
7 INTERMEZZO Moderato semplice<br />
8 CAPRICCIO Grazioso ed un poco vivace/Anmutig lebhaft→più Adagio→string.
<dt><u>1879　2つのラプソディーOp.79</u>
<dd>
1 Agitato<br />
2 Molto passionato, ma non troppo allegro<br />
<dt><u>1890　51の練習曲WoO 6</u>
<dd>4 Andante<br />
12 Moderato<br />
13 Moderato<br />
14 Vivace<br />
19 Moderato<br />
25 Non troppo allegro<br />
29 Presto<br />
31 Non troppo allegro<br />
38 Allegro<br />
43a Andante o Allegro<br />
43b Andante<br />
47 Allegro<br />
51 Vivace
<dt><u>1892　7つの幻想曲Op.116</u>
<dd>1 CAPRICCIO Presto energico<br />
2 INTERMEZZO Andante→Non troppo presto ( ＝ )→Andante( ＝ )<br />
3 CAPRICCIO Allegro passionato→Un poco meno Allegro→Tempo I<br />
4 INTERMEZZO Adagio<br />
5 INTERMEZZO Andante con grazia ed intimissimo sentimento<br />
6 INTERMEZZO Andantino teneramente<br />
7 CAPRICCIO Allegro agitato
<dt><u>1892　3つの間奏曲Op.117</u>
<dd>1 Andante moderato→Più Adagio→Un poco più Andante<br />
2 Andante non troppo e con molta espressione→Più Adagio<br />
3 Andante con moto→Poco più lento→Più moto ed espressivo→Tempo I→Più lento
<dt><u>1892　6つの小品Op.118</u>
<dd>1 INTERMEZZO Allegro non assai, ma molto appassionato<br />
2 INTERMEZZO Andante teneramente→più lento→in tempo→più lento→Tempo I→più lento<br />
3 BALLADE Allegro energico<br />
4 INTERMEZZO Allegretto un poco agitato<br />
5 ROMANZE Andante→Allegretto grazioso→Tempo I<br />
6 INTERMEZZO Andante, largo e mesto→lento
<dt><u>1892　4つの小品Op.119</u>
<dd>1 INTERMEZZO Adagio<br />
2 INTERMEZZO Andantino un poco agitato→Andantino grazioso→tempo primo<br />
3 INTERMEZZO Grazioso e giocoso<br />
4 RHAPSODIE Allegro risoluto
</ul>
<br /><br />

<div style="font-size:1.2em;font-weight:bold;">◆管弦楽</u></div>
<dt><u>1858　ピアノ協奏曲第1番Op.15</u>
<dd>
I Maestoso→Poco più moderato→Tempo I→Poco più moderato→Tempo I poco più animato<br />
II Adagio<br />
III RONDO Allegro non troppo→quasi Fantasia→a tempo→Meno mosso→Più animato→Tempo I

<dt><u>1859　セレナード第1番Op.11</u>
<dd>I Allegro molto<br />
II SCHERZO Allegro non troppo→Un poco ritenuto→in tempo→TRIO Poco più moto→(D.C).<br />
III Adagio non troppo<br />
IV MENUETTOI →MENUETTOII →D.C.→CODA<br />
V SCHERZO Allegro→TRIO→(D.C.)<br />
VI RONDO Allegro

<dt><u>1859　セレナード第2番Op.16</u>
<dd>I Allegro moderato<br />
II SCHERZO Vivace→TRIO→(D.C.)→CODA<br />
III Adagio non troppo<br />
IV Quasi Menuetto→TRIO→(D.C.)→CODA<br />
V RONDO Allegro

<dt><u>1873　ハイドンの主題による変奏曲Op.56a</u>
<dd>「Chorale:St.Antoni」Andante→1 Poco più animato→2 Più vivace→3 Con moto→4 Andante con moto→5 Vivace→6 Vivace→7 Grazioso→8 Presto non troppo→FINALE Andante→molto rit.→in tempo

<dt><u>1876　交響曲第1番Op.68</u>
<dd>I Un poco sostenuto→Allegro→Meno Allegro<br />
II Andante sostenuto<br />
III Un poco Allegretto e grazioso→poco a poco più tranquillo<br />
IV Adagio→string. Poco a poco→a tempo→string. molto→a tempo→Più Andante→Allegro non troppo, ma con brio→calando→animato→Più Allegro

<dt><u>1877　交響曲第2番Op.73</u>
<dd>I Allegro non troppo→un poco stringendo→ritard.→in tempo, ma più tranquillo→poco rit.→in tempo, sempre tranquillo<br />
II Adagio non troppo→L'istesso tempo, ma grazioso<br />
III Allegretto grazioso (Quasi Andantino) →Presto ma non assai ( ＝ ) →Tempo primo→Presto ma non assai→poco a poco Tempo primo→poco sost.<br />
IV Allegro con spirito→Tranquillo→Sempre più tranquillo→in tempo

<dt><u>1878　ヴァイオリン協奏曲Op.77</u>
<dd>
I Allegro non troppo<br />
II Adagio→più largamente→calando→Tempo I<br />
III Allegro giocoso, ma non troppo vivace→Poco più presto
<dt><u>1880　大学祝典序曲Op.80</u>
<dd>Allegro→L'istesso tempo, un poco maestoso→animato→Maestoso (♪＝ )
<dt><u>1880　悲劇的序曲Op.81</u>
Allegro ma non troppo→Molto più moderato ( ＝ ) →Tempo primo(ma tranquillo) ( ＝ ) →un poco sosten.→in tempo
<dt><u>1881　ピアノ協奏曲第2番Op.83</u>
<dd>I Allegro non troppo ( ＝92)<br />
II Allegro appassionato ( ＝76) →largamente→sempre più agitato<br />
III Andante ( ＝84) →rit.→in tempo→rit. molto→Più Adagio→rit.→Tempo I→rit.→Più Adagio<br />
IV Allegretto grazioso ( ＝104) →un poco rit.→in tempo→Un poco più presto ( ＝138)
<dt><u>1883　交響曲第3番Op.90</u>
<dd>I Allegro con brio→poco rit.→Un poco sostenuto→Tempo I
II Andante→poco rit.<br />
III Poco Allegretto<br />
IV Allegro→Un poco sostenuto

<dt><u>1885　交響曲第4番Op.98</u>
<dd>I Allegro non troppo<br />
II Andante moderato→rit.→a tempo→poco rit.<br />
III Allegro giocoso→Poco meno presto→Tempo I<br />
IV Allegro energico e passionato→rit.→ (a tempo無し) →poco ritard.→Più Allegro

<dt><u>1887　ヴァイオリンとチェロのための協奏曲Op.102</u>
<dd>I Allegro<br />
II Andante<br />
III Vivace non troppo→Poco meno Allegro→Tempo primo
</ul><br /><br />










<div style="font-size:1.2em;font-weight:bold;">◆室内楽</u></div>
<dl class="gkf">
<dt><u>1853　≪F.A.E.ソナタ≫スケルツォWoO 2</u>
<dd>Allegro→un poco rit.→a tempo→TRIO Più Moderato→in tempo (Tempo Iの意味) →un poco rit.→a tempo
<dt><u>1854　ピアノ三重奏第1番Op.8 (第1作)</u>
<dd>I Allegro con moto ( ＝72) →Tempo un poco più Moderato→Schneller<br />
II SCHERZO Allegro molto ( ＝100)→Più lento ( ＝72) →Tempo primo→Un poco più lento<br />
III Adagio non troppo ( ＝63) →Allegro (doppio movimento) →Tempo primo ( ＝ )<br />
IV FINALE Allegro molto agitato ( ＝66) →Un poco più lento→Tempo primo→Schneller

<dt><u>1860　弦楽六重奏曲第1番Op.18</u>
<dd>I Allegro ma non troppo→poco rit.→in tempo→poco rit.→in tempo→Poco più moderato<br />
II Andante, ma moderato<br />
III SCHERZO Allegro molto→TRIO Animato→D.C.→CODA Più animato<br />
IV RONDO Poco Allegretto e grazioso→Animato, poco a poco più

<dt><u>1861　ピアノ四重奏曲第1番Op.25 </u>
<dd>
I Allegro<br />
II INTERMEZZO Allegro ma non troppo→TRIO Animato→Tempo del Intermezzo→CODA Animato<br />
III Andante con moto→Animato→(poco a poco Andante con moto)<br />
IV Rondo alla Zingarese　Presto→Meno Presto→Tempo I→Meno Presto→Tempo I→Meno Presto→Poco più Presto→Molto Presto

<dt><u>1861　ピアノ四重奏曲第2番Op.26</u>
<dd>I Allegro non troppo<br />
II Poco Adagio<br />
III SCHERZO Poco Allegro→Animato→TRIO→D.C.<br />
IV FINALE Allegro→Animato

<dt><u>1864　ピアノ五重奏曲Op.34</u>
<dd>I Allegro non troppo→Poco sostenuto→Tempo I<br />
II Andante, un poco Adagio→accel.→poco rit.→Tempo I<br />
III SCHERZO Allegro→TRIO→D.C.<br />
IV FINALE Poco sostenuto→Allegro non troppo ( ＝ ) →un pochettino più animato→Tempo I→un pochettino più animato→Tempo I→Presto, non troppo

<dt><u>1865　弦楽六重奏曲第2番Op.36</u>
<dd>I Allegro non troppo→Un poco sostenuto<br />
II SCHERZO Allegro non troppo→Presto giocoso→Tempo primo→Animato<br />
III Adagio→rit.→a tempo→rit.→ (a tempo無し) →rit.→Più animato→Adagio (♪＝ ) →poco a poco rit.→molto rit.<br />
IV Poco Allegro→Animato

<dt><u>1865　チェロ・ソナタ第1番Op.38</u>
I Allegro non troppo<br />
II Allegretto quasi Menuetto→TRIO→(D.C.)<br />
III Allegro→Più presto

<dt><u>1865　ホルン三重奏曲Op.40</u>
<dd>I Andante→Poco più animato→Tempo I→Poco più animato→poco a poco rit.→Tempo I→un poco animato poi a poi<br />
II SCHERZO Allegro→rit. poco a poco→Molto meno Allegro→(D.C.)<br />
III Adagio mesto→un poco stringendo→in tempo→poco accel→passionata→poco rit.→tempo primo<br />
IV FINALE Allegro con brio→rit. poco a poco→accel. e cresc. poco a poco→in tempo

<dt><u>1873　弦楽四重奏曲第1番Op.51-1</u>
<dd>I Allegro<br />
II ROMANZE Poco Adagio<br />
III Allegretto molto moderato e comodo→Un poco più animato→(D.C.)<br />
IV Allegro

<dt><u>1873　弦楽四重奏曲第2番Op.51-2</u>
<dd>I Allegro non troppo→ritard.→in tempo→ritard. poco a poco→in tempo→ritard.→in tempo→ritard. poco a poco→in tempo→più animato sempre<br />
II Andante moderato<br />
III Quasi Minuetto, moderato→Allegretto vivace→Tempo di Minuetto→Allegretto vivace→Tempo di Minuetto<br />
IV FINALE Allegro non assai→Poco tranquillo→Più vivace

<dt><u>1875　ピアノ四重奏曲第3番Op.60</u>
<dd>
I Allegro non troppo<br />
II SCHERZO Allegro<br />
III Andante<br />
IV FINALE Allegro comodo→tranquillo→Tempo I

<dt><u>1876　弦楽四重奏曲第3番Op.67</u>
<dd>I Vivace→calando→in tempo→rit.→in tempo<br />
II Andante→rit. un poco→in tempo<br />
III Agitato (Allegretto non troppo) →rit.→poco a poco in tempo→TRIO→ (D.C.) →CODA<br />
IV Poco Allegretto con Variazioni→Doppio Movimento

<dt><u>1879　ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78</u>
<dd>I Vivace ma non troppo→rit.→in tempo→più sostenuto→Tempo I→rit.→in tempo<br />
II Adagio→più andante→rit.→Adagio come prima→rit.<br />
III Allegro molto moderato→tranquillo→in tempo→poco rit.→Più moderato→poco rit.→tranquillo

<dt><u>1882　ピアノ三重奏曲第2番Op.87</u>
<dd>I Allegro( ＝138)→Animato<br />
II Andante con moto→rit.→in tempo(Andante con moto)<br />
III SCHERZO Presto→Poco meno presto→Presto<br />
IV FINALE Allegro giocoso

<dt><u>1882　弦楽五重奏Op.88</u>
<dd>I Allegro non troppo ma con brio→rit. poco a poco→Più moderato→Tempo I<br />
II Grave ed appassionato→Allegretto vivace→Tempo I→Presto→ritard. molto<br />
III Allegro energico→Presto

<dt><u>1886　チェロ・ソナタ第2番Op.99</u>
<dd>I Allegro vivace<br />
II Adagio affettuoso<br />
III Allegro passionato<br />
IV Allegro molto

<dt><u>1886　ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100</u>
<dd>I Allegro amabile→Vivace→poco rit. (→a tempo無し) →poco rit.→a tempo<br />
II Andante tranquillo→Vivace→Andante→Vivace di più→Andante→Vivace<br />
III Allegretto grazioso (quasi Andante)

<dt><u>1886　ピアノ三重奏曲第3番Op.101</u>
<dd>I Allegro energico<br />
II Presto non assai<br />
III Andante grazioso→( ＝ ) (quasi animato)<br />
IV Allegro molto→meno Allegro→Tempo I→meno Allegro→Tempo I

<dt><u>1888　ヴァイオリン・ソナタ第3番Op.108</u>
<dd>I Allegro<br />
II Adagio<br />
III Un poco presto e con sentimento→un poco rit.→meno presto→rit.→in tempo<br />
IV Presto agitato

<dt><u>1890　弦楽五重奏曲第2番Op.111</u>
<dd>I Allegro non troppo, ma con brio<br />
II Adagio<br />
III Un poco Allegretto<br />
IV Vivace ma non troppo presto→animato

<dt><u>1891　ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (改作)</u>
<dd>I Allegro con brio→Tranquillo<br />
II SCHERZO Allegro molto→Meno allegro→Tempo I<br />
III Adagio<br />
IV Allegro

<dt><u>1891　クラリネット三重奏曲Op.114</u>
<dd>I Allegro→Poco meno Allegro<br />
II Adagio<br />
III Andante grazioso→Un poco sostenuto<br />
IV Allegro

<dt><u>1891　クラリネット五重奏曲Op.115</u>
<dd>I Allegro→Quasi sostenuto→(in tempo)<br />
II Adagio→Più lento<br />
III Andantino→Presto non assai, ma con sentimento<br />
IV Con moto→Un poco meno mosso

<dt><u>1894　クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1</u>
<dd>I Allegro appassionato→Sostenuto ed espressivo<br />
II Andante un poco Adagio<br />
III Allegretto grazioso<br />
IV Vivace

<dt><u>1894　クラリネット・ソナタ第2番Op.120-2</u>
<dd>I Allegro amabile→Tranquillo<br />
II Allegro appassionato→Sostenuto→Tempo I<br />
III Andante con moto→Allegro→Più tranquillo
</dl>
<br />





<div style="font-size:1.2em;font-weight:bold;">◆歌曲</u></div>
<dl class="frk">
<dt><u>1853　6つの歌Op.3
</u><dd>1 Sehr langsam→Poco più mosso→Tempo I<br />
2 Moderato ma non troppo→Poco più lento<br />
3 Vivace con fuoco→sehr zart und innig→Lebhaft<br />
4 Mit feurigem Schwung<br />
5 Poco agitato<br />
6 Poco allegretto→Poco animato

<dt><u>1853　6つの歌Op.6
</u><dd>1 Allegretto<br />
2 Con moto<br />
3 Poco agitato<br />
4 Con moto<br />
5 Poco Andante<br />
6 Allegretto non troppo

<dt><u>1853　6つの歌Op.7
</u><dd>1 Andante con espressione<br />
2 Andante con moto<br />
3 Andante moderato<br />
4 Bewegt<br />
5 Langsam<br />
6 Allegro agitato

<dt><u>1854？ ≪月夜≫WoO.21
</u><dd>Andante/Träumerisch

<dt><u>1858　歌曲とロマンスOp.14
</u><dd>1 Andante<br />
2 Andantino<br />
3 Con moto<br />
4 Langsam, sehr innig→Poco più animato→Tempo I<br />
5 Sehr schnell<br />
6 Andante, con espressione<br />
7 Allegretto<br />
8 Andante

<dt><u>1858　5つの詩Op.19
</u><dd>1 Poco Adagio<br />
2 Nicht zu langsam und mit starkem Ausdruck<br />
3 L'istesso tempo<br />
4 Allegro<br />
5 Poco lento→Poco più lento

<dt><u>1860　3つの二重唱曲Op.20
1 Allegro<br />
2 Poco Adagio molto espressivo<br />
3 Andante

<dt><u>1861　4つの歌Op.43
</u><dd>1 Mässig→Ziemlich langsam<br />
2 Sehr langsam und ausdrucksvoll<br />
3 Durchaus nicht zu langsam und ziemlich frei vorzutragen<br />
4 Allegro

<dt><u>1862　4つの二重唱曲Op.28
</u><dd>
1 Andante (→animato→ritard.) →Tempo I<br />
2 Vivace<br />
3 In sanfter Bewegung<br />
4 Allegro

<dt><u>1862？66？ ≪雨の歌≫WoO.23
</u><dd>Andantino

<dt><u>1863　3つの四重唱曲Op.31
</u><dd>1 Tempo di Menuetto, con moto<br />
2 Allegretto con grazia→poco a poco ritardando---in tempo<br />
3 Con moto e grazioso→poco rit.→a tempo

<dt><u>1864　プラーテンとダウマーによる歌曲と歌Op.32
</u><dd>1 Andante<br />
2 Langsam→animato→poco riten.→Tempo I<br />
3 Mässig<br />
4 Moderato, ma agitato→Più agitato<br />
5 Allegro<br />
6 Andante con moto<br />
7 Con moto, espressivo ma grazioso<br />
8 In gehender Bewegung<br />
9 Adagio

<dt><u>1868　ティークの「マゲローネ」のロマンスOp.33
</u><dd>1 Allegro<br />
2 Kräftig<br />
3 Andante→Vivace→Vivace→ad libit.→a tempo, vivace<br />
4 Andante→Poco vivace e sempre animato→Tempo I<br />
5 Allegro<br />
6 Allegro→Poco sostenuto→Poco animato→Vivace, ma non troppo<br />
7 Lebhaft→Animato<br />
8 Andante→Allegro→Andante<br />
9 Langsam→Animato<br />
10 Allegro→più Adagio→Tempo I<br />
11 Etwas langsam<br />
12 Poco Andante<br />
13 Zart, heimlich/Vivace<br />
14 Lebhaft<br />
15 Ziemlich langsam→Lebhaft→ad libit.→a Tempo→Tempo I/Ziemlich langsam


<dt><u>1868　4つの歌Op.46
</u><dd>1 Ziemlich langsam<br />
2 Andante<br />
3 Lebhaft, doch nicht zu rasch→Poco animato<br />
4 Ziemlich langsam

<dt><u>1868　5つの歌曲Op.47
</u><dd>1 Grazioso<br />
2 Appassionato<br />
3 Nicht zu langsam<br />
4 Lebhaft<br />
5 Non troppo lento


<dt><u>1868　7つの歌曲Op.48
</u><dd>1 Con grazia→animato→(Tempo I)<br />
2 Andante con moto<br />
3 Etwas langsam<br />
4 Poco andante<br />
5 Andante<br />
6 Andante<br />
7 Ziemlich langsam


<dt><u>1868？ 5つの歌曲Op.49
</u><dd>1 Andante espressivo<br />
2 Andante/Sehr zart<br />
3 Langsam→Lebhaft<br />
4 Zart bewegt<br />
5 Ruhig→un poco animato→Tempo I


<dt><u>1871　ダウマーによる歌曲と歌Op.57
</u><dd>1 Lebhaft→Ruhiger→Allmählig lebhafter→Sehr lebhaft<br />
2 Poco Andante<br />
3 Sehr langsam<br />
4 Ziemlich langsam<br />
5 Agitato<br />
6 Sanft bewegt<br />
7 Etwas langsam<br />
8 Langsam→Adagio→Lebhaft

<dt><u>1871　歌曲と歌Op.58
</u><dd>1 Vivace<br />
2 Lebhaft<br />
3 Grazioso<br />
4 Lebhaft und heimlich<br />
5 Sehr langsam<br />
6 Gehend<br />
7 Sehr langsam<br />
8 Grazioso

<dt><u>1873　歌曲と歌Op.59
</u><dd>1 Langsam<br />
2 Etwas bewegt<br />
3 In mässiger, ruhiger Bewegung<br />
4 Sehr bewegt<br />
5 Con moto<br />
6 Poco Andante<br />
7 Bewegt<br />
8 Ziemlich langsam

<dt><u>
1873　≪ハムレット≫から5つのオフィーリアの歌WoO.22
</u><dd>1 Andante con moto<br />
2&#65374;5 冒頭表記無し

<dt><u>
1874　4つの二重唱曲Op.61
</u><dd>1 Allegretto<br />
2 Andante<br />
3 Poco Andante<br />
4 Vivace


<dt><u>1874　9つの歌曲と歌Op.63
</u><dd>1 Lebhaft<br />
2 Innig→allma:hlich lebhafter→Tempo I<br />
3 Etwas langsam→allmaehlich lebhafter<br />
4 Sehr lebhaft<br />
5 Lebhaft<br />
6 Zart bewegt<br />
7 Zart bewegt<br />
8 Etwas langsam→Lebhafter werdend→Tempo I<br />
9 Etwas langsam

<dt><u>1874　3つの四重唱曲Op.64
</u><dd>1 Bewegt, doch nicht zu schnell→più Adagio→più Lento<br />
2 Ruhig<br />
3 Andante con moto

<dt><u>1874　新・愛の歌Op.65
</u><dd>1 Lebhaft, doch nicht schnell→7 Lebhaft→8 Ruhig→11 Lebhaft→12 Lebhaft→13 Lebhaft→14 Lebhaft

<dt><u>
1875　5つの二重唱曲Op.66
</u><dd>
1 Andante<br />
2 Andante<br />
3 Ruhig<br />
4 Lebhaft<br />
5 Lebhaft, heimlich und schalkhalf

<dt><u>1877　9つの歌Op.69
</u><dd>1 Unruhig/Poco Allegro e grazioso<br />
2 Einfach/Comodo<br />
3 Bewegt/Con moto<br />
4 Sehr belebt und heimlich<br />
5 Sehr lebhaft<br />
6 Bewegt<br />
7 Andante<br />
8 Sehr belebt<br />
9 Belebt→Schnell und sehr lebhaft→Wenig langsamer→Schnell

<dt><u>1877　4つの歌Op.70
</u><dd>1 Traurig, doch nicht zu langsam<br />
2 Andante espressivo<br />
3 Grazioso<br />
4 Ruhig→Langsamer/Leise und feierlich

<dt><u>1877　5つの歌Op.71
</u><dd>1 Anmutig bewegt<br />
2 Nicht zu langsam und mit Anmut<br />
3 Belebt und heimlich<br />
4 Sehr lebhaft→etwas ruhiger/più tranquillo→Tempo primo→Lebhaft→un poco rit.→Lebhaft<br />
5 Sehr innig, doch nicht zu langsam


<dt><u>1877　5つの歌Op.72
</u><dd>1 Bewegt, doch nicht zu sehr<br />
2 Andante con moto<br />
3 Langsam<br />
4 Mässig bewegt/Andante con moto<br />
5 Vivace

<dt><u>1878　バラードとロマンスOp.75
</u><dd>1 Allegro<br />
2 Lebhaft und lustig/Allegretto giocoso→poco rit.→Lebhaft /Lebhaft<br />
3 Anmutig bewegt und sehr innig/Andante grazioso e molt espressivo<br />
4 Presto


<dt><u>1879？ 低声のための6つの歌曲Op.86
</u><dd>
1 Etwas bewegt<br />
2 Langsam<br />
3 Langsam<br />
4 Ziemlich langsam, gehend/Andante moderato<br />
5 Sehr leidenschaftlich, doch nicht zu rasch<br />
6 Langsam→etwas bewegter/poco più moto→Langsam

<dt><u>1881？ ロマンスと歌曲 Op.84
</u><dd>1 Andante con moto<br />
2 Lebhaft/Allegro grazioso<br />
3 Sehr lebhaft<br />
4 Lebhaft und gut gelaunt→Lebhafter<br />
5 Bewegt und heimlich→(Etwas lebhafter)→(Wie zu Anfang)→(Etwas lebhafter)


<dt><u>1882？ 6つの歌曲Op.85
</u><dd>1 Langsam<br />
2 Langsam<br />
3 Gehend<br />
4 Bewegt<br />
5 Lebhaft<br />
6 Langsam

<dt><u>1884？ 2つの歌Op.91
</u><dd>1 Adagio espressivo<br />
2 Andante con moto
<dt><u>
1884　4つの四重唱曲Op.92
</u><dd>
1 Andante con moto<br />
2 Andante<br />
3 Andante<br />
4 Lebhaft→Anmutig bewegt

<dt><u>
1884？ 5つの歌曲 Op.94
</u><dd>
1 Langsam<br />
2 Gehalten<br />
3 Unruhig bewegt, doch nicht schnell→Nach und nach lebhafter→immer lebhafter→Tempo primo<br />
4 Ziemlich langsam<br />
5 Tempo giusto

<dt><u>
1884？ 7つの歌Op.95
</u><dd>
1 Munter, mit freiem Vortrag→Animato grazioso→Lebhaft<br />
2 Schnell und heimlich<br />
3 Sehr lebhaft und ungeduldig<br />
4 Lebhaft<br />
5 Allegretto→Animato ma grazioso/Anmutig belebt<br />
6 Behaglich<br />
7 Einfach

<dt><u>
1884　4つの歌曲Op.96
</u><dd>
1 Sehr langsam<br />
2 Andante espressivo<br />
3 Unruhig bewegt<br />
4 Andante sostenuto

<dt><u>
1885　6つの歌曲Op.97
</u><dd>
1 Langsam<br />
2 Lebhaft und rasch<br />
3 Schnell<br />
4 Lebhaft und anmutig<br />
5 Zart bewegt<br />
6 Anmutig bewegt

<dt><u>
1886　低声のための5つの歌曲Op.105
</u><dd>
1 Zart<br />
2 Langsam und leise<br />
3 Einfach und ausdrucksvoll/Andante espressivo<br />
4 Mässig/Andante moderato<br />
5 Angemessen bewegt/Con moto→Lebhafter/Più mosso→Wie zu Anfang

<dt><u>
1886　5つの歌曲Op.106
</u><dd>
1 Anmutig bewegt/Allegretto grazioso<br />
2 Anmutig bewegt und ausdrucksvoll<br />
3 Träumerisch<br />
4 Bewegt und leise<br />
5 In langsam gehender Bewegung

<dt><u>
1886　5つの歌曲Op.107
</u><dd>
1 Sehr lebhaft und ausdrucksvoll<br />
2 Mit Laune<br />
3 Lebhaft und anmutig<br />
4 Grazioso<br />
5 Leise bewegt

<dt><u>
1887　ジプシーの歌Op.103
</u><dd>1 Allegro agitato→Più presto<br />
2 Allegro molto<br />
3 Allegretto→Allegro→Allegretto→Allegro<br />
4 Vivace grazioso<br />
5 Allegro giocoso<br />
6 Vivace grazioso<br />
7 Andantino grazioso<br />
8 Andantino semplice<br />
9 Allegro→Più presto<br />
10 Andantino<br />
11 Allegro passionato

<dt><u>
1891　6つの四重唱曲Op.112
</u><dd>
1 Andante<br />
2 Unruhig bewegt<br />
3 Allegro non troppo<br />
4 Allegretto grazioso<br />
5 Allegro<br />
6 Presto

<dt><u>
1896　4つの厳粛な歌Op.121
</u><dd>
1 Andante→Allegro→Andante→Allegro<br />
2 Andante<br />
3 Grave<br />
4 Andante con moto ed anima→Adagio→più moto→Sostenuto un poco

<dt><u>
？カノン≪格言≫WoO.27
</u><dd>Langsam<br />
 (Zum Schluss) Ruhig
</dl><br />

<div style="font-size:1.2em;font-weight:bold;">◆合唱曲</u></div>
<dt><u>1856　宗教的な歌曲Op.30
</u><dd>Langsam
<dt><u>1856　キリエWoO.17
</u><dd>Andante
<dt><u>1856　カノン・ミサWoO.18
</u><dd>
I Sanctus　Lento<br />
II Benedictus　Poco Adagio con espressivo<br />
III Agnus Dei　Adagio<br />
IV Dona nobis pacem　Adagio

<dt><u>1858　アヴェ・マリアOp.12
</u><dd>Andante

<dt><u>1858　埋葬の歌Op.13
</u><dd>Tempo di Marcia funebre

<dt><u>1859　マリアの歌Op.22
</u><dd>
1 Con moto→Poco meno Allegro<br />
2 Andante con moto<br />
3 Con moto<br />
4 Allegro, ma non troppo<br />
5 Poco Adagio<br />
6 Poco lento<br />
7 Allegro

<dt><u>1859　詩篇第13篇Op.27
</u><dd>Non troppo lento→Allegro→Allegro non troppo

<dt><u>1860　4つの女声合唱Op.17
</u><dd>
1 Adagio, con molt' espressione<br />
2 Andante<br />
3 Allegretto<br />
4 Andante→Poco più lento

<dt><u>1860？ 2つのモテトOp.29
</u><dd>
1 (Choral)→(Fuga)Allegro<br />
2 I Andante moderato<br />
  II Andante, espressivo<br />
  III Andante→Allegro→Animato

<dt><u>1860　≪やさしい恋人≫WoO.19
</u><dd>Con moto

<dt><u>1861　3つの歌Op.42
</u><dd>1 Langsam<br />
2 Con moto<br />
3 Moderato, ma non troppo→Poco animato→Tempo I

<dt><u>1862　5つの歌Op.41
</u><dd>
1 Andante(Alla breve)<br />
2 Allegro con fuoco<br />
3 Tempo di Marcia moderato<br />
4 Im Marschtempo<br />
5 Etwas gehalten

<dt><u>1863　3つの宗教的合唱曲Op.37
</u><dd>
1 Moderato espressivo<br />
2 Allegro<br />
3 Allegro

<dt><u>1863以前　カノン≪恋は無慈悲にもわかる≫WoO.24
</u><dd>冒頭表記無し

<dt><u>1863　13のカノンOp.113
</u><dd>
1 Andante espressivo<br />
2 Andante con moto<br />
3 Allegretto<br />
4 Andante<br />
5 Allegretto<br />
6 Con moto<br />
7 Andante con moto<br />
8 Risoluto<br />
9 Andante<br />
10 Andante espressivo<br />
11 Andante con moto<br />
12 Andante espressivo<br />
13 Etwas langsam

<dt><u>1866　12の歌曲とロマンスOp.44
</u><dd>
1 Con moto<br />
2 Allegro→riten.---sosten.→a tempo<br />
3 Allegretto grazioso
4 Sehr lebhaft und rasch<br />
5 Allegro<br />
6 Andante<br />
7 Allegro<br />
8 Andantino<br />
9 Angenehm bewegt<br />
10 Andante<br />
11 Andante espressivo<br />
12 Poco Allegro

<dt><u>1868　ドイツ・レクイエムOp.45
</u><dd>
I Ziemlich langsam und mit Ausdruck<br />
II Langsam, marschmässig→Etwas bewegter→Tempo I→Un poco sostenuto→Allegro non troppo→tranquillo<br />
III Andante moderato<br />
IV Mässig bewegt<br />
V Langsam<br />
VI Andante→accel.→Vivace→Allegro<br />
VII Feierlich

<dt><u>1868　カンタータ≪リナルド≫Op.50
(Kantate)
</u><dd>Allegro→Recit.→Tempo→Recit.→rit.→a tempo→poco rit.→colla parte→Poco Adagio→Un poco Allegretto→poco rall.→in tempo→Moderato→poco rit.→in tempo (accel.)→Allegro→Allegretto non troppo→Poco sostenuto→Allegretto non troppo→Andante con moto e poco agitato→Allegro con fuoco→Andante<br />
(Auf dem Meere)<br />
Allegro→Un poco tranquillo(→戻す指示なし)→un poco tranquillo→Vivace non troppo

<dt><u>1869　愛の歌Op.52
</u><dd>1 Im Ländler-Tempo→6 Grazioso→16 Lebhaft→17 Mit Ausdruck→18 Lebhaft

<dt><u>1869　ラプソディ≪冬のハルツの旅≫Op.53
</u><dd>Adagio→Poco Andante→Adagio

<dt><u>1870　カノン≪おお、なんとおだやかに≫WoO.26
</u><dd>冒頭表記無し

<dt><u>1871　運命の歌Op.54
</u><dd>Langsam und sehnsuchtsvoll→Allegro→Adagio

<dt><u>1871　勝利の歌Op.55
</u><dd>I Lebhaft, feierlich→tranquillo→Animato<br />
II Mässig belebt→Lebhaft→Ziemlich langsam, doch nicht schleppend<br />
III Lebhaft→un poco animato→Etwas lebhafter→Feierlich→sostenuto---a tempo

<dt><u>1874　小さな結婚カンタータWoO16
</u><dd>Tempo de Menuetto

<dt><u>1874　7つの歌曲Op.62
</u><dd>1 Gehend<br />
2 Lebhaft<br />
3 Etwas langsam<br />
4 Andante grazioso<br />
5 Con moto<br />
6 Ziemlich langsam<br />
7 Andante

<dt><u>1877　2つのモテトOp.74
</u><dd>
1 I Langsam und ausdrucksvoll<br />
  II Wenig bewegter<br />
  III Langsam und sanft→Im vorigen Zeitmass<br />
  (Choral→)Adagio<br />
2 I Tempo giusto<br />
  II Adagio→Lento<br />
  III Allegro

<dt><u>1877　カノン≪春は私に微笑まず≫WoO 25
</u><dd>冒頭表記無し

<dt><u>1877　カノン≪ひびけ、なだめるごときひびきよ≫WoO 28
</u><dd>Andante

<dt><u>1880　聖なる大地の暗きふところにWoO 20
</u><dd>冒頭表記無し

<dt><u>1881　哀悼歌Op.82
</u><dd>Andante→Più sostenuto→Tempo primo

<dt><u>1882　運命の女神の歌Op.89
</u><dd>Maestoso→(Sehr weich und gebunden)

<dt><u>1884　6つの歌曲とロマンスOp.93a
</u><dd>1 Lebhaft→Kräftig<br />
2 Grazioso→Animato grazioso→Lebhaft( ＝ )<br />
3 Etwas gehalten<br />
4 Sanft bewegt und sehr ausdrucksvoll<br />
5 Lebhaft<br />
6 Kräftig und lebhaft

<dt><u>1884　食卓の歌Op.93b
</u><dd>Allegretto grazioso→animato

<dt><u>1888　5つの歌Op.104
</u><dd>1 Langsam<br />
2 Feierlich bewegt<br />
3 Ziemlich langsam<br />
4 Lebhaft, doch nicht zu schnell→Ein wenig gehalten→Wie zu Anfang→Ein wenig gehalten<br />
5 Andante

<dt><u>1888　祭典と記念の格言Op.109
</u><dd>1 Feierlich bewegt<br />
2 Lebhaft und entschlossen<br />
3 Froh bewegt

<dt><u>1889　3つのモテトOp.110
</u><dd>
1 Andante con moto ed espressivo<br />
2 Con moto<br />
3 Andante

<dt><u>？カノン≪いつ≫WoO 29
</u><dd>Allegro
</dl>
<br />

<div style="font-size:1.2em;font-weight:bold;">◆オルガン</u></div>
<dl class="frk">
<dt><u>1856　フーガWoO.8
</u><dd>Langsam

<dt><u>1857　前奏曲とフーガWoO.9
</u><dd>Allegro

<dt><u>1857　前奏曲とフーガWoO.10
</u><dd>Allegro di molto→Più lento→ (Fuga). Tempo giusto

<dt><u>1858　≪おお悲しみよ、おお心の苦しみよ≫によるコラール前奏曲とフーガWoO.7
</u><dd>Poco Adagio→ (Fuga) Adagio

<dt><u>1896　11のコラール前奏曲Op.122
</u><dd>2 Adagio<br />
6 Molto moderato
</dl>
<br />
<br />



<p style="padding-bottom:10px;"><strong>楽語別一覧</strong></p>

<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Presto<br />
1853ピアノ・ソナタ第1番Op.1III IV <br />
1853ピアノ・ソナタ第3番Op.5V <br />
1854シューマンの主題による変奏曲Op.9<br />
1861ピアノ四重奏曲第1番Op.25IV <br />
1863パガニーニの主題による変奏曲Op.35-1,2<br />
1864ピアノ五重奏曲Op.34IV <br />
1865弦楽六重奏曲第2番Op.36II <br />
1865チェロ・ソナタ第1番Op.38III <br />
1852&#65374;1869ハンガリー舞曲集(4手)<br />
WoO 1-8,10,12,15,16,17,19,21<br />
1873ハイドンの主題による変奏曲Op.56a<br />
1873ハイドンの主題による変奏曲（2台4手）Op.56b<br />
1877交響曲第2番Op.73III <br />
1878バラードとロマンスOp.75-4<br />
1878 8つの小品Op.76-5<br />
1878ヴァイオリン協奏曲Op.77III <br />
1881ピアノ協奏曲第2番Op.83IV <br />
1882ピアノ三重奏曲第2番Op.87III <br />
1882弦楽五重奏曲第1番Op.88II III <br />
1885交響曲第4番Op.98III <br />
1886ピアノ三重奏曲第3番Op.101II <br />
1887ジプシーの歌Op.103-1,9<br />
1888ヴァイオリン・ソナタ第3番Op.108III IV <br />
1890 51の練習曲WoO 6-29<br />
1890弦楽五重奏曲第2番Op.111IV <br />
1891 6つの四重唱曲Op.112-6<br />
1891クラリネット五重奏曲Op.115III <br />
1892 7つの幻想曲Op.116-1,2
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Vivace<br />
1853 6つの歌Op.3-3<br />
1859セレナード第2番Op.16II <br />
1862 4つの二重唱曲Op.28-2<br />
1863パガニーニの主題による変奏曲Op.35-2<br />
1865ワルツ集(4手) Op.39<br />
1868ティークの「マゲローネ」のロマンスOp.33-3,4,6,13<br />
1868ドイツ・レクイエムOp.45IV <br />
1868リナルドOp.50<br />
1852&#65374;1869ハンガリー舞曲集(4手)<br />
WoO 1-3,4,5,6,13,15,17,18,20,21<br />
1871歌曲と歌Op.58-1<br />
1873弦楽四重奏曲第2番Op.51-2III IV <br />
1873ハイドンの主題による変奏曲Op.56a<br />
1873ハイドンの主題による変奏曲（2台4手）Op.56b<br />
1874 4つの二重唱曲Op.61-4<br />
1876弦楽四重奏曲第3番Op.67I <br />
1877 5つの歌Op.72-5<br />
1878 8つの小品集Op.76-8<br />
1878ヴァイオリン協奏曲Op.77III <br />
1879ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78I <br />
1882弦楽五重奏曲第1番Op.88II <br />
1886チェロ・ソナタ第2番Op.99I <br />
1886ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100I II <br />
1887ヴァイオリン、チェロ協奏曲Op.102III <br />
1887ジプシーの歌Op.103-4,6<br />
1890 51の練習曲WoO 6-14,51<br />
1890弦楽五重奏曲第2番Op.111IV <br />
1894クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1IV 
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Allegro<br />
1852ピアノ・ソナタ第2番Op.2I III IV <br />
1853≪F.A.E.ソナタ≫スケルツォWoO 2<br />
1853ピアノ・ソナタ第1番Op.1I III IV <br />
1853ピアノ・ソナタ第3番Op.5I III V <br />
1853 6つの歌Op.7-6<br />
1854シューマンの主題による変奏曲Op.9<br />
1854ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (第1作)I II III IV <br />
1854 4つのバラードOp.10-1,2,3<br />
1855ハンガリー民謡による変奏曲Op.21-2<br />
1857前奏曲とフーガWoO.9<br />
1857前奏曲とフーガWoO.10<br />
1857自作主題による変奏曲Op.21-1<br />
1858ピアノ協奏曲第1番Op.15III <br />
1858 5つの詩Op.19-4<br />
1859マリアの歌Op.22-1,4,7<br />
1859詩篇第13篇Op.27<br />
1859セレナード第1番Op.11I II V VI <br />
1859セレナード第2番Op.16I V <br />
1860弦楽六重奏曲第1番Op.18I III <br />
1860 3つの二重唱曲Op.20-1<br />
1860?2つのモテトOp.29-1,2<br />
1861シューマンの主題による変奏曲(4手)Op.23<br />
1861ピアノ四重奏曲第1番Op.25I II <br />
1861ピアノ四重奏曲第2番Op.26I III IV <br />
1861 4つの歌Op.43-4<br />
1862 4つの二重唱曲Op.28-4<br />
1862 5つの歌Op.41-2<br />
1863パガニーニの主題による変奏曲Op.35-1,2<br />
1863 3つの宗教的合唱曲Op.37-2,3<br />
1864プラーテンとダウマーによる歌曲と歌Op.32-5<br />
1864ピアノ五重奏曲Op.34I III IV <br />
1865弦楽六重奏曲第2番Op.36I II IV <br />
1865チェロ・ソナタ第1番Op.38I III <br />
1865ホルン三重奏曲Op.40II IV <br />
1866 12の歌曲とロマンスOp.44-2,5,7,12<br />
1868ティークの「マゲローネ」のロマンスOp.33-1,5,6,8,10<br />
1868ドイツ・レクイエムOp.45II VI <br />
1868カンタータ≪リナルド≫Op.50<br />
1852&#65374;1869ハンガリー舞曲集(4手) WoO 1-1,2,4,5,9<br />
1871運命の歌Op.54<br />
1873弦楽四重奏曲第１番Op.51-1I IV <br />
1873弦楽四重奏曲第2番Op.51-2I IV <br />
1875ピアノ四重奏曲第3番Op.60I II IV <br />
1876交響曲第1番Op.68I IV <br />
1877 9つの歌Op.69-1<br />
1877交響曲第2番Op.73I IV <br />
1877 2つのモテトOp.74II <br />
1878 バラードとロマンスOp.75-1<br />
1878ヴァイオリン協奏曲Op.77I III <br />
1879ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78III <br />
1879 2つのラプソディー Op.79-2<br />
1880大学祝典序曲Op.80<br />
1880悲劇的序曲Op.81<br />
1881ピアノ協奏曲第2番Op.83I II <br />
1881?ロマンスと歌曲Op.84-2<br />
1882ピアノ三重奏曲第2番Op.87I IV<br /> 
1882弦楽五重奏第1番Op.88I III <br />
1883交響曲第3番Op.90I IV <br />
1885交響曲第4番Op.98I III IV <br />
1886チェロ・ソナタ第2番Op.99I III IV <br />
1886ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100I <br />
1886ピアノ三重奏曲第3番Op.101I IV <br />
1887ヴァイオリンとチェロのための協奏曲Op.102I III<br /> 
1887 ジプシーの歌Op.103-1,2,3,5,9,11<br />
1888ヴァイオリン・ソナタ第3番Op.108I <br />
1890 51の練習曲WoO 6-25,31,38,43a,47<br />
1890弦楽五重奏曲第2番Op.111I <br />
1891ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (改作)I II IV<br /> 
1891 6つの四重唱曲Op.112-3,5<br />
1891クラリネット三重奏曲Op.114I IV <br />
1891クラリネット五重奏曲Op.115I <br />
1892 7つの幻想曲Op.116-3,7<br />
1892 6つの小品Op.118-1,3<br />
1892 4つの小品Op.119-4<br />
1894クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1I<br /> 
1894クラリネット・ソナタ第2番Op.120-2I II III <br />
1896 4つの厳粛な歌Op.121-1<br />
？　カノン≪いつ≫WoO 29
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Allegretto<br />
1853 6つの歌Op.3-6<br />
1853 6つの歌Op.6-1,6<br />
1854シューマンの主題による変奏曲Op.9<br />
1858歌曲とロマンスOp.14-7<br />
1860 4つの女声合唱Op.17-3<br />
1860弦楽六重奏曲第1番Op.18IV <br />
1863パガニーニの主題による変奏曲Op.35-2<br />
1863 3つの四重唱曲Op.31-2<br />
1863 13のカノンOp.113-3,5<br />
1865チェロ・ソナタ第1番Op.38II <br />
1866 12の歌曲とロマンスOp.44-3<br />
1868カンタータ≪リナルド≫Op.50<br />
1852&#65374;1869ハンガリー舞曲集(4手) WoO 1-3,7,15,19,20<br />
1873弦楽四重奏曲第1番Op.51-1III <br />
1873弦楽四重奏曲第2番Op.51-2III <br />
1874 4つの二重唱曲Op.61-1<br />
1876弦楽四重奏曲第3番Op.67III IV<br /> 
1876交響曲第1番Op.68III <br />
1877交響曲第2番Op.73III <br />
1878バラードとロマンスOp.75-2<br />
1878 8つの小品Op.76-2,4<br />
1881ピアノ協奏曲第2番Op.83IV <br />
1882弦楽五重奏曲第1番Op.88II <br />
1883交響曲第3番Op.90III <br />
1884食卓の歌Op.93b<br />
1884?7つの歌曲Op.95-5<br />
1886 5つの歌曲Op.106-1<br />
1886ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100III <br />
1887ジプシーの歌Op.103-3<br />
1890弦楽五重奏曲第2番Op.111III<br /> 
1891 6つの四重唱曲Op.112-4<br />
1892 6つの小品Op.118-4,5<br />
1894クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1III 
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Moderato<br />
1852ピアノ・ソナタ第2番Op.2III <br />
1853≪F.A.E.ソナタ≫スケルツォWoO 2<br />
1853 6つの歌Op.3-2<br />
1853ピアノ・ソナタ第3番Op.5V<br /> 
1853 6つの歌Op.7-3<br />
1854ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (第1作)I <br />
1858ピアノ協奏曲第1番Op.15I <br />
1859セレナード第2番Op.16I <br />
1860弦楽六重奏曲第1番Op.18I II <br />
1860?2つのモテトOp.29II <br />
1861シューマンの主題による変奏曲(4手)Op.23<br />
1861 3つの歌Op.42-3<br />
1862 5つの歌Op.41-3<br />
1863 3つの宗教的合唱曲Op.37-1<br />
1864プラーテンとダウマーによる歌曲と歌Op.32-4<br />
1868ドイツ・レクイエムOp.45III <br />
1868カンタータ≪リナルド≫Op.50<br />
1873弦楽四重奏曲第1番Op.51-1III <br />
1873弦楽四重奏曲第2番Op.51-2II III <br />
1878 8つの小品Op.76-7<br />
1879ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78III <br />
1879?低声のための6つの歌曲Op.86-4<br />
1880悲劇的序曲Op.81<br />
1882弦楽五重奏曲第１番Op.88I <br />
1885交響曲第4番Op.98II <br />
1886低声のための5つの歌曲Op.105-4<br />
1890 51の練習曲WoO 6-12,13,19<br />
1892 3つの間奏曲Op.117-1<br />
1896 11のコラール前奏曲Op.122-6
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Andantino<br />
1858歌曲とロマンスOp.14-2<br />
1862?66?雨の歌WoO 23<br />
1866 12の歌曲とロマンスOp.44-8<br />
1852&#65374;1869ハンガリー舞曲集(4手) WoO 1-13,17<br />
1877交響曲第2番Op.73III <br />
1887ジプシーの歌Op.103-7,8,10<br />
1891クラリネット五重奏曲Op.115III <br />
1892 7つの幻想曲Op.116-6<br />
1892 4つの小品Op.119-2
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Andante
1852ピアノ・ソナタ第2番Op.2II <br />
1853ピアノ・ソナタ第1番Op.1II <br />
1853ピアノ・ソナタ第3番Op.5II IV <br />
1853 6つの歌Op.6-5<br />
1853 6つの歌Op.7-1,2,3<br />
1854月夜WoO 21<br />
1854シューマンの主題による変奏曲Op.9<br />
1854 4つのバラードOp.10-1,2,4<br />
1856キリエWoO 17<br />
1857自作主題による変奏曲Op.21-1<br />
1858アヴェ・マリアOp.12<br />
1858歌曲とロマンスOp.14-1,,6,8<br />
1859マリアの歌Op.22-2<br />
1860 4つの女声合唱Op.17-2,4<br />
1860弦楽六重奏曲第1番Op.18II <br />
1860 3つの二重唱曲Op.20-3<br />
1860?2つのモテトOp.29-2<br />
1861シューマンの主題による変奏曲(4手)Op.23<br />
1861ピアノ四重奏曲第1番Op.25III <br />
1862 4つの二重唱曲Op.28-1<br />
1862 5つの歌Op.41-1<br />
1863パガニーニの主題による変奏曲Op.35-1,2<br />
1863 13のカノンOp.113-1,2,4,7,9,10,11,12<br />
1864 プラーテンとダウマーによる歌曲と歌Op.32-1,6<br />
1864ピアノ五重奏曲Op.34II <br />
1865ワルツ集(4手) Op.39<br />
1865ホルン三重奏曲Op.40I <br />
1866 12の歌曲とロマンスOp.44-6,10,11<br />
1868ティークの「マゲローネ」のロマンスOp.33-3,4,8,12<br />
1868ドイツ・レクイエムOp.45III VI <br />
1868 4つの歌Op.46-2<br />
1868 7つの歌曲Op.48-2,4,5,6<br />
1868?5つの歌曲Op.49-1,2<br />
1868カンタータ≪リナルド≫Op.50<br />
1869ラプソディ≪冬のハルツの旅≫Op.53<br />
1852&#65374;1869ハンガリー舞曲集(4手) WoO 1-11,14<br />
1871ダウマーによる歌曲と歌Op.57-2<br />
1873弦楽四重奏曲第2番Op.51-2II <br />
1873ハイドンの主題による変奏曲Op.56a<br />
1873ハイドンの主題による変奏曲（2台4手）Op.56b<br />
1873歌曲と歌Op.59-6<br />
1873≪ハムレット≫から5つのオフィーリアの歌<br />
1874 4つの二重唱曲Op.61-2,3<br />
1874 7つの歌曲Op.62-4,7<br />
1874 3つの四重唱曲Op.64-3<br />
1875ピアノ四重奏曲第3番Op.60III <br />
1875 5つの二重唱曲Op.66-1,2<br />
1876交響曲第1番Op.68II IV <br />
1876弦楽四重奏曲第3番Op.67II <br />
1877 9つの歌Op.69-7<br />
1877 4つの歌Op.70-2<br />
1877 5つの歌Op.72-2,4<br />
1877カノン≪ひびけ、なだめるごときひびきよ≫WoO 28<br />
1878バラードとロマンスOp.75-3<br />
1878 8つの小品Op.76-6<br />
1879ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78II <br />
1879?低声のための6つの歌曲Op.86-4<br />
1881哀悼歌Op.82<br />
1881ピアノ協奏曲第2番Op.83III <br />
1881?ロマンスと歌曲Op.84-1<br />
1882ピアノ三重奏曲第2番Op.87II <br />
1883交響曲第3番Op.90II <br />
1884?2つの歌Op.91-2<br />
1884 4つの四重唱曲Op.92-1,2,3<br />
1884 4つの歌曲Op.96-2,4<br />
1885交響曲第4番Op.98II <br />
1886ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.100II III <br />
1886ピアノ三重奏曲第3番Op.101III <br />
1886低声のための5つの歌曲Op.105-3,4<br />
1887ヴァイオリンとチェロのための協奏曲Op.102II <br />
1888 5つの歌Op.104-5<br />
1889 3つのモテトOp.110-1,3<br />
1890 51の練習曲WoO 6-4,43<br />
1891 6つの四重唱曲Op.112-1<br />
1891クラリネット三重奏曲Op.114III <br />
1892 7つの幻想曲Op.116-2,5<br />
1892 3つの間奏曲Op.117-1,2,3<br />
1892 6つの小品Op.118-2,5,6<br />
1894クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1II <br />
1894クラリネット・ソナタ第2番Op.120-2III <br />
1896 4つの厳粛な歌Op.121-1,2,4<br />
</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Adagio
1853ピアノ・ソナタ第1番Op.1II <br />
1853ピアノ・ソナタ第3番Op.5II <br />
1854ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (第1作)III <br />
1854シューマンの主題による変奏曲Op.9<br />
1854 4つのバラードOp.10-4<br />
1856カノン・ミサWoO 18-2,3,4<br />
1858≪おお悲しみよ、おお心の苦しみよ≫によるコラール前奏曲とフーガWoO 7<br />
1858ピアノ協奏曲第1番Op.15II <br />
1858 5つの詩Op.19-1<br />
1859セレナード第1番Op.11III <br />
1859セレナード第2番Op.16III <br />
1859マリアの歌Op.22-5<br />
1860 4つの女声合唱Op.17-1<br />
1860 3つの二重唱曲Op.20-2<br />
1861ピアノ四重奏曲第2番Op.26II <br />
1864プラーテンとダウマーによる歌曲と歌Op.32-9<br />
1864ピアノ五重奏曲Op.34II <br />
1865弦楽六重奏曲Op.36III <br />
1865ホルン三重奏曲Op.40III <br />
1868ティークの「マゲローネ」のロマンスOp.33-10<br />
1868カンタータ≪リナルド≫Op.50<br />
1869ラプソディ≪冬のハルツの旅≫Op.53<br />
1871運命の歌Op.54<br />
1871ダウマーによる歌曲と歌Op.57-8<br />
1873弦楽四重奏曲第1番Op.51-1II <br />
1874 3つの四重唱曲Op.64-1<br />
1876交響曲第1番Op.68IV <br />
1877交響曲第2番Op.73II <br />
1877 2つのモテトOp.74I II <br />
1878 8つの小品Op.76-8<br />
1878ヴァイオリン協奏曲Op.77II <br />
1879ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.78II <br />
1881ピアノ協奏曲第2番Op.83III <br />
1884? 2つの歌Op.91-1<br />
1886チェロ・ソナタ第2番Op.99II <br />
1888ヴァイオリン・ソナタ第3番Op.108II <br />
1890弦楽五重奏曲第2番Op.111II <br />
1891ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (改作)III <br />
1891クラリネット三重奏曲Op.114II <br />
1891クラリネット五重奏曲Op.115II <br />
1892 7つの幻想曲Op.116-4<br />
1892 3つの間奏曲Op.117-1,2<br />
1892 4つの小品Op.119-1<br />
1894クラリネット・ソナタ第1番Op.120-1II <br />
1896 4つの厳粛な歌Op.121-4<br />
1896コラール前奏曲Op.122-2</div>


<div style="font-size:1.2em;margin-bottom:30px;">
◇Lento<br />
1853 6つの歌Op.3-2<br />
1853ピアノ・ソナタ第3番Op.5II <br />
1854ピアノ三重奏曲第1番Op.8 (第1作)II IV <br />
1854 4つのバラードOp.10-4<br />
1855ハンガリー民謡による変奏曲Op.21-2<br />
1856カノン・ミサWoO 18I <br />
1857前奏曲とフーガWoO 10<br />
1857自作主題による変奏曲Op.21-1<br />
1858 5つの詩Op.19-5<br />
1859マリアの歌Op.22-6<br />
1859詩篇第13篇Op.27<br />
1860 4つの女声合唱Op.17-4<br />
1868 5つの歌曲Op.47-5<br />
1874 3つの四重唱曲Op.64-1<br />
1877 2つのモテトOp.74II <br />
1878 8つの小品Op.76-3<br />
1891クラリネット五重奏曲Op.115II <br />
1892 3つの間奏曲Op.117-3<br />
1892 6つの小品Op.118-2,6</div>
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    <title>2008年度採用レポート／直江慶子</title>
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    <published>2008-04-01T05:21:37Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:21:52Z</updated>

    <summary> 《ラプソディー・イン・ブルー》 -　その解釈をめぐる一考察　- 直江慶子 ─ ...</summary>
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<div style="text-align: center;" class="title">《ラプソディー・イン・ブルー》<br />
<span style="font-size:16px;">-　その解釈をめぐる一考察　-</span></div>
<p style="text-align:right">直江慶子</p>

<p><tt style="margin:0px">─ 目次 ─<br />
 <a href="#00">序　　章</a><br />
 <a href="#01">第 １ 章　 ジョージ・ガーシュインの生涯</a><br />
 <a href="#02">第 ２ 章　《ラプソディー・イン・ブルー》が生まれた背景</a><br />
 <a href="#03">第 ３ 章　 楽曲解説と解釈</a><br />
 <a href="#04">終　　章</a><br />
 <a href="#05">参考文献</a></p></tt>

<a name="00"></a>

<div class="ct b10" style="font-size:18px;"><b>序　章</b></div>

<p style="font-size:14px;">
　作曲家が曲を創り出す時、必要かつ充分な条件は何だろうか。<br />
　作曲家自身の内部に渦巻く楽曲のコンセプトや要求、インスピレーション、精神の発露、鋭角的な音楽的感性、音楽的知識、作曲書式等など、枚挙にいとまがない。また、外的要素として、過去の音楽史や音楽理念の理解と、その作曲家自身が存在した時代の音楽の流れや、進もうとしている音楽の方向の的確な把握だと考える。更に、生み出される瞬間よりも重要な意味を持つのは、その作曲家の生まれる数年、あるいは数十年前に遡って、そこから彼がどんな音楽を享受してきたかということだと思う。そしてそれらを内包してその語法が斬新で秀逸であるよう構築された結果、作曲家が次の世代へのメッセージとしての作品を世に送り出すのだろう。</p>

<p style="font-size:14px;">　20世紀を目前に生を受けた、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュインが試みた「音」への挑戦は、まさに自由の国アメリカを象徴するエポック・メイキングな出来事だった。アメリカン・ドリームを地で行った彼が残した「音」は、彼がそれまでにどんな環境下でどんな音楽を受容した結果、あのような貴重な未来へのメッセージとなり得たのか。そこに光を当てることで見えてくるものは何か。<br />
　「ジャズ・エイジ」と呼ばれた1920年代のアメリカと、その少し前の時代に遡って音楽史をひもときながら、そこから生まれたガーシュインの「音」の本質が語っていた事は、一体どのような事だったのかを模索してみようと思う。</p>

<p style="font-size:14px;">　19世紀末から打ち寄せた機能和声の崩壊の波は、クラシック界にとって未曾有の出来事だった。ヨーロッパを飛び出したクラシック音楽が、新大陸で多くの音楽ジャンルと融合し、そしてそこで浮遊する「音」達は、互いに拮抗し、それぞれの境界線を越えて、ボーダーレスな「音」として成熟していった。それらが指し示した行き先はどこだったのか。そして、社会的、政治的、文化的「混沌」のなかから生まれた「音」達が、何を意味し、何を語り、どこに向かっていくのか。</p>

<p style="font-size:14px;">　《ラプソディー・イン・ブルー》の研究を通して、1924年に世に出たこの楽曲の持つ本質的意味を理解すると同時に、そこから語りかけてくるガーシュインのメッセージは何だったのかを読み解いてみたい。そしてそれらの事から、何を感じ、何を受け入れ、ガーシュインの「音」を借りて、演奏を通し自らの語り口で何を発信することができるのか見つけ出すことができれば幸いだ。加えて、クラシックの領域を歩んできた筆者が、クラシックの枠を飛び越えた、ジャズとクラシックがクロスオーバーした未知の領域に足を踏み入れることで、どんな展開があるのか期待したい。</p>

<p style="font-size:14px;">　研究にあたって、第1章では簡単なガーシュインの生涯を、第2章では《ラプソディー・イン・ブルー》の生み出された背景を、続く第3章では楽曲の解説と独自の解釈を、そして最後に終章でこの研究全体の総括をした。</p><br />



<a name="01"></a>
<div class="ct b10" style="font-size:18px;"><b>第1章　ジョージ・ガーシュインの生涯</b></div>

<p>　ジョージ・ガーシュインは、1898年9月26日ニューヨークのブルックリンに生まれた。<span style="font-size:12px;">（<a href="#01-01">注1</a>）</span>　本名はヤコブ（ジェイコブ）・ガーシュヴィン（ガーショヴィッツ）といい、両親はロシア系ユダヤ移民で、1890年8月アメリカに移民してきた。<br />
　彼の「音」との出会いは6歳の時だったという。当時住んでいたハーレムで、ゲームセンターから聞えてくるラグタイムの音楽に思わず立ち止まった。<span style="font-size:12px;">（<a href="#01-02">注2</a>）（<a href="#01-03">注3</a>）</span><br />
　クラシック音楽に触れたのは小学生の時で、ドヴォルザークの《ユモレスク》だった。<span style="font-size:12px;">（<a href="#01-04">注4</a>）</span>　題名も作曲者も知らない彼だったが、その美しさに心を奪われたという。<br />
　歴史は粋な計らいをするものだ。ドヴォルザークは1892年、ニューヨークのナショナル音楽院に校長として招かれ、約3年間学生の指導と《新世界交響曲》（1893）や弦楽四重奏曲《アメリカ》（1893）の作曲に費やした経緯がある。そしてその間、弟子達にアメリカの黒人音楽に注目するよう呼びかけた。音楽に民族的素材の応用を推奨し、アメリカ黒人の旋律に偉大で高貴な楽派の確立に必要なすべてのものを見出していた。旋律の構想に、民謡をヒントにせよという真意の現われだったようだ。<br />
　ドヴォルザークの意図した「音」が、十数年後、当時単なる不良少年だったジョージの心を捉えたことは、歴史が連綿と受け継がれていく一つの縮図を見るようだ。<br />
　やがて12歳の時、彼の人生を特別な人生へと変えていく出来事が起こる。ガーシュイン家に中古のピアノがきたのだ。読書ばかりして家に閉じこもっている、2歳年上の兄のアイラのために購入されたものだった。<span style="font-size:12px;">（<a href="#01-05">注5</a>）</span>　そのピアノにのめりこんでいったのが、ジョージだった。<br />
　彼は数人の音楽教師を経て、15歳までにクラシックの和声や理論を学んだ。しかし、クラシック音楽の作曲家で、彼ほど音楽教育との出会いが遅かった作曲家は他にいないだろう。この遅れが、後に編曲の能力の不足を生み、1924年に作られた《ラプソディー・イン・ブルー》のオーケストラ編曲にも、結局グローフェの力を借りる結果となってしまった。しかしその反面、知識入力の遅れは、彼にジャズやラグタイムをクラシックに取り込む柔軟性や、豊かなインスピレーションや自由な発想を育む大事な要素となった訳だ。この頃の彼は、自身について、一種類の音楽に専念するだけでは絶対に満足しないということに気が付いていた。コンサート通いをする傍ら、ラグタイム、ジャズ、劇場音楽にも熱中し、黒人霊歌やゴスペルにも興味を持った。シューマンの《トロイメライ》にラグタイムのリズムを付けたらどうなるかを実験して、《ラグタイム・トロイメライ》という曲を作ったのもこの頃だ。また一方では、自分のルーツであるユダヤ民族の音楽にも心を動かされていた。<br />
　そして、商業高校に通っていたある日、彼は学校をやめてティン・パン・アレーの音楽出版社でソングプラガーとしてピアノを弾き、ポピュラー・ソングの作曲も始める。<span style="font-size:12px;">（<a href="#01-06">注6</a>）（<a href="#01-07">注7</a>）</span><br />
　レコードが一般家庭に普及するのは1925年頃からで、当時はテレビやラジオはまだなく、音楽はレコードで聴くものではなかったため、ピアノなどの楽器を用いて生で演奏された。そのため音楽産業とは楽譜販売業のことだった。従って、楽譜販売業者は売りたい曲の宣伝のために、その新曲を初見で弾きこなせる演奏者を常に必要としていた。そのニーズに応えることは、おのずとジョージのピアノの腕前を上げていく事にもなった。このように、ポピュラー音楽業界が軒を並べるティン・パン・アレーは、アメリカの大衆音楽を生み出したメッカだったといっても過言ではない。<br />
　リミック楽譜出版社の店頭デモ・ピアニストとしての約4年の間に、音楽業界やエンターティメント業界から注目されるようになったジョージだが、19歳の時この出版社を辞め、歌手の伴奏の傍ら、依頼された歌の作曲を始めるようになる。そして、1919年に書いた〈スワニー〉が最初のヒット曲となる。更に同年、《ラ・ラ・ルシール》というミュージカルを始めて全曲仕上げている。1920年から1924年までにレヴュー曲は45曲も作曲した。
　それ以降の数年間、ショーやレヴューのためにたくさんの曲を書き、1924年に《ラプソディー・イン・ブルー》を発表した。<br />
　翌年書き上げた《協奏曲へ調》（1925）は、前年の力不足を払拭する完成度の高い協奏曲で、彼が短期間に和声法や管弦楽法の相当高い音楽的知識を身に付けたことを証明した。<br />
　また、パリ旅行の印象を音楽にした《パリのアメリカ人》（1928）も傑作の一つだ。<br />
　1920年代後半から1934年までに、兄のアイラが作詞して彼が全曲を書いたミュージカルやレヴューは25本に達し、その他にロンドンでの上演も含めると30本を越える。そしてそれらのなかで、政治を風刺した《われ歌うなんじの歌》（1931）でその台本と作詞に対し、ミュージカルとして初めてピューリッツァー演劇賞が贈られている。<br />
　その後、オペラの作曲に野心をいだいたジョージは、1935年に《ポーギーとベス》を完成させた。完成当初は賛否両論だった批評も、後に偉大な作品であるという認識に変わり、アメリカを代表する本格的オペラとして、自国は勿論世界各地で上演されている。<br />
　しかし、1937年春頃から頭痛を訴えるようになった彼は、7月9日夕方横になってから二度と目覚める事はなかった。昏睡状態に陥ったジョージは1937年7月11日日曜日、午前10時35分、脳腫瘍のため息を引き取った。享年38歳9ヶ月、若すぎる天才の死であった。</p>

<table border="0" style="border:solid 1px #666666;"><tr><td style="padding:5px;">
<table style="margin-bottom:0px;">
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-01"></a>注1）　</td>
<td>ブルックリン：ニューヨークの5区のうちの一つ。マンハッタン島南東のロング・アイランド島西端に位置する。現在では同区北西部は工業地帯で、黒人、プエルト・リコ人が多く住む。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-02"></a>注2）　</td>
<td>ハーレム：ニューヨーク市マンハッタンの北東部の区域。1920年代から黒人居住地化。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-03"></a>注3）　</td>
<td>ラグタイム：19世紀末にアメリカで起こった黒人のピアノ音楽。シンコペーションを多用する黒人的リズム感覚を特色とし、ジャズの一要素となった。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-04"></a>注4）　</td>
<td>《ユモレスク》：1894年ドヴォルザークの作曲のピアノ曲集。（Op.101）</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-05"></a>注5）　</td>
<td>アイラ・ガーシュイン：1896年12月6日生まれ。本名イズラエル・ガーシュイン。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-06"></a>注6）　</td>
<td>ティン・パン・アレー：ニューヨーク西28丁目のポピュラー音楽業界が集まっていた横丁の名称。ガーシュインは、その中のレミック社でソングプラガーとして雇われた。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="01-07"></a>注7）　</td>
<td>ソングプラガー：楽譜を買いにきた客向けに、店のピアノで楽曲を試聴させる仕事。</td></tr></table>
</td></tr></table>
<br />


<a name="02"></a>
<div class="ct b10" style="font-size:18px;"><b>第2章　《ラプソディー・イン・ブルー》が生まれた背景</b></div>

<p>　その小さな新聞記事が、ジョージの兄、アイラ・ガーシュインの眼に留まらなかったら、おそらくアメリカ音楽の歴史も随分変わっていたかもしれない。<br />
　「ニューヨーク・トリビューン」紙の紙面に、バンドリーダーのポール・ホワイトマンが《現代音楽の実験》と題するコンサートを開催し、アメリカ音楽とは何かを審査員団が判定する、という企画に関する記事があった。審査員団には、作曲家セルゲイ・ラフマニノフ、ヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツ、オペラ歌手のアルマ・グルックなど、音楽界のそうそうたる面々が顔を揃えていた。<br />
　更に記事によると、このコンサートのために選ばれた作曲家達がそれぞれ自信作を執筆中で、ガーシュインもまたジャズ風の協奏曲に取り組んでいると報じていた。寝耳に水のガーシュインは、すぐさまホワイトマンに電話をかけ、事の真相を確かめた。1924年1月4日の事である。<br />
　他の仕事もかかえ多忙極まりないジョージであったが、既に曲想は次から次と湧き上がり、ホワイトマンに電話をかけた3日後の1月7日には、ほぼ完成していたという。<br />
　しかし、オーケストレーションに不安があったため、はじめは二台のピアノ用に曲を書いた。それをもとに、ポール・ホワイトマン楽団でオーケストレーションとアレンジを担当していた作曲家ファーデ・グローフェ（1892~1972）が曲を仕上げた。本番の前、最後の5日間でリハーサルを重ねたが、ガーシュイン自身が弾くソロ・パートの楽譜は未完のまま当日を向かえたという。</p>

<p>　　コンサートの開催日はリンカーンの誕生日にちなんで、1924年2月12日であった。斬新な曲の出現を期待していた審査員及び聴衆だったが、期待はずれに終わろうとしていた終盤に演奏された《ラプソディー・イン・ブルー》が、一気にその場の空気を変えた。未完のソロ・パートは、結局自身の即興で乗り切ったという。</p>

<p>　今でこそ、「クロスオーバー」という言葉の意味が柔軟に解釈されているが、その原点がそこにあったのだと思う。クラシックとラグタイムやジャズを合わせただけでなく、ブルースありクレツマー音楽あり、さらにそれらの源泉でもあるアフリカの風が、その新曲から吹いて来たのだろう。まさに、人種のるつぼニューヨークを象徴する音構成がそこに内在していたに違いない。そして、それら複雑な音楽要素を順位づけることなく、どこから聴いても楽しめる、どのフレーズからでも成立する、このような固定観念を取り払ったフレキシブルな音楽が、人々の心を捉えたと想像する。この曲の構造は、自由の国アメリカが求めていたアメリカン・スピリットそのものではなかったか。</p>

<p>　曲名の命名に関して面白い逸話がある。<br />
　兄のアイラと共にメトロポリタン美術館を訪れた時、ホイスラーという画家の絵に、"ノクターン・イン・ブルー・アンド・グリーン"、"ハーモニー・イン・グレイ・アンド・グリーン"というものがあった。当初、《アメリカン・ラプソディー》と名付けようと考えていたガーシュインであったが、ここからヒントを得て《ラプソディー・イン・ブルー》に落ち着いた。<br />
　拡大解釈かもしれないが、筆者は、「ブルー」には無論ブルースの音楽形式のみならず、アメリカの持つメランコリーな歴史的背景や、ガーシュイン自身の出自に関するアイロニーが込められているように思う。</p>
<p>　1920年代のアメリカのジャズ事情は、決して充実したものではなかった。《現代音楽の実験》が試みられたことからも、業界は暗中模索の状況だったのだろう。人種のるつぼと言われたアメリカ、とりわけニューヨークにおいても、人々が求めていた音楽は「混沌」の中にあったのかもしれない。<br />
　ティン・パン・アレーでの4年間で、ガーシュインは、人々が求めている音楽がどんなもので、何に飢えているのかを嗅ぎ取ったのだろう。そして、上流社会でも象牙の塔でもない、大衆の中に身をおくことで大衆音楽の極意を身に付けたのだと思う。そこから生まれた《ラプソディー・イン・ブルー》は、80年以上経つ現代でも、全く色褪せないハイセンスで求心力のある楽曲に仕上がっている。音の羅列ではなく変化に富んだ構成は、聴衆に演奏テクニックの難しさを殆ど感じさせない。それだけ「音楽」が先行しているわけで、クラシックな位置にありながら、コンテンポラリーでありポピュラーな楽曲といえるのではないだろうか。<br />
　以上のように、アメリカ音楽の様々な奏法に基づいたテクニックで書かれているこの曲は、ジャズと交響的クラシック音楽の融合と言われ、シンフォニック・ジャズというジャンルとしても貢献している。20世紀において、機能和声の結実、爛熟から崩壊への道を辿らざるを得なかったクラシック音楽のなかで、ガーシュインが新たな道筋をつけたことの意義は大変深い。<span style="font-size:12px;">（<a href="#02-01">注1</a>）</span></p>

<table border="0" style="border:solid 1px #666666;"><tr><td style="padding:5px;">
<table style="margin-bottom:0px;">
<tr>
<td nowrap class="vt">
<a name="02-01"></a>
注1）　</td><td>シンフォニック・ジャズ：成功例は少なく、他にガーシュインの《パリのアメリカ人》やグローフェの《グランド・キャニオン》がある。</td></tr></table></td></tr></table>
<br />


<a name="03"></a>
<br />
<div class="ct b10" style="font-size:18px;"><b>第3章　楽曲解説と解釈</b></div>

<p style="padding-bottom:10px">《ラプソディー・イン・ブルー》<br />
　RHAPSODY  IN  BLUE</p>
<img src="/seminar/images/naoe_border.gif" class="b10"><br />

<table style="table-layout:fixed;font-size:14px;" cellpadding="0" cellspacing="5">
<tr>
<td class="ct" style="border:solid 1px #666666;padding:1px;width:70px;">作　曲</td>
<td>1924年1月4日~2月12日　カデンツァは当日即興した。</td>
</tr>
<tr>
<td class="ct" style="border:solid 1px #666666;padding:1px;width:70px;">初　演</td>
<td>1924年2月12日　ニューヨーク、エオリアン・ホールで作曲者自身のピアノによって行われた。</td>
</tr>
<tr>
<td class="ct" style="border:solid 1px #666666;padding:1px;width:70px;">録　音</td>
<td>1925年7月　レコード録音。</td></tr>
<tr><td></td><td>1927年4月　2度目の録音（約9分）。</td>
</tr>
<tr>
<td class="ct" style="border:solid 1px #666666;padding:1px;width:70px;">編　成</td>
<td><tt>
<table border="0" style="table-layout:fixed;">
<tr>
<td width="250">　＜初演時＞<br />
</td>
<td>　＜グローフェ編＞<br />
</td>
</tr>
</table>
</tt>
</td>
</tr>

</tr>
<tr valign="top">
<td></td>
<td><tt>
<table border="0" style="table-layout:fixed;">
<tr>
<td width="250" style="border-right:solid 1px #cccccc;">
ソロピアノ　　　　　1<br />
トランペット　　　　2<br />
トロンボーン　　　　2<br />
ホルン　　　　　　　2<br />
チューバ　　　　　　1<br />
バンジョー　　　　　1<br />
サックス　　　　　　1<br />
クラリネット　　　　1<br />
<br />
ファゴット　　　　　1<br />
オーボエ　　　　　　1<br />
チェレスタ　　　　　1<br />
<br />
ピアノ　　　　　　　1<br />
<br />
パーカッション　　　1<br />
<br /><br />
バイオリン　　　　　8<br />

</td>
<td style="padding-left:15px">
ソロピアノ　　　　　1<br />
トランペット　　　　3<br />
トロンボーン　　　　3<br />
ホルン　　　　　　　3<br />
チューバ　　　　　　1<br />
バンジョー　　　　　1<br />
サックス　　　　　　3<br />
クラリネット　　　　2<br />
バス・クラリネット　2<br />
ファゴット　　　　　2<br />
オーボエ　　　　　　2<br />
フルート　　　　　　2<br />
ティンパニー　　　　1<br />
シンバル　　　　　　1<br />
トライアングル　　　1<br />
大太鼓　　　　　　　1<br />
小太鼓　　　　　　　1<br />
ベル　　　　　　　　1<br />
弦楽　　　　　　　　5<br />
</td>
</tr>
</table>
</tt>
</td>
</tr>
<tr>
<td class="ct" style="border:solid 1px #666666;padding:1px;width:70px;">演奏時間</td>
<td>約17分。</td>
</tr>
</table>
<img src="/seminar/images/naoe_border.gif" class="b10">
<br />


<p>　ジャズ・エイジといわれた1920年代に生まれた《ラプソディー・イン・ブルー》は、現代ではクラシック音楽の範疇にこそ含まれているが、当時は曖昧なカテゴリーに位置していたと考えられる。ブルースのテンション、ラグタイムのシンコペーションのリズム、ディキシーランド・ジャズの軽快感、そしてラテンの匂い、あるいはクリオール文化の薫りなど、限りなくクラシックとジャズのぎりぎりのラインに立っている。いわゆる、クロスオーバーされたフュージョン音楽といえるだろう。<br />
　具体的に譜例等を参照しながら楽曲を解説し、解釈してみたい。そして、直感により導かれたイメージを論理的かつ音楽的に分析し、その帰納的推理に一つの妥当性を見出し、演奏への糸口となることを願う。</p>

<p>　全体はリスト風の狂詩曲で、哀愁漂うメロディーやシンコペーションのリズムが躍動感溢れる展開となっている。</p>

<p>　まず、冒頭のむせび泣くようなクラリネットのトリルと17連符の上行グリッサンドは、この曲全体にどのようなインパクトを与えているのだろうか。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f01">譜例1</a>）</span></p>

<a name="03-f01"></a>
<span class="furei">（譜例1）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f01.gif" class="b10">

<p>　ニューヨークの摩天楼───と言っても1924年のニューヨークにはまだ現在のような超高層のビル群はなかっただろうが、なぜか筆者は、摩天楼の下から上空に向かって吹き上げる「一陣の風」をイメージする。と同時にタイムスリップして、この当時に資本力と技術力を備え、時代を牽引して行こうとする活気に満ち溢れたアメリカが彷彿と浮かび上がる。通りはクラクションや様々な機械音が飛び交い、人々が時代に翻弄されながらも漠然とした希望を持ち、見えない未来に向かって先を急ぐ様が見える。音楽史上においても、既に新境地への船出が始まっており、新時代の喧噪と共に様々な「音」が鳴っていたのだろう。<br />
　また、昼間の無機的な人為「音」とは裏腹に、民族的抑圧から逃れるために自然発生的に生まれたつぶやきにも似た即興「音」が、夜の巷を彩っていただろう。気だるい淀んだ空気の中から立ち昇るブルースのメロディーは、人々の孤独と憂鬱を表現しているように聴こえる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f01">譜例1</a>）</span><br />
　遡る事20年、フランスの作曲家クロード・ドビュッシー（1862~1918）が、1904年に《喜びの島》というピアノ作品を書いている。その曲の冒頭が同様にトリルで始まる。次にグリッサンドはこないが、このカデンツ風の導入部は何ともミステリアスで、不安定感を煽るに充分な音構成になっていると思う。同作曲家の《牧神の午後への前奏曲》（1892~1894）のフルートの導入もまた、極めて不確かな調性感を伴っている。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f02">譜例2</a>）</span>　既に、クラシック音楽における機能和声の崩壊は始まっていて、「その先」を模索する作曲家達のなかで、ドビュッシーが20世紀の音楽の扉を開いた一人だといえる。</p>

<a name="03-f02"></a>
<span class="furei">（譜例2）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f02.gif" class="b10">

<p>　また、モーリス・ラベル（1875~1937）やイゴール・ストラヴィンスキー（1882~1971）におよんでは面識もあり、ガーシュインが彼らの音楽から何らかの影響を受けた事は間違いない。逆に、ラベルやストラヴィンスキーもジャズ風な曲を書いている。特に、1913年にパリで初演されたストラヴィンスキーの《春の祭典》は、ヨーロッパ音楽界に大きな衝撃を与えた。彼は、ロシアの土俗的な民話や信仰の世界を、激しいリズムや不協和音で表現し、バーバリズムの創始者といわれた。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-01">注1</a>）</span>　他にも、洋の東西を問わず、多くの作曲家達が「出口」を探していた時代であった。<br />
　これらの時代を先導するトナリティに、ガーシュインが鈍感だったとは思えない。仮にそうだとしたら、筆者は、彼がこれらのエッセンスを最大限に受け入れたに違いないと推察する。<br />
　更に筆者には、このグリッサンドからもう一つ聴こえてくる「音」がある。それは、新大陸から大西洋を隔てて東、遠い未開の地「アフリカの音」である。<br />
　管楽器を使って動物の鳴き声を出すオノマトピア奏法というのがあるが、導入のクラリネットがまさにこれに相当するのではないだろうか。19世紀後半のマーチ・バンドに源を発するようだが、当時、ラグタイムやジャズ・バンドのクラリネットやトロンボーン奏者は、馬や牛、鶏などの動物の鳴き声や人間の笑い声を真似したオノマトピア奏法を身に付けていたと言う。</p>



<p>　このような事実に鑑みて、少し間延びしたようなクラリネットのグリッサンドを、アフリカのサバンナ地帯からの野生動物の声と捉えたとしても、不都合はないのではないかと思う。まして、この曲のコンセプトにラグタイムやジャズという音楽要素を見出せる事においても、それらが多大に「アフリカの音」の影響を受けているという、紛れもない事実が存在するのであるから、おおよそ的外れな想像ではないと自負する。<br />
　更に興味深い事は、このクラリネットのソロの重要な役割のなかに、クレツマーと呼ばれる音楽の片鱗が窺える事だ。ポーランドやハンガリー、ルーマニアなど東欧諸国から移民したユダヤ人は、宗教音楽や民族音楽を持ち込んだ。クレツマーとはそれらの音楽の総称で、バイオリンやクラリネットを主要な楽器として用いている。そしてそれらの楽器は、馬やロバなど家畜動物の鳴き声を模倣し、ユーモラスな側面を演出するのに一役買っている。<br />
　このように、前述のオノマトピア奏法がクレツマー音楽とリンクして、ガーシュインの音楽におけるユダヤ音楽的特性は顕著だ。<br />
　以上の見地から、冒頭のクラリネットのソロの持つ重要な役割が見えると同時に、この曲のそこかしこに「アフリカの風」が舞っているのを感知してしまう。そしてその「風」の発生には、東欧やその地域全体に影響を及ぼしたヨーロッパ全土、果ては彼らが移住したアメリカ南部のアフリカとヨーロッパが出会う土地が、大きく起因している。<br />
　このことは、《ラプソディー・イン・ブルー》がアメリカ生まれの作曲家によって生み出された曲ではあるが、実は大変肥沃な土壌から芽を出した、極めて豊潤な果実だった事を物語っていると思うのだ。<br />
　クラリネットソロで始まった気だるいB-durの「コール」は、ホルンとトロンボーンが「レスポンス」する形になり、次に動きのあるアフタービートのテーマが始まると、サックスも加わり音に拡がりを見せる。再び現れるクラリネットの上行音では、既にAs-durへの転調が図られている。<br />
　しかし、これらの調は、ブルースに見られるメジャー・スケールの、第3音と第7音を半音下げたブルーノートの使用により、クラシックで記譜されるような明確な性格付けをすることはできない。調性の曖昧さと不可思議感、及びつぶやくような音の配列はそのような理由によるものだろう。<br />
　オーケストラを受けて、ブルースの「コール」で登場するピアノソロは、重音となり迫力を増す。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f03">譜例3</a>）</span>　そして、ほぼ5ページにわたるピアノソロのパフォーマンスが繰り広げられる。</p>

<a name="03-f03"></a>
<span class="furei">（譜例3）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f03.gif" class="b10">

<p>　特記すべき点は、この曲独特のリズムについてである。<br />
1拍に4つのかたまりとして書かれた16分音符を、1小節に16個配置した時、それらを拍頭から3つずつの3連符のように奏し、更にそれぞれの頭にアクセントを付けるという特殊な奏法を要求される。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f04">譜例4</a>）</span>　このリズムは、この曲の随所に顔を出す。その最初が、ピアノソロが始まって比較的早い段階に見られる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f05">譜例5</a>）</span><br />
　これらのリズムは、一説にはガーシュインが好んでバッハを弾いていたことに由来するという。なぜなら、ヨハン・セバスチャン・バッハの《半音階的幻想曲》（1723）のある部分のアーティキュレーションに一致しているからだ。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f06">譜例6</a>）</span>　もっとも、バッハの場合は32分音符になっているうえに、当然アクセントも付けない。</p>

<a name="03-f04"></a>
<span class="furei">（譜例4）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f04.gif" class="b10"><br />

<a name="03-f05"></a>
<span class="furei">（譜例5）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f05.gif" class="b10"><br />

<a name="03-f06"></a>
<span class="furei">（譜例6）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f06.gif" class="b10"><br />


<p>　その後、和音の半音階下行を経て、冒頭のクラリネットのグリッサンド同様の上行スケールで再び「風」が舞う。だが、A-durとなったこのピアノのスケールから受ける印象は、突風というよりむしろもう少し生暖かい熱帯の「風」だ。調性と楽器の違いが、 こんなにも印象を変えてしまう。続くトゥッティになると、バス・クラリネットやバンジョーがユーモラスな音を醸し出している。<br />
　前記の特徴的リズムや和音の連打がソロ・パートを盛り上げ、ジャズのアドリブ風なカデンツァが多用され、一層華やかな演出をしている。そして、その合間を縫って時折現れるブルーな雰囲気が、またたまらない。</p>

<p>　本来、自由な形式で書かれている「ラプソディー」であるため、いたるところに聴く者の予想を超えたメロディーやリズムやハーモニーが飛び出す。それもまたこの曲の魅力であり、一度耳にしたら忘れられない求心力を持つのだろう。</p>

<p>　譜面上の<span style="border:solid 1px #666666;"> 9 </span>以降、4拍子のなかの8個の8分音符を、3拍目まで2つの3連符として奏し、4拍目を2倍速の3連符として弾く。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-02">注2</a>）（<a href="#03-f07">譜例7</a>）</span>　前述の独特のリズム形態である。後半、<span style="border:solid 1px #666666;"> 33 </span>からの部分にも同様に登場する。後述するが、この一連のリズム形態のフレーズが、《ラプソディー・イン・ブルー》を限りなく斬新な曲に仕上げているのではないかと感じてしまう。</p>

<p>　単純にリズムだけを抽出すると、根底に打楽器の音が──それもタムタムやボンゴのような──鳴っているように聴こえてくる。筆者には、何故かそれが妙にドライヴ感を伴って迫ってくる。まるで、アフリカの大地を低空飛行で空中遊泳しているようだ。そして、旋回するなか眼下の景色が、やがてニューヨークの摩天楼へと変化していくという壮大なパノラマが広がる。 </p>


<a name="03-f07"></a>
<span class="furei">（譜例7）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f07.gif" class="b10">

<p>　<span style="border:solid 1px #666666;"> 11 </span>からの分散和音では、左手で奏されるB-durのハーモニーと、右手で奏されるC-durのアルペジオ、その2小節後も同様にGis-durの左手とA-durの右手という、それぞれ2つの調性を同時に使用していると考えられる。いわゆる多調が試みられているのだろう。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f08">譜例8</a>）</span>　同様に<span style="border:solid 1px #666666;"> 17 </span>から<span style="border:solid 1px #666666;"> 18 </span>にかけてもFis-durとG-durが拮抗している。</p>

<a name="03-f08"></a>
<span class="furei">（譜例8）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f08.gif" class="b10">

<p>　多調性に関しては、ドビュッシーの《映像》（1905,1907）や《前奏曲集》（1910,1913）などにも見られ、調性の軸に複雑な変化をもたらす効果がある。また、ストラヴィンスキーの《ペトルシュカ》（1911）や、プロコフィエフの《サルカズム　Op.17》（1912~1914）にも確認できるものの、彼らが風刺的意味合いで使用したのに対し、ガーシュインの使用からはそのような意図は汲み取れない。むしろ、純粋に曲に拡がりを持たせたかったのではないかと思われる。</p>

<p>　<span style="border:solid 1px #666666;"> 12 </span>からは、曲頭のテーマがオーケストラにより先導され、ピアノはその裏に入り、伴奏する形で進んでいく。</p>

<p>　<span style="border:solid 1px #666666;"> 14 </span>から<span style="border:solid 1px #666666;"> 19 </span>の前までは、緩急を巧みに操りながら一気に前半部のクライマックスを創り上げていく。誠に、聴衆をそして弾き手を飽きさせることなく作曲されている。<br />
独創的なガーシュインの魂の発露が、縦横無尽に繰り広げられていく。難解に語られる事なく、極めてストレートに音に反映されていると感じられる。</p>

<p>　中間部の<span style="border:solid 1px #666666;"> 19 </span> 「Meno mosso e poco scherzando」からのピアノソロの左手伴奏部分は、まるで2拍子系のラグタイムのなかのバンジョーだ。少しゆっくりめに演奏するこの部分は、やがてその独特のリズムであるシンコペーションを刻む。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f09">譜例9</a>）</span>　律動の枠内でリズムを自由に揺らすことにより、心も身体も解放され、自然にスイング感覚に包まれる。さながら陽気な昼下がりといった雰囲気だ。ブルースとはまるで対極的位置にあるリズムのようだが、実は、両者は黒人音楽として、そこに内包される意味は極めて同義だということを忘れるわけにはいかない。そのことを踏まえると、陽気な昼下がりにも影ができることを、背景にインプットしながら演奏することを心掛けたい。それほど、アメリカの黒人音楽に潜む憂いは深い。<br />
　また、この部分を少しゆっくりめに演奏することで、曲全体のアップ・テンポ感と対比させるねらいもあったと考えられる。ゆったりしたリズムは、ユダヤ音楽や黒人音楽にそのエッセンスがあり、それはとりもなおさずブルースやジャズに共通することだ。</p>

<a name="03-f09"></a>
<span class="furei">（譜例9）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f09.gif" class="b10">


<p>　さて、<span style="border:solid 1px #666666;"> 22 </span>「Piu mosso」からの装飾音符の連続は、フランツ・リスト（1811~1886）の影響だと指摘する人物がいる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-03">注3</a>）</span>　彼の曲に《二つの演奏会用練習曲、s.145》（1862~63）という作品があり、そのなかの第2番《小人の踊り》がそれに相当するというのだ。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f10">譜例10</a>）</span>　大変興味深い指摘である。確かに、最初の装飾音符の上行は類似している。ヴィルトゥオーソの名前をほしいいままにした偉大な作曲家であり、ピアニストであったリストに、ガーシュインが畏敬の念をいだいたことは想像に難くない。</p>

<a name="03-f10"></a>
<span class="furei">（譜例10）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f10.gif" class="b10">

<p>　余談だが、1930年前後、ジャズ界に超人的テクニックを持つ盲目のピアニストがいた。彼の名をアート・テイタムといった。1928年のニューヨーク・デビュー以来、天才と呼ばれたピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツを驚嘆させた人物である。人種差別のない時代だったら、彼がホロヴィッツと並ぶリストやショパン弾きになっていただろうと目された。《ユーモレスク》という彼の代表作のなかでの演奏は、最高度のテクニックと言われている。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-04">注4</a>）</span>　その彼がハーレムのジャズ・クラブに出演すると、決まってピアノの脇の席に陣取って、テイタムの指の動きに目を輝かせていたのが、ガーシュインだったいう。既に彼は三十も半ば、《ラプソディー・イン・ブルー》の成功で押しも押されもしない地位にまで登りつめていた。片や、テイタムは二十歳を過ぎたばかりの若造だった。</p>


<p>　このようなエピソードからも、ガーシュインという人物がいかに向上心に満ち、上昇志向の強いキャラクターであったかが窺える。だから、前述のリストを尊敬し、その「わざ」を自分のものとしてアレンジして、世に送りだしたとしても何ら不思議はない。</p>

<p>
　再び楽譜に戻ろう。<br />
　譜面上<span style="border:solid 1px #666666;"> 24 </span>からはジャズのアド・リブに相当する部分で、poco accelerandoの表記を手がかりに、やや自由にテンポを動かしてもよいと考える。そして、その一連のフレーズが落ち着くさきから後は、交差する左手が寧ろシリアスに奏し、低音で奏でる右手メロディーがイニシアチブを取る。ここのメロディー・ラインは、ともするとスイングしたくなるのは筆者だけだろうか。ピアニストによっては、図らずも──ピアニストたるもの、そのような衝動による演奏はいかがなものか──スイングさせている録音も聴かれる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-05">注5</a>）</span><br />
　ただ、ジャズ史上でスイングとして形容されるリズムが明確に使われ出すには、ガーシュインがこの曲を作曲後、まだ10年は待たねばならなかった。だとしたらある意味、私達が演奏者として、作曲家に敬意を払うのを当然の義務と考えるならば、時代を踏み越えた解釈をどこまで容認すべきか、いささか疑問が残る。<br />
　だがしかし、ユダヤ人の血が流れる彼が、黒人音楽を受容し、白人の地でそれらを融合させた経緯を見れば、時代の先取りを咎めただろうか。筆者は、彼なら多分許しただろうと思う。彼のルーツは大西洋を越えて東にあれど、彼の心はグローバルだったはずだ。なぜなら、ジャズを受け入れたということは、とりもなおさず、ラテン・アメリカ及びアフリカ音楽の受容ということを意味する。更には、それらの音楽の根底にはヨーロッパで起こった西洋音楽がある。言ってみれば、あらゆる「音」がクロスしている。<br />
　柔軟な精神の持ち主でなければ、過渡期の混乱のなかで、時代を先取りする「音」をキャッチしえなかったと思うのだ。だとすれば、彼が、演奏者の音楽的センスと充分な見識に立った解釈の下でなされる演奏を、非とするとは考え難い。<br />
　あくまで、作曲者の意図をふまえたうえで、かつ譜面として後世に残された意義を讃えつつ、ただし時代の推移に逆らうことなく、ソウルフルな演奏ができれば望外の幸せである。</p>


<p>　<span style="border:solid 1px #666666;"> 26 </span>からは、通常の手のポジションになり、右手に重音のトレモロを挿入しながら一気に曲のクライマックスを創り上げる。やがてbrillanteな音域に達すると3オクターブの下行の後、曲は静けさを取り戻し、クロマティックな「コール」の反行が問いかけるように登りつめ、壮大な流れのオーケストラへと受け継いでいく。</p>

<p>　ロシア音楽、さながらチャイコフスキー（1840~1893）やラフマニノフ（1873~1943）を連想させるような<span style="border:solid 1px #666666;"> 28 </span>からは、広大な大地から湧き上がるロマンティシズムで溢れている。しかも壮大であっても憂鬱な大地のイメージではなく、雄大で新鮮な新大陸だ。ガーシュインの中にロシア人の血が流れていることに思いを馳せれば、それも当然かもしれない。また、チャイコフスキーを熱烈に崇拝していたラフマニノフが、やがてアメリカを永住の地とすることを加味すれば、そこに接点が生まれても不思議はない。<br />
　《ラプソディー・イン・ブルー》の初演から経ること10年の1934年に、ラフマニノフが《パガニーニの主題による狂詩曲　0p.43》を作曲した。偶然、曲名もそれぞれ「Rhapsody」だ。その18番目は、大変華麗で甘美なバリエーションで有名であるが、そこに現われる楽想に、筆者は同質のインスピレーションを感じる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f11">譜例11</a>）</span></p>

<a name="03-f11"></a>
<span class="furei">（譜例11）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f11.gif" class="b10">

<p>　各々、偉才を発揮した人物であることは周知の事実だが、ガーシュインの手にかかると、これほどまでに魅力的な旋律が生み出されることに、あらためて心を動かされる。<br />
　まるで、新時代の幕開けを印象付けるかのように、夢と希望に満ちた旋律が心に訴えかけてくる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f12">譜例12</a>）</span>輝かしい未来に向かって歩みだす若者の瑞々しさを象徴するかのようだ。この部分から感じられる若々しさと、のびのびした開放感こそ、アメリカ的パイオニア・スピリットの表出だろう。</p>

<a name="03-f12"></a>
<span class="furei">（譜例12）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f12.gif" class="b10">

<p>　このように、ガーシュインの音楽には、普遍的な"若さ"を象徴する何かがあるように感じられる。それは、メロディーやリズムやハーモニーに投影されている斬新さだけでは説明できない、もっと直接的な何かが寄与していると感じられる。筆者はその答えを、「フィーリング」という曖昧ではあるが、極めて個人的感覚の中に求めたい。</p>

<p>　con moto,espressivoの表記部分から<span style="border:solid 1px #666666;"> 33 </span>の手前までは、<span style="border:solid 1px #666666;"> 28 </span>以降の結論部分のような意味合いがあり、弱音ではあるが切々と語りかけるように胸に迫るものがある。恣意的な解釈かもしれないが、もしかしたらこの曲のどのメロディー・ラインよりも、このフレーズにガーシュインは深い思い入れがあったのではないだろうかと感じる。なぜなら、ここにバランスの取れた相対的な美を意識できるからだ。gis音に始まる純粋な調性音のみで構成されたソプラノのメロディーと、その裏を支えるE-durのハーモニー、そして左手のテンションを含んだ分散和音がフュージョン（融合）されている。まさに、クラシックとジャズがクロスオーバーされ、余計なものが削ぎ落とされた「相対的美意識」が出現したと筆者は考える。だから、ストレートに人の心に響き、「音」の芸術として聴衆を魅了するのだと思う。それを直観的に心得ていた彼は、緻密に計算されたバランスとパッションによって、ガーシュインの「音」として世に送り出したのだろう。<br />
　表情豊かにE-durのハーモニーが重音の音階で結論を導くと、まるで夢から覚めるように全音音階で下行する。これはドビュッシーがよく用いた音階で、調性感がなく不思議な響きを伴う。次からのミステリアスなフレーズへ導く、みごとなまでのハーモニー展開だ。</p>

<p>　続くLeggieroの<span style="border:solid 1px #666666;"> 33 </span>からは左手と右手をある一定の法則で連打していく。この曲全体のなかでもっとも技巧を要する箇所だ。均質な音の並びのなかにも、リズムにより緊迫感漂うAgitato e misteriosoを表現しなければならない。それを補完すべく、この部分のリズムは二重構造になっていて、規則的拍動のなかに強烈に浮かび上がる左手が受け持つルンバのリズムは、明らかにガーシュインのなかにラテン経由の音楽が息づいているということを証明している。<br />
　ルンバはキューバの代表的リズムだが、現代では社交ダンスのイメージが強い。そのキューバは西インド諸島の一角で、まさに16世紀初頭にアフリカの黒人が、カリブ海諸島経由でアメリカ南部に連れて来られた通り道に位置していた。ジャズがアメリカ南部のニューオリンズにその源を発することを視野に入れると、そこから北上した音楽が数世紀の時を経て、その国を代表する20世紀の作曲家を虜にした訳だ。<br />
　<span style="border:solid 1px #666666;"> 33 </span>部分のリズムがルンバのリズムに類似していると考える理由を、もう少し詳しく述べてみたい。<br />
　左手が受け持つcis音は1小節のなかで3回弾かれるのだが、以下そのリズムだけを取り出すと、ヘミオラのリズムが、ラテン・アメリカにおけるアフリカ黒人の影響を受けて生み出されたトレシージョ（tresillo）のリズムと合致する。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f13">譜例13</a>）</span><span style="font-size:12px;">（<a href="#03-z01">図1</a>）</span>厳密には、<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f13">譜例13</a>）</span>の譜面とトレシージョのリズムには隔たりがあるのは否めないが、響きのなかにラテンの匂いを嗅ぎ分けることは難しくない。スペインの音楽に端を発するこのリズムは、ラテン・アメリカにおけるスペインの影響力を如実に物語っている。キューバやドミニカなどがスペイン語圏なのも納得のいくことである。<br />
　更にラテン系の音楽を考える時、そこにアフリカ起源の民族音楽の介在を認めなければならない。そして、そのアフリカの黒人とスペインやフランス系の白人との混血として、ムラートやクリオールの存在もこの地域の音楽に多大な影響を及ぼしていると言える。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-06">注6</a>）</span></p>


<a name="03-f13"></a>
<span class="furei">（譜例13）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f13.gif" class="b10"><br />

<a name="03-z01"></a>
<span class="furei">（図1）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-z01.gif" class="b10">


<p>　これら、リズムを際立たせた音楽のリズム・キープは不可欠で、その支えとなるのがドラムやパーカッションだ。そして、そのドラム的役目を果たしていたのが、アフリカに起源を持つコンガやボンゴ（ラテン系キューバ）やスルド（ラテン系ブラジル）などの膜鳴楽器であった。<br />
　以上のことから、<span style="border:solid 1px #666666;"> 33 </span>以降の音楽の高揚のなかに、様々な世界観を共有しながらその内側にある情感を演奏に反映できればと思う。<br />
　敢えて付け加えるならば、ブラジル文化の特徴にサウダージ（saudade）という感覚があるが、大らかさのなかにあるあの一種独特の哀感こそ、この一連のフレーズに流れている歴史的背景かもしれない。<br />
　また、ルンバに関しては、1930年に《南京豆売り》というソン風にアレンジされたルンバが大ヒットし、アメリカからヨーロッパそして世界的にルンバ・ブームを巻き起こした。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-07">注7</a>）</span>ちなみに、ガーシュインは1932年に《キューバ序曲》なるものを作曲している。このような音楽情勢からも、彼がラテンのリズムをいち早くキャッチして、それを先取りしたことは容易に考えられる。</p>

<p>　規則的なリズムは徐々にスピードを増し、ホルンやトロンボーンなど金管楽器を主体に、ブラス・バンド風な音で曲が展開し、開放感溢れる11度の和音で緊張の頂点に達する。</p>

<p>　間断なく<span style="border:solid 1px #666666;"> 37 </span>に入り、左手が右手を飛び越えながら奏されるブルースのメロディーは、総動員されたオーケストラと共にコーダへ向かってピークを築いていく。</p>

<p>　Grandiosoなコーダは、決して遅すぎることなく、バイタリティーに満ち溢れ、絢爛たる音構成により、「アメリカ音楽」ここにありとでも豪語するかのように、勝利宣言で幕を閉じる。<span style="font-size:12px;">（<a href="#03-f14">譜例14</a>）</span></p>

<a name="03-f14"></a>
<span class="furei">（譜例14）</span><br />
<img src="/seminar/images/naoe_03-f14.gif" class="b10">

<table border="0" style="border:solid 1px #666666;"><tr><td style="padding:5px;">
<table style="margin-bottom:0px;">
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-01"></a>注1）　</td>
<td>バーバリズム：原始主義。原始的なテーマを強烈なリズム感などで表現した音楽で、ストラヴィンスキーがその創始者といわれる。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-02"></a>注2）　</td>
<td><span style="border:solid 1px #666666;"> 9 </span>：数字はAlfred版の練習番号に相当する。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-03"></a>注3）　</td>
<td>指摘：『想い出のジョージ・ガーシュイン』（LD）のなかでMichael Tilson Thomas（指揮者)が指摘している。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-04"></a>注4）　</td>
<td>《ユモレスク》：アート・テイタムの代表作。1934~1940年のデッカ吹込集『ジ・アート・オブ・テイタム/ソロ・マスターピース』(MCA)。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-05"></a>注5）　</td>
<td>スウィングさせている演奏:〈参考試聴CD〉のなかのレナード・バーンスタイン演奏の2枚。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-06"></a>注6）　</td>
<td>ムラート、クリオール：ムラート/中南米で白人と黒人との混血を指す呼称。 クリオール/西インド諸島、中南米などに住む現地生まれの白人移住民。</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="03-07"></a>注7）　</td>
<td>ソン：1916年ごろキューバのオリエンテ地方から流行し出した舞踏および音楽のこと。キューバ舞曲の典型的なリズム、シンキージョ（sinquillo）の入ったシンコペーション・リズムに特色があり、アメリカに伝えられてモダン・ルンバに発展した。
</td></tr></table></td></tr></table>


<br />
<a name="04"></a>
<br />
<div class="ct" style="font-size:18px;" class="b10"><b>終　章</b></div>

<p>　ジョージ・ガーシュインの生まれる数十年前、19世紀後半のアメリカの音楽事情は、ヨーロッパの模倣や、アフリカやラテン・アメリカからの音楽の吸収に大いに依存していた。そのなかで、アメリカ生まれの音楽家として名を残す事ができたのは、さしずめルイ・モロー・ゴットシャルク（1829~1869）とスティーヴン・フォスター（1826~1864）であろう。　ゴットシャルクは、生誕の地がニューオーリンズ（ジャズ発祥の地）であったが、ユダヤ系の血を引き、生粋のアメリカ人ではなかった。しかし、彼はヨーロッパに若くして留学するなどして、アメリカが生んだ最初の「国際的音楽家」だった。一方、フォスターもペンシルヴァニア生まれだったが、生涯アメリカから一歩も外へ出る事はなかった。彼ら二人のアメリカ音楽への貢献は顕著だ。</p>

<p>　ガーシュインが生まれた19世紀末、おりしもアメリカ中は、黒人ラグタイム・ピアニストのスコット・ジョプリン（1868~1917）の《メープル・リーフ・ラグ》で沸きあがっていた。<span style="font-size:12px;">（<a href="#04-01">注1</a>）</span>　ラグタイムの王様といわれた彼は、黒人としてアメリカ音楽シーンに現われた最初の人物だった。シンコペーションのリズムを基調に黒人音楽と結びついたラグタイムは、20世紀初め、ニューヨークやシカゴなどアメリカ北部の大都市を中心に発展したダンス音楽だ。<br />
　19世紀末から20世紀初めにかけて、ニューヨークにおけるヨーロッパからの移民は1000万人近くいたという。それ故、文化面における多様性は、当時の通信事情や生活状況から鑑みても、現在のニューヨークよりもはるかに新鮮で変化に富んでいたに違いない。<br />
　例えば、言葉にしても英語は勿論、ロシア語、ポーランド語、ハンガリー語、イタリア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、イーディッシュ語、中国語などと、世界の主要な言語を聞くことができたという。<span style="font-size:12px;">（<a href="#04-02">注2</a>）</span><br />
　宗教にしてもしかりだ。カソリックからプロテスタント各派、ロシア正教、ギリシャ正教、ユダヤ教、仏教などが混在し、それらがお互いに侵食することなくその価値を認め、多様な文化の基盤となり得た。</p>

<p>　当然、音楽においてもその展開は同様だったはずだ。アメリカ先住民の音楽やヨーロッパやロシアの民族音楽、そして黒人がもたらしたアフリカやラテン・アメリカのリズム、更にそれらが出合って生まれたブルースやラグタイムやジャズの出現があった。<br />
　15歳でティン・パン・アレーのピアニストとして、そのテクニックの向上に余念がなかったガーシュインは、とりわけラグタイムに傾倒し、その洗礼を受けることになる。彼は、ラグのリズムのなかに、音楽家としての自身の進むべき方向を嗅ぎ取ったのではあるまいか。そしてその語り口のなかに、ストレートなまでに訴えかけてくる鮮烈なアッピール性を見出したのかもしれない。</p>

<p>　20世紀に入り、クラシック界の音楽事情は益々複雑になり、本来音楽が有する旋律の美しさやハーモニーの透明感は失われつつあった。そのような事に、ガーシュインは何か漠然とした違和感を持っていたのかもしれない。だから、シェーンベルク（1874~1951）やストラヴィンスキー（1882~1971）などの作曲家達が指し示した、無調や十二音音楽などの流れに棹をさし、自らのなかに渦巻くフラストレーションを解消すべく大いなる抵抗の表れとして、《ラプソディー・イン・ブルー》を生み出したのではなかっただろうか。それも、ラグタイムやブルースやジャズという極めて理解し易い音楽との「融合」をヒントにしてである。</p>

<p>　彼には、聴衆が求めている音楽を予見する作曲家としての感と審美眼、更に潤沢な音楽的インスピレーション、そして何よりも柔軟な精神があったのだと思う。その柔軟な精神は、あらゆるジャンルの音楽が日常的に導入されていた土地に育った、彼の最大の武器だったように思える。そしてそれを可能にした要因は、彼が純粋なアメリカンではなかったことに由縁しているような気がする。つまり、彼のルーツがヨーロッパにあったことだ。「ユダヤ人」である彼が「黒人」音楽とクラシック音楽を「融合」させ、「白人」の地でそれを成就させた事に、計り知れない深い意義があると思うのだ。<br />
　民族の枠を飛び越え、その土地を飛び出し、実在の「音」に自己を投影させる。まさに、音楽における、その実体の持つあらゆるカテゴリーの「融合」である。<br />
　ソウル・ミュージックの本質に人種、時代の制約がないと同様、ガーシュインの「音」にも、全ての垣根を取り払った寛容で柔軟な普遍的精神が宿っていると思う。そして、かつてシューベルトがそうだったように、ガーシュインの生来の音楽スタイルが「歌」にあったのだと思う。<br />
　ジャズという領域がリズムに重点がおかれるならば、クラシックはさしずめメロディーやハーモニーの美意識の洗練だろう。《ラプソディー・イン・ブルー》がジャズとクラシックの「融合」ならば、まさしくリズムとメロディーとハーモニーのクロスオーバーということになり、やや短絡的結論のきらいはあるが、音楽の定義そのものなのではないか。<br />
　あえて付け加えれば、クラシックがハイ・ソサエティーの人々の音楽であったならば、ジャズは彼らをも野に下らせる威力を持っていたわけで、ここにも「融合」の一端が見られる。<br />
　半面、逆の見方をすれば《ラプソディー・イン・ブルー》がクラシックでもなければジャズでもない、それらがクロスオーバーした、ある意味アイデンティティ不在の音楽と位置付けることもできるだろう。であるからなおの事、演奏におけるその規制の解除が可能なのかもしれない。</p>


<p>　《ラプソディー・イン・ブルー》という一つの具体的楽曲を通して、ガーシュインの精神に少しでも踏み込み、その何たるかを垣間見ることができたと考えるのは安直な思い上がりだろうか。だがしかし、彼の「混沌」とした抽象性が、限りなく筆者を自由にしたと思えるし、形式に拘らない自由な音楽が、いかに豊富なイマジネーションを呼び覚ますかを再認識できた。更に、「混沌」から生まれた「音」は、クラシックの領域にとどまらずジャズの領域を超えてもっとグローバルな領域へと飛翔していこうとしていることも想像できる。その領域が柔軟で広いことも瞭然であろう。</p>

<p>　長い間、「混沌」としたなかで自分自身の音楽がどうあるべきかを模索してきたが、一つには柔軟な音楽的自由のなかにその答えがあることを知った。その答えは、音楽のジャンルや時代、民族や文化を超えて、壮大なスケールとともに求めなければならないということも理解した。これらの事をふまえつつ、ちっぽけなセンチメンタリズムに陥ることなく、演奏への指針となればこの研究の成果は多大だ。そして、偉大な天才達が残した貴重な遺産を、謙虚な姿勢で演奏に反映できれば望外の幸せである。と同時に、この研究に選んだ《ラプソディー・イン・ブルー》が、筆者自身のレパートリーとして、自己のモニュメント的楽曲になったことを心ひそかに喜びたい。</p>

<table border="0" style="border:solid 1px #666666;"><tr><td style="padding:5px;">
<table style="margin-bottom:0px;">
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="04-01"></a>注1）　</td>
<td>《メープル・リーフ・ラグ》：この曲のメロディーとリズムは、全米の都市のボードヴィル劇場やミュージック・サルーン、酒場、カフェから地方の小さな町の家庭のリビングルームまで、ピアノの置かれた所ではどこでも演奏され、人々は、その独特のラグされたリズムに乗って踊った。末延芳晴著：『ラプソディー・イン・ブルー ─ガーシュインとジャズ精神の行方─』p.30,2003</td>
</tr>
<tr>
<td nowrap class="vt"><a name="04-02"></a>注2）　</td>
<td>イーディッシュ語：欧米のユダヤ人が用いる言語。ドイツ語にスラブ語・ヘブライ語が混じった言語で、ヘブライ文字を用いる。
</td></tr></table></td></tr></table>
<br />

<a name="05"></a>
<br />
<div style="font-size:14px"><strong>＜参考文献＞</strong><span style="font-weight:normal;font-size:12px;">（著者名の50音順）</span></div>
<p style="font-size:13px;"><tt style="margin:0px;">岩井宏之　1981『音楽史の点と線（下）』　東京：音楽之友社<br />
小川隆夫　2005『はじめてのブルーノート』　東京：音楽之友社<br />
奥田恵二　1970『アメリカの音楽　─ 植民時代から現代まで ─』　東京：音楽之友社<br />
　　　　　2005『「アメリカ音楽」の誕生　<span style="font-size:11px;">社会・文化の変容の中で</span>』　東京：河出書房新社<br />
Krellmann,Hanspeter　『ガーシュイン』渋谷和邦（訳）,1993,東京：音楽之友社<br />
Kresh,Paul　1988 <u>AN  AMERICAN  RHAPSODY, The Story of George Gershwin</u><br />
  　　　　　　『アメリカン・ラプソディ　ガーシュインの生涯』　鈴木　晶（訳）, 1989, 東京：晶文社<br />
Griffiths,Paul　1978 <u>A Concise History of Modern Music</u>  from Debussy to Boulez<br />
　　　　　　　　　　　『現代音楽小史』 石田一志（訳）,1978,　東京：音楽之友社<br />
河野保雄　1997『20世紀音楽入門』　東京：芸術現代社<br />
Salzman,Eric  1974 <u>Twentieth-Century　Music</u>：An　Introduction,Second　Edition<br />
  　　　　　　　　　　『20世紀の音楽』　松前紀男・秋岡　陽（訳）,1993,　東京：東海大学出版会 <br />
末延芳晴　2003『ラプソディ・イン・ブルー　─ガーシュインとジャズ精神の行方─』　東京：平凡社<br />
千蔵八郎　1983『音楽史（作曲家とその作品）』　東京：教育芸術社<br />
戸田邦雄　1979『音楽と民族性』　東京：音楽之友社<br />
久石　譲　2007『感動をつくれますか？』　東京：角川書店<br />
前川誠郎　1998『西からの音　音楽と美術』　東京：彩流社<br />
宮下　誠　2006『20世紀音楽　クラシックの運命』　東京：光文社<br />
門間直美　1992『西洋音楽史概説』　東京：春秋社<br />
山下洋輔　2001『音楽&#12953;講座』　東京：新潮社<br />
湯川　新　1988『ブルース　複製時代のフォークロア』　東京：法政大学出版局<br />
由比邦子　1996『ポピュラー・リズムのすべて　<span style="font-size:11px;">ポップス、ロック、ラテンの分析と奏法</span>』　東京：勁草書房<br />
柳田知子　2000『アフリカの太鼓で踊ろう　─西アフリカのジンベとダンス─』　東京：音楽之友社<br />
悠　雅彦　1998『ジャズ　　進化・解体・再生の歴史』　東京：音楽之友社<br />
Riedel,Johannes　1975 Soul Music,Black and White,Augsburg Publishing<br />
　　　　　　　　　　　House,Minneapolis,Minnesota,<br />
　　　　　　　　　　『アメリカ文化と黒人音楽』福田昌作・原田宏司（訳）1979, 東京：音楽之友社</tt></p>


<div style="font-size:14px"><strong>＜参考楽譜＞</strong></div>
<p style="font-size:13px;">
George Gershwin　1924《Rhapsody In Blue》U.S.A.WARNER BROS. PUBLICATIONS<br />
Ferde Grofe　1924《Rhapsody In Blue miniature orchestra score》ALFRED PB.<br />
Serge Rachmaninoff　1935《Rhapsody on a Theme of Paganini》BOOSY＆HAWKES<br />
J.S.Bach 1723《Chromatische Fantasie und Fuge》G.HENLE VERLAG<br />
Franz Liszt  1862-63《Zwei Konzert-Etuden: 2) Gnomenreigen》JP SHUNJUSHA ED.
</p>
<br />

<div style="font-size:14px"><strong>＜参考試聴CD，DVD，LD＞</strong></div>
＜参考試聴CD，DVD，LD＞
<div class="b5">『A Fresh Breeze from America』（アメリカの新風）CD,Universal Music K.K,　OCG-30136 <br />
　ロサンゼルス交響楽団　レナード・バーンスタイン　（指揮）
　レナード・バーンスタイン（ピアノ） </div>
<div class="b5">『GERSHWIN（1898~1937）』CD,LONDON,POCL-90058 <br />
　クリーヴランド管弦楽団　ロリン・マゼール（指揮）<br />
　イヴァン・デイヴィス（ピアノ） </div>
<div class="b5">『GEORGE GERSHWIN』CD,ECHO　INDUSTRY 、ECC-664 <br />
　コロンビア交響楽団　レナード・バーンスタイン（指揮）<br />
　レナード・バーンスタイン（ピアノ） </div>
<div class="b5">『GERSHWIN'S GERSHWIN』（ジョージ・ガーシュイン自作自演集）CD, DISKPORT,R-250051 <br />
　ポール・ホワイトマン・オーケストラ　ポール・ホワイトマン（指揮）<br />
　ジョージ・ガーシュイン（ピアノ） </div>
<div class="b5">『ガーシュウィン』CD,PHILIPS,PHCP-20231 <br />
　ピッツバーグ交響楽団　アンドレ・プレヴィン（指揮）<br />
　アンドレ・プレヴィン（ピアノ） </div>
<div class="b5">『ガーシュイン/アメリカ管弦楽名曲集』CD,EMI,SWCI-543 <br />
　ロンドン交響楽団　アンドレ・プレヴィン（指揮）<br />
　アンドレ・プレヴィン（ピアノ） </div>
<div class="b5">『Katchen』CD,DECCA,UCCD-3301 <br />
　ロンドン交響楽団　イシュトヴァン・ケルテス（指揮）<br />
　ジュリアス・カッチェン（ピアノ） </div>
<div class="b5">『PETER JABLONSKI』CD, LONDON, POCL-5258 <br />
　ロイヤルフィルハーモニーオーケストラ<br />
　ヴラディミル・アシュケナージ（指揮）<br />
　ペーテル・ヤブロンスキー（ピアノ） </div>
<div class="b5">『ラプソデー・イン・ブルー』CD,Turnabout,34457 <br />
　ベルリン交響楽団　クルト・アードラー（指揮）<br />
　オイゲン・リスト（ピアノ） </div>
<div class="b5">『Rhapsody in Blue in Concert "Piano New York" at Orchard Hall』DVD,ユニバーサル,UCBJ-1002 <br />
　山下洋輔ニューヨーク・トリオ　山下洋輔（ピアノ）<br />
　セシル・マクビー（ベース）<br />
　フェローン・アクラフ（ドラムス） </div>
<div class="b5">『想い出のジョージ・ガーシュイン』LD,ポリドール,WOOZ-25023 </div>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2007年度採用レポート／多田純一</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/2007/04/01_8987.html" />
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    <published>2007-04-01T05:19:45Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:20:03Z</updated>

    <summary> エディションの歴史に見るコルトー版の指使い ~ショパン作曲《エチュード op....</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
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        <![CDATA[<meta http-equiv="Content-Style-Type" content="text/css">
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-->
</style>

<div style="color:#CD7A7C;font-weight:bold;" class="ct"><span style="font-size:24px;">エディションの歴史に見るコルトー版の指使い</span><br />
<span style="font-size:16px;">~ショパン作曲《エチュード op.10 No.2》の場合~</span></div>
<p style="text-align:right;">多田純一</p>

<p style="padding-bottom:5px;" class="ct">要 旨</p>

<p style="font-size:14px;">　フレデリク・フランチシェク・ショパン Fryderyk Franciszek Chopin（1810-1849） の作品は多くの校訂者によって様々な楽譜が出版されてきた。楽譜によって指示される指使いもまた様々である。近年では作曲家の意図を出来る限り正確に反映させることを目的とした原典版が重要視されているが、原典を再現するための原典版においても、指使いに関しては他の要素と異なり、ショパンが指示した指使いだけでなく校訂者の指使いも指示されていることが多い。また指使いのみ校訂者とは違う研究者が担当していることもある。さらにショパン自身が指示した指使いとして示される指使いも、楽譜によって異なっている。<br />
　原典版の時代になってもなお、多くの学習者に使用されているアルフレッド・コルトー版には多くの指使いが指示され、参考にされている。本論の目的は、ショパン自身の指使い、ショパンの弟子の楽譜に見られる指使い、ショパンの死後出版された楽譜に指示される指使い、の3つの角度から合計24の楽譜を比較考察することにより、《エチュード op.10 No.2》に指示される指使いの変化、コルトー版の指使いの歴史的な位置付けと特徴を明らかにすることである。<br />
　考察により、コルトー版の指使いが、それ以前に出版された楽譜の指使いからどのような影響を受け、また後に出版された楽譜の指使いにどのような影響を与えたのか、についていくつかの特徴を得ることが出来た。20世紀はじめから中頃に出版された楽譜の多くには、校訂者による独自の指使いが多く指示されており、コルトー版はそれらの楽譜のひとつである。その時代の楽譜の多くは、ショパンの指使いとは区別されず同列に記載されているという特徴を持っている。またコルトー版の指使いは第3指と第5指の使用方法が特徴的であり、その使用が後の楽譜にも大きな影響をあたえていることがわかった。</p><br />

<!-- ▼目次▼ -->

<p style="padding-bottom:0px;">＜目次＞</p>
<dl>
<dt>1　<a href="#1-0">《エチュード op.10 No.2》の楽譜</a></dt>
<dd>1.1　<a href="#1-1">はじめに</a></dd>
<dd>1.2　<a href="#1-2">コルトーが参考にした資料</a></dd>
<dd>1.3　<a href="#1-3">ショパンに直接関わる資料</a></dd>
<dd>1.4　<a href="#1-4">ショパンの弟子の楽譜</a></dd>
<dd>1.5　<a href="#1-5">ショパンの死後出版された楽譜</a></dd>
<dt>2　<a href="#2-0">《エチュード op.10 No.2》指使いの考察</a></dt>
<dd>2.1　<a href="#2-1">校訂者たちの指使いに対する考え方</a></dd>
<dd>2.2　<a href="#2-2">第1小節目から第4小節目</a></dd>
<dd>2.3　<a href="#2-3">第15小節目から第18小節目</a></dd>
<dd>2.4　<a href="#2-4">第25小節目から第28小節目</a></dd>
<dt>3　<a href="#3-0">まとめと今後の課題</a></dt>
<dt><a href="#chui">＜注＞</a></dt>
<dt>巻末資料　<a href="#kanmatsusiryo"><span style="font-sie:90%;">《エチュード op.10 No.2》指使い一覧表</a></dt>
</dl>
<!-- ▲目次ここまで▲ -->

<!-- ▼本文▼ -->

<a name="1-0"></a>
<h3>1　《エチュード op.10 No.2》の楽譜</h3>

<a name="1-1"></a>
<p style="padding-bottom:0px;"><b>1.1　はじめに</b></p>
<p>　ピアノを専門的に勉強していく過程で、避けては通れない曲集というものがいくつかあるが、その中にフレデリク・フランチシェク・ショパン Fryderyk Franciszek Chopin（1810-1849） が作曲した《エチュード Etudes》がある。音楽大学の入学試験やコンクールの課題曲になることも多い。ショパンの《エチュード》を学習する際、楽譜や指使いの選択によって、練習内容や演奏は変化してくるのではないだろうか。数多く出版されている楽譜の指使いには、たいていの場合、それぞれの校訂者による指使いが提案されている。ショパンに限らず、近年では一般的に原典版が重要視されているが、原典を再現するための原典版においても校訂者の指使いが提案されていることは多く、また指使いのみ校訂者とは別の研究者が担当している場合もある。さらにショパン作品の場合は原典版と銘打たれる楽譜が複数存在している。ヤン・エキエル校訂の『ナショナル・エディション』、パウル・バドゥラ＝スコダ他校訂による『ウィーン原典版』<a href="#c1" class="t3">[1]</a> 、また、ジャン・ジャック・エーゲルディンゲル他校訂により、順次刊行中のペータース新版など、信頼出来ると思われる原典版だけでもこれだけ存在し、さらにパデレフスキ他校訂による『ショパン全集』、『ヘンレ版』、なども原典版として用いられてきた<a href="#c2" class="t3">[2]</a>。現在、最新の原典版となるペータース最新版<i>"The Complete Chopin ―A New Critical Edition"</i> は2007年11月現在、『プレリュード』と『バラード』、『ワルツ』が出版されているが<a href="#c3" class="t3">[3]</a>、共通して掲載されている「編集の方法と実施についての注釈」にある「編集の基本理念」では次のように説明されている。</p>

<div class="t4">
　<i>The Complete Chopin</i> は2つの重要な前提に基づいている。第1にショパン作品の最終的なヴァージョンというものはあり得ない：ヴァリアントは音楽の不可欠な一部分を形成している。第2にいくつかの原資料からなる任意による解釈の合成 ― 事実上、実際に存在しなかった音楽の1つのヴァージョンを作ること ― は避けられなければならない。それゆえに、我々の手順は、それぞれの作品のための最も重要な原資料を特定し、そしてそれらの原資料に基づくエディションを作成することである（たとえそれが最終的なものに成り得ないとしても、我々は'最善'と見なす）。同時に我々は隣接した場所や、場合によっては主要楽譜の中、脚注、もしくは校訂解説の中に公認された原資料から重要なヴァリアントを再現した。このようにして学問上の比較と、演奏における選択を容易にすることを可能にしている。<a href="#c4" class="t3">[4]</a>（抄訳；多田）</div>

<p>　上記の引用から、原典を追求していく過程において、ショパン作品の場合は1つの決定的な楽譜というものを作ることは出来ないことがわかる。「どの楽譜が最善である」とは言い切ることが出来ない状況にあり、「どのように用いるか」が重要な問題となっている。これらの楽譜に提案されている校訂者（もしくは運指担当者）による指使いは、原典版という楽譜の性格上、ショパン自身の指使いとは明確に区別されている。しかし、原典版の時代となる以前は、校訂者による加筆も多く見られ、指使いの指示に関しても、ショパンの指使いと校訂者の指使いに明確な区別がない場合が多かったのである。<br />
　これまでに多くの楽譜が出版され、また淘汰されてきた。Chomi&#324;ski　& Tur&#322;o<a href="#c5" class="t3">[5]</a> によるショパン作品のカタログ（以下カタログ1990と称す）では、全集だけでも50以上の出版社から出版された楽譜が紹介されている。全集になっていない選集は150種類以上ある。このうち大半は絶版となっており、筆者が書店などで購入することが出来た楽譜は《エチュード》では約20種類であった。その中でも日本語訳や英語訳されたものが出版され、現在も用いられることが多い楽譜に、アルフレッド・コルトー版（以下コルトー版と称す）がある。偉大なるピアニスト、そして教育者として、現在のピアニストにも多くの影響を与えているアルフレッド・コルトー Alfred Cortot （1877-1962）により校訂された。多くの校訂報告を持つ原典版に対して、実用版、練習版、もしくは校訂版等と呼ばれる。主に練習用として用いられるコルトー版は、難しいパッセージに対応するための具体的な練習方法や、指使いが示されている。香川はコルトー版に指示される指使いについて次のように述べている。</p>

<div class="t4">　今日、学生によってよく用いられる版であり、そこに例示された練習方法等はなかなか丁寧なものと言えるが運指法については極めて個性的なものも採用されている。これはベートーヴェンにおけるシュナーベル版についても言えることであるが、コルトーの方がよりピアニスティックな表現にかなっていて部分的には示唆に富んだものである。<a href="#c6" class="t3">[6]</a></div>

<p>　香川が述べたように、コルトー版の指使いは個性的であると表現されることが多い。多くの曲にその個性的な指使いは指示されているが、ショパン自身の指使いを配慮している場合も多く、《エチュード op.10》全曲の指使いについてコルトー版、『ショパン全集』、『ナショナル・エディション』の3つの楽譜を比較、考察した研究では次のような結論を得ることができた。</p>

<div class="t4">　No.2、No.5、No.8など、特に弾き始めの難しいエチュードの場合に、手や手首の高さが一定に保たれる状態で弾き始めることができる指使いとなっている。テンポの速いエチュードでもNo.4、No.12のように、ショパンのオリジナルが最適であると考えられる場合には、他の版と変化はない。<a href="#c7" class="t3">[7]</a></div>

<p>　またコルトー版の指使いとショパンのオリジナルの指使いを比較、考察した研究ではコルトー版の指使いについて5点の特徴を得ることができた。その特徴を次に概観する。</p>

<div class="t4">第1点目に、加藤によるとショパンの指使いの特徴は「1．親指の開放」、「2．多様な指の交差」、「3．同じ指の連続」、「4．指の置き換え」、「5．指の個性」の5つにまとめられる<a href="#c8" class="t3">[8]</a>が、それらの特徴はコルトー版にも同様に見る事ができる。コルトーはショパンの指使いの独創性を理解した上で、取り入れるべき点は取り入れ、新たに指示する必要があると思われる箇所については新しい指使いを考察している。<br />
第2点目は、コルトーはあるフレーズについて指使いを指示する場合、打鍵に適した指の個性と共に、その先のフレーズ全体を考えて、より合理的であると考えられる指使いを提案している。<br />
第3点目に「指の差し替え」が行われている。<br />
第4点目に、第3指と第5指の関係を有効に使うことにより、手の高さを一定に保っている。また、この2本の指の合理的な使用は、結果として手や指の疲労を回避することにも繋がっている。<br />
第5点目に、コルトー自身が述べているように、すべての演奏者に適した指使いというものはなく、手の大きさに合わせて選ぶことが出来るいくつかの指使いを示している。そしてその考え方は後のエディションにも影響を与えている。<a href="#c9" class="t3">[9]</a></div>


<p>　本論では以上の先行研究によって得た結論から、さらに指使いの歴史の中で、コルトー版の指使いがどのような場所に位置するのか、後に出版された楽譜の指使いにどのような影響を与えたのか、について考察することが目的である<a href="#c10" class="t3">[10]</a>。研究対象とする作品は、《エチュード op.10》の中でもショパン自身の指使いが特に綿密に指示されている《エチュード op.10 No.2》とした。</p><br />


<a name="1-2"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>1.2　コルトーが参考にした資料</b></p>

<p>　ショパンが指示した指使いは彼の独創的な指使いであると言われているが、コルトーはショパンの指使いの特徴をどのように捉え、またどのような資料からその特徴を知ったのであろうか。コルトーはショパンの指使いについて次のように述べている。</p>

<div class="t4">　彼は黒鍵を打鍵するために、親指も第2指も同じように使用されうる能力を認めている。これは当時まですべてのピアニストが守っていた神聖不可侵な伝統と決定的に矛盾するものであった。（中略）同じ事は、親指を使用せず、指の上を別の指がまたぐことにもいえる。<a href="#c11" class="t3">[11]</a></div>


<p>　コルトーによる上記の分析は、加藤によるショパンの指使いの特徴における「1．親指の開放」と「2．多様な指の交差」を示しており、ショパンが指使いの歴史において大きな変革を成し遂げたものであると言われている。<br />
　コルトーが楽譜を校訂しはじめた1915年は、ドビュッシーが《12のエチュード》を作曲した年と重なっている。ラヴェルの作品においても《水の戯れ》は1901年に作曲され、《鏡》や《夜のガスパール》といった主要なピアノ作品も1915年までには作曲されている。ドビュッシーの後期の作品やラヴェルの多くの作品が出版されていた時代ということは、コルトーが当時の現代作品を弾く場合には「1．親指の開放」や「2．多様な指の交差」すでに必然であったと思われる。しかし指使いが多様化し、その選択の幅が広がったとしても、「3．同じ指の連続」や「5．指の個性」といった、ショパンがこだわって指示したと思われるような指使いに関しては、コルトーは変更せずにショパンの指使いをそのまま用いている。例えば《即興曲 op.51》第37小節目の下行する半音階や、《エチュード op.10 No.9》の冒頭の右手などにその特徴を見ることができる。<br />
　コルトー版の中には校訂報告はないが、コルトーが実際に確認したと思われる楽譜については脚注などに多くの記述が見られる。《エチュード op.10》の序文の注には「メトロノームの表示は、自筆譜の中にも、ショパンの存命中に出版されたシュレジンガー社のパリ版の中にも掲載されている。」<a href="#c12" class="t3">[12]</a> と書かれている。また《エチュード op.25 No.11》では第83小節目第4拍目の左手G音のオクターヴについて、フランス初版ではG音のオクターヴになっているが、イギリス初版とドイツ初版ではF-C-G音の和音になっていることを説明していることから、3つの国から出版されたそれぞれの初版を確認していることがわかる。<br />
　自筆譜については《エチュード op.10 No.9》には第2小節目第3音目のdes音について「自筆原稿には、このフレーズが反復される所すべてに'レ♭'が書かれてある」<a href="#c13" class="t3">[13]</a>と説明されている。《エチュード op.10 No.11》にも自筆譜に関する記述がある。またコルトーはドビュッシーやフォーレの作品など、自筆楽譜のコレクションをしていたこともよく知られている。ショパン作品では《エチュード op.10 No.3》、ピアノメトードの草稿など<a href="#c14" class="t3">[14]</a>である。これらのことから、コルトーは自筆譜や初版譜など、現在の楽譜校訂において基本的な原資料となるもので主要なものはほぼ入手し、校訂作業に使用したといえる。つまりショパンの指使いについても、自筆譜と初版譜の違いも含めて熟知していたと言ってもよいのではないだろうか。ただし校訂報告がないため、具体的な入手資料まではわからない。<br />
　では現在の原典版において、どのような資料が校訂作業に用いられているのだろうか。ショパン自身の指使いを知るために、次節では《エチュード op.10 No.2》に指示されるショパン自身の指使いの可能性について考察する。</p>
<br />

<a name="1-3"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>1.3　ショパンに直接関わる資料</b></p>

<p>　カタログ1990では作品別に自筆譜や初版など、関連する資料が示されている。《エチュード op.10》の項の中で「基本的なもの podstawowe」に示される《エチュード op.10 No.2》に関する資料は次の3点である。<a href="#c15" class="t3">[15]</a></p>

<table border="0" style="margin-left:20px;font-size:16px;">
<tr><td class="ct vt">I．</td><td>《エチュード op.10 No.1》および《エチュード op.10 No.2》の筆写譜。</td></tr>
<tr><td class="ct vt">II．</td><td>フランス初版の校正刷にショパン自身が指使いを指示した楽譜。</td></tr>
<tr><td class="ct vt">III．</td><td>ショパンの自筆譜で初期のヴァージョン。</td></tr></table>

<p><i>"The Complete Chopin"</i> では、現時点で《エチュード》が未刊行のため、現在出版されている《エチュード》の原典版で最新のものは『ナショナル・エディション』であるが、上記の3点はそのまま原資料として使用され、「編集原則」では3点共に、最も信頼できる最終的な原資料となるフランス初版の第2刷りの補助的な資料として考慮に含められている。<a href="#c16" class="t3">[16]</a>それぞれの楽譜には指使いが指示されているのだろうか。</p>


<table border="0" style="margin-left:20px;font-size:16px;">
<tr><td nowrap class="vt">I．</td><td>この筆写譜は『ナショナル・エディション』の校訂報告に「恐らくヨゼフ・リノフスキによって作成されたものである。」と説明されているものである。指使いの指示は曲全体を通して見られない。（TOWARZYSTWO im. FRYDERYKA  CHOPINA,Warszawa 所蔵、本論では所蔵番号F.1480　写真コピーを使用。）</td></tr>
<tr><td nowrap class="vt">II．</td><td>曲全体にショパン自身による指使いが指示されている。現在、各原典版にてショパン自身の指使いとして指示されているのは、ほぼこの楽譜を基にしたフランス初版の指使いである。<a href="#c17" class="t3">[17]</a>（Biblioth&egrave;que de l`Op&eacute;ra,Paris 所蔵、所蔵番号 RES 50(4)を使用。）</td></tr>
<tr><td nowrap class="vt">III．</td><td>「Etude」というタイトルを伴った、初期の自筆譜。『ウィーン原典版』<a href="#c18" class="t3">[18]</a>にて楽譜になっており、指使いは第1小節目と第32小節目から第35小節目のみに指示されている。（Stiftelsen Fr&auml;mjande,Stockholm 所蔵。本論ではTOWARZYSTWO im. FRYDERYKA  CHOPINA,Warszawa 所蔵、所蔵番号F.796　写真コピーを使用。）</td></tr></table>

<p>以上の資料からショパン自身の指使いはIIの楽譜と、IIIの楽譜に見られることがわかった。</p>
<br />


<a name="1-4"></a>
<p style="font-szie:14px;padding-bottom:0px;"><b>1.4　ショパンの弟子の楽譜</b></p>
<p>　ショパンはさらに弟子の楽譜にも多くの書き込みを行ったこともよく知られている。カタログ1990では7人の弟子が紹介されている<a href="#c19" class="t3">[19]</a>が、同様にエーゲルディンゲルの著書<a href="#c20" class="t3">[20]</a>にも紹介されている。2006年11月にフランス語新版が出版されたが、弟子の名前に追加は見られない。『ナショナル・エディション』の『エチュード』では次の3人の楽譜を有力な資料として採用している。</p>

<table border="0" style="margin-left:20px;font-size:16px;">
<tr><td class="vt">IV．</td><td>ジェーン・ウィルヘルミナ・スターリングの楽譜（Biblioth&egrave;que Nationale,Paris 所蔵、所蔵番号 RES.VMA 241,Vol.1を使用。）</td></tr>
<tr><td class="vt">V．</td><td>カミーユ・デュボア＝オメアラの楽譜（Biblioth&egrave;que Nationale,Paris 所蔵、所蔵番号 RES F 980(1)を使用。）</td></tr>
<tr><td class="vt">VI．</td><td>ルドヴィカ・イエンジェイエヴィチョーヴァの楽譜（TOWARZYSTWO im. FRYDERYKA  CHOPINA,Warszawa 所蔵、本論では所蔵番号F.678　写真コピーを使用。）</td></tr></table>

<p>　3つの楽譜のいずれにも《エチュード op.10 No.2》に指使いの書き込みは見られない。先に示した加藤によるショパンの指使いの特徴における「4．指の置き換え」以外はこのエチュードにおいて確認することが出来る。特に「2．多様な指の交差」は頻繁に行われ、コルトーは《エチュード op.10》の楽譜における解説の中で「克服するべき難しさ」として「第3指、第4指、そして第5指の指の交差」<a href="#c21" class="t3">[21]</a>を挙げている。《エチュード op.10 No.2》にショパンによって指示された指使いはどのように変化していくのだろうか。<br />
　先に紹介した7人の弟子のうち、ショパン自身による書き込みが少ないこともあり、それほど有力な資料とされていない楽譜にザレスカ＝ローゼンガルトの楽譜がある。ザレスカの楽譜には指使いが細かく書き込まれているが、筆跡を見ても、また、他の弟子の楽譜に見られる書き込みの筆跡を見ても、やはりショパン自身の書き込みとは考えられないものが多数ある。例えば、数小節にわたってすべての16分音符に指使いが書き込まれていることが挙げられる。他の弟子の楽譜には、部分的な書き込みは見られるものの、このような書き込みはあまり見られない。しかし、そこに書き込まれる指使いはショパンの弟子や、ショパンが生存していた時代の人々の指使いに対する考え方を知る上で貴重なものであると言えるのではないだろうか。本論では次のザレスカの楽譜を考察の対象に含む。</p>

<table border="0" style="margin-left:20px;font-size:16px;">
<tr><td class="vt">VII．</td><td>ゾフィア・ザレスカ＝ローゼンガルトの楽譜、ドイツ初版（Biblioteka Polska,Pris 所蔵、所蔵番号15812を使用。）</td></tr></table>

<p>　これまでの考察から、本論ではショパン自身が指示した指使いとして資料IIおよび資料III、フランス初版の資料IV（資料V、資料VIは資料IVと完全に同じ指使いであるため省略する）、ショパンの弟子が使用した楽譜として資料VIIを比較考察の対象とする。</p>

<a name="1-5"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>1.5　ショパンの死後出版された楽譜</b></p>
<p>　ショパンは1849年に没したが、その後約150年の間に様々な楽譜が出版され、指使いもまた様々である。本論ではショパンの死後出版された楽譜の中から、入手することができた次の20種類の楽譜を比較考察の対象とする。校訂者、出版年代、使用楽譜は次の通りである。</p>


<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;">《使用楽譜一覧》</p>

<table border="0" style="margin-bottm:0px;">
<tr><td class="vt">1．</td><td>クリンドヴォルス校訂　出版年代不詳（Fr.Chopin Oeuvres compl&egrave;tes Vol.1 revues ,doigt&eacute;es et soigneusement corrig&eacute;es d'apr&egrave;s les &eacute;ditions de Paris,Londres,Bruxelles et Leipsic par Charles KLINDWORTH. Berlin: Ed.Bote &.Bock）<a href="#c22" class="t3">[22]</a> </td></tr>
<tr><td class="vt">2．</td><td>ミクリ校訂　1879年頃出版（Frederic Chopin Complete works for the piano. Book VIII ETUDES. Edited and Fingered, and provided with an Introductory Note by Carl Mikuli, New York: G.Schirmer）<a href="#c23" class="t3">[23]</a></td></tr>
<tr><td class="vt">3．</td><td>ショルツ校訂　1879年頃出版（CHOPIN Kompositionen Band IIFr.Chopin's S&auml;mtliche Pianoforte -Werke. Kritisch revidiert und mit fingersatz versehen von Herrmann SCHOLTZ, Leipzig: C.F.Peters）</td></tr>
<tr><td class="vt">4．</td><td>プュニョ校訂  1902年頃出版（Fr&eacute;d&eacute;ric Chopin &Eacute;tudes , durchgesehen und nach den &uuml;berlieferten Originalen bezeichnet, &Eacute;dition revue, doigt&eacute;e   et nuanc&eacute;e d'apr&egrave;s les traditions originales von/par Raoul Pugno ,Wien: Universal Edition）<a href="#c24" class="t3">[24]</a></td></tr>
<tr><td class="vt">5．</td><td>ドーア校訂 1904-1908年頃出版（Oeuvres Pour Piano Par Fr&eacute;d&eacute;ric Chopin. Etudes. Revus et soigneusement doigt&eacute;s par Anton Door , Leipzig: Aug. Cranz）</td></tr>
<tr><td class="vt">6．</td><td>ドビュッシー校訂 &copy;1915（Chopin Oeuvres compl&egrave;tes pour Piano &Eacute;tudes R&eacute;vision par Claude Debussy,  Pais: Editions Durand et Cie）</td></tr>
<tr><td class="vt">7．</td><td>コルトー校訂 &copy;1915（&Eacute;ditions de Travail des OEuvres de Chopin 12 &Eacute;tudes op.10 , Alfred Cortot, Paris: Editions Salabert）</td></tr>
<tr><td class="vt">8．</td><td>フリードハイム校訂 &copy;1916（Fr&eacute;deric Chopin Etudes For the Piano, Revised and Fingered by Arthur Friedheim, New York: G.Schirmer）</td></tr>
<tr><td class="vt">9．</td><td>ブルニョーリ校訂 1923-1926年頃出版（Chopin Studi per Pianoforte Edizione didattico-critico-comparativa a cura di Attilio Brugnoli, Milano: Ricordi）<a href="#c25" class="t3">[25]</a>
<tr><td class="vt">10．</td><td>カゼッラ校訂 &copy;1946（Chopin Studi Per Pianoforte Revisione Critico-Tecnica di Alfredo Casella , Milano:Edizioni Curci）<a href="#c26" class="t3">[26]</a></td></tr>
<tr><td class="vt">11．</td><td>ショルツ＝ポズニャック校訂 &copy;1948（Fr&eacute;d&eacute;ric Chopin Et&uuml;den Kritisch revidiert von Herrmann Scholtz Neue Ausgabe von Bronislaw v. Pozniak , Frankfurt: C.F.Peters）<a href="#c27" class="t3">[27]</a></td></tr>
<tr><td class="vt">12．</td><td>パデレフスキ他校訂  &copy;1949（『ショパン全集』IIイグナツィ・ヤン・パデレフスキ、ルドヴィク・ブロナルスキ、ユゼフ・トゥルチヌスキ編集、エチュード、東京：財団法人ジェスク音楽文化振興会、株式会社アーツ出版&copy;1992）<a href="#c28" class="t3">[28]</a></td></tr>
<tr><td class="vt">13．</td><td>クロイツァー校訂1951年出版（レオニード・クロイツァー『ショパン＝クロイツァー 練習曲集』、東京：音楽之友社、&copy;1977）<a href="#c29" class="t3">[29]</a></td></tr>
<tr><td class="vt">14．</td><td>井口基成校訂 1951年出版（『世界音楽全集　ショパン集4』東京：春秋社、井口基成&copy;）</td></tr>
<tr><td class="vt">15．</td><td>全音楽譜出版社出版部編 &copy;1956（『全音ピアノライブラリー　ショパンエチュード集　東京：全音楽譜出版社』</td></tr>
<tr><td class="vt">16．</td><td>バドゥラ＝スコダ校訂（『ウィーン原典版』）1973年出版  &copy;1973（Fr&eacute;d&eacute;ric Chopin, Etudes Op.10, Edited from the autographs, manuscript copies and original editions and with fingering added by Paul Badura-Skoda,  Wien: Wiener Urtext Edition, Musikverlag Ges.m.b.H & Co.,K.G）</td></tr>
<tr><td class="vt">17．</td><td>山崎孝校訂、井口秋子監修  &copy;1979（『全音ピアノライブラリー　ショパンエテュード集　作品10　原典版』東京：全音楽譜出版社））</td></tr>
<tr><td class="vt">18．</td><td>ツィマーマン校訂（『ヘンレ版』） &copy;1983（Fr&eacute;d&eacute;ric Chopin Et&uuml;den URTEXT , Nach Eigenschriften Abschriften und Erstausgaben Herausgegeben von Ewald Zimmermann, Fingersatz von Hermann Keller,  M&uuml;nchen: G.Henle Verlag）</td></tr>
<tr><td class="vt">19．</td><td>エキエル校訂（『ナショナル・エディション』）  &copy;1999（Chopin Etudes Opp.10,25,Three Etudes M&eacute;thode des M&eacute;thode, National Edition Series A Vol.2,  Warszawa:Polskie Wydawnictwo Muzyczne）</td></tr>
<tr><td class="vt">20．</td><td>東貴良校訂、P.ジュジアノ監修 &copy;2006（『ショパン　エチュード集　作品10、作品25、3つの新しいエチュード』東京：音楽之友社）</td></tr></table>
<p>次章ではショパン自身の指使い、ショパンの弟子の指使い、ショパンの死後出版された楽譜の指使いを含む、合計24の楽譜を比較考察していく。</p><br />



<a name="2-0"></a>
<h3>2　《エチュード op.10 No.2》指使いの考察</h3>
<a name="2-1"></a>
<p><b>2.1　校訂者たちの指使いに対する考え方</b></p>
<p>「1.5　ショパンの死後出版された楽譜」に示した20の楽譜の校訂者たちは、それぞれの楽譜において指使いをどのように扱っているのだろうか。指使いの記載方法は次の3つに大別することができる。</p>


<table border="0" style="margin-left:20px;font-size:16px">
<tr><td class="vt">(1)</td><td>ショパンの指使いと校訂者の指使いを区別せず、同列に記載する。<br />
1．クリンドヴォルス版、2．ミクリ版、7．コルトー版、8．フリードハイム版、9．ブルニョーリ版、10．カゼッラ版、13．クロイツァー版、14．井口版</td></tr>
<tr><td class="vt">(2)</td><td>段を変えるなど、基本的にショパンの指使いと校訂者の指使いを区別して記載する。ただし混入している場合もある。<br />
3．ショルツ版、4．プュニョ版、5．ドーア版、6．ドビュッシー版、11．ペータース版、15．全音版</td></tr>
<tr><td class="vt">(3)</td><td>ショパンの指使いと校訂者の指使いは異なった字体を用い、厳密に区別して記載する。もしくはショパンの指使soいのみを記載する。
12．『ショパン全集』、16．『ウィーン原典版』、17．山崎版、18．『ヘンレ版』、19．『ナショナル・エディション』、20．東版</td></tr></table>

<p>　上記のうち、(3)はすでに原典版の時代である現代に出版されている楽譜であり、校訂報告があるが、(1)と(2)には校訂報告がなく、序文や解説についても指使いに対する考え方が述べられているものとそうでないものがある。しかし校訂報告がない場合でも、1．クリンドヴォルス版から5．ドーア版、8．フリードハイム版にはタイトルそのものに<i>'doigt&eacute;es'</i>や<i>' Fingersatz'</i>といった「指使い」を示す言葉を含んでおり、校訂者としての指使いという意識を強く表している。また、18．『ヘンレ版』の校訂者はツィマーマンであるが、<i>'Fingersatz von Hermann Keller'</i>と示されているように、指使いのみ校訂者とは別の研究者が指示している。フリードハイムは次のように述べている。</p>
　
<div class="t4">　手の形は様々であるため、誰ひとりとして1つに定めることはできない。しかし通常の絶対多数に合う平均的な指使いというものは存在し、私達はその原理を固く守ってきた。さらに一瞥しただけでは簡単には見えないパッセージにおいてさえ、すぐに見つけられるような最も弾きやすい指使いはいつも使用されてきた。それでもなお、それらの作品は概して充分に難しい曲である。しかし例えば指を伸ばした状態で第4指よりも第3指を、より強く使うことが出来る人、また逆に親指を用いて充分な自信をもって大きな跳躍ができる人などは、彼または彼女自身の判断に立ち返るべきである。<a href="#c30" class="t3">[30]</a></div>

<p>　フリードハイムが主張するように、やはり演奏者によって手の大きさや指の長さ、構造が異なるため、指使いもすべての演奏者に適した指使いというものはない。しかし、その中でも平均的な指使いというものは存在し、さらに曲のある箇所においては、どう考えても1つの指使いしか方法がない場合もある。<br />
　またそれとは逆に、校訂者の特徴が明確になる箇所もまたあるのではないだろうか。続いて、コルトー版が影響を与えた可能性があると思われる楽譜を明確にするために、コルトー版以降の校訂者達の指使いに対する考え方を考察する。</p>

<p>　8．フリードハイム版は先に引用したように述べているが、それ以外には「どの版を参考にした」などという説明はしていない。校訂者による指使いを多く指示している。<br />
　9．ブルニョーリ版は練習方法を含め指使いも多く指示しているが、指使いに関する説明はしていない。
　10．カゼッラ版では「指使いに関しては、私はほぼ全面的に（ショパン）本来の指使いに従っている。その大部分は偉大なる巨匠（ショパン）の演奏スタイルの典型である」<a href="#c31" class="t3">[31]</a>と述べている。しかし、すべての指使いがショパンの指使いと同じかというとそうでもなく、違っている箇所も多く見られる。10．カゼッラ版の特徴は、具体的な練習方法やペダルが細かく指示されていることであるが、その練習方法に「（C）」と記載されているものがある。これはコルトー版から転載していることを意味している。このことから、10．カゼッラ版の指使いにおいてショパンの指使いと違う指使いを指示している場合、コルトー版を参考に含んだ可能性があるといえる。<br />
　11．ペータース版は3．ショルツ版の新版であるが、指使いは3．ショルツ版からさらに変更されている。校訂者による報告はない。<br />
　12．『ショパン全集』では「ローマン体で印刷された数字は、ショパンの運指法を、イタリック体で印刷された数字は、パデレフスキによる運指法を示す。」<a href="#c32" class="t3">[32]</a>と説明しているように、校訂者の運指を追加している。初版や手稿譜の他に参照したとされる8つの版が挙げられているが、この中にコルトー版は含まれておらず、コルトー版の指使いは影響を与えていないと思われる。<br />
　13．クロイツァー版では発想記号やフレーズ、ペダリングの記載に関しての注意が説明されているが、指使いについてはふれられていない。<br />
　14．井口版は、現在、校訂報告も解説もない楽譜である。しかし、出版された当初は野村による解説<a href="#c33" class="t3">[33]</a>が掲載されていた。その解説の中ではコルトー版をはじめ、フォン・ビューロー版、フリードハイム版、など、他の版についても言及している。また井口自身は回想記の中で次のように述べている。</p>

<div class="t4">　終戦後すぐに春秋社が再びピアノ楽譜を出版することになった。戦災で楽譜があらかた焼けてしまったので、みんなが欲しがっていたのだ。（中略）これは外国人が校訂した版、曲によっては例えばコルトー版やブゾーニ版、その他を参考にしてぼくの版として出したわけだ。<a href="#c34" class="t3">[34]</a></div>

<p>　これらのことから、14．井口版はコルトー版の指使いを参考に含んだ可能性があるといえる。<br />
　15．全音楽譜出版社出版部編はよく指摘される通り、11.ペータース版を踏襲していることから、コルトー版から影響は受けていない。<br />
　16．『ウィーン原典版』はバドゥラ＝スコダ自身が「この版ではパデレフスキ版そしてコルトーやフリードマンの版のよい指使いもいくつか取り入れている」<a href="#c35" class="t3">[35]</a>と述べているように、明らかにコルトー版の指使いを参考にしている。<br />
　17．山崎版は「この楽譜にはショパン自身の指使いで初版に印刷されたもののみ載せた」<a href="#c36" class="t3">[36]</a>と説明されているように、校訂者の指使いは記載されておらず、明らかにコルトー版の指使いから影響を受けていない。
　18．『ヘンレ版』では次のように説明している。</p>

<div class="t4">　ヘンレ社の原典版における通常の慣例に反して、この巻においては多数の本来の指使いが通常の字体で、校訂者によって付け加えられた指使いがイタリック体にて示されている。主要な原資料の指使いだけでなく、すべての伝統的な指使いがほぼ例外なく守られている。それは作曲家によって考察された、演奏における重要な手引きを表すためである。<a href="#c37" class="t3">[37]</a></div>


<p>　説明やタイトルから、運指担当者の指使いが追加されていることがわかるが、どの版を参考にしたということまではわからない。<br />
19．『ナショナル・エディション』の校訂報告ではショパンの指使いの特徴や、指使いの取り扱いについて詳細に述べられているが、その中に次のように述べられている。</p>

<div class="t4">　「テクニカル technical」な指使いの場合、ショパン的（Chopinesque）な指使いの有効性を最初に試すことは必然である。もし不都合が生じた場合、ピアニストは校訂者の指使いを試す、もしくは彼自身の指使いに取り替えるべきである。<a href="#c38" class="t3">[38]</a></div>

<p>さらに上記の引用部分には次のような脚注が付けられている。</p>

<div class="t4">　優れたヴィルトーゾ達が、彼ら自身が考案したエチュードのエディションの中で示した指使いについても参照することは可能である。例えばA.コルトー（Senart-Salabert）、I.フリードマン（Breitkopf＆H&auml;rtel）、A.ミハウォフスキ（Gebethner and Wolff）。</div>

<p>　以上の引用は、校訂者としてエキエルの指使いとは明確に分けてコルトー版他の指使いに言及しているが、その場合においても数多く存在する校訂版の中でコルトー版を挙げていることは、校訂者としてコルトー版の指使いを参考に含んだ可能性があると考えられる。<br />
　20．東版は「運指の数字は、ローマン体で書かれているものがショパン自身によるものであり、イタリック体は編者によるもので、ショパンの弟子ミクリによるものを最も多く取り入れました」<a href="#c39" class="t3">[39]</a>と述べていることから、コルトー版の指使いから影響を受けた可能性は低いと思われる。</p>

<p>　8．フリードハイム版から20．東版までの考察からわかるように、コルトー版から影響を受けた可能性が高い版は10．カゼッラ版、14．井口版、16．『ウィーン原典版』、19．『ナショナル・エディション』、明らかに影響を受けていない版は15．全音楽譜出版社出版部編、17．山崎版、それ以外の楽譜はわからない、ということになる。<br />
　コルトー版の指使いが、ショパンの指使いからどのように変化し、後の版にどのような影響を与えたのかを考察するにあたり、指使い一覧表を作成した（巻末資料として添付）。考察で用いている場合にはその都度参照にされたい。表に示される数字は上声部のみである。また、校訂者により明確に区別の説明がある場合のショパンの指使いに対して（chopin）もしくは（ch）と記載した。各版の記載は表においてアルファベットを用い、考察においては一覧に表示した番号と合わせて、ミクリ版やコルトー版など、校訂者の名前に応じた呼び方、もしくは『ショパン全集』や『ヘンレ版』といった楽譜名で示す。</p>


<a name="2-2"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>2.2　第1小節目から第4小節目</b></p>

<p>　このエチュードは冒頭から重音を伴った半音階のパッセージではじまり、ショパンは4小節のすべての音に対して、綿密に指使いを指示している。20種類の楽譜においても例外なくすべての音に対して指使いの記載があり、校訂者や指使い担当者が半音階の指使いをどのようにとらえているか、ということがわかりやすい箇所である。本節ではこの冒頭部分を考察する。</p>


<p>譜例1　『ナショナル・エディション』第1小節目から第4小節目</p>

<img src="/seminar/images/tada_furei01.gif" alt="譜例１" width="650" height="400" class="b10">


<p>加藤は《エチュード op.10 No.2》に指示されるショパンの指使いの特徴について次のように述べている。</p>

<div class="t4">重音の連続を滑らかに弾くためには指の交差は不可欠なものであるが、ショパンはこれを独自な方法で用いていた。ショパンのこの種の運指法を最もよく示しているものとして練習曲イ短調作品10-2が挙げられる。（中略）白鍵から黒鍵への進行の際に3の指が4あるいは5の指の上を越える方法がとられている。ショパンの運指法は黒鍵をうまく利用してそこに長い指を支点のように用い、手のフォームを保持したままポジションを移動させるものであった。<a href="#c40" class="t3">[40]</a></div>

<p>　また加藤は、半音階に対するショパンの指使いの特徴について《エチュード op.25 No.6》や《エチュード op.25 No.8》における3度や6度の場合の半音階においても、《エチュード op.10 No.2》と同じように黒鍵にはすべて第3指が使用されていることを指摘している。これらの加藤の考察通り、《エチュード op.10 No.2》冒頭部分に指示されるショパンの指使いは、半音階が下降する第4小節目以外すべて黒鍵に第3指が指示されている。<br />
　ではコルトーはこの曲の指使いをどのように捉えたのだろうか。7．コルトー版は4小節全体にわたって多くの指使いを変更している。コルトーは「私は和音になっている部分を弾く時、筋肉の自立性が高くなる指の位置を保てるこの運指を確立した。」<a href="#c41" class="t3">[41]</a>と述べているように、和音を打鍵する拍の頭の音には、たいてい第4指もしくは第5指が指示されている。ショパンの指使いと違っている点は、黒鍵に第3指を使用することにこだわっていない点である。例えば第1小節目2拍目や第2小節目1拍目は、6．ドビュッシー版までショパンの指使いである第3指を引き継いでいることに対し、7．コルトー版以降は明らかに第4指を使用するように流れが変わっていることがわかる（一覧表参照）。第1小節目2拍目、第2小節目1拍目ともに8．フリードハイム版、10．カゼッラ版、13．クロイツァー版、14．井口版、19．『ナショナル・エディション』、が7．コルトー版と同じ第4指を指示している。</p>

<p>　ショパン自身の指使いが黒鍵に第3指を使用することによって、第3指と第4指の連続を多く使うことに対し、コルトーは第3指と第5指を用いることによって、必然的に指は伸び、手首の高さを確保して弾くことが出来る指使いを指示している。このようにショパンの死後ピアノ自体のアクションや鍵盤も変化し、指使いの変化はショパンの持つ指使いの特徴だけでは対応することが難しくなる、という時代の移り変わりとも関係して、ショパンの指使いではレガートが難しいと思われる箇所で新たな指使いを指示している。<br />
　7．コルトー版による第3指と第5指の合理的な使用は第4小節目に顕著に表れている。1拍目から2拍目にかけてh音とc音が4回繰り返されるが、今日その4回を「3-4」の繰り返しで演奏することは少ないのではないだろうか。記載方法は異なるが、6．ドビュッシーまではすべてショパンが指示した2種類のうちの1つである「3-4」の連続である。これに対し、7．コルトー版は「3-5」の連続を指示している。8．フリードハイム版は「3-5-3-5 3-4-3-4」、9．ブルニョーリ版はショパンと同じ指使いと共に「3-5-3-4 3-5-3-4」という指使いも指示している。7．コルトー版と同じ指使いを示しているのは10．カゼッラ版、14．井口版、16．『ウィーン原典版』の校訂者の指使い、18．『ヘンレ版』の校訂者の指使い、である。</p>

<p>　第1小節目、第2小節目のフレーズは曲の中で何度も反復されるが、いずれの場合にもその後に続く音型が感情の方向を決めている。よって、むしろこの2小節は音の高さの上昇とその流れに必要な<i><b>cresc.</b></i> を伴いながらいかにレガートで弾くかということだけでなく、どのような音色で和音を打鍵するか、というこのエチュードが持つ練習曲としての最も重要な課題に、校訂者が指使いを決める要素が表れているといえる。楽譜を見ると一見単純に半音階のテクニックのみの練習にも見えるのだが、その半音階のうねりの中で様々な心の移り変わり、迷いがある。その一瞬一瞬の感情に必要な軽やかさや洗練された響き、美しく揃った音色の繋がりを表現する1つの手段として第3指と第5指の使用があるのではないだろうか。目的は徹底したレガートでの演奏であるが、コルトーの指使いには決して体重をかけ過ぎずに軽やかな打鍵をする、手の置き方そのものに美意識のようなものを感じずにはいられない。</p>

<p>　また本論の目的とは直接関わることではないが、一覧表において誤解が生じる可能性がある部分についてふれておく。この第4小節目は別の微妙な問題を持っているのだが、II．フランス初版の校正刷にはショパンにより2つの指使いが指示されており、1つはフランス初版にそのまま反映され、後の楽譜が使用している「3-4-3-4 3-4-3-4」の指使いである。ショパンは第4小節目のc音以降3つの音には「4-3-4」の上に「5-4-5」と書き込んでいる。しかしなぜかIV．フランス初版では第4小節目の1音目h音から3つの音に「5-4-5」と記載されているのである。そしてショパンは弟子の楽譜にもこの箇所については何も書き込んでいない。そのせいか、16．『ウィーン原典版』、18．『ヘンレ版』といった、比較的新しい原典版においてもこの指使いは反映されず、また校訂報告にも説明がない。原典版ではなくてもII．フランス初版の校正刷の存在自体にふれている楽譜はあるのだが、改善されないまま今日に至り、ようやく19．『ナショナル・エディション』によって指示されている。</p>


　
<a name="2-3"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>2.3　第15小節目から第18小節目</b></p>

<p>　第14小節目までは冒頭4小節が変化した音型が続き、第15小節目に至ると「ナポリ6」の和音が使われ、展開部への移行がうかがわれる。次にこの移行する箇所にあたる第15小節目から第18小節目を考察する。<br />
　第15小節目から2小節にわたって半音階が上昇し、下降するが、発想記号は<b><i>cresc.</i></b> のみ指示され、<i><b>dim.</b></i> は第16小節目に指示されている。音型自体は冒頭2小節と似ているが、音が異なるので当然ながら指使いも変化している。</p>

<p>譜例2　『ナショナル・エディション』第15小節目から第18小節目</p>


<img src="/seminar/images/tada_furei02.gif" alt="譜例２" width="650" height="400" class="b10">


<p>　第15小節目において、ショパンの指使いではfis音から「3-4 3-4-3-4」というように第3指と第4指を3回繰り返して頂点に達し、その後第5指と第4指を3回繰り返して下降するという、指が疲れやすいと思われる指使いの繰り返しが指示されている。h音からa音、gis音の3つの音に指示される「4-5-4」というショパンの指使いに対し、4．プュニョ版では「5-4-3」というように、頂点に第5指を指示してそのまま指の順番通りに下降するようになっている。同時に第3指と第4指の繰り返しを2回に減らすことにもなっている。この指使いは7．コルトー版以降、後に出版された楽譜のほとんどに影響を与えている。7．コルトー版はこの箇所以外にも、第15小節目2拍目d音に第5指、第16小節目1拍目4音目のfis音に第3指を指示している。前者は黒鍵を第3指で指示した後、ショパンの指使いである第4指よりも、第5指のほうが安定して受け継ぐことができ、また和音も打鍵しやすい。後者の場合では第3指で指を高い位置に保つことによって、その後の第5指へ引継ぎ、和音を打鍵する、というように、ここでも第3指と第5指を合理的に使うことによって、レガートと和音の安定を得ることができるといえる。前者と同じ指使いを指示している楽譜は13．クロイツァー版、14．井口版、16．『ウィーン原典版』、19．『ナショナル・エディション』、後者と同じ楽譜は9．ブルニョーリ版、16．『ウィーン原典版』、19．『ナショナル・エディション』である。</p>

<p>　一覧表からもわかるように、この箇所では多くの版が部分的に独自の指使いを生み出している。なぜこれほど指使いの多様性が見られるのであろうか。2小節の間に半音階が上昇し、下降するという意味では冒頭とそれほど大きく変わらない音型である。しかし、展開部の前兆として、大きな盛り上がりを見せる部分でもあり、ここで行われる<b><i>cresc.</b></i> が目指す先は<b><i>f</i></b>ではないが、これまでで最も大きな音を必要としている。曲のはじめから、ある意味で感情を内側に押し殺しているような印象を持つこの《エチュード》がようやく少し感情を表に見せ始めるという、心の移り変わりを感じさせる重要な部分となるからこそ、校訂者達はこだわった指使いを考察したといえるのではないだろうか。第15小節目の最高音であるh音とその前後の指使いが校訂者によって大きく違うのも、この箇所で表現するべき感情の幅に対する考え方の違いといえるのではないだろうか。感情の幅もまた指使いと密接な関連を持っている。</p>


<a name="2-4"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>2.4　第25小節目から第28小節目</b></p>
<p>　本節では、このエチュードの中で唯一「3．同じ指の連続」<a href="#c42" class="t3">[42]</a>が行われる箇所とその周辺を考察する。<br />
　「同じ指の連続」の考察の前に、その周辺について先に考察しておく。第25小節目、第26小節目において16．『ウィーン原典版』には 'facilitation'（簡易化）と記載された指使いが括弧書きで提案されている。これは本来右手で弾くはずの和音を左手で弾くことにより可能になる指使いであり、校訂者による独自の指使いであると思われる。第25小節目4拍目の「3-2」、第27小節目3拍目2音目の「5」は7．コルトー版から影響を受けている。その後の4音目の「5」、また第28小節目2拍目に括弧書きで指示される「3」バドゥラ＝スコダ独自によるもの、もしくは本論では入手できなかった楽譜からの影響、もしくは7．コルトー版がよく用いる第3指と第5指の合理的な使用、のいずれかであると思われる。16．『ウィーン原典版』の指使いは可能な限り楽にレガートすることを目指しており、手首の回転運動を伴って第25小節目と第26小節目を繋ぐような指示である。</p>


<p>　続いて「同じ指の連続」が行われるのは第26小節目1音目es音と次のd音である。それぞれには第5指が指示されている。指を滑らせてレガートを試みる方法であるが、他の楽曲においても用いられることの多いこの手法は、特にショパンの指使いの特徴として挙げられることが多い。にもかかわらずVII．ザレスカの楽譜にはd音と次のcis音に対して「4-3」と書き込み、7．コルトー版は「5-4」を指示している。結果として共に「5-4-3」の指使いとなる。ただし7．コルトー版は括弧書きでショパンの「5-5」の指使いにも配慮している。19．『ナショナル・エディション』は他の原典版と違い、ショパンの2種類の指使いと共に、VII．ザレスカの楽譜の指使いも反映させている。この箇所では校訂者の指使いであることを示すイタリック体でありながらショパンの指使いの横に括弧書きで記載するという、一見判断が難しい記載になっている。このように非常に「ショパン的である」といえるような指使いさえも弟子の時代から変更は行われていたことがわかる。また同時に、7．コルトー版は他の版が変更を行わないような箇所においても、ショパンの指使いには配慮しつつ、合理的な指使いを考察したといえるだろう。コルトーは「5-4」の指示の後、「3-5」を指示している。これまでにも述べたように、他の版と比べてコルトーの指使いは「3-5」もしくは「5-3」と指示されることが特に多い。この箇所についても、同様の考え方によって、速いパッセージでは危険も伴う指使いのため、下降する際の半音階に求められるレガート、またこの箇所に求められるｆ を表現しやすくしているといえる。</p>

<p style="padding-bottom:0px;">譜例3　『ナショナル・エディション』第25小節目から第28小節目</p>
<img src="/seminar/images/tada_furei03.gif" alt="譜例３" width="650" height="400" class="b10">





<a name="3-0"></a>
<h3>3　まとめと今後の課題</h3>

<p>　本論の目的は、現在も参考にされることが多いコルトー版の指使いにおける歴史的な位置付けと、コルトー版が後に出版された楽譜にどのような影響を与えたのか、を考察することであった。ショパン自身に起因する指使い、ショパンの弟子が使用した指使い、そして多くの校訂者によって楽譜に示された指使いの3つの角度から考察した。《エチュードop.10 No.2》には楽譜によって様々な指使いを見ることができた。ひとつの楽譜から複数の楽譜へと受け継がれると思われる指使いもあれば、たったひとりの校訂者だけが指示している指使いもある。また反対に、どう考えても1種類の指使いしか適応しない箇所もある。原典版においても校訂者は独自の指使いを楽譜に示しているように、指使いはそれぞれの校訂者が「最善である」と思われる数字を考察し、指示している。一覧表にしてわかったことであるが、ある新しい指使いが指示された後、まるで流れを変えたかのように、その指使いと同じ指使いをその版以降に出版されたいくつかの版と一致している場合がある。それぞれの楽譜が示す指使いは、決して無関係ではなく、その時代の共通認識や、時代の流れの中で受け継がれていくものを表しているといえるのではないだろうか。<br />
　本論ではコルトー版に見られる特徴的な指使いについて考察したが、第3指と第5指の合理的な使用をはじめ、多くの指使いは後のいくつかの版に大きな影響を与えたことがわかった。「2.1　校訂者たちの指使いに対する考え方」においてコルトー版から影響を受けた可能性があると推測した楽譜は、たいていの場合、コルトー版における特徴的な指使いを示す箇所において一致していた。<br />
　コルトー版の指使いは、後に出版された楽譜では目的に応じて選択され、使用されていると言っても過言ではないだろう。考察から得たコルトー版の特徴と歴史的な位置付けは次のようにまとめることができる。</p>


<table border="0" style="font-size:14px;"><tr>
<td>
<tr><td class="vt">1．</td><td>20世紀はじめから中頃に出版されたプュニョ版、フリードハイム版、ブルニョーリ版等と共に、独自の指使いを多く指示している楽譜のひとつである。同じ時期に出版された楽譜と同様に、ショパンの指使いと校訂者の指使いを明確に区別していない。</td></tr>
<tr><td class="vt">2．</td><td>ショパンの指使いを明確に区別しないながらも配慮は見られ、ショパンの意図も反映されるように努力している。またショパンの弟子の指使いと一致している箇所がある。</td></tr>
<tr><td class="vt">3．</td><td>ショパンの半音階における特徴である黒鍵に第3指を置く指使いについて、「筋肉の自立性が高くなる指の位置を保てる」ことを優先し、独自の指使いを指示した。その指使いは後の版に影響を与えている。</td></tr>
<tr><td class="vt">4．</td><td>コルトー版の指使いは第3指と第5指の使用方法が特徴的である。その使用はコルトー版以降、急激に増加している。</td></tr>
<tr><td class="vt">5．</td><td>コルトー版によってはじめて変更された指使いは、カゼッラ版、井口版、『ウィーン原典版』に明らかに影響を与え、フリードハイム版やクロイツァー版、そして『ナショナル・エディション』におけるエキエルの指使いとも一致する場合が多い。</td></tr></table>

<p>　それぞれの楽譜に指示される指使いはいかにレガートするか、というテクニックの問題だけではなく、手の置き方に対する美意識、感情の表現方法など、校訂者により様々なこだわりが示されていたことがわかる。合理的な指使いでレガートを可能にすることにより、同時に楽譜に示される発想記号の要求にも応えることが可能となるが、多くの楽譜で指示される指使いの数字は合理性だけではない。様々な校訂者の作品に対する感じ方や感情もまた表現し、主張している。だからこそ後の版に影響を与えるのである。『ウィーン原典版』や『ナショナル・エディション』に示される校訂者による指使いが、結局は多くの楽譜のいずれかに見つけることが出来ることは、その事実を物語っているといえる。現在もコルトー版が多く使用される理由は様々であるが、多くの版に影響を与え、淘汰されずに依然として使用されている、という事実が重要なのではないだろうか。原典版の時代でありながら、校訂者の意見がこれほど前に押し出されている楽譜が厳然と存在すること自体が「どのように用いるか」という課題を示す良い例であるといえる。ショパンの弟子、ザレスカの楽譜に示された指使いからわかるように、作品が存在した時点から、すでに指使いの歴史は始まっているのである。演奏者は楽譜を参考にしつつ、自分の手に合った指使いを自分自身で作り出す可能性を持っているのだ。<br />
　ショパンに起因する指使いの事情は作品によって異なる。例えば本論で考察した《エチュード op.10 No.2》はフランス初版の校正刷りが重要な資料となったが、《エチュード op.10》の残りの11曲にはフランス初版の校正刷りがない。また、他の曲では弟子の楽譜に書き込みがある場合もある。さらに本論で考察した20種類の楽譜がどのような傾向を示すかも作品によって異なる可能性がある。本論において得た結論は、あくまで《エチュード op.10 No.2》における考察であり、ショパンの《エチュード》全般におけるコルトー版の歴史的な位置付けとして普遍性を持たせることは出来ない。今後の課題は、《エチュード op.10》の残りの11曲や、さらに他のジャンルの作品を具体的に考察し、繰り返し進めることによって、コルトー版に指示される指使いの特徴と歴史的な位置付けを明確にすることである。</p><br />

<a name="chui"></a>
<h3>＜注＞</h3>
<p style="font-size:13px;">
<a name="c1"></a>[1]現在も広く使用されている『ショパン全集』は出版後、新資料が発見されるなど、現在では原典版とは言い難いという意見も多い。<br />
<a name="c2"></a>[2]原典版として有名な『ヘンレ版』は、ショパン作品においては原典版の割に加筆があることや、校訂報告が詳細ではないことがよく指摘されている。<br />
<a name="c3"></a>[3]《エチュード》は2007年11月現在、未刊行。<br />
<a name="c4"></a>[4]John Rink; Jim Samson; Jean-Jacques Eigeldinger:<i>'NOTES ON EDITORIAL METHOD AND PRACTICE'in The Complete Chopin, A New Critical Edition BALLADES</i> , London,  Edition Peters, 2006, p.59<br />
<a name="c5"></a>[5]J&oacute;zef Micha&#322; Chomi&#324;ski;Teresa Dalila Tur&#322;o:<i>Katalog Dzie&#322; Fryderyka Chopina, Krakow ,Polskie Wydawnictwo Muzyczne,</i>1990,pp.252-324<br />
<a name="c6"></a>[6]香川正人：『ピアノ奏法における実用的運指法の可能性』東京、1991、日本私学教育研究所紀要、p.249<br />
<a name="c7"></a>[7]多田純一：『ショパン作曲《エチュード op.10》の合理的な練習方法に関する一考察~アルフレッド・コルトーのピアノメトード《ピアノテクニックの合理的原理》を基にして~』奈良　[奈良教育大学　修士論文]、2003、p.158<br />
<a name="c8"></a>[8]加藤一郎：『ショパンのピアニスム』東京、音楽之友社、2004、pp.31-63<br />
<a name="c9"></a>[9]多田純一：『アルフレッド・コルトー版に見られる指使いに関する一考察~ショパン作品の場合~』東京、2006、日本ピアノ教育連盟紀要22号、pp.95-96<br />
<a name="c10"></a>[10]ただしコルトーが指示する指使いが他の版と比べて最も合理的であるとか、正しいという考え方ではなく、数ある楽譜の中の1つとしてコルトーの指使いの特徴を考察する。<br />


<a name="c11"></a>[11]Alfred Cortot:<i>Aspects de CHOPIN</i>, &Eacute;ditions Albin Michel,Paris,1980,pp.42-43（初出 1949）<br />

<a name="c12"></a>[12]<i>Alfred Cortot: &Eacute;ditions de Travail des Oeuvres de Chopin 12 &Eacute;tudes Op.10,</i> Paris, Editions Salabert, 1975, p.6 （初出1915）<br />
<a name="c13"></a>[13]Cortot：前掲書、p.63　アルフレッド・コルトー　八田惇訳・校閲：『ショパン・エチュード作品10』、東京、全音楽譜出版社、2001、p.63<br />
<a name="c14"></a>[14]Bernard Gavoty:<i>Alfred Cortot</i> ,Paris, &Eacute;ditions Buchet/Chastel,1995,p.287（初出1977）<br />
<a name="c15"></a>[15]J&oacute;zef Micha&#322; Chomi&#324;ski;Teresa Dalila:前掲書 p.84<br />
<a name="c16"></a>[16]Jan Ekier; Pawe&#322; Kami&#324;ski:<i>'Performance Commentary'and'Souce Commentary<br />(adridged)'in Ekier ed.Chopin Etudes,National Edition,</i> Warsaw, Polskie Wydawnictwo Muzyczne,2000, pp.8-9 本論1.2および1.3における『ナショナル・エディション』に関する記述は、すべて<i>'Performance Commentary'and'Souce Commentary (adridged)'</i>による。<br />
<a name="c17"></a>[17]版によってはショパンが2種類の指使いを提示している箇所において１種類の指使いのみを採用している場合もある。<br />
<a name="c18"></a>[18]Paul Badura-Skoda ：<i>Chopin Etudes Op.10</i> , Wien , Wiener Urtext Edition/Universal Edition, Musikverlag Ges.m.b.H & Co.,K.G, 2005, pp.11-14（初出1973）<br />
<a name="c19"></a>[19]J&oacute;zef Micha&#322; Chomi&#324;ski;Teresa Dalila:前掲書 p.25<br />
<a name="c20"></a>[20]Jean-Jacqurs Eigeldinger:<i>Chopin vu par ses &eacute;l&egrave;ves,</i> Fayard, Paris, 2006, pp245-303<br />ジャン＝ジャック・エーゲルディンゲル、米谷治郎／中島弘二訳：『弟子から見たショパン　増補・改訂版』、東京、2005、音楽之友社<br />
<a name="c21"></a>[21]Cortot：前掲書、p.14　コルトー：前掲書、p.14<br />
<a name="c22"></a>[22]<i>Oeuvres de Fr.Chopin. Revues, doigt&eacute;es et soigneusement corrig&eacute;es d'apr&egrave;s les &eacute;ditions de Paris, Londres, Bruxelles, et Leipsic par Charles KLINDWORTH 1873-1876</i> ,  Moskwa, P.JURDENSONのリプリント版を使用。本論1.4における使用楽譜の詳細についてはカタログ1990を参考にした。<br />
<a name="c23"></a>[23]<i>Chopin Complete works for the piano.Book VIII ETUDES.</i> 1879 Leipzig,Kistnerのリプリント版を使用。<br />
<a name="c24"></a>[24]リプリント版であるがcopyright等の記載がないためプレートナンバーを記す。 U.E.347.1582を使用。<br />
<a name="c25"></a>[25]表紙にReprintと記載されているものを使用。&copy;BMG RICORDI MUSIC PUBLISGING<br />
<a name="c26"></a>[26]1974年にリニューアルされた版を使用。<br />
<a name="c27"></a>[27]1976年にリニューアルされた版を使用。<br />
<a name="c28"></a>[28]<i>Fryderyk Chopin Dzie&#322;a Wszystkie II Etiudy Na Fortepiano,</i> Krakow,Polskie Wydawnictwo Muzyczne　&copy;1949　の日本語版を使用。1992年に株式会社アーツ出版より出版された。　<br />
<a name="c29"></a>[29]『ショパン・ピアノ全集エチュード』、東京龍吟社音楽部のリプリント版を使用。<br />
<a name="c30"></a>[30]Arthur Freidheim: Introductory in Fr&eacute;deric Chopin Etudes For the Piano , New York:G.Schirmer,1916,p.1<br />
<a name="c31"></a>[31]Alfredo Casella :<i>Preface in Chopin Studi Per Pianoforte, Revisione Critico-Tecnica di Alfredo Casella</i> , Milano: Curci, 1946, p.4　括弧内は筆写による。<br />
<a name="c32"></a>[32]ルドヴィク・ブロナルスキ、ユゼフ・トゥルチヌスキ、寺田兼文訳：『ショパン全集』II、東京：財団法人ジェスク音楽文化振興会、株式会社アーツ出版、1992、p.164（初出1949）<br />
<a name="c33"></a>[33]野村光一による『解説』は井口版第8刷、1970年発行の楽譜を参考にした。<br />
<a name="c34"></a>[34]井口基成：『わがピアノ、わが人生』、東京、芸術現代社、1977、pp.168-169<br />
<a name="c35"></a>[35]Paul Badura-Skoda:<i>Preface in, Chopin Etudes Op.10</i> , Wien, Wiener Urtext Edition/Universal Edition Musikverlag Ges.m.b.H & Co.,K.G, 2005, p.X<br />
<a name="c36"></a>[36]山崎孝：『ショパン　エテュード集　作品10』、東京、全音楽譜出版社、1979、p.17<br />
<a name="c37"></a>[37]Ewald Zimmermann:<i>Preface in, Fr&eacute;d&eacute;ric Chopin Et&uuml;den URTEXT</i> , Nach Eigenschriften Abschriften und Erstausgaben Herausgegeben von Ewald Zimmermann, Fingersatz von Hermann Keller, M&uuml;nchen: G.Henle Verlag, 1983, p.VIII<br />
<a name="c38"></a>[38]Jan Ekier, Pawe&#322; Kami&#324;ski:前掲書,p.3<br />
<a name="c39"></a>[39]東貴良：『ショパン　エチュード集　作品10、作品25、3つの新しいエチュード』、東京、音楽之友社、2006、p.4<br />
<a name="c40"></a>[40]加藤：前掲書 p.38<br />
<a name="c41"></a>[41]Cortot：前掲書、p.14　コルトー：前掲書、p.14<br />
<a name="c42"></a>[42]加藤によりまとめられた5つの特徴の3つ目にあたる。
</p>
<br />
<a name="kanmatsusiryo"></a>
<h3>巻末資料</h3>
<p><a href="/seminar/docs/tada_yubidukai01.pdf">《エチュード op.10 No.2》指使い一覧表</a>（PDFファイル）</p>]]>
        
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    <title>2002年度採用レポート／元吉ひろみ</title>
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    <published>2002-04-01T05:19:00Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:19:34Z</updated>

    <summary> 長寿社会に求められている音楽教育　高齢期に適したピアノ指導 元吉ひろみ ＜目次...</summary>
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<div class="title"><span style="font-size:16px;">長寿社会に求められている音楽教育</span>　高齢期に適したピアノ指導</div>
<p>元吉ひろみ</p>

<p style="padding-bottom:0px;"><strong>＜目次＞</strong></p>

<dl>
<dt><a href="#0">はじめに </a></dt>
<dt><a href="#1">第1章 エイジングの視点から考える指導要素</a></dt>
<dd><a href="#1-1">1...筋肉・末梢神経</a></dd>
<dd><a href="#1-2">2...感覚器</a></dd>
<dd><a href="#1-3">3...脳・神経系</a> </dd>
<dd><a href="#1-4">4...精神・心理</a> </dd>
<dt><a href="#2">第2章 メリット・アドバンテージ</a> </dt>
<dt><a href="#3">第3章 指導要素と効果</a> </dt>
<dt><a href="#4">第4章 事例から</a> </dt>
<dd><a href="#4-1">1...実践にあたって</a> </dd>
<dd><a href="#4-2">2...実践方法</a> </dd>
<dd><a href="#4-3">3...実践結果</a> </dd>
<dt><a href="#5">第5章 高齢期の音楽教育</a> </dt>
<dt><a href="#6">第6章 まとめ</a> </dt>
</dl>
<hr size="1" noshade>
<br />




<a name="0"></a>
<h3>はじめに</h3>

<p style="font-size:14px;">超高齢化社会の到来。2007年には、５人に１人が高齢者。2050年には３人に１人。と言われ21世紀の幕は開けた。平均寿命も世界のトップ。しかし、単に長く生き延びていることより、問題はその生き方の質、精神的にいかに豊かであるかということこそ重要なのではないだろうか。<br />
　もしピアノで精神的に豊かな人生になるなら、総人口の３分の１も占める高齢者の人生の質が高まるなら、音楽指導者としては嬉しい限りであり、時代の要請に応えたいものである。<br />
　高齢期の人達に少しでも良い指導が出来るように、色々な指導法の勉強をしたいと思う。しかし、「幼児期の音楽教育」を学ぶ学科を設置する音楽大学も多く、幼児期の特性を考慮した素晴らしいメソードが何種も開発されているのに比べ、高齢期の特性を生かしたピアノ教育の研究はまだあまりなされていないのが現状である。そこで私は高齢期に適した音楽教育はどのようなものか、またどのようなピアノ指導が求められているかを、多角的な視点から考えてみたいと思う。<br />
　「一体、何が出来て何が出来ないのか？」「高齢期でピアノを弾くことの限界と可能性」を教師はしっかりと把握した上で指導するべきと思い、第１章では生物学的エイジングとピアノ学習に必要な要素を照らし合わせ検討したい。第２章・第３章ではこの年齢ならではの利点、この年齢でしか得ることの出来ない効能などのプラス面に目を向ける。第４章で３つの事例をとりあげ、第５章で高齢期の音楽教育について考察する。<br />
　そしてこれからの長寿社会で、我々ピアノ指導者が一人でも多くの方に貢献できる日、一人でも多くの方にピアノの喜びを感じて頂く援助が出来る日への１ステップとなれば幸いである。<br />
　なお、高齢者と言っても、若い頃から継続してきて、80歳代・90歳代になってもなお緻密な演奏をする素晴らしい例も数多いが、本研究では、高齢期になって初めて鍵盤演奏を習い始めるまったくの「初心者」に対象を限定する。</p>

<p style="font-size:14px;">《高齢期の定義》<br />
　生物学的・心理学的・社会学的な能力にかかわる個人の機能的年齢に、理論的には対応しているが、通常、暦年齢で60~65歳の期間に、ほとんどの人が、生物学的・心理学的エイジングの兆候を示し始めるため、高齢期の始まり（境界年齢）に60歳か65歳を選ぶ学者が多い。<br />
　ピアノ学習を始める事と、退職により自分の時間が出来た事との関連を意識し、60歳退職の職場が多いことから、本稿では60歳以上を高齢期と定義する。</p>

<p style="font-size:14px;">《エイジング（aging, ageing）の定義》　<br />
　生命体は、年齢（時間軸）とともに生理的・機能的・形態学的な変化を示すが、生物完成体にある程度達した後にくる比較的規則的な変化の過程を、エイジングと定義する。加齢・老化・老齢化・高齢化などとも言われる。衰退を連想するネガティブな意味だけでなく、ワインの熟成など向上状態への移行もエイジングと言い、むしろ芳醇な味わいなどの好ましい状態への移行を意味するように、ポジティブな意味を人間に当てはめることも可能であろう。</p><br />

<a name="1"></a>
<p style="color:cc00cc;"><b>第1章 エイジングの視点から考える指導要素</b></p>

<a name="1-1"></a>
<p style="font-size:14px;"><b>1.筋肉・末梢神経</b></p>


<span class="t2">手の筋肉</span><br /><br />
<p>筋力は成人期以降、加齢により低下する。<br />
Vandervoort (1986）は<br />
　　60歳代・70歳代・・・・・若年成人の20~40％低下<br />
　　80歳以上・・・・・・・・若年成人の50％以上も低下　と報告している。<br />
高齢者の筋力低下は、筋肉量の減少が重要な因子である。25歳以降、筋繊維数も減少しているし、各々の筋繊維も萎縮している。 </p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-1-1.gif" width="200" height="176"><br />
<p style="font-size:13px;color:#996699;">図表1-1-1　加齢による骨格筋の減少<br />
43人の健康な男子15歳~83歳　(M.Sjostrom,1988改変)</td></tr></table></p>

<p>手の筋力が、年齢と曲線的関係となり、握力とピンチ力は、20歳で最も強くそれ以降は徐々に低下するとの報告がある。</p>

<table style="color:#996699">
<td class="ct">
<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-1-2.gif"><br />
図表1-1-2　握力（日丸ら、1991）
</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_a.gif" width="150" height="145">
</td></tr></table>


<p>⇒「手のひらと指とを結ぶ筋肉が、物を握ったりつかんだりした時に緊張する。この指の筋肉（図Ａ）と第３指関節を活発に使って打鍵することで、しっかりとした響きの、良い音が鳴らせる。」と永冨(14)は述べているが、この筋力は加齢とともに徐々に低下している。</p><br />

<span class="t2">指を動かす速さ</span><br /><br />
<p>ヒトの骨格筋は、遅筋に相当するTypeIと速筋に相当するTypeIIに分けられるが、加齢による影響の受け方が違う。<br />
　　　・TypeI（遅筋）・・・年齢の影響をあまり受けない。<br />　
　　　・TypeII（速筋）・・・60歳以上になると細く萎縮してしまうものが多い。</p>



<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-1-3.gif" width="350" height="135">
<div class="cap_i">図表1-1-3　ヒト骨格筋のタイプ別繊維数と直径　（Tomonaga　1977）</div>


<p>⇒指を速く動かす筋肉をTypeII（速筋）、指の動きをゆっくりとコントロールしたり保持する筋肉をTypeI（遅筋）と考えるならば、次のようなことが言える。<br />
・高齢者はTypeII（速筋）の直径も細くなり数も減少しているため、速く指を動かすことは若年者より難しい。
・しかし、テンポがゆっくりの曲に関しては、高齢者も若年者になんら生理的ハンディを感じることなく自分で思うような魅力ある演奏をすることが出来る。</p>


<span class="t2">指の巧緻性</span><br /><br />

<p>成人期以降は、加齢により、手指の巧緻性は低下する。たとえば、小さな対象物の操作に要する時間は、70歳では若年者より25~40％増加する。多くの高齢者は、細かな作業時、過大な力を入れている。<br />
　巧緻性の低下の原因は、神経再支配により、神経支配比の大きな運動単位が相対的に増加すること、弱収縮時に運動単位の放電頻度が不安定になることなどが考えられている。<br />
　また、加齢により筋収縮と筋弛緩にかかる時間が延長するとの報告も多い。 </p>
<p>⇒順番に隣の指を動かせばよい順次進行のような単純な音の動きは比較的容易に弾けるが、音が３度４度と離れていたり、上昇と下降が入り混じったような複雑な動きをすることは、若年者より困難度が高く、打鍵に時間を要したり（もたついたり）、より多くの練習が必要。</p>
<p>⇒また、高齢者がそのような難しい指の動きをする場合、過大な力が入りやすい。</p><br />


<span class="t2">指を鍛える効果</span><br /><br />

<p>筋力の低下は、活動能力を低下させる。活動能力の低下は廃用性の筋萎縮の原因となる。それは悪循環で筋力の低下につながる。ということもあり、高齢者の筋力トレーニングの効果の研究は多い。それらの研究のすべてで、程度の差こそあれ、ベースラインに比べて優位に、筋力は増加している。<br />
　特に筋力が弱いとされる女性でさえ下表のごとくトレーニングの効果が認められる。</p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-1-4.gif" width="250" height="185">
<div class="cap_i">図表1-1-4　高齢女性における筋力トレーニングの効果<br />(Forester Burns SB: J Women Aging 1999)</div>

<p>15秒間に何回打鍵できるかを測った結果、個人差はあるものの確実に進歩することが解った。その変化はどの年齢層においても認められた。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-1-5.gif" width="350" height="156">
<div class="cap_i">図表1-1-5　高齢者の打鍵回数の変化（左4-5指）<br />
15秒間にトリル出来た回数の平均値（ｎ＝15）（元吉：2002）</div>

<p>⇒指を鍛えれば（適度な時間、適度な内容の練習をすれば）、指の筋力も増加して、習い始めた頃よりもっと速くもっと巧みに動くようになる。<br />
⇒適度に指を動かして練習することで、指の筋力は増加する。そのことは打鍵能力を向上させる。そして廃用性の筋萎縮の予防にもなる。</p><br />

<a name="1-2"></a>
<p style="font-size:14px;"><b>2.感覚器</b></p>

<span class="t2">聴覚</span><br /><br />

<p>加齢より聞こえが悪くなる。日常生活に不自由をきたすほど聴力低下している人の割合は、60歳以上で約３人に１人、80歳代で約半数にもなる。<br />
　難聴においてしばしばある誤解は、全ての音が小さくなり、聞き取りにくくなると思われる事である。老人性難聴の一般的特徴は、低周波数よりも高周波数の音の知覚喪失が大きいことである。（特に女子より男子において顕著）<br />
　しかし時には、音量斬増の現象が起き、高周波数の音は普通の強度よりも大きく知覚され、しばしば痛みを感じ、また歪んで知覚されることもある。Crandall(1980)は、「老人性難聴で苦しむ人と対話する最も良い方法は皮肉にも『ささやくこと』かもしれない。」と言う。ささやき声は声のトーンを低くし、音量斬増に伴い生じる痛みを軽くする。<br />
　そしてMarsh(1980）は次のように言っている。「正常な高齢者であっても同様に、聴覚の他の衰えが見られ、『ピッチ識別』や『音源の方向を見分ける能力』が損なわれる。」</p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-2-1.gif" width="200" height="160">
<div class="cap_i">図表1-2-1　聴力の経年変化<br />
20歳の平均聴力を０dBとする。（看護MOOK　No.32　）</div>

<p>⇒難聴のため、実際に出ている音量と、本人が感じている音量に差がある可能性がある。つまり本人が出しているつもりの音量より、大きな音が出ている可能性がある。<br />
⇒ピアノの音域(28~4186Hz)のうち、低音域より高音域の方が聴こえづらい可能性が多い。<br />
⇒メロディーや和音の聴音・聴奏は、ピッチ識別能力が低下しているため、若年層より困難度が増すと思われる。</p>



<span class="t2">視覚</span><br /><br />


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-2-2.gif" width="200" height="167">
<div class="cap_i">図表1-2-2　視力の年齢変化（出所　松本1980）</div>

<p>
・加齢に伴い焦点調節能力が衰え近方視力が低下する。（湖崎 1989）<br />
・遠方視力の低下は近方視力より遅く、平均して60歳くらいから顕著になる。（松本1980）<br />
・暗順応（低レベルの光の状態での調節）においての割合は年齢とともに低下。（Domey他1960）<br />
・まぶしい光からの回復力も減少する。（Carter 1982）<br />
・視覚刺激を処理することが遅くなる。つまり正確に見分けるために、より時間をかけて見る必要がある。(Moscovitch 1982)<br />
・視野が狭くなる。（湖崎 1989）</p>

<p>以上のことから次のように考えられる。</p> 

<p>⇒五線譜の中の音符を正確に見分けるのに、若年齢者より時間がかかる。<br />
⇒音符の小さな楽譜や、フォントの小さい教材を読むのは、困難を要する。また、その困難さは教室の照度によってもかなり差がある。<br />
⇒ステージ演奏の場合、出演者に明るいスポットライトを当て、演奏が始まると同時に薄暗くして雰囲気を出すこともよくあるが、高齢者の場合は視覚機能がうまく順応出来ない可能性が考えられる。</p>


<span class="t2">触覚</span><br /><br />

<p>触覚は65歳を過ぎて鈍化していく。高齢者のほうが若年齢者より触覚閾は高く、感知するのに、より大きな刺激を必要とする。つまり高齢になるほど微かな刺激を感知しづらい。触覚の感受性低下は皮膚の弾力性低下や、触覚の感受に重要なマイスナー小体の加齢変化による萎縮に基づくと考えられる。</p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-2-3.gif" width="200" height="184">
<div class="cap_i">図表1-2-3　指の触覚閾値およびマイスナー小体の密度の加齢変化（Thornbury とMistretta, 1981）</div>

<p>⇒指が一つ隣の鍵盤を弾く場合、目で鍵盤を見なくとも、通常は指先の触覚だけで容易に弾ける。が、指先の触覚が鈍化している高齢者の場合、それが困難な人がいる可能性も考えられる。また困難な為にいちいち鍵盤を見て弾く人が多い可能性も考えられる。</p><br />

<div class="hp" style="padding-bottom:20px;">

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-3-1.gif" width="150" height="197" class="left">
<div class="cap_i">図表1-3-1動作のスピードの年齢による変化（Welford,1982の表7.2の一部をグラフ化）<br />
タッピング：約5cm離れた約4cm幅の標的を交互にたたいた場合、書字：数字を書いた場合の1字あたりの時間<br>
単純な動作より複雑なものの方が老化に伴うスピードの低下が著しい。</div>
</div>

<a name="1-3"></a>
<p><b>3.脳・神経系</b></a></p>

<span class="t2">動作スピード</span><br /><br />

<p>タッピングのように「道具を使っての、単純な反復動作」より、書字のような「自らの指を使っての、ある程度の判断を伴うような動作」の方が、老化に伴う変化が著しい。 <br />
⇒ピアノの正しい鍵盤を自らの指で弾くという動作、しかも強弱・タッチ・ニュアンスなどを微妙に意識しての打鍵というのは、後者の「ある程度の判断を伴うような動作」に該当し、よって老化に伴い「指を速く動かすスピード」の衰えは著しいと思われる。</p>



<span class="t2">左右の手の違う動きの巧緻性</span><br /><br />

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-3-2.gif" width="130" height="186">
<div class="cap_i">図表1-3-2　高齢者におけるバランス調節反応の障害（Woollacott ら,1982）</div>

<p>起立している床の右脚側が上方に、左脚側が下方に急に移動し体を側方に傾けたときに右の前脛骨筋と左緋腹筋に出現する長潜時反射の潜時。若年齢者群ではこれら両筋の反応がほぼ同時に起こってうまくバランスを保っているが、高齢者群では反射性の反応の起こる時間がずれてしまっている。</p>

<p>・若齢者―――２つの情報に対し、ほぼ同時に各々の筋に反応が現れ、うまくバランスをとれる。<br />
・高齢者―――各々の筋が反応するのに時間的ずれが生じる→そのため各々の筋の協調運動が乱れてしまう。<br />
筋肉間の協調関係の乱れが、高齢者の運動の巧緻性の低下を引き起こしていると考えられる。 ⇒左右の手が同時に同じリズムを打つ。左右の手が同じメロディーを弾く。というのではなく、「左右の手が違う動き・違うリズムで弾くこと」が、若年齢層に比べ難しい。<br />
⇒「左右の手のコンビネーション」だけでなく、ペダルを使用する場合は、手と足の微妙なコンビネーションも若年者に比べ難しいと思われる。</p>


<span class="t2">反応時間</span><br /><br />


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-3-3.gif" width="230" height="149">
<div class="cap_i">図表1-3-3　40~70代における全身反応時間の変化（長寿医療研究センター老化縦断研究）</div>


<p>加齢により、神経接合部（神経終末）とシナプスにおいて伝達時間が延長すると考えられる。また筋収縮時間も長くなり、高齢者の敏捷性はかなり落ちる。（20歳代に比べ、約半分。）高齢者が、情報に対して「咄嗟に」「パッと反応する」ことが非常に難しい所以である。 <br />
⇒楽譜から情報を読み「この音を弾こう。」「この指を動かそう。」と思う。<br />
→それから指が実際に動くまでの時間が、高齢になるほど長くなるということが解る。<br />
⇒何度も何度も繰返し練習をして「慣れ」になってしまえば別だが、楽譜から読み取った情報をその場で咄嗟に初見でなめらかに弾くことが、若年齢層より難しいと思われる。<br />
⇒またレッスンで習ったことを、「時間」や「期間」をじっくりかければ出来るかもしれないが、その場ですぐに実行することは若齢層よりも難しいと思われる。</p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-3-4.gif" width="200" height="155">
<div class="cap_i">図表1-3-4　音刺激に対する反応時間の年齢的変化（Koga,Y.&Morant,G.M.,1923）</div>

<p>⇒メトロノーム・自動伴奏に咄嗟に合わせることが若年齢層より困難だということが解る。<br />
⇒また、連弾やアンサンブルなどで、相手の音を聴いて「咄嗟に合わせる」「即興でセッションする」というようなことが若年齢層より難しいと思われる。</p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-3-6.gif" width="116" height="150">
<div class="cap_i">図表1-3-6　視覚による単純反応時間の年齢的変化（平井俊策1973のデータより元吉が作成）</div>

<p>⇒音符を読む→ドと認識→指が動く<br />
　という一連の流れのスピードが、高齢になるほど遅いということが解る。よって楽譜を見てその場で咄嗟に反応しなければならない「初見演奏」が、若年齢層に比べ苦手、またはテンポがゆっくりになると思われる。</p>
<br />

<a name="1-4"></a>
<p><b>4. 精神・心理</b></p>

<span class="t2">知的能力</span><br /><br />

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-4-1.gif" width="180" height="159">
<div class="cap_i">図表1-4-1　知能の年齢的変化（知能テスト得点による比較）</div>

<p>知能は加齢に伴い低下すると言われている。Jones and Kaplan(1947)は、知能は20歳代で最高に達し、その後は徐々に低下し、<br />　　　　　
　　　　　50歳では約10％低下する（16歳程度）<br />
　　　　　60歳では約20％低下する（12歳程度）<br />
　　　　　70歳では約30％低下する（10歳程度）としている。 <br />
しかし、知能機能は、加齢に伴い一様にしかも均等に衰えるのではない。<br />
R.B.キャテルは、脳の機能のうち次のような２つに分けるべきことを示した。（図表1-4-2）<br />
・流動性知能（個々人に生得的に備わった一群の知的能力。視覚・抽象的関係やパターンの使用に関係している。）<br />
・結晶的能力（判断や問題解決のために、蓄積された情報の全体を利用する能力）</p>



<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-4-2.gif" width="230" height="206">
<div class="cap_i">図表1-4-2　結晶性能力と運動性能力の加齢変化（キャテル1945）</div>

<p>
⇒図表1-4-2の能力を、ピアノ指導要素に当てはめると次のようになるかと思う。<br />
《加齢とともに衰える流動的能力》<br />
　　　*知覚速度→耳での聴音・目での読譜・鍵盤を触る指の知覚<br />
　　　*記憶スパン→暗譜能力<br />
　　　*図形的推理→図形的にメロディーパターンやゼクエンツを探す楽曲分析能力。<br />
　　　　　　　　　 五線上の音符をすばやく認識する能力<br />
　　　*推理→前後の流れやコード進行から次にくるであろう音を推理<br />
《どちらにも属さない能力》<br />
　　　*書字速度→指を動かして打鍵する能力<br />
《年齢とともに発達していく結晶的能力》<br />
　 *言語理解→歌唱曲の歌詞を理解しての演奏能力・歌を作る能力<br />
　　　　　　　 音楽を万国共通語と考えれば、音楽を理解する能力は結晶的能力であり、年齢とともに発達。</p>

<p>結晶的能力は知的経験を通して磨かれていく能力である。老年期に達して、なお長く豊かな知能を維持するためには、人生後半における知的活動の持続と、それに伴う経験の蓄積があることが必須条件であろう。 <br />
⇒「楽譜を読み、どのような音・どのようなタッチ・どのようなニュアンスが適切か等を考え、適切な指を動かして、ピアノを弾く」という知的活動を継続しその経験を蓄積することで、知能は磨かれ、また、長く豊かな知能を維持することにつながる。</p>

<span class="t2">記憶力</span><br /><br />

<p>　記憶は加齢に特に敏感で、衰えやすい機能である。中枢神経機能との結びつきが密接で あるだけに、脳の老化の直接的影響を受けやすいためと考えられる。<br />
　ただし、高齢者でも「有意味つづり」は若年者同様、容易に記憶・学習できる。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-4-3.gif" width="300" height="116">
<div class="cap_i">図表1-4-3　記憶内容と年齢別記憶力（ルッチ1934）</div>

<p>やみくもに丸暗記するより、和音進行や音楽理論を理解して覚える・歌詞と関連づけるなどして覚えれば、若年層との差は小さい。<br />
⇒音楽に関する新しい知識も、単に説明するだけでなく、何故そうなるか？という理由・その曲の時代背景なども一緒に話す方が、高齢者の記憶により残りやすい。 <br />
　　*古い記憶（身近な情報...年齢・出身地・生活用品など）<br />
　　*直接記憶（新規記憶の情報...文章の復唱・その場で提示された絵の認知など）<br />
の二種類の記憶に、15歳ごろは、大きな差は無い。が、35歳頃から徐々に差が出る。つまり、加齢による記憶能力の衰えは、直接記憶が著しい。</p>



<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-4-4.gif" width="200" height="124">
<div class="cap_i">図表1-4-4　年齢と記憶（シャコウ）</div>

<p>⇒レッスンで初めて知る「新しい曲」よりも、子供の頃に歌って「知っていた曲」・若い頃に聴いた「馴染みのある曲」の方が、記憶しやすい。 </p>

<p>聴覚提示によるよりも、視覚提示における記憶の方が、年齢差が大きい。つまり、高齢者は、聴覚的に提示される場合の方が、情報が保持されやすい。 </p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-4-5.gif" width="300" height="101">
<div class="cap_i">図表1-4-5　記憶保持の実験（D.アレンバーグ）</div>

<p>
⇒教材に書かれた字を読むよりも、教師が発する声を聞いた方が記憶に残りやすい。<br />
⇒耳から聴いたメロディーは記憶に残りやすい。<br />
⇒声に出して歌った方が記憶力は増大する。能動的に音名唱することは、記憶する上でも大切と思われる。<br />
⇒視覚的にも楽譜を見て、聴覚的にも音を聴いて、声に出して音名唱をし、自らの手で能動的に弾いて...色々な機能をフル活用するのが最も記憶できると思われる。</p>

<span class="t2">学習能力</span><br /><br />

<p>45歳を過ぎると、学習能力は急速に低下する。加齢に伴い、身体や精神機能が衰えるため、新しい興味（関心）は失われがちになり、高齢者の学習能力は低下するのが一般的と言われている。 <br />
しかし、身近な物や興味（関心）あるものを学習した場合、高齢者も学習能力は高まる。<br />
⇒過去に歌ったり聴いたりして馴染みのある曲・親しみのある曲・身近で興味ある曲の方が、学習効果が高まる。</p>

<p>また、高齢者の多くは抽象的・理論的なものに対する興味を失い、未来より過去に関心が向くと言われている。<br />
⇒理論的なものより、心に直接はたらきかける音楽は、高齢者の興味（関心）の対象になりやすい。<br />
反復練習をすることにより、学習能力はさらに向上する。 <br />
⇒やはり何度も反復練習することが大切であり、「自分のために時間を使える年代」である高齢者は時間確保が可能なので学習効果は向上すると思われる。</p>

<span class="t2">感情</span><br /><br />

<p>《高齢期と不安感情》<br />
高齢期は、数々の喪失を経験し、一生で最も不安な時代といえる。<br />
【高齢期の４つの喪失】（長谷川和夫）<br />
（１）肉体的・精神的な「健康」の喪失（高齢期は絶えず死と直面しているので不安）<br />
（２）「経済的自立」の喪失<br />
（３）家族や社会との「人間関係」の喪失（退職・配偶者の死・友人知人との離別など）<br />
　　　→淋しさに耐えられず、偏屈・人間嫌い・ひがみなどマイナス面が見られる場合も。<br />
　　　特に精神的「ひとりぼっち」は問題。<br />
　　　⇒高齢期に、グループでピアノを習うこと、同じピアノに興味を持つ仲間達がレッスンで集まることは、その意味でも「豊かな老年期」につながる。<br />
（４）「生きがい」の喪失（特に仕事が生きがいだった者）<br />
　　　人間はあまり多くを失うと、無関心・無感動になりがち。<br />
　　　⇒ひとの心を癒してくれる音楽、好きな曲が弾けるようになるピアノの喜びは、 高齢期の素晴らしい「生きがい」になり得る。</p>

<p style="padding-bottom:0px;">《高齢期と葛藤》</p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_1-4-6.gif" width="300" height="153">
<div class="cap_i">図表1-4-6　高齢者意識出現の年齢（長谷川和夫 1975）</div>

<p>
　22％の高齢者は「自分が高齢者」と思っていないのは興味深い。<br />
　また、NHKの2000年度アンケート調査では、「自分が『老人』と呼ばれても抵抗を感じない年齢は75歳以上」と報道されている。</p>

<p>⇒エイジングを考慮したレッスンをすることは大切だが、過度に老人扱いするのも問題。<br />
また対象年齢の呼び方も「高齢者」「老人」「老年者」「お年寄り」「シルバー」などに抵抗を感じる人も多いと思われる。 <br />
　葛藤（心の揺れ動き）は、加齢に伴って増大する。「高齢者として大切にされたい。」<br />
と思う気持ちと「まだまだ高齢者扱いされたくない。」と思う気持ちとが心の中に同居し、その間の中で毎日を生きている。</p>

<p>⇒・「もう上達は無理かもしれない。そろそろ限界なのでは。」というマイナスの気持ち<br />
　・「まだまだ弾ける。頑張れば出来るんだ！」というプラスの気持ち<br />
　この二つの気持ちの間で揺れ動きながら高齢者は練習している。<br />
　よって指導者は、弱気な言葉を鵜呑みにして急にシフトダウンしたり、反対に生徒の強気な言葉を聞いたからといって急に難易度を高めることには、慎重であらねばならない。<br />
　エイジングへの深い知識と、冷静な判断力を持って指導に当たることが大切と思われる。</p>

<p>《高齢期と未来感》<br />
　堀（80歳）は「石の座席」の中でこのように書いている。<br />
「少し先の未来をそれなりに予想し、考えるなんてことは、ほとんどしない。『明日も生きているだろうか？』と考えるからだ。現在だけを思案して生きている。...」</p>

<p>⇒80歳以上の生徒２人が、グループレッスンで扱う曲に関して、自分の希望曲を決して譲らなかったとしても、それは単なる「エゴ」「わがまま」と片付けることは出来ない。若者のように「もっと先で、いくらでも習える。」と楽観的に考えることが出来ないからであり、「今弾かなかったら、もう弾けないかもしれない。」と思うからである。<br />
　あと1000日生きられる人にとっての１日と、あと10日しか生きられない人にとっての１日の重さが違うように、1回1回のレッスンの重みが高齢になるほど重い。</p>


<span class="t2">パーソナリティ（性格・人柄）</span><br /><br />

<p>老人の性格は、「頑固」「わがまま」「愚痴っぽい」「疑い深い」「消極的・保守的・ 依存的」「現在より過去に生きようとする」等とカバン.RS（1980）らは考え、長嶋（1980）も次のように言っている。<br />
（１）自己中心（わがまま・頑固）<br />
（２）猜疑心（疑い深い・嫉妬・ひがみっぽい）<br />
（３）保守性（新しい物を嫌う・過去の習慣や思想を重視・消極的）<br />
（４）心気性（過度に自分の身体を気にする）<be />
（５）愚痴（過去の世界にのみ生きようとする結果出現）</p>

<p>しかし柄澤（1987）等は「性格は若い頃とあまり変化せず、変化したとしても好ましい方向のもの。『がんこ・わがまま』が見られるのは痴呆老人においてである。」と言い、それが現在の心理学における一般的見解である。 　加齢は、肉体的には衰退を意味するが、精神的には必ずしもそうではない。経験の蓄積とその活用、パーソナリティにおける円熟と調和、そして自己実現への接近というポジティブな可能性があるからである。年齢を積むごとに、前向きに一歩一歩、人生の完成に向けて進んでいくことができる。<br />
⇒高齢の生徒に指導する際、昔から言われている「がんこ・わがまま」などの偏見をもって接するのは間違いである。新たな学習や適応も十分可能であることはもちろん、むしろ年齢を重ね人間として円熟している生徒に心からの尊敬を持って指導に当たりたい。</p><br />


<a name="2"></a>
<p><b>第2章 メリット・アドバンテージ</b></p>

<p>実現したくても出来なかったものが大いに実現可能となる素晴らしい年代、高齢期に、 ピアノを習う意味、その年代ならではの効能や利点を考察する。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>1. 指を動かすことによる 脳活性（痴呆予防）効果</b></p>
<p>　久保田競は著書「手のしくみと脳の発達」で次のように述べている。</p>

<p>「脳の神経細胞がどのくらい活動しているかみるのに、最近では、脳の酸素の使われ方や、脳の血管を流れる血液の量をはかったりする。神経細胞が働くと、酸素の量が増えて炭酸ガスができるので、脳の血管が太くなり、関係している脳の部分の血液の流れがふえる。ひとさし指の曲げ伸ばしをするだけで、手の運動野での血液の量は30％ふえ、手の体性感覚野は17％増える。同時に左右の脳の全体でも約10％、血液の量が増加する。（中略）単に指の曲げ伸ばしを行ったときと、考えながら（例えば、ピアノを弾くなどして）指を動かすときには、脳の働きが違ってくる。後の場合には知能を左右する前頭前野が一緒に動くのである。（中略）大いに手を使って、脳の力を伸ばし、ボケを防ごう。」</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>2. 理学療法的効果</b></p>
<p>《リハビリテーション》・・・脳卒中やリウマチなどを患った人の場合、関節が硬くなる拘縮・筋力低下などを防ぐためのリハビリテーションが大切である。<br />
⇒楽しくピアノを弾きながらそのようなリハビリテーション効果を期待することも可能と思われる。 </p>

<p>《廃用症候群予防》・・・健康な人であっても、使わないと筋肉の萎縮・関節の拘縮は意外と速く進む。この、使わないこと（活動性低下）によって生じる、筋肉・関節・種々の臓器の退行性の変化、機能的・形態的障害、臨床症状を「廃用症候群」といい、特に高齢者では起こりやすい。予防・治療のためには局所の活動性の維持・向上をはかることが重要である。（大川弥生/東京大学医学部付属病院）<br />
⇒高齢期、楽しくピアノを弾いて指を動かすことで、そのような予防効果を期待することもできよう。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>3.　なじみの曲と回想の効果</b></p>
<p>昔馴染みの曲を聴いたり歌ったりしたことがきっかけで、当時の記憶が呼び起こされることが多々ある。<br />
・人生の振り返りは、現実世界と未来の可能性のもとに、過去を再評価し自己のパーソナリティを再構築させる機能があり、高齢者のために有益である。（バトラー）<br />
・シャラン　メリアムは、「過去を振り返ることが、より良き高齢期の創造につながる」とし、過去に好まれた音楽を聴いたり歌ったりすることで過去の経験を呼び起こす音楽療法を、ライフレビュー教育プログラムとして紹介している。<br />
⇒過去に好んだ曲を聴いたりピアノで自ら演奏することは、大いに過去を呼び起こし回想のきっかけとなり、高齢者に良い効果をもたらす。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>4. 音楽療法的効果</b></p> 
<p>音楽は中脳の感情を直接刺激し、魂の最も深い部分に触れる機能を持っている。音楽は脳梁に広がり、思い出す能力を刺激し、イメージや記憶の流れを引き起こす。この時、エンドルフィンが発生し、感情と身体の双方に良い効果を見ることが出来る。<br />
⇒ピアノを学習することで音楽に興味を持ち、聴く機会も増えると思われる。そのような受動的音楽活動、および自ら演奏する能動的音楽活動、ともに心にも体にも良い効果が期待できる。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>5. 生きがい作り効果</b></p>
<p>充実した人生とは、生きている価値があり、生活していることに喜びと幸せを感じる人 生ということである。困難を克服し、目標を達成し、向上していくことが、精神的な喜びをもたらし、「生きがい感」を増幅する。<br />
・毎日ピアノを楽しむ幸福感、弾けた時「生きていてよかった！」と思う。（生存充実感）<br />
・ピアノを弾くことによって得られる楽しみは非常に大きく、知らないうちに時間が過ぎてしまう。（没頭）<br />
・弾けなかった箇所が弾けるようになる（変化と成長）<br />
・将来、憧れのあの曲を弾きたいという夢や目標をもって練習（未来性）<br />
・誰かが自分の演奏を聴いてくれて拍手してくれる。（反響）<br />
・強制されてではなく、自分の心のために、自分が弾きたいから弾く。（自発性）<br />
・小さい頃から弾きたかったけれど弾けなかったピアノを、現実に弾く（自己実現）</p>

<p>　生きがいを持ってピアノを弾くこと、張り合いのある毎日をおくることは、心身の衰えを防ぐことにもつながる。</p>


<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>6. コミュニケーション効果</b></p>
<p>以前は「血縁（親戚づきあい）」「地縁（近所づきあい）」の人間関係が濃密であった が、最近は希薄になる傾向が強い。が、それに替わるのは「学習縁（生涯ともに学習する仲間達との関係）」と考えられる。<br />
・グループレッスンは、音楽を通しての社会的コミュニケーションの場となり得る。<br />
・新しい挑戦の喜びやフラストレーションを分かち合うことが出来、一方が進歩の遅い人を励まし、また一方が片方の進歩を見て意欲を引き出されることもある。<br />
・連弾やアンサンブルで、他のメンバーの演奏に貢献できるようになった時、友情が芽生え、お互いの思いやりを分かち合い、共同社会の中にいるという実感を与えてくれる。 Lynch,J.J.（1977）は「生きるためには暖かい人間関係が不可欠である。そして人間関係の良し悪しが、不老長寿の妙薬となる。」と言っている。<br />
⇒高齢期、一緒にピアノを弾き、一緒にレッスンを受ける同年代の仲間達とのコミュニケーションほど魅力的な関係はないであろう。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>7. ＱＯＬ（quality of life）の向上</b></p>
<p>単に長く生きながらえればよいという生の量（quantity of life）のみでなく、生の質（quality of life : QOL）を向上させることが望まれる。長寿社会は、個人が生涯にわたりその能力や創造性を発揮できる社会、生きがいがあり心豊かな社会を目指している。<br />
⇒高齢期、ピアノ学習することは「真の楽しみ」であり、高齢者の心を豊かにし、QOLが大きく向上すると考えられる。 　Alicia Ann Clair(（15）)は高齢者のための音楽プログラムの実践から次のように言っている。「どのようなレベル、能力の人であろうと、音楽に参加することはその人に大きな喜びをもたらす。QOLを高め、退屈から開放し、建設的な時間を使うことを可能にする。究極的には素晴らしい自己実現となる。」</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>8. アドバンテージ</b></p>
<p>（１）結晶性能力<br />
　加齢とともに衰退していく機能が多いが、結晶性能力は高齢になっても発達するので、芸術学習に終点はないと言われている。今まで蓄積してきた学習の知識や技能に豊かな気づきを与え、それを深めていくことが出来る。<br />
・美術工芸分野において、若い時よりも優れた作品が作られる。高齢者の「年の功」といわれる知恵や熟達が、知能や創造性の低下を踏みとどまらせ、さらに芸術の円熟という形で秀でたものとなることが多い。（中里　1977）<br />
・作曲家が晩年に書く作品は、それまでのものに比べて、「メロディーの独創性」「演奏の長さ」では劣るが、「聴く人に親しみやすい」という点では向上する。（Simonton D.K.　1989）<br />
・俳句の分野でも（松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶等）、加齢に伴って徐々に洗練され「深み」「心を打つ味」のある作品に。老年期まで創造力が持続する理由に、俳句は、技法として「短い文で完結させることができる」点があげられる。（町澤1997） ⇒ピアノ学習においても同様に高齢者は、「演奏時間の長い曲」「指を速く動かす曲」よりも、「短く完結する曲」「指の動きがあまり速くない曲」において、子供には出せないような「深み」「心を打つ味」のある秀でた演奏をする可能性が高いと思われる。<br />
（２）時間<br />
　子供のため、家族のため、会社のため、育児や仕事などに、多くの時間を使っていた年代を終え、自分のやりたいことのために時間を注げる年代になっている。成果をあせらず、自分の納得がいくまでじっくりと取り組むことが出来、落ち着いた気持ちでゆっくりとピアノを楽しむことが出来る。<br />
（３）学習動機<br />
　高齢期のピアノ学習動機は、「親に言われるから」「受験のため」「単位のため」「資格のため」「利益のため」というような外発的動機は少ない。「純粋にピアノ学習や練習に伴う楽しさを味わう」といった内発的動機が多い。このような自分の可能性を実現していくような学習、自己実現にもとづく学習は、具体的な利益につながらなくとも、大きな満足や喜びをもたらしてくれる。少しずつの向上や進歩にも満足し、若年では得られないようなアドバンテージ（有利さ）をもつであろう。</p><br />

<a name="3"></a>
<p><b>第3章 指導要素と効果</b></p>

<p>《指の練習》・・・打鍵することで、指の先にある受容器を刺激し、手の皮膚感覚野の神経細胞さらに手の運動野の神経細胞を働かせ、大脳のかなり広い領域の神経細胞が働き続けることになる。 <br />
《音符》・・・読譜や音楽理論などは、大脳の中の言語脳（大部分の人は左脳半球）を刺激する効果があると思われる。</p>

<p>《指番号》・・・指番号を見て正しい指を動かす。左右の手が違う指番号に反応する。という動作は難しく、最初は時間がかかるが徐々に速く反応出来るようになる。<br />
脳の広い領域で神経細胞が活発に働いて樹状突起を伸ばし、新しいシナプスを作るからと考えられる。従来、年をとって神経細胞の減少がおこるのは自然の現象で、シナプスの数の減少も止むを得ない自然現象と考えがちであった。が、年をとっても知能が改善されること、正常な成人に比べて正常な老人の神経細胞の働きは成長が可能であり、樹状突起が増えてシナプスの数が増えることが最近報告されるようになった。</p>

<p>《楽曲演奏》・・・「憧れの楽器を弾く」「好きな曲を弾く」という喜びは高齢者に生きがいと張りを与え、弾けたときの感動は、高齢者を生き生きさせ若返り効果を期待できる。</p>

<p>《両手奏》・・・大脳はお椀のような半球が二つ合わさった球形になっており、右手は左の大脳半球に、左手は右の大脳半球に支配されているため、両手を使わないと両方の大脳を働かせることができない。両手でピアノを弾き両方の脳を働かせることで、ボケ予防を期待できる。</p>

<p>《即興・自作曲》・・・クリエイティブな作業は、非言語脳（大部分の人は左脳半球）を使う効果があると思われる。その部分を使うと良いホルモンが出て免疫力増加（しいては長寿効果）の報告もある。</p>

<p>《連弾・アンサンブル》・・・仲間と一緒に音楽共有することは非常に楽しく、お互いに貢献し合うことで友情が芽生える。</p>

<p>《 グループレッスン》・・・コミュニケーション効果</p><br />


<a name="4"></a>
<p><b>第4章　事例から</b></p>

<a name="4-1"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>１. 実践にあたって<a name="chapter4"></a></b></p>
<p>《指導の４つの要素》　高齢期のピアノ教育には、次のような要素が大切と筆者は考える。<br />
（１）心の健康に良い。（ＱＯＬ向上・気持ちよい・楽しい・自己実現・わくわくする等）<br />
（２）体の健康に良い。（脳活性・痴呆予防・リハビリ効果など）<br />
（３）音楽教育として優れている。<br />
　　（自分が弾く主体的な喜びを感じられるよう上手に導く。）<br />
（４）展開しやすい。（生徒にとっても指導者にとっても無理がない。） <br />
《指導の理念》　次のような理念のもとに指導した。<br />
（１）音楽は「楽しいから」「気持ち良いから」「自分の心のために」営む物である。<br />
「上手か下手か？」「才能が有るかないか？」などということより大きく優先されるべき重要なことであり、本来それが音楽の原点である。<br />
（２）音楽は、「ピックアップされた才能のある者」「幼児期から教育を受けることが出来た恵まれた者」「一部の人間」のみに与えられた楽しみではない。音楽は万人のものであり、「全ての年齢の人」「全ての健康状態の人」「全ての音楽能力の人」「全ての人」が本能的に営む、人間として当然かつ自然な行為である。</p>

<p>《指導の留意点》<br />
（１）人との比較をしたり「上手に」ということを意識しすぎないように配慮し、「自分の心のために」「楽しいから」「気持ちいいから」弾くという点に指導の目的を置き、それを常に強調するよう心がける。<br />
（２）他の年齢同様「上達」「楽しみ」という成果があるが、この年齢ではもう一つ「健康」を意識したい。脳活性効果・若返り効果などを期待しての指導、右脳と左脳をバランスよく使うようカリキュラムされた指導が出来れば素晴らしい。<br />
（３）子供や社会人の生徒の場合、「５年後にこうあって欲しい。」「１０年後にこんな風に出来る実力を・・・」と、将来を見据えて指導できる。が、「平均寿命」を過ぎている年齢の生徒の場合、「３年後」や「１年後」「半年後」が確かなものではない可能性も考慮し、後悔しないように「弾きたい曲」はたとえ実力が伴わなくとも、簡単にアレンジしてでも、なるべく早く弾かせてあげる。<br />
が、「10年後」「20年後」がある可能性も十分に考えられるので、先で行き詰るような背伸びした一過性のレッスンもしてはいけない。</p>

<a name="4-2"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>2. 実践方法 </b></p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_4-2-1.gif" width="250" height="256">
<div class="cap_i">表　4-2-1　高齢者ピアノ指導の3事例の比較</div>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_4-2-2.gif" width="250" height="80">
<div class="cap_i">表4-2-2　1回のレッスン内容と効果</div>

<a name="4-3"></a>
<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>３．実践結果</b></p>
<p>・選曲・・・現代の曲や未知の曲を弾いてみたいという気持ちよりも、思い出のある過去の曲を弾きたい気持ちの方が強い。「良い曲かどうか？」よりも「思い出があるかどうか？」の方がより選択のポイントが高い。<br />
・「どう弾いているか？」よりも「何の曲を弾いているか？」の方を重要視する傾向が強いので、同じ曲でも色々な難易度の版（左手が1音の版・2重音・3重音の版・色々な伴奏型の版など）を用意しておくと、個人差を補って、全員で一緒に弾くことも出来、指導しやすい。<br />
・まず極力シンプルにした骨だけの楽譜を与え、それが弾けるようになった時点で、それがもう少し複雑になった楽譜を与えるという方法が、比較的導きやすい。<br />
・「片手で弾いているだけか？」「両手で弾いているか？」は本人の満足度にかなり大きい違いがあるようなので（もちろん難しさも大きく違うが）、どんなに簡単な伴奏でもよいから全員が両手奏するようにもっていきたい。<br />
・ビート・・・２ビート・４ビート系（行進・手拍子のノリ）よりも、８ビート系が苦手。（シンコペーションなどは非常に大変。）<br />
・テンポ・・・「自分のテンポ」でしか弾けない傾向が強い。<br />
・タッチの傾向２種・・・「タッチ」に関しては、２通りの傾向がある。第１のパターンは、指に力が入らないために弱々しいタッチでしか弾けない人。第２のパターンは、コントロールが悪いためバシッと強い音が出てしまい弱い音が出せない人。前者は女性（特に70代以降）やリウマチを患ったことのある人に多く、後者は自己流で弾いている期間があった人に多く見られる。<br />
・奏法・・・腕に軽い障害や肘痛などを持っている場合、椅子を高めにしたフォーム、腕の重さを利用するような重力奏法が合っている。<br />
（【重力奏法】1885年、ピアノを学ぶ学生に障害が頻発したのは、指だけで弾く奏法のためだとし、ドルファ・デッペ（独）によって示唆された「指を動かす筋肉のみを酷使せずに腕の重みを利用する奏法」）</p><br />

<a name="5"></a>
<p><b>第5章　高齢期の音楽教育</b></p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>１.学習可能性を支える学問観</b></p>
<p>
高齢者の学習可能性を支える３つの学問観を考察する。<br />
(1) 生涯発達観・・・エイジングに対する捉え方が「高齢期＝衰退」という捉え方から 「加齢とともに、成熟・円熟を見せる」というポジティブな捉え方に。<br />
(2) 高齢者教育学（gerogogy）<br />
・「子供のための教育学pedagogy」<br />
・子供とは異なる学習特性をもつとして・・・「成人のための教育学andragogy」<br />
・そして成人とも異なる学習特性を持つとして・・・「高齢者のための教育gerogogy」 の三つの教育学がある。<br />
　子供のための素晴らしいピアノ教育メソードは数々開発され、「大人のためのピアノ」も近年盛んである。同様に「成人」とは異なる学習特性をもつ「高齢者のためのピアノ教育学」も、より深く専門的な研究が待たれる。<br />
(3) 教育老年学<br />
老年学と教育が結びつくことによって成立した学問。<br />
・実践領域-----衰退の防止・役割を促す・心理学的成長など<br />
・研究領域-----人生後半の知的変化・高齢学習者が求める教授法・高齢学習の動機付けなど<br />
近年、これに加え、生活の質（QOL）を向上するために、エイジングとそれに関する教育を研究する学問として広がりをみせている。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>２．マズローの５つの欲求 </b></p>
<p>高齢者は何を求めているか？どうなれば幸せか？人生において何を望み、何に価値を感じているか？ピアノ指導する前にそれを理解しなければならないであろう。その一つのフレームワークとして「マズローの欲求５段階説」が有効と思われる。<br />
「人間はあらゆる欲求・欲望が満たされた時に満足感を得、幸せと感じる。」というのがマズローの人間観である。高齢者の欲求を理解し、指導者はそれが満たされるようにサポートすることが大切と思い、それを、マズローの欲求５段階説のモデルにそって考えていく。</p>


<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_5-2.gif" width="200" height="172">
<div class="cap_i">図表　5-2　マズローの欲求5段階説</div>

<p>社会的欲求・・・グループレッスンはこの意味で好ましいと思われる。内輪の弾きっこ大会など同年代の仲間との交流の場も。<br />
承認の欲求・・・自分の演奏に多くの人が耳を傾けてくれること、拍手をしてくれること、自分の演奏の上達や努力が認められることは満足と喜びを感じる。少し上達した段階で、施設でボランティア演奏し、自分の演奏を聴いて喜んでくれる人がいれば、人のために貢献する喜び・生きがい感を感じる。<br />
自己実現の欲求・・・夢の実現。小さい頃から憧れていた（しかし事情で弾けなかった）ピアノという楽器を弾くことが出来た満足感。好きな曲を頑張って練習しているときの喜び。弾けるようになって達成感を感じた時、幸せと感じる。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>３．学習志向性</b></p>
<p>　高齢者において特徴的なのは、残り少ない人生をいかに生きるかといった観点から、自己実現への接近を試みることである。生の有限性と自己実現の２つが結びついた学習活動への志向性の強さが、高齢期に特有の学習志向性である。<br />
　人生の最終地点を起点として、ピアノで憧れの曲を弾くという自己実現を考えるので、学習に強い志向性が表れる。</p>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>４．なぜピアノか</b></p>

<p style="padidng-bottom:0px;">《シニアピアノ講座の受講動機》</p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_5-4-1.gif" width="350" height="173">
<div class="cap_i">図表　5-4-1　シニアピアノ講座の受講動機 　（出所 元吉 2002年）<br />茨城県南生涯学習センター受講生（平均年齢64歳）及びつくば市二の宮公民館受講生（平均年齢60歳）の合計22名の回答(複数回答)</div>


<p style="padding-bottom:0px;">《楽器の選択理由》</p>

<img src="/seminar/images/thesis_motoyoshi_5-4-2.gif" width="350" height="127">
<div class="cap_i">図表　5-4-2　数々の楽器の中でピアノを選んだ理由 （出所 元吉 2002年）<br />
茨城県南生涯学習センター受講生（平均年齢64歳）及びつくば市二の宮公民館受講生（平均年齢60歳）の合計22名の回答(複数回答)</div>

<p style="padding-bottom:0px;">《自己実現》 </p>
<p>音が美しい故に、多くの人の心を魅了する楽器であるピアノ。憧れていたけれど、当時は高価な楽器であるが故に、習う願望を果たせなかったピアノ。後に、子供に夢を託し習わせ、自分は仕事に生きがいを感じていた最も活動的だった時代。やがて子供は巣立ってしまい、若さ・健康・仕事・人間関係・数々の喪失を経験した今、ポツンと家に残っているピアノ。これらの要因のどれをとっても、時間の出来た今こそ、「夢を実現させよう！」と考えて当然と思われる。</p><br />


<a name="6"></a>
<p><b>第6章　まとめ</b></p>

<p>今回の研究では、３種類の事例が単なる報告という位置づけになっているが、今後は、それらの反省点を改善したプログラムの実践を重ね、色々な制約の中でのより大きな成果を出す方法を模索し、より良い指導法を見つけることが今後の課題である。<br />
　エイジングとともに身体的衰えが生じ、ピアノ演奏にハンディがあることは不可避である。が、そうしたマイナス面を補っても余りあるのが、高齢期でピアノを弾くことによる素晴らしい精神面の充実であろう。
　生きがい感や自己実現を求めて、生涯にわたって主体的にピアノを学ぼうとする高齢者を支援するという点で、ピアノ指導者は、今後、大きく貢献することと思われる。<br />
　40代・60代・80代と幅広い年齢の生徒をひとくくりにしてのグループレッスンは、違う年齢の人と一緒に学ぶ楽しさ、刺激などの利点が色々考えられる。が、その点を考えたとしても、そこには、３歳児と５歳児を一緒にレッスンするに等しいような無理・難しさがあるのではないだろうか。３歳児に照準を合わせれば５歳児が物足りなさを覚え、５歳児に照準を合わせれば３歳児が落ちこぼれる、といった不都合が起きて当然である。同様に人生後半の能力差は驚くほど大きく、エイジングの視点から考えると近い年齢でグループを作るのが好ましいと考えられる。<br />
　ピアノ教師は、高齢期の生徒に若年層と同じことや能力的に無理なことを要求しないよう気をつけねばならない。が、反対に、「高齢だから出来ないだろう。」というステレオタイプを作ってしまい、弾けていなくともマルにする目標ラインを下げ過ぎたレッスン、その場限りの楽しみで満足する一過性のレッスン、単に子供や若年層の指導法をそのままペースダウンしただけのレッスンなども避けたい。指導者はエイジングへの知識を深め、高齢期の生徒の能力の限界も可能性も両方を熟知した上で、年齢にちょうど適した指導をしたい。<br />
　ピアノ学習者の人口は増えて層は厚くなり、また習う目的など多様になっている。ピラミッドの頂点が高くなるように努力すると同時に、ピラミッドの底辺（技術は未熟だけれどピアノを愛し楽しんでいる人達。とりわけ人口の占める割合が大きい高齢者）への音楽教育を充実したものにする努力が大切であろう。<br />
　高齢期、彼ら自身の生きる糧となるような質の高いピアノ指導、長寿社会が必要としているような音楽教育の研究が、今後一層望まれる。</p>

<br />

<p style="font-size:13px;">【参考文献】<br />
(1) 朝長正徳・佐藤昭夫：「脳・神経系のエイジング」　朝倉書店　1989.<br />
(2) 東　清和：「エイジングの心理学」　早稲田大学出版部　1999.<br />
(3) 相良祐輔担当編集：「新女性医学大系:3.エイジングと身体機能」中山書店　2001.<br />
(4) 朝長正徳：「脳の老化とぼけ」　紀伊国屋書店　1988.<br />
(5) 井上勝也・木村周：「新版　老年心理学」　朝倉書店　1993.<br />
(6) 長谷川和夫・霜山徳爾:「老年心理学」岩崎学術出版社 1977.<br />
(7) 市川隆一郎・藤野信行：「増補版老年心理学」 診断と治療社　1990.<br />
(8) 長谷川和夫：「老年心理へのアプローチ」　医学書院　1975.<br />
(9) 師井和子：「心にとどく高齢者の音楽療法」ドレミ楽譜出版社　1999.<br />
(10) 堀薫夫：「教育老年学の構想?エイジングと生涯学習」　学文社　1999.<br />
(11) 浜口晴彦：「現代エイジング辞典」　早稲田大学出版部　1996.<br />
(12) 高田知和：「エイジング研究の基礎」　早稲田大学出版部　1993.<br />
(13) Louis R.Amundsen「筋力検査マニュアル」医歯薬出版株式会社 1996.<br />
(14) 永冨和子：「もっと楽にピアノは弾ける」　学習研究社　1996.<br />
(15) Alicia Ann Clair「高齢者のための療法的音楽活用」一麦出版社 2001.<br />
(16) 高萩保治・中嶋恒雄：「音楽の生涯学習」　玉川大学出版部　2000.<br />
(17) 柿木昇治・山田冨美雄：「シニアライフをどうとらえるか」北大路書房 1999.<br />
(18) 香川正弘・佐藤隆三・伊原正・萩尾和成：「生きがいある長寿社会　学びあう生涯学習」ミネルヴァ書房 1999.<br />
(19) 酒井隆一：「ピアニストの手　障害とピアノ奏法」　ムジカノーヴァ　1998.</p>]]>
        
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    <title>2001年度採用研究論文／渡邉さらさ</title>
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    <published>2001-04-01T05:22:07Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:22:25Z</updated>

    <summary> バルトークの民謡編曲作品における演奏研究 ─ 「ハンガリー農民の歌による即興曲...</summary>
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<div class="title ct">バルトークの民謡編曲作品における演奏研究<br />
<span style="font-size:18px;">─ 「ハンガリー農民の歌による即興曲」Op.20を中心に ─</span></div>
<p style="text-align: right;">渡邉さらさ</p>

<p style="font-size:14px;">　バルトークは、20世紀近代音楽の発展に、民族的音楽語法の開拓者として大きな影響を与えた。その独自の音楽語法 ─ 中心軸システム、黄金分割 ─ 等は今日多くの音楽学者達に論ぜられている。しかし当のバルトークは自身の作品について多くを語りたがらず、自らの作品は「本能的にして感覚的なもの」であり、「私はそう感じ、そう書いた」だけだと主張していた。そうした主張に、バルトークが影響を受けた民謡の研究を通じて接近しようとしたのが、当論文である。<br />
　『ハンガリー農民の歌による即興曲』Op.20は、民謡の編曲や、民謡を主題に使うことの多かった創作活動前半期（1920年まで）の集大成的、総括的作品である。<br />
　第1章では、Op.20で主題に使った8曲の民謡を、バルトークが著した民謡研究の理論書を通して考察した。この理論書ではそれまでに採集してきた民謡の一部を、個々の特徴(音構成、曲構造、リズムの要素)から、古い様式の民謡、統一性のない民謡、新しい民謡、と選別している。この理論書から、Op.20の８曲の民謡は、７曲の古い様式の民謡と１曲の統一性のない民謡である事がわかった。そして「すでに埋もれてしまった古い遺産の中から"新しいもの"を発見したいと願っている」と述べたバルトークが古い様式の民謡を音楽価値の高いものだと評価した事が改めて確認できた。<br />
　第2章では、民謡の記譜の際に記録された歌詞と曲想との関連を考察した。<br />
 「ハンガリー民謡の歌詞には音楽と違って内容的にあまり見るべきものはない」という演奏家もいる。しかし作品をみていくと、その音構成、フレージング、ダイナミクスには、歌詞からの影響であろうと思われる箇所が数多くみられた。</p>

<p style="font-size:13px;">Bela Bartok (1881-1945), one of the most important figures of 20th-century music, made major contributions to the development of music of his time. His pioneering research with peasant music was extremely influential to his work. Although his work has been the subject of much debate and discussion, Bartok himself never discussed his work, so I have made my considerations through his work "Improvisations on Hungarian Peasant Songs Op. 20" which is a compilation and a generalization of the first half of his life's work.</p>

<p style="font-size:13px;">In the first chapter, I examined the eight peasant songs that Bartok used for the main subject matter of his Op. 20. Of these eight songs seven were of an older style and one was of undetermined influence. I was able to confirm my understanding that he believed the early origins of Hungarian folk songs to be more valuable and important for the development and discovery of new music than the more contemporary ones.</p>

<p style="font-size:13px;">In the second chapter I examine Bartok's interpretation of the lyrics of the peasant songs to musical notes and Sandor's (another Hungarian pianist) opinion that Bartok's work on relationship between words and musical notes is meaningless and has no value. However, when we look at the sound composition, phrasing and dynamics we can clearly see an abundance of influences from the words of this work.</p>

<br />

<br />

<!-- ▼目次▼ -->
======================================
<p style="padding-bottom:0px;">＜目次＞</p>

<dl>
<dt><a href="#chapter0"><b>はじめに</b></dt>
<dd><a href="#chapter1"><b>第一章　民謡研究 ─ op.20の主題に使われた民謡 ─ </b></a><br />
　<a href="#chapter1_1">１．バルトークの研究から_「古い民謡の特徴」</a><br />
　　<b><a href="#goonnonnkai">【五音音階】</a></b><br />
　　<b><a href="#6siraburunoTempo">【6シラブルのTempo giusto】</a></b><br />
　　<b><a href="#6siraburunoParland">【6シラブルのParland rubato】</a></b><br />
　　<b><a href="#7siraburunoTempo">【7シラブルのTempo giusto】</a></b><br />
　　<b><a href="#11siraburunoTempo">【１１シラブルのTempo giusto】</a></b><br />
　<a href="#chapter1_2">２．OP.20の８曲の民謡について</a><br />
　　<b><a href="#No1">【第1曲】「古い民謡」 ─ ６シラブルのTempo giusto</a></b><br />
　　<b><a href="#No2">【第2曲】「古い民謡」 ─ ７シラブルのTempo giusto</a></span></b><br />
　　<b><a href="#No3">【第3曲】「古い民謡」 ─ ６シラブルのParland rubato</a></b><br />
　　<b><a href="#No4">【第4曲】「古い民謡」 ─ 7シラブルのTempo giusto</a></b><br />
　　<b><a href="#No5">【第5曲】「古い民謡」 ─ 6シラブルのTempo giusto</a></b><br />
　　<b><a href="#No6">【第6曲】「古い民謡」 ─ 11シラブルのTempo giusto</a></b><br />
　　<b><a href="#No7">【第7曲】「統一性のない民謡」 ─ 6シラブルのParland rubato</a></b><br />
　　<b><a href="#No8">【第8曲】「古い民謡」 ─ 7シラブルのTempo giusto</a></b><br />
　　<b><a href="#matome1">【まとめ】</a></b></dd>
<dt><a href="#chapter2"><b>第二章　民謡の歌詞と楽曲の関連について</b></a></dt>
<dd>
　　<b><a href="#2_No1">【第1番】Molto Moderato</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No2">【第2番】Molto Capriccioso</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No3">【第3番】Lento,Rubato</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No4">【第4番】Allegretto scherzando</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No5">【第5曲】Allegro molto</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No6">【第6番】Allegro moderato, molto capriccioso</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No7">【第7曲】Sostenuto,rubato</a></b><br />
　　<b><a href="#2_No8">【第8曲】Allegro</a></b><br />
　　<b><a href="#owarini">【おわりに】</a></b></dd>
</dl>
======================================
<!-- ▲目次ここまで▲ -->

<br />
<div class="t1"><b>はじめに</b><a name="chapter0"></a></div>

<p>ベーラ・バルトークは２０世紀近代音楽において民族的語法の開拓者として大きな影響を与えた。バルトークの音楽語法といえば、レンドバイ著の「バルトークの作曲技法」 による理論 ─ 中心軸システム による和声、フィボナッチ数列 や黄金分割 を用いた曲構造 ─ が注目される。後年の作品は特に、独自の和声や、これらを用いた曲構造等、音楽学者達に論ぜられているものが多い。演奏家としてバルトークの作品を取り上げる時、そういった論文は作品を理解する上で大きな助けとなる。しかし彼はこのような言葉を残している。</p> 

<p>「私の和声の世界と言えども結局は、私の音楽全体と同じように本能的にして感覚的なものです。いろいろと説明を求められても私はそう感じ、そう書いたというほかはないでしょう。研究家たちはむしろ私の音楽そのものから説明を要求すべきです。 」</p>

<p>「私は新しい理論を前もっては決して創り出さないし、そのような考えは嫌いである。もちろん取るべき方向への決まった感情は持ってはいるが、作業中はそれらの方向や源に当てはまる指定について気にしない。」<br />
彼自身、自作品の構成原理、作曲技法そのものについては述べていない。そしてドビュッシーと同じく「音楽とは習うものではない」と言い、作曲の授業を決してしようとせず 、自作について語りたがらなかったという。<br />
そこで私は、バルトークが影響を受けた源である民謡や民謡研究を考察する事で、「本能的にして感覚的なもの」を感じ、「私はそう感じ、そう書いた」という作品に近づき演奏に反映する事はできないだろうか、と考えた。</p>

<p>本論では8曲の民謡を主題に用いた『ハンガリー農民の歌による即興曲 』Op.20〔以下、「Op.20」と略す〕を中心に考察していく。バルトークはこの曲を作曲した1920年の後5年もの間ピアノ作品の創作活動が途絶える。1926年にはそれまでの民謡研究から培った独自の語法による後期の代表的ピアノ作品『ソナタ』や『戸外にて』を作曲し、その後、今日彼の代表作品と言われる多くの傑作を生み出していく。<br />
彼は1920年まで、オリジナル作品にのみ作品番号を付し （『組曲』Op.14、『14のバガテル』Op.6等）、民謡編曲作品（『３つのチーク県の民謡』等）には作品番号を付さなかった 。作品番号付きの民謡編曲である『ハンガリー農民の歌による即興曲』Op.20は例外的なものであり、また自身が番号を付した最後の作品番号つき作品である。バルトークは長年の民謡収集とその民謡編曲を通してきて、自身に溶けこんでいった民謡の音楽語法と民族的な特徴とが区別できなくなってきたのだという。オリジナル作品、民謡編曲作品と区別する事もあまり意味をなさなくなったのだ。<br />
民謡編曲ではあるもののもはや編曲にとどまらないこの即興曲は、数多くの編曲を行ってきたバルトークの、編曲の集大成的作品であり、彼の創作活動前半期の総括的作品といえる。</p>

<p>第１章ではop.20の作曲された翌年1921年、彼自身が書いた民謡研究の理論書である『ハンガリー民謡』をもとに、編曲の主題に使われた民謡について考察する。バルトークが愛した民謡とは一体どのようなものだったのだろうか。第２章では、第１章でみてきた歌詞の付された民謡にたち返り、そこから演奏者として感じる曲のイマジネーションをOp.20の曲想と比較してみていきたい。</p>


<br />

<div class="t1"><b>第1章　民謡研究 ─ op.20の主題に使われた民謡 ─</b><a name="chapter1"></a></div>
<p>バルトークの作曲技法に民謡研究が深い影響を及ぼしている事は言うまでもないが、では彼が生涯、作品を生み出す源となった民謡とはどのようなものだったのだろうか。Op.20の楽譜には編曲に使われる8曲の民謡譜が記載されている。実質的にその8曲を例にみていこう。</p>
<p>
彼は1921年にそれまで自ら収集してきた民謡と、それまで収集されてきたコレクション 、またコダーイやヴィカール らによって収集された8300余曲の資料から、論文『ハンガリー民謡』 を発表している。その中では323曲の民謡が、<br />
　　　　(1)古い様式によるハンガリー農民音楽　〔以下、「古い様式の民謡」〕<br />
　　　　(2)様式上の統一性をもたないもの　〔以下、「統一性のない民謡」〕<br />
　　　　(3)新しい様式にによる農民音楽　〔以下、「新しい民謡」〕<br />
の３種類に分類され、ハンガリー農民音楽の緻密な分析と音楽上の特質が挙げられている。<br />
この『ハンガリー民謡』の研究分析をもとにop.20の主題に使われた8曲を検証すると、7曲(第1 ─ 6曲、第8曲)が「古い様式の民謡」であり、1曲(第7曲)が「統一性のない民謡」である事がわかった。ここでは、バルトークの研究を引用し、民謡の主題になった8曲の特徴をみていく。</p>

<p><b>１. バルトークの研究から ─ 「古い民謡」の特徴　(五音音階、各シラブル、スタイルの特徴)<br />
２. Op.20の8曲の民謡について</b></p>

<div class="t2">１．バルトークの研究から　 ─ 「古い民謡」の特徴<a name="chapter1_1"></a></div>
<p>　8曲の民謡の大半が「古い民謡」であると断言するのは『ハンガリー民謡』で挙げられたその特質から判別できる為である。ここにその特質を簡潔に引用する 。それを後の各曲の検証に参照されたい。民謡の旋律構造は大別してParland rubato（言葉調のルバート ）、Tempo giusto（厳格なルバートのないリズム）に分けられる事をここに注記しておく。<br />
バルトークにとって非常に興味の高かった 五音音階は「古い民謡」全てに共通する。そして「古い民謡」の中でまたさらに分類された各シラブルごとの曲構造、リズム定型の特徴をあげる。</p>

<p style="color:#cc6666;font-size:14px;padding-bottom:0px;"><b>【五音音階】</b><a name="goonnonnkai"></a>
「古いスタイルの旋律の音階は、次のような半音のない五音音階にもとづいている。」</p>


<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei1-2.gif" width="230" height="94">

<p>　また五音音階の3種類のフォームをあげている。第1曲、第3曲、第5曲、第8曲ででくる2度音、6度音についての記述もここにある。</p>


<p>
「 (１)　純粋な五音音階<br />
(２) 七音音階でいえば2度と6度の音が副次的な装飾音としてのみあらわれる五音音階〔後略〕<br />
(３) 五音音階の基礎は認められるが、2度音、6度音も実質的な音階構成音として、つまり独立した音節がうたわれるような音階（それらの2度音、6度音は大抵弱拍にあり〔中略〕）</p>

<p>(２)と(３)での2度音は通常a又はa♭、6度音はe又はe♭であり、もとの五音音階から、ドリア、エオリア、又はフリギャ音階に変わる。」</p>

<p>第2曲、第4曲、第6曲にある3度音と7度音についての記述はこうある。</p>

<p>　「もう一つ別の種類の五音音階の変化が次第に生まれて来ていて、それはすなわちI地域〔ドナウ河以遠の地域をさす〕に特徴的である〔まさしく第4曲は「ドナウ河」を歌っている〕。すなわち、3度音、あるいは3度音と7度音の両方のピッチが高くなるものである。この上昇は時には半音に満たないもので、結果は中間的な3度や7度になる。〔中略〕その結果、長音階のように〔中略〕なる。それでもなお、どの音階にも五音音階的構造が非常にはっきり残っているので、その根をみあやまることはない。」</p>

<p>ここにバルトークが五音音階の変型として認めていたドリア、フリギアの音階譜をおいておこう。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei1.gif" width="386" height="270">


<p>五音音階</p>


<p>ドリア旋法</p>


<p>エオリア旋法</p>
<br />

<p style="color:#cc6666;font-size:14px;"><b>【6シラブルのTempo giusto】</b><a name="6siraburunoTempo"></a></b><br />
該当する民謡 ─ 第1曲、『ハンガリー民謡』37番(第1曲ヴァリアント)、第５曲。</p>

<table class="tb">
<tr>
<td>　</td>
<td>『ハンガリー民謡』からの引用</td>
</tr>
<tr> 
<td>曲構造</td>
<td> 「ほとんどがABCD」〔第5曲〕<br />「ABACが１例(No.37)」〔第1曲〕</td>
</tr>
<tr> 
<td nowrap>リズム定型</td>
<td>「テンポ・ジュストの曲には以下のようなリズム型がある。〔中略〕」<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu1-1-3.gif" width="305" height="44"></td>
</tr>
</table>

<p style="color:#cc6666;font-size:14px;"><b><b>【6シラブルのParland rubato】</b><a name="6siraburunoParland"></a></b><br />該当する民謡 ─ 第3曲、『ハンガリー民謡』40番(第3曲ヴァリアント)</p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>　</td>
<td>『ハンガリー民謡』からの引用</td>
</tr>
<tr> 
<td>曲構造</td>
<td>「A B ABが3例」〔40番が含まれている〕</td>
</tr>
<tr> 
<td nowrap>リズム定型</td>
<td>「基本リズムは<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu1-1-3-2.gif" width="71" height="15">。しかし、この基本図式は</font><br />
〔中略〕変形されることがはるかに多く〔中略〕終止音の´のばし´ 
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu1-1-3-3.gif" width="99" height="17">　〔中略〕が典型である」<br />
〔第3曲、40番〕</td></tr></table>

<p>また別の個所 に、パルランド形式の曲は「詞の各詩節においては、最後の二つのシラブルに歌われる音は独自の形で引き伸ばされる」とあり第３曲もその典型だろう。<br />
バルトークが1907年の民謡収集で「興味ある発見」と語った五音音階の要素に加え５度構成という特徴がある。それはある旋律の前半と後半で、後半は前半の５度下で、同じ旋律型をもつというものである。これは第４曲にもみられる。</p>
<br />

<p style="color:#CC6666;font-size:14px;"><b>【7シラブルのTempo giusto】</b><a name="7siraburunoTempo"></a><br />
該当する民謡 ─ 第2曲、第4曲、第8曲、<br />
『ハンガリー民謡』46番(第8曲と記録は全て同じ、同一曲
</p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>　</td>
<td>『ハンガリー民謡』からの引用</td>
</tr>
<tr> 
<td>曲構造</td>
<td> 「ＡＢＣＤ ─ 13例(No.46)」〔第8曲、第2曲〕</td>
</tr>
<tr> 
<td nowrap>リズム定型</td>
<td> 「＜7音節は＞常にテンポ・ジュストである」「もともとはダンス曲としてのみ使われた可能性がある」<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu4-1.gif" width="285" height="45"></td>
</tr>
</table>

<p>　この曲は『ハンガリー民謡』に挙げられた11シラブルのリズム定型に当てはまらないが、「No.64は例外的な現象である」と特筆されている。「顕著な特徴として特筆すべきなのは、厳格なはずのダンス、リズムにあらわれるルバートの形である。〔中略〕5連音符のリズムは厳密なものではない。」<br />
第6曲と64番はヴァリアントの関係にあり、それを比較すると５連音符、３連音符の記譜に違いがみられる。</p>

<p style="color:#CC6666;font-size:14px;"><b>【１１シラブルのTempo giusto】<a name="11siraburunoTempo"></a></b><br />該当する民謡 ─ 第6曲、『ハンガリー民謡』64番(第6曲ヴァリアント)</p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>特徴民謡 </td>
<td>旋律構造</td>
<td>分 類</td>
<td>シラブル </td>
<td>音構成</td>
<td>曲構造</td>
<td>リズム定型</td>
<td>備考</td>
</tr>
<tr> 
<td>第1曲</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>６</td>
<td>五音音階</td>
<td>ABCD</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-1.gif" width="81" height="20"></td>
<td>2/3拍子。</td>
</tr>
<tr> 
<td>『ハンガリー民謡』37番</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>６</td>
<td>五音音階</td>
<td>ABAC</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-2.gif" width="83" height="28"></td>
<td>第１曲のヴァリアント。2/4拍子。</td>
</tr>
<tr> 
<td>第2曲</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>７</td>
<td>五音音階</td>
<td>ABCD</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-3.gif" width="81" height="17"></td>
<td>第３音、第７音の半音に満たない上昇</td>
</tr>
<tr> 
<td>第3曲</td>
<td>Parland rubato</td>
<td>I</td>
<td>６</td>
<td>ドリア旋法</td>
<td>ABABの５度構成</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-4.gif" width="85" height="26"></td>
<td>調号はB、ドリア旋法。</td>
</tr>
<tr> 
<td>『ハンガリー民謡』40番</td>
<td>Parland rubato</td>
<td>I</td>
<td>６</td>
<td>エオリア旋法</td>
<td>ABABの５度構成</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-4.gif" width="85" height="26"></td>
<td>第３曲のヴァリアント。調号はE♭、エオリア旋法。</td>
</tr>
<tr> 
<td>第4曲</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>７</td>
<td>五音音階</td>
<td>ABABの５度構成</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-5.gif" width="84" height="27"></td>
<td>第３音、第７音の上昇。</td>
</tr>
<tr> 
<td height="16">第5曲</td>
<td height="16">Tempo giusto</td>
<td height="16">I</td>
<td height="16">６</td>
<td height="16">五音音階</td>
<td height="16">ABCD</td>
<td height=""><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-6.gif" width="82" height="17"></td>
<td height="16"></td>
</tr>
<tr> 
<td>第6曲</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>11</td>
<td>五音音階</td>
<td></td>
<td rowspan="2"><span style="font-size:280%;color:#cc6666;">}</span>　例外的</td>
<td></td>
</tr>
<tr> 
<td>『ハンガリー民謡』64番</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>11</td>
<td>五音音階</td>
<td></td>
<td>第６曲のヴァリアント。１１シラブルの例外的な民謡。</td>
</tr>
<tr> 
<td>第7曲</td>
<td>Parland rubato</td>
<td>II</td>
<td>６</td>
<td>エオリア旋法</td>
<td>ABCD</td>
<td></td>
<td>Op.20でドビュッシーに献呈。</td>
</tr>
<tr> 
<td height="28">第8曲</td>
<td height="28">Tempo giusto</td>
<td height="28">I</td>
<td height="28">７</td>
<td height="28">五音音階</td>
<td height="28">ABCD</td>
<td height="28"><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-7.gif" width="79" height="19"></td>
<td height="28">記録にヴァリアントなし。</td>
</tr>
<tr> 
<td>『ハンガリー民謡』46番</td>
<td>Tempo giusto</td>
<td>I</td>
<td>７</td>
<td>五音音階</td>
<td>ABCD</td>
<td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-8.gif" width="82" height="24"></td>
<td>第８曲とまったく同一曲。</td>
</tr>
</table>
<br />

<div class="t2">２．Op.20の8曲の民謡について<a name="chapter1_2"></a></div>

<p style="color: #cc6666;"><b>【第1曲】「古い民謡」 ─ ６シラブルのTempo giusto<a name="No1"></a></b></p>
<p style="padding-bottom:0px">『ハンガリー民謡』の46番に収められた譜</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei8.gif" width="526" height="210" class="b10">
<br />

<p>〔曲構造〕ABCD　〔音構成〕五音音階。2度音(Ａ)、6度音(Ｅ)は刺繍音、経過音として弱拍にのみ表れる。最後の小節でＣとＢの違いが一箇所（編曲ではOp.20の譜のとおり）認められる。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanebefu3.gif" width="288" height="50" class="b10">

<p>〔備考〕この２つの譜は記録された年、場所、歌詞、は全て同じである。拍子についてはOp.20にある民謡譜は3/2拍子で4小節からなり、『ハンガリー民謡』では2/4、8小節で記譜されている。バルトークは「編曲の題材」として扱った時に3/2拍子で記譜した方が、音楽の流れに適していると考え拍子をとり直したのだと考えられる。</p>
<br />

<p style="color: #cc6666;"><b>【第2曲】「古い民謡」 ─ ７シラブルのTempo giusto<a name="No2"></a></b></p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei3.gif" width="549" height="123" class="b10">

<p>Op.20にある民謡譜</p>

<p>〔曲構造〕ABCD　〔音構成〕五音音階。第3音(H)、半音に満たないピッチの上昇。原譜が『ハンガリー民謡』にない為不確かではあるが、そういった不確実なピッチの記譜の際音符の上に↑と書き残されているものがあり 、これもその類なのであろう。</p>
<div style="font-size:16px;margin-bottom:10px;">〔リズム定型〕<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu5-1.gif" width="138" height="24"></div>
<p>〔備考〕歌詞は民謡譜に「Text Fehlt」とあったが、発見する事ができた。第2章で詳細を述べる。</p>

<br />

<p style="color: #CC6666;font-size:14px;"><b>【第3曲】「古い民謡」 ─ ６シラブルのParland rubato<a name="No3"></a></b></p>

<p>『ハンガリー民謡』の40番に収めらた譜</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei4_a.gif" width="508" height="264" class="b10">

<p>Op.20に収められた譜</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei4_b.gif" width="498" height="154" class="b10">

<p>Op.20第3番冒頭をＧを基音に置き換える</p>

<p>〔曲構造〕ABCDの５度構成　〔音構成〕40番 ─ 音階は第6音ＥがEsに変化しエオリア旋法となっている。<br />
第3曲 ─ 民謡譜は調号がＥ♭からＢに戻され五音音階。</p>
<div style="font-size:16px" class="b10">〔リズム定型〕<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-4.gif" width="85" height="26"></div>

<p>〔備考〕Op.20ではエオリア旋法（40番）を用いている。歌詞の影響は第2章で述べるが、エオリア旋法（短調）の方がこの楽曲に好ましいと考えたか、今まで五音音階で第1曲第2曲ときて、異なる音階を使う事で色合いを変えたかったのかもしれない。</p><br />



<p style="color: #CC6666;font-size:14px;"><b>【第4曲】「古い民謡」 ─ 7シラブルのTempo giusto</b><a name="No4"></a></p>

<p>Op.20に収められた譜</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei4-2.gif" width="505" height="229" class="b10">

<p>〔曲構造〕A B ABの5度構成 〔音構成〕五音音階。第3音(Ｈ)、第7音（Fis）の上昇。歌詞に「ドナウ河」がでてくる。この地域で歌われた曲は五音音階に変化が出るのが特徴的だとある。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu6.gif" width="221" height="27" class="b10">
<br />

<p style="color: #cc6666;font-size:14px;"><b>【第5曲】「古い民謡」 ─ 6シラブルのTempo giusto<a name="No5"></a></b></p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei6.gif" width="500" height="114" class="b10">

<p>Op.20にある民謡譜</p>
<p>〔曲構造〕ABCD　〔音構成〕五音音階。Ａが2個所、経過的に使われる。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu7.gif" width="221" height="22" class="b10">


<p>〔備考〕歌詞は「Text Fehlt」とあり、見つけれなかった。横井氏によるとガーライの採譜による歌詞の断片だけ残っているらしい。(詳細は第２章を参照のこと)</p>
<br />

<p style="color: #cc6666;font-size:14px;"><b>【第6曲】「古い民謡」 ─ 11シラブルのTempo giusto</b><a name="No6"></a></b></p>




<p>
〔曲構造〕ABCD〔音構成〕バルトーク採譜のものは第7音、ヴィカール採譜のものは第7音（ほぼ64番を同じ場所に）と経過音として第2音が一箇所、あとは完全なる五音音階で成る。<br />
〔リズム定型〕この曲は「11シラブルのTempo giusto」というカテゴリーの中でも「例外的な現象」として扱われている。「厳格なはずのダンス・リズムにあらわれるルバートの形」として、</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu8.gif" class="b10">

<div style="font-size:16px;" class="b10">などの５連音符、３連音符になるという。２つの民謡は、64番はバルトークの採譜、第6曲の民謡譜はヴィカールによるもので、どちらも５連音符が使われている。しかし、採譜に細心の注意を払ったバルトークによる民謡譜は、より３連音符、５連音符の記譜が細かい事がみてとれる。<br />
〔備考〕Op.20では3回旋律が繰り返され、一度目は彼自身の採譜のもの、二度目はヴィカールの採譜のものが使われている。三度目は後半が省略形でどちらの記譜をもとにしたのかを決定するのは難しい。もうひとつあるヴァリアントがここで使われたのだろうか。もう一種のヴァリアントは確認できなかった。2つの民謡はチーク県で収集されたものという記録だけが同じで、ついている歌詞は全く違うものである。</div>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei5.gif" width="523" height="691" class="b10">
<br />

<p style="color: #CC6666;font-size:14px;"><b>【第7曲】「統一性のない民謡」 ─ 6シラブルのParland rubato<a name="No7"></a></b></p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei7.gif" width="524" height="161" class="b10">

<p>Op.20に収められた譜</p>

<p>〔曲構造〕ABCD　〔音構成〕エオリア旋法。調号がＢ，Esに置かれている事からわかる。〔備考〕「古い民謡」ではアーフタクトが絶対に使われない事、「新しい民謡」に特徴的な建築的曲構造ではなくＡＢＣＤ形式である事から、「統一性のない民謡」であることがわかる。</p><br />


<p style="color:#CC6666;font-size:14px;"><b>【第8曲】「古い民謡」 ─ 7シラブルのTempo giusto</b><a name="no8"></a></p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei8.gif" width="526" height="210" class="b10">

<p>『ハンガリー民謡』の46番に収められた譜</p>

<p>　〔曲構造〕ABCD　〔音構成〕五音音階。第2音(A)が１個所、第6音(Ｅ)が３箇所が、経過音、い音として認められる。</p>

<div style="font-size:16px;" class="b10">〔リズム定型〕2/4　<img src="/seminar/images/thesis_watanabefu2-7.gif" width="79" height="19"></div>

<p>〔備考〕解説によると老男性による演唱でヴァリアントはない。この『ハンガリー民謡』記載の民謡と全く同じ民謡がOp.20の譜にある。</p>
<br />

<p style="color: #CC6666;font-size:14px"><b>【まとめ】</b><a name="matome1"></a></p>

<p>Op.20の主題に使われた8曲の民謡でハンガリー民謡の特色を見てきた。これまでの考察で第7曲を除いた8曲中7曲が、音構成、曲構造、リズムの要素から古い民謡の特徴をもったものだという事がわかる。今回『ハンガリー民謡』の譜例の中から、Op.20に主題に使われた民謡を探す作業の中で、他にも多くのバルトーク作品の中で使われている民謡を見つける事ができた 。が、やはりその多くも古い様式による特徴をもったものであった。<br />
バルトークはOp.20を作曲した1920年、音楽誌に「ハンガリーの農民音楽」という論文を発表した。その中で、</p>

<p>「多くの音楽家が、すでに埋もれてしまった古い遺産の中から"新しいもの"を発見したいと願っている 」</p>

<p>と述べている事からも、「古い民謡」が音楽価値の高いものだと評価し、8曲中7曲が「古い民謡」から選曲された事も当然だと思われるが、改めてそれを確認する事ができた。唯一「古い民謡」ではなく「統一性のない民謡」に属すると検証した第7曲は、彼がとても高く評価していたドビュッシー の思い出に捧げられている。そのような理由から主題を発展させる上でいくらか自由度が高い「統一性のない民謡」を選択したのであろう。</p>

<br />

<div class="t1"><b>第2章 民謡の歌詞と楽曲との関連について</b><a name="chapter2"></a></div>

<p>１．ハンガリー語による民謡の歌詞<br />
バルトークは、自身が民謡採集にあたる意義をこう述べている。</p>

<p>「もし私たちが自己の創作に当たって、民族音楽がその行くべき道を示すものであってほしいと願うなら、その民族音楽のもっている内的な力は、いささかでも減少されることなしに私たちの上に効果を現さなければならず、その為にはメロディーを学ぶことだけでは充分ではない。これらのメロディーが生きている環境を見ること知ることが同じように必要である。民謡を歌っている時の農民の顔を見、踊りを見、彼らの結婚式、葬式、クリスマスその他の祭日の催しものにでてみなければならない。」 </p>

<p>勿論これは、作品を創作する立場にあるバルトークの心情である。しかし、作品を演奏する立場にある私達にとっても、これはやはり重要な心情ではないだろうか。「メロディーが生きている環境を見ること知ること」によって演奏は生かされ、初めて音楽に血が通うのであろう。<br />
しかし、なかなか簡単にその環境を見、知ることはできるものではない。それでも、演奏の立場から少しでも「生きている環境」を感じる事ができないか、と考えた時、私は民謡の歌詞に着目した。歌詞からその環境を感じる事はできないだろうか。</p>

<p>前述ではあるが、Op.20の楽譜には主題に使われる民謡譜があり、同時にハンガリー語による歌詞も記載されている。その中で、第２曲、第５曲は「Text Fehlt」とある為、歌詞は６曲に残されている事になる。第１、３、(６b)、８曲は、第１章で比較した『ハンガリー民謡』と照らし合わせ、伊東信宏氏による歌詞訳がわかった。そして、そこで手に入れる事のできなかった第４、６、７曲の歌詞訳、また「Text Fehlt」とあった第２曲の歌詞もあらたに民族音楽研究家である横井雅子氏にご協力頂き手に入れる事ができた。これらをもとに楽曲との関連を見ていきたい。</p>

<p>民謡は青年の恋の歌、誕生日や結婚の祝歌、子守歌、厳しい冬の寒さに立ち向かう人々の歌、等当然の事ながら、素朴な村人達の生活に密着したものである。そこで歌われる歌は誰もが共通して持っている喜び、悲しみではあるが、都会から離れたある意味閉鎖された村で生きる村人達 ならではの力強い生命力、溢れんばかりのエネルギーが場所も時代も超えて、こちらにひしひしと伝わってくる。私達日本人も昔のわらべ歌を聞いて、例えそれが自分の中で記憶のないメロディーであっても、何か懐かしい郷愁の念を覚える事がある。バルトークもそんなものを感じながら採譜していたのだと考えられる。</p>

<p>２．歌詞と楽曲との関連-演奏のイマジネーションを広げる為に<br />
８曲の民謡は一連の意味を持ったものではなく、一曲一曲の意味は全く別のものであり、歌詞の流れではなく、旋律の流れから個々は連結、統合されている。バルトークがOp.20を作曲する上で、数多く採集された民謡の中からこの８曲の民謡を選択したのは、民謡の歌詞の意味を汲んだのではなく、自身が好んだ古くからあるハンガリー民謡の旋律だからである。バルトークが民謡を主題に使用したのは、歌詞によって何かを訴えたいという事ではなく、あくまでその特徴的な音楽によって、真の芸術音楽の創造を果たす為の材料でしかないであろう。ベートーヴェンの『告別』ソナタ、ラヴェルの『夜のガスパール』といった作品のように、旋律に特定の語を付し意味を持たせたり、詩から受ける霊感を作品に投影させるというような意図は、この作品にはない。<br />
しかし、バルトークはハンガリー人であり、勿論民謡の採集時にそこに付された歌詞の意味を知っていた。バルトークが作品を創作する時に、母国語であるハンガリー語の民謡を、鼻歌を歌いながら作曲するという事もあったと容易に考えられるし、逆を返せばそういった状況で影響を受けない事がありえるだろうか。やはりなんらかのインスピレーションを受けただろうと考えるのが自然である。現に作品を考察していくと、歌詞から連想されるようなモチーフは至るところに見つけることができた。演奏する立場にある人間が、このハンガリーの農民音楽を基におく作品にとりかかるとき、歌詞の意味を汲む事はイマジネーションを広げる１つの手がかりになるだろう。</p>

<p>では歌詞と楽曲の関連が見られるモチーフを見ていこう。それぞれの旋律は曲中数回繰り返される事が多い。ここでは１度目の提示を(1)、２度目の提示を(2)、以下も同じ扱いとする。大文字アルファベットはそれぞれの旋律の基音である。</p>
<br />

<p style="color: #cc6666;font-size:14px;"><b>【第1番】 Molto Moderato</b><a name="2_No1"></a></p>


<table class="tb">
<tr> 
<td>(1)C　4小節</td>
<td>(2)C　４小節</td>
<td>(3)C　４小節</td>
<td>コーダ　４小節</td>
</tr>
</table>

<p>〔構成〕旋律を3回繰り返し、4小節のコーダで結ばれる。わずか16小節から成り、この作品の中で最も短い。シンプルな構成で変拍子もコーダの３小節間だけであり、いわばイントロダクション的な曲である。<br />
〔歌詞〕恋の歌。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei9_1.gif" width="505" height="174" class="b10">

<p>この曲はバルトークの記録に「老婦人の演唱」とあるが、「僕」という歌詞を読むと淡い恋心を抱いた青年の心を表わした歌のようである。歌詞の内容からも、左手の単旋律によるシンプルな導入からも、淡い恋のせつなさが感じられる。
(1)</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei9_2.gif" width="497" height="161" class="b10">

<p>(1)の右手のカノン は心の中で繰り返される様が表わされる。右手の３小節目５拍目でリズムの変化、節の終わりに向かい「poco rall」とあるのは、「僕のではなかった、しかも彼女は行ってしまった、行ってしまったのだ...」という青年の気持ちに即した曲の流れである。</p>

<p>２番の歌詞ででは話が生々しさを帯びてきて、「彼女にキス」をする叔父さんが登場する。<br />
(2)</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei10_a.gif" width="576" height="293" class="b10">

<br />

<p>(2)は(1)と同じく左手で旋律が奏でられるが右手は3度の伴奏、左手はオクターブの装飾がつき、そこで形成される長、短3度和音の混在は民謡自体の長調、短調の曖昧さを感じさせ、青年の複雑な胸の内を表わしている。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei10_b.gif" width="559" height="158" class="b10">

<p>(3)(2)は最初の構成音でＦ-dur調だったのが(3)ではd-moll調になり、ここでも調性の曖昧さを感じさせる。３番の歌詞はないが、ここでも青年の想いはメロディーになっている右手オクターブでせつせつと歌われ、ほろ苦い思いが和声の不協和に表れている。(1)（左手単旋律）→(2)（左手旋律、音域に広がり）→(3)（オクターブによる右手旋律と不協和）と徐々に積極性を増し、青年の気持ちは膨らんでゆく。</p><br />

　
<p>コーダはメロディーの最後の1小節間を倍に拡げ、更にもう一度繰り返す。バスの半音下降は曲の結尾にむけて落ち着きを感じさせ、青年の気持ちも少し現実を受け入れたか。最後は「これで本当に第1曲が終結したのかどうか」と曖昧な響きであとをひき、何か言いたくても言えない、といった引きずった印象が残る。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei10_c.gif" width="500" height="165" class="b10">

<p>コーダ</p>

<p>　長調とも短調ともつかない曲の雰囲気、次第に積極的になってゆく曲の展開は、青年の彼女を想う気持ち、コーダで2倍に拡げられて繰り返される曲の終わり、バスの半音の下降進行は、青年が彼女に言いたくても言い出せない、何か引きずる思いを表現しているようである。歌詞が曲に直接的な意味を与えているとは言い難いが、歌詞から霊感を受け創作に影響をあたえているのではないか。</p>

<p style="color:#CC6666;font-size:14px;"><b>【第2番】 Molto Capriccioso</b><a name="2_No2"></a></p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>導入１小節</td>
<td>(1)C　８小節 </td>
<td>移行部　５小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(2)E　８小節 </td>
<td>移行部　７小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(3)As ８小節 </td>
<td>移行部　２小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(4)C　８小節</td>
<td>　</td>
</tr>
</table>

<p>〔構成〕旋律を４回繰り返し、基音を(1)Ｃ→(2)Ｅ→(3)As→(4)Ｃと長3度音程ずつ上昇させ、曲の高揚感を誘い出している。〔歌詞〕楽譜には「Text Fehlt」とあったが、横井氏によるともとになった民謡には歌詞が記録されている。誕生日を祝う祝歌か。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei11.gif" width="550" height="113" class="b10">

<table border="0">
<tr><td>
(1)<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei11_a.gif" width="220" height="140"> 
</td>
<td>
(2)<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei11_b.gif" width="231" height="134">
</td></tr>
<tr>
<td colspan="2">(3) 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 
                　(4)<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei11_c.gif" width="335" height="227">
</td></tr></table>

<p>（譜例　旋律を導く短2度）</p>

<p>せつない恋の歌から誕生、健康を願う祝歌へ。場面はガラリと変わる。不協和音程の多用は中心軸システムを中心にしたバルトークの作品をめぐる多くの論文で取りあげられるがここでも例外ではなく、冒頭の2度の衝撃的な重音は聴く者の耳を驚かす。第1番が「何か言い足りない・・」状態で結尾を迎えるので尚更、インパクトは強烈である。</p>

<p>７シラブルの曲はいつもTempo giustoだと第１章で述べた。Tempo giustoならではのテンポの運びの良さから村人達のお祭り騒ぎが目に浮かんでくる。(1)、(2)のメロディーをシンコペーションで煽っていた伴奏が(3)では８分音符で刻まれるが、日本版でいう「わっしょい、わっしょい！」とも言わんばかりである。</p>

<table border="0"><tr><td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei12.gif" width="397" height="120"><br />
<div style="text-align:right;font-size:16px;">(3)</div></td></tr></table>

<p>(4)で人々のテンションはピークに達し、家族でのお祝いが村を上げてのお祝いに。メロディーはユニゾンで奏でられ、不協和の装飾は犬猫の鳴き声か。</p>

<p><table border="0"><tr><td><img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei12_2.gif" width="397" height="125"><br />
<div style="text-align:right;font-size:16px;">(4)</div></td></tr></table>


<p style="color: #CC6666;font-size:14px;"><b>【第3番】Lento,Rubato</b><a name="2_No3"></a></p>


<table class="tb">
<tr> 
<td>導入　 2小節 </td>
<td> (1)D　13小節</td>
<td>移行部　2小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(2)F　8小節 </td>
<td>移行部　5小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(3)D　8小節</td>
<td>　</td>
</tr>
</table>

<p style="padding-bottom:0px">〔構成〕原曲がパルランド・ルバート形式の民謡の為、拍子が安定しない。Op.20の中でも最も変拍子が多く、同じ拍子で進行するのはほとんどコーダにしかみられない。ここでの旋律はOp.20にある民謡譜ではなく『ハンガリー民謡』にある旋律の方が使われている。したがって、エオリア旋法（短調）になっている。<br />
〔歌詞〕</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei13_1.gif" width="536" height="184" class="b10">

<p style="padding-bottom:0px;">(1)は導入が変拍子の上に動きが少なく、完全４度、短２度の組み合わせ、リズムの不確定さで、不安定感、不気味さを与える。「黒い雲が湧き上がる」の情景が浮かびあがる。<br />
</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei13_2.gif" width="533" height="181" class="b10">


<p>冒頭 ─ (1)</p>

<p>(2)への移行部では「黄色いカラス」の鳴き声が聞こえてくる。<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei13_3.gif" width="555" height="158"><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　(1) ─ (2)の移行部</p>

<p style="padding-bottom:0px;">(2)では旋律が左手、伴奏部が右手に移る。ここでの音構成に注目したい。<br />
大部分が次の音で構成されているのがわかる。<br />
　右(d、e、fis、gis、ais、D)　 左(des、es、f、g、a、Des）　から成る全音音階</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei14.gif" width="499" height="150">

<p>(2)</p>

<p>厳密なる全音音階から成るわけではないが、異なる（短2度）全音音階を組みあわされている。この全音音階は第3曲を印象主義的に感じさせ、曲の歌詞から感じられる幻想的なシーンを彷彿とさせる要因になっているだろう。</p>

<p style="padding-bottom:0px;">(3)は今までにない4声体書法になり、第3曲の終焉に向け、旋律はソプラノとバスのユニゾンで厳粛に奏でられる。場面は「ジェールの墓地に眠りたい」。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei14_2.gif" width="508" height="247" class="b10">

<p>(3)</p>

<p>この曲はいわゆるピアノ曲『戸外にて』(1926)の第4曲《ナイト・ミュージック》の先駆だという 。《ナイト・ミュージック》では夜の描写 を彼独自の手法で描いている。ここでは完全な描写音楽にはなり得ないが、やはり「黒い雲」や「カラス」「病気」「墓地」等歌詞の内容から感じられる幻想的なイメージからの影響を感じずにはいられない。</p>

<p style="color:#CC6666;font-size:14px;"><b>【第4番】Allegretto scherzando</b><a name="2_No4"></a></p>





<table class="tb">
<tr> 
<td>(1)G　12小節 </td>
<td>移行部　4小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>(2)E　15小節</td>
<td>コーダ　9小節（40小節）</td>
</tr>
</table>

<p>〔構成〕民謡はTempo giustoの場合、4行詞の曲が使われていたが、これは2行詞が終わった所で歌詞のRefrainが入るという特殊なものである。その為、1フレーズが6小節単位となりそれが標語にあるscherzandoの性格を感じさせる。<br />
〔歌詞〕厳しい冬を迎える前の村人の歌 。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei15.gif" width="547" height="149" class="b10">

<p>この曲はドナウ川から冷たい風が吹いているという意の歌詞がついている。冒頭の右手は風のモチーフのようだ。冷たい風は2フレーズめでさらに動きが出てきて勢いが増す。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei15_2a.gif" width="523" height="157" class="b10">

<p>(1)１フレーズめ</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei15_2b.gif" width="557" height="157" class="b10">


<p>(1)２フレーズめ</p>

<p>(2)では右手に旋律、左手に伴奏部となるが、伴奏部は、(1)と(2)の間の移行部で刻まれていた8分音符の音型に影響を受けてシンコペーションの音型に変わり、全体的に音楽の流れが前に前にと感じられて、曲の終結に向けて緊張が高まっていく。歌詞の意から、長い冬を迎える貧しい農民のせわしない冬仕度がイメージされる。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei16.gif" width="496" height="130" class="b10">


<p>(1) ─ (2)の移行部</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei16_2.gif" width="477" height="107" class="b10">

<p>(2)</p>

<p><b>【第５曲】Allegro molto</b><a name="2_No5"></a></b></p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>導入　4小節</td>
<td>(1)G　16小節 </td>
<td> 移行部　6小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(2)G　16小節</td>
<td>移行部　5小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(3)G　10小節 </td>
<td>コーダ　11小節（58小節）</td>
</tr>
</table>

<p>[構成] Op.20の中間曲にあたる第5曲は、躍動感溢れるシンコペーションのリズムで強いインパクトを与えられる。一個所の16分音符と、装飾音を除けば、あとは全て4分音符と8分音符で構成され、7シラブルTempo giustoの活気に溢れ、躍動感のある曲である。歌詞は「TextFehlt」とあるが、横井氏によると、民謡はガーライによる採譜で歌詞の断片がわずかに記録として残されているという。が手に入れる事はできなかった。</p>
<br />


<p style="color: #CC6666;font-size:14px;"><b>【第6番】Allegro moderato, molto capriccioso</b><a name="2_No6"></a></b></p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>導入　5小節</td>
<td>(1)Es　6小節 </td>
<td> </td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(2)Ges　6小節</td>
<td> 移行部　2小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(3)Es　7小節 </td>
<td>コーダ　6小節（32小節）</td>
</tr>
</table>
<p style="padding-bottom:0px;">[構成]民謡の編曲とはいえども、かなり形式は自由に複雑になっていく。第1章ではこの曲に関して、ヴァリアントの有無を述べた。手に入れる事のできた2曲の民謡は音型、リズムは似ているものの、歌詞の意は驚くほど違いがあるものだった。ここでは楽譜にある民謡譜を６a、『ハンガリー民謡』でみつけた民謡を６bとしよう。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei17_1.gif" width="527" height="125">
<p>〔歌詞６a〕 ─ ある女の嘆きの歌</p>

<p>〔歌詞６b〕 ─ 結婚を喜ぶ女の歌</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei17_2.gif" width="542" height="188" class="b10">

<p>５連音符を多用して歌われた６ｂが(1)と対応している。(1)は基音がEsでかなりの高音部におかれ、5連音符の多用とヴィブラートは、６ｂの歌詞にある若い娘の結婚を喜ぶ演唱を連想させる。(1)のフレーズは基音であるEs-durのトニックで終わり、終始明るい雰囲気で終える。</p>

<table style="font-size:16px;"><tr><td style="vertical-align:bottom;">
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei17_3.gif" width="381" height="149"><br />(1)の始め</td><td style="vertical-align:bottom;"><img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei17_4.gif" width="137" height="122"><br />(1)の終わり</td></tr</table>

<div style="font-size:16px;" class="b10">が、一転して(2)では短2度のざらついた和声がつき、装飾はヒステリックに緊張を高める。ここでは６aの歌詞「年寄りをどうやって抱きしめたらいいのだ」という内容からの、女の不満、でもどうしようもない嘆きといったものがあるのだろうか。<br />
また(3)ではメロディーが(1)からみて相当の低音部におかれている。これも６aの女の重い気持ちが表れているのだろうか。<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei17_5.gif" width="452" height="176"><br />
                　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  (2)
</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei17_6.gif" width="404" height="127"><br />
                　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(3)
</div>
<br />

<p style="color: #cc6666;font-size:14px;"><b>【第7曲】Sostenuto,rubato</b><a name="2_No7"></a></b></p>


<table class="tb">
<tr> 
<td>(1)C　11小節</td>
<td> 移行部　4小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>(2)G　6小節</td>
<td>コーダ　12小節</td>
</tr>
</table>


<p>[構成]前述にあるが第7曲はドビュッシー追悼の為の作品である。民謡はかなり自由に扱われており、原曲にあるアーフタクト、旋律にある音も省かれている。もともとがパルランド形式の曲の上、即興的な曲の揺らぎから、印象主義的印象が強く感じられる。<br />
この曲は「印象主義の影響と農民音楽の語法が一体となった、バルトーク風印象主義を示している 」という。
〔歌詞〕不倫の間にできた子供への子守歌。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei18_1.gif" width="522" height="153" class="b10">

<p style="padidng-bottom:0px;">導入を持たず民謡から始まる(1)での音配列に注目したい。ピアノでは想像上の音である「半嬰へ」の音を中心に《オリジナル》の音楽が鏡像のように映し出されるという 。グリフィスは、「ヴァイオリン・ソナタのあるパッセージで静寂さを生み出す一因」として、この鏡像形を用いているのを指摘している。この第7曲でもその「静寂さ」の効果を発揮している。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei18_2.gif" width="529" height="220" class="b10">

<p>(1)</p>

<p>　この歌の冒頭の歌詞「Beli」は「Bela」という男の子の愛称ではじまる。内容的には穏やかなものではないが子守りをしながら歌っている母親の歌である。(1)では一部その「静寂さ」を表わすモチーフがあらわれるものの、旋律は「お父さんの子じゃない、お父さんの子じゃない」とsempre ben marcato で奏され、そこに寂しさを感じている、しかし意思の強い母親を連想する。<br />
　そして締めくくりは今までの不協和によるｆが嘘だったかのように極めて静かに単音Ｃで終わる。これもまた「静寂さ」をひきたたせる要因だが、静かな中に穏やかではない激しい母親の情念をも思わせる。</p>

<div style="fon-tsize:16px;"><img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei18_3.gif" width="493" height="170"><br />
                　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　コーダ</div>


<p style="color: #CC6666;font-size:14px;"><b>【第8曲】Allegro</b><a name="2_No8"></a></p>

<table class="tb">
<tr> 
<td>導入　4小節</td>
<td>(1)H　8小節 </td>
<td> 移行部　15小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(2)D　12小節 </td>
<td>移行部　13小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(3)E　8小節</td>
<td>移行部　8小節</td>
</tr>
<tr> 
<td>　</td>
<td>(4)C　終結部 　14小節</td>
<td>　</td>
</tr>
</table>


<p style="padding-bottom:10px;">　[構成]　第8曲では民謡の提示は(1)のみで、あとはモチーフ的に使われ、曲の終盤にかけて次第に民謡の旋律が原型とどめなくなる。音域の大胆な動きや、明らかな形でカノンが出てきて音楽に立体感を持たせたりする事により編曲の域から脱し、このOp20の終曲として相応しいものとなっている。<br />
〔歌詞〕場面は冬、若い男の歌。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei19._1.gif" width="505" height="125" class="b10">

<p style="padding-bottom:10px;">使われた民謡そのものが、7シラブルのダンス的要素等から躍動感溢れるものである。終始多用される短3度、完全4度、増4度、長7度音程は、打楽器的に（stepitoso　やかましく騒がしく）ffから始まり強烈なインパクトで始まる。若い男の逞しい溢れんばかりのエネルギーが感じられる。彼が打楽器的要素を好んで用いた事は改めて述べるまでもないが、第8曲では他にcon slancio（衝動的に）、rumotoso(雑音ぽく)、marcatissimo、brioso(荒れ狂う、猛烈な)等のあらゆる標語を使い、打楽器的表現を求められている。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei19_2.gif" width="443" height="181" class="b10">

<p>冒頭 ─ (1)</p>

<div style="font-size:16px;">(2)ではシンコペーションのリズムモチーフが崩され、歌詞から汲みとれる茶化したような、調子の良さ、ふざけた感がある。標語にもCapricciosoとある。<br />
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei19_3.gif" width="476" height="150"><br />

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(2)<br />
　このOp.20の締めくくりは2オクターヴのユニゾンが3オクターヴになり、それにallargandoと伴い、エネルギー全開の一層堂々としたものである。曲の終結にはオスカーが指摘する、テーマを変化させる事による色合いの変化への効果が見られる 。そしてまったく長2度ずれた不協和音がsffで奏でられ、瞬時に休符をもつ。極致の緊張と集中の中、荒れ狂う、猛烈な（brioso）クレッシェンドを経て、sfffで曲を終える。旋律、歌詞ともに若々しい、雄雄しい溢れんばかりのエネルギーが、ここでは不協和、sfffで表現されるのだ。<br />

<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei20.gif" width="468" height="130"><br /> 
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefurei20._2.gif" width="479" height="216"></div>
<br />

<p style="color:#cc6666;"><b>【おわりに】</b><a name="owarini"></a></p>
<p>青年期のバルトークは1903年9月8日(22歳)付けで母へこのような手紙を残している。</p>

<p>「だれしも、成熟した人間は自分の目標を定め、あらゆる言動をこの目標に向けなければなりません。僕自身は、全人生のあらゆる点において、常に、断固として、ある一つの目的のために尽くすつもりです ─ ハンガリーの為、祖国ハンガリーのために。 」</p>

<p>バルトークが生涯を通し「ある一つの目的」 ─ 真のハンガリー芸術音楽の創作 ─ を果たそうとした時、それは民謡研究からはじまった。バルトークは民謡研究を通して、その特徴的な語法を抜き出し独自の語法を編み出していったのだ。<br />
その語法を編み出すきっかけとなり、バルトークが愛したハンガリー民謡に、ここでたちかえった。バルトークに師事していたシャーンドル は「一般的にルーマニア民謡とハンガリー民謡の歌詞には音楽と違って内容的にあまり見るべきものはないと言ってよさそうで、何よりも音楽に興味を持っていたバルトークは歌詞には関心を示さなかった 」と言っている。しかし作品をみてゆくと、その音構成、フレージング、ダイナミクスには、歌詞からの影響であろうと思われる箇所が数多くみられた。<br />
「メロディーを学ぶことだけでは充分ではない。これらのメロディーが生きている環境を見ること知ることが同じように必要である。」とバルトークは言った。情報に溢れた時世になり、作品の知識、情報は自由に得られる。が本当は情報ではなく肌身で音楽を感じたい。しかしそれがままならなく、バルトークが生きた時間からも、生きた場所からもかけ離れている環境にいる人間が作品に向かう時、これまでの考察は生きてくると思われる。元来民謡は歌詞を持ち当然の事ながら人間が肉声で歌ったものであった。それを感覚的にだけではなく、民謡研究を通しその特色を理論的に把握した。その上で個々に強烈な雰囲気をもつ旋律と、エネルギー溢れる歌詞の意を知る事、それらによってハンガリーの農民生活のイマジネーションが広がってゆく事はすべて、生きた演奏、血のかよった音楽、をつくり上げる要因となるだろう。バルトークが作品を創作する上で、民謡から感じえていた音楽的な訴えの根源に少しでも近づき、演奏にこの考察が助けになれば嬉しく思う。</p><br />



<p><b>【参考文献】</b></p>

<p style="font-size:13px;">
ピエール・シトロン『バルトーク』　　　北沢方邦・八村美世子訳　1969年　白水社<br />
バルトーク『ある芸術家の人間像 ─ バルトークの手紙と記録』<br />
　羽仁協子訳編　1970年　冨山房<br />
エルネ・レンドバイ『バルトークの作曲技法』<br />
　谷本一之訳　1978年　全音楽譜出版社<br />
山崎孝『バルトーク　ミクロコスモスの演奏と指導法』　　　　1981年　音楽之友社<br />
バルトーク『バルトーク音楽論集』　　　　　　岩城肇編訳　1992年　御茶の水書房<br />
フランク・オスカー『バルトーク　ミクロコスモスの世界』<br />
　照澤惟佐子訳　1993年　全音楽譜出版社<br />
バルトーク『ハンガリー民謡』<br />
　間宮芳生訳　伊東信宏歌詞対訳　1995年　全音楽譜出版社<br />
ポール・グリフィス『バルトーク ─ 生涯と作品』　　　　和田亘訳　1996年　泰流社<br />
伊東信宏著『バルトーク　民謡を「発見」した辺境の作曲家』<br />
　1997年　中公新書<br />
谷本一之・横井雅子『ニューグローヴ世界音楽大辞典』<br />
第13巻　p474 ─ 493　　講談社<br />
LAMPERT Vera : Bartok nepdalfeldolgozasainak forrasjegyzeke ,<br />
Budapest : Zenemukiado,1980</p>

<p style="font-size:13px;"><b>論文</b><br />
金久保明子「バルトークと黄金分割をめぐる諸問題<br />
 ─ ピアノ作品《Allegro barbaro》《Sonata》を中心に」<br />
1999年　桐朋学園大学研究紀要(桐朋学園大学音楽学部II〔編〕)25巻<br />
平野俊介「バルトーク、ハンガリー農民歌による即興曲Op.20における一考察<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 ─ 中心軸システムを中心に ─ 」<br />
　　　　　　1996年　上越教育大学研究紀要　第16巻　第1号<br />
平島直子「バルトークの音楽の特質に関する一考察」　　　1969年『音楽学』15巻/1</p>

<p style="font-size:13px;">吉本隆行「ベーラ・バルトークの作曲技法研究（その４）」<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1983年　信州大学教育学部紀要　<br />
小河原美子「バルトークのピアノ組曲「戸外にて」について」<br />
　　　　　　　　　　　　　　　1997年　国立音楽大学研究紀要31号<br />
新倉健「"夜の音楽"における"自然との照応"について<br />
　　　 ─ バルトーク作曲弦楽四重奏曲第四番第3楽章の分析をてがかりとして ─ 」<br />
　　　　　　　　　鳥取大学教育学部　研究報告人文社会科学部</p>

<p style="font-size:13px;"><b>CD解説書より</b><br />
バルトーク/ピアノ独奏曲集　ジョルジュ・シャーンドル　<br />
Sony Records 1995　SRCR9977 ─ 80<br />
バルトーク/14のバガテル〈ピアノ・ソロ作品集I〉フェレンツェ・ボーグナー<br />
カメラータ・トウキョウ　1997　30CM-458</p><br />


<p><b>【参考資料】</b></p>

<p style="font-size:13px;">『ハンガリー農民歌による８つの即興曲』Op.20に使われた民謡譜と歌詞訳をここに一覧にして紹介する。歌詞訳は下記の著書からの引用と、民族音楽研究家である横井雅子氏のご協力により手に入れることができた。</p>

<p style="font-size:13px;">Bartok Bela：A Magyar Nepdal Hungarian Folk Music(1924)<br />
『ハンガリー民謡』間宮芳生訳 伊東信宏歌詞対訳　全音楽譜出版（1995）</p>

<p style="font-size:13px;">Boosy&Hawkes『Imprevisations on Hungarian Peasant Songs Opus20』にある民謡譜</p>

<br />

<img src="/seminar/images/thesis_watanabesancousiryou.gif" width="460" height="456" class="b10">
<p style="padding-bottom:0px;font-size:13px;">『ハンガリー民謡』にある民謡譜</p>
<img src="/seminar/images/thesis_watanabefureihungry.gif" width="444" height="642" class="b10">


<br />

【第１曲と『ハンガリー民謡』37番】伊東信宏訳<br />
<table>
<tr>
<td class="vt">
１．いとこがパイを焼いた、<br />
けれど食べるのは僕じゃなかった。<br />
彼女はそれを庭に持っていった、<br />
バラのハンカチに包んで。
</td>
<td class="vt" style="padidng-left:20px">
２．叔父さんが彼女について行く<br />
新しい襟つきのコートを着て、<br />
そして彼女にキスをした、<br />
庭の真ん中で。</td></tr></table>

【第２曲】横井雅子訳<br />
私は夜、灯りをともした、<br />
ヤーノシュのお祝をするために<br />
ヤーノシュよ、健康でいてくれ、<br />
お前の健康を祝おう。<br /><br />

【第３曲と『ハンガリー民謡』40番】伊東信宏訳<br />
<table border="0">
<tr><td class="vt">
１． ほら、黒い雲が<br />
湧きあがる、<br />
あの中では、黄色い足をした<br />
カラスが毛づくろいをしている。</td>
<td class="vt" style="padidng-left:20px">
２．待て、カラスよ、止まれ、<br />
この伝言を届けておくれ<br />
僕の父さんと母さんに、<br />
僕のいいなずけに。</td></tr></table>

３．もし、僕がどうしてると訊かれたら、<br />
僕は病気だと言ってくれ。<br />
<br />

 ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2001年度採用レポート／深井　尚子</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/2001/04/01_8988.html" />
    <id>tag:www.piano.or.jp,2001:/report/04ess/ronbunreport//51.8988</id>

    <published>2001-04-01T05:20:26Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:20:41Z</updated>

    <summary> ピアノ教育の現状への一提言 深井　尚子 ＜目次＞ 1.ピアノ教育の現状への一提...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/">
        <![CDATA[
<p style="font-size:25px;padding-bottom:0px;color:666666;"><strong>ピアノ教育の現状への一提言</strong></p>
<p>深井　尚子</p>

<p style="font-size:14px;">
<strong>＜目次＞</strong><br />
<a href="#1">1.ピアノ教育の現状への一提言</a><br />
<a href="#2">2.自信喪失</a><br />
<a href="#3">3.本当の意義とは</a><br />
<a href="#4">4.具体的なレッスンの例</a><br />
<a href="#5">5.聴衆を育てるピアノ教師</a></p>
<br />
<a name="1"></a>
<h3>1.ピアノ教育の現状への一提言</h3>

<p>私は、ピアノ教師の指導をすることが大変多い。<br />
ピアノ教師達が、音楽大学を出て、すぐにピアノを教える実践に入ることが多く、みな、たくさんの悩みを抱えていることを実感している。まず、教師本人が、演奏法を確立していない場合が多い。つまり、基本的な決まり事を習得していないのである。しかし、教師という立場上、これ以上、だれに教えを受ければいいのか。大学時代の先生に教えていただけるのは、高度な技術を要する楽曲で、それらを長時間練習し、レッスンに持って行くことも躊躇され、かといって、初心者用楽曲をレッスンしてもらうわけにも行かず、結局は、現状維持のまま、なんとなく「これでいいのだろうか。」という思いでピアノ教師を続けている場合が多い。<br />
振り返ってみれば、日本の音楽教育は、技術先行の感が強く、日本人特有の生真面目さを持って、音符を正しく弾くことを中心に行なわれてきたようだ。音楽大学出身者は、ほとんどが、幼少よりピアノを始め、早い人は、小学校高学年で、音楽専門家になることを決め、あらゆる犠牲をはらって、ピアノの練習に励んできた人がほとんどである。それが、当たり前として生活してきたし、ピアノ以外のことを知らなくとも、特に困難も感じないで生きてきた人が多い。大学を卒業するまでは、同じ環境から来た人の集まりの中にいるため、それほど違和感を覚えないでいられるが、大学を卒業し、一般社会に入ったとき、そのギャップに悩むことが多い。ピアノ教師になった人たちは、社会経験もないのに、突然「先生」と呼ばれるようになる。生徒の親は、ほとんどの場合、本人より年長のことが多い。大変、アンバランスな環境に、いきなり放り込まれるのである。大抵は、大学卒業後も、大学時代の先生にレッスンを受け、自分の技術を習得しようとするが、そのような専門的な楽曲を演奏できても、実は、幼児や初心者にピアノを教える時、あまり応用が利かない。音大まで進んだ人たちは、一般の人よりは才能があって、上手な生徒だったはずである。努力もできるし、先生のおっしゃることを早く理解でき、それを実践できたわけである。しかし、一般のピアノ教師になると、ありとあらゆる生徒がやってくるようになる。指を１本、１本考えて動かさないと弾けない子供や、おかしな癖を持っていたり、指自体が、ピアノにまったく向かなかったり、音感がなかったり、リズムが数えられなかったり、思いもよらない困難が待ち受けているのである。<br />
私自身も、ウィーン帰国後、自宅で教え始めた時、左手のアルベルトバスと右手のメロディがどうしても同時に弾けない子供を目の当たりにしたとき、途方にくれたものだった。ウィーンで受けた専門教育は、一般の生徒全般には、何の役にも立たないのである。必要なことは、忍耐と努力だけであったように思う。私の場合、演奏家としての活動が中心だったため、専門教育は、そのまま、自分の演奏活動に生かされ、欲求不満に陥ることなく、今に至っているが、多くのピアノ教師が、そんな環境の変化に戸惑いながら、悩み、苦しんでいるのである。自信も喪失し、自分のために演奏をする意欲も失っている。 </p>

<p>私が指導しているピアノ教師は、一様に、そのような悩みを感じて、私の門を叩く。そういう人は、大変真面目で、一生懸命の人が多い。私は、早い時期から、音楽専門月刊誌に多種多様な事柄を記事にしたり、エッセイを書いたりして、全国のピアノ関係者に私の考えを発表する機会があった。現在も、「聴く人のためのアナリーゼ」ピアノの専門誌ショパン紙上で連載中である。そのため、全国から悩みを持った音大生や高校生、そして、ピアノ教師からレッスンの依頼を受けている。</p>

<p>これまで実践し、効果をあげてきた私のピアノ指導者のための指導法を、ピアノ教師の悩みや迷い具体的にあげながら、説明する。</p><br />


<a name="2"></a>
<h3>2.自信喪失</h3>

<p>まず、私のところにはじめてレッスンに来る方は、課題を設けず、弾きたい曲を演奏してもらう。たとえそれが、簡単な初心者用の楽曲でも、まったく構わない。音楽は、どんなものであっても、その人の演奏技術、解釈がわかるからである。<br />
多くのピアノ教師は、バッハのシンフォニアやモーツアルトなどの比較的、音符の少ないものを持って来る場合が多い。そこで、一様に感じられることは、皆、「自信がない」ということ。演奏自体が萎縮しているのである。演奏全体の強さは、メゾフォルテ、テンポも遅めである。途中、音を外したり、指がもつれると、「あ、すみません。」なんて言いながら私の顔を見たりする。それでも、私は、一切演奏を止めず、「音の間違いなどに気をとられないで、最後まで弾いてください。」と言い、最後まできちんと聴く。一曲弾き終わり、大抵の人が「いろいろ間違えてすみませんでした。なかなか練習ができなくて・・・」と言い訳をする。<br />
ところが、私は、その人の演奏の中で、音の間違いや、弾きなおしをしたことについて、ほとんど注意を払っていないのである。音の間違いは、本人が一番よくわかっているわけだし、弾きなおしたところは、次に直せばいいわけである。私が、聴いていることは、その人が、どんな演奏をしようとしているのか、何を感じて弾いているのか、この曲をどんなふうに感じているのか、基本的な決まり事を把握しているか、演奏法を持っているか、などである。だから、「すみません。間違えて。」ということより、自分が、満足して弾けたかどうか、または、不満なら、どこが不満なのかが、わかっているかどうかを聞きたいわけである。<br />
次節で具体的なレッスンを述べるが、私のレッスンを受けにくるピアノ教師のほとんどが、一度目のレッスンでまずそのような反応を示すことの理由は何かをこの節では考察する。</p>

<p>彼らは、今までレッスンを受けるたびごとに、音の間違いに恐れを抱いていたふしがある。
幼少の頃から大学で専門教育を受けている期間は、常に、間違いなくをモットーに練習し、一度も音を外さないで演奏できた時、喜びを感じて来たのである。大学の教授達は、そういう演奏に、よい点数をつけてきたようである。音楽のもつ本来の意味や意義を考えることなく、難解な曲を征服するような気持ちが先行していた。学生は、それ以外のことを考える余裕もなく、練習に励んできたわけである。多少の歴史的事実や作曲家のエピソードは、話題にしたかもしれないが、現在のピアノ教師によく聞いてみると、表面的な事柄を知識として述べるだけであり、それが音楽に生かされていないのである。たとえば、ベートーヴェンのソナタ作品３１?２には、テンペストという題がついているが、大学教師は、「シェイクスピアのテンペストを読みなさい。とベートーヴェンが言ったというエピソードがある。」などと言う。すると真面目な学生は、とりあえず、シェイクスピアのテンペストを読むわけだが、だから、それが、どう、この楽曲と結びつくのかよくわからないまま、テンペストを練習するから、テンペストを読んだという事実のみで終ってしまうのである。
これは、教育ではなく、ただの簡単な情報の伝達のみである。まったく表面的で深みのないことである。このような、教育を大学まで受けてしまい、そのまま社会に出て行くと、それ以上発展できなくなり、結果的には、袋小路に入り込んで出口を見つけられなくなってしまう状況になってしまうのである。<br />
もっと、よくないことは、大学の教授や著名な音楽家が、演奏技術は、１５歳までしか進歩しない、とか、これ以上上手くなれない、悲観的なことをしたり顔で言うことがよくあることである。進歩や発展は、その人の気持ちと努力次第で、一生続くはずなのに、無責任に、そのような言葉を吐き、だれも幸せになれないような不毛な話を教師がするのは、大きな問題である。そのような教師に習ってきた、次の世代の教師が、また同じことを繰り返すことになり、これこそ、まったく進歩が見られない悪循環に陥るのである。<br />
私が、高校生だった頃、音楽教育はすでに頂点に達し、指の回る人たちは、たくさんいた。しかしその中から、世界の音楽界（コンクールでいい成績をとることでなく、本当の音楽家として認められる演奏家）が排出されたであろうか。残念ながら、あまり、いないのが現状である。そして、演奏家ばかりでなく、よい聴衆を育てることのできる可能性のあるピアノ教師までが、自信を失い、音楽とどう向き合っていけばいいのかわからない状態になっている。現在、何かが違うと感じて、正しい教育を今から受けたいと思うピアノ教師に、私は、たくさん会ってきた。次節では、本当の教育とは何かを、具体的にお話する。</p><br />


<a name="3"></a>
<h3>3.本当の意義とは</h3>

<p>私のレッスンは、私の質問から始まる。具体的にその模様を再現してみよう。<br />
楽曲は、前節に出てきた、ベートーヴェンのテンペストを弾いたとしよう。たとえば、あるフレーズの中のある音が、不自然に出てしまったこと（強すぎたり、弱すぎたり、飛び出したり・・・）について、なぜ、そこをそのように弾いたのかをたずねる。ほとんどの場合、そう弾いてしまったことさえ覚えていないことが多い。音の間違いの場所は覚えているのに、不自然なフレージングや強弱には注意が払われていないのである。音楽は、フレーズをどう扱うかによって、まったく印象が違うことに気持ちが働いていないのである。<br />
次に、ここにピアニッシモとフォルテッシもがあるが、どの程度の音量を想像したかを質問しても、具体的に示すことができない。音量も演奏の重要な要素であるにもかかわらず、研究されていないのである。その他、問題が多いのは、ペダリングである。ペダリングの仕方をきちんと習っていないことが非常に多いことに、驚かされる。今でも、バッハでは、ペダル使用を禁止する教授がいると聞くが、それは、大きな間違いであり、そのようなことを強要するのは、罪である。また、手首の使い方を演奏に生かしきれていないことも、よくあるし、もっと基本的なところで、椅子の高さ、座る姿勢に問題があるのに、今までだれにも指摘されたことがない人が、たくさんいるのである。</p>

<p>このように、音を間違えないで弾くこと以前の問題が解決されないまま、「何か違う」と感じているピアノ教師が多いことに注目しなければならない。<br />
音を外すことは、椅子が高すぎたり低すぎたりして、正しい姿勢を取れなかっただけが原因のことがあるのだ。身体のどの部分に重心を置いて座るか、背筋の伸ばし方、肩の位置、そのようなことで、音を外さなくなるのである。だから、音を外したくないと思って演奏することだけに神経を使うことは、あまり有効な結果を生まない。<br />
ピアノの構造や機能をまったく知らないピアノ教師も多い。ピアノという楽器を知ることで、疑問が解決されることがある。</p>

<p>内容的なことの例としては、たとえば、テンペストを弾く場合、私のレッスンを受けにくるほとんどの生徒が、シェイクスピアのテンペストを読んでいるのである。「では、どんな話でしたか？」と聞くと、あまり上手く説明できない。「どの部分が、ベートーヴェンのテンペストと繋がるのでしょうか？」と聞くと、尚更、口をつぐんでしまう。質問を変えて、「シェイクスピアは、いつの時代の人でしたか？」「他に、どんな作品がありますか？」などと発展させると、ほとんどの人は、貝のようになってしまう。そこまでは、考えていなかったわけである。本当に大切なことは、テンペストを読むことではなく、読んだことを目的の楽曲と結びつけ、自分の中で考察することである。</p>

<p>さて、今までの具体的な例から導き出される一つの回答は、彼らは、音を間違えないで弾くこと以外の、音楽の本当の意義を考えていないということである。幼少から長年付き合っているピアノを通しての音楽について、深く考える訓練がされていない。指の訓練はしても、感性の訓練をしていないのである。感性は、実は、訓練である程度までは、形成されるものだ。それを、学生時代も習わないまま、今に至り、実際に生徒ととのかかわりやたくさんの経験から、ある日、何かが違うのではないか、と感じるようである。その技術先行、音楽的解釈が二の次になってしまった原因は、その生徒本人だけではなく、その生徒の先生や大学の教師にある。技術と平行して音楽の意味や意義を大切に扱わなかったからである。その結果、自分が先生としてピアノを教えながら、何かが違うと気づき、それでも、どうしたらそれが打開できるのかわからないという循環に陥ってしまうのである。これからは、その悪循環を脱して、新しい発展的な循環をするためにも、本当の教育がどんなことであるか、知ることが大切である。</p>

<p>本当の教育とは、各人の興味を刺激し、知識、教養を専門分野に生かして活用できるような方法を教えることである。そして、それを繰り返すことで、そのような思考過程ができる方法を身につけることなのである。それには、訓練が必要で、「ああ、そうだったのか」と頭でわかることとは、また別の問題である。身につけるためには、若いうちからの、そのような訓練が有効だが、いくつになっても、それに気がついて実践すると必ず改善され、進みは遅くとも、今までより必ず上達する。人間の進歩は、けっして止まらないのである。</p>

<p>以上のことを踏まえ、あきらめずにこつこつと勉強する方法を知ると、大人の場合、ある時点から飛躍的に進歩する。眠っていた頭脳を目覚めさせるのは、少々、時間がかかり、結果が出ないことに苛立ちを覚えるかもしれないが、そこでよい教師は、必ず上達することを信じさせるよう導かなければならない。教師本人が諦めてしまったら、おしまいである。多少、年齢が行っていても、それに気づいた教師は、それを自分の生徒に応用できる。それによって、よい連鎖が生まれ、本当の教育を受けられるこれからの世代が増えるということである。こんなに素晴らしいことはないではないか。</p><br />


<a name="4"></a>
<h3>4.具体的なレッスンの例</h3>

<p>まず、音楽の基礎をもう一度見直すことである。フレーズをどのように扱いたいかを、私が、いろいろなパターンを例に出し、どれが一番いいと思ったかを一緒に考察する。単純に、4小節のフレーズを少しクレッシェンドしたり、逆にしたり、思い切って、故意に不自然にしたりしてみる。そのパターンを生徒にも考えてもらう。そして、たった4小節のメロディの扱いを決定する。その時行なった、たった４小節のメロディの歌い方の決め方を知ると、他も部分に早速応用ができるのである。その時、人によって同じ結果になるとは限らず、同じメロディが、違う演奏になることもよくある。それが、個性である。</p>

<p>音量についても同様で、汚い音でも良いから、出せるだけの音、聴こえなくてもいいから小さい音を出してもらう。その中から、その楽曲に合い、演奏者も満足する音量を決めるのである。音楽は、絶対的なものでなく、相対的なものであることを教える。</p>

<p>たとえば、シェイクスピアのテンペストについては、次回まで、本気で読んできてもらう。その際、どの部分がこの楽曲に関係が深いか、必ず答えてもらう事を最初から決めておく。
次回のレッスンで、その答えを聞き、私の意見も述べ、創造力の増幅を図る。その結果が、「私には、シェイクスピアのテンペストとベートーヴェンのテンペストに関連性を見いだせなかった」でも、構わないのである。読んで考えることが大切なのだから。「シェイクスピア、面白かったので、ハムレットも読んでみました」なんて発展していくと、ベートーヴェンを勉強したことで、シェイクスピアのことまで知ることになるわけである。これが発展的なレッスンで、音楽を通して、音楽以外の教養を身につけることにも繋がるのである。このような連鎖が、それ以外の事柄にも波及し、考えること、興味を持つことの訓練となり、ここで、経験を伴った、豊かな本当の教養と知識を得るのである。その教養と知識は、そのまま自分の音楽に帰ってくる。</p>

<p>その他、演奏技術のメソッドもある。先日、ある楽器店主催でピアノ教師を対象にした「魔法のピアノ上達法」という公開講座で詳しく説明した。それは、ピアノは、身体と頭で弾くということを徹底的に理解することを目的としている。その際、鞠つきをしたり、ヨーヨーをしたり、手首の構造も実感してもらうのだが、そんなことが、ピアノ上達に大変有効である。</p>

<p>このように、演奏法、解釈、個性全てを総合的に教えることで、ピアノ教師の悩みも少しづつ、改善する。悩み多きピアノ教師達の、悩みを、真剣に聞き、一緒に考える音楽家でありたいと常に考えている。</p><br />


<a name="5"></a>
<h3>5.聴衆を育てるピアノ教師</h3>

<p>このように、私のレッスンを希望する音楽大学を卒業してピアノ教師をしている人たちの悩みを聞いていると、演奏できるかどうか、という点が、自信のなさに繋がっている。今まで書いた私のレッスンを受けると、今までよりは、確実に上達し、少しづつ自信を取り戻してくる。難解な曲は、思うように弾けなくとも、初心者?中級くらいの生徒には、部分的にでも楽に示すことができるようになる。そうなると、今度は、幅広い分野に目を向ける余裕が生まれ、生徒との関係も、音楽だけに固執しない、余裕あるレッスンができるようになる。<br />
ピアノを習いたいという人は、演奏家や専門家にならなくても、少なくとも、よき聴衆になれる可能性と要素を持っている。その部分に注目し、ピアノ教師は、技術の習得ばかりでない、幅広い目をもった音楽の専門家として、生徒達と接することに努めて欲しい。</p>

<p>私は、日本で音楽専門の学校に行ったことがない。ウィーンとロンドンという音楽の都で勉強した。そこでは、演奏技術に固執したり、生徒の演奏を、途中で止めて、「そこは違う」と言う先生は、一人もいなかった。全体の音楽を通して、総合的なことをおっしゃる先生がほとんどだった。そして、その教授たちは、驚くべき知識と教養を持ちながら、それを見せびらかすのではなく、その時の音楽に関連付けた事柄として、的確に話してくださった。時には、恋愛論になることもあったし、物理学や自然科学の話題になることもあった。それらの幅広いテーマの話が、いかに、私の内面に入り込み、教養となって身についたかはかり知れない。そのような、教育を早いうちから受けられたことは、幸運だった。そんな素晴らしい体験を、是非、多くの悩めるピアノ教師にも伝えて行きたいと思っている。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2001年度採用レポート／市川雅己</title>
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    <published>2001-04-01T05:16:41Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:17:09Z</updated>

    <summary> プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第７番 変ロ長調 作品８３の研究 市川雅己（桐朋...</summary>
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<div class="title">プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第７番 変ロ長調 作品８３の研究</div>
<p>市川雅己<span style="font-size:13px;">（桐朋学園大学院大学平成12年度修士論文／桐朋学園大学院大学音楽研究科演奏研究専攻２年）</a></p>

<p style="padding-bottom:0px;"><strong>＜目次＞</strong></p>

<dl>
<dt><a href="#0">序</a></dt> 
<dt><a href="#1">第１章 プロコフィエフのピアノ・ソナタ  </a></dt>
<dd><a href="#1-0">各時期にみるプロコフィエフのピアノ・ソナタ</a><br />
　 <a href="#1-1">第１期...第１，２，３，４、番 作品１、１２、２８、２９</a><br /> 
　 <a href="#1-2">第２期...第５番 作品３８ </a><br />
　 <a href="#1-3">第３期...第６，７，８番 作品８２、８３、８４</a><br /> 
　 <a href="#1-4">第４期...第９番 作品１０３</a> </dd>
<dt><a href="#2">第2章 戦 争ソナタ（第６、第７、８番）について</a> </dt>
<dt><a href="#3">第3章 ピ アノ・ソナタ第7番の分析的考察</a> </dt>
<dd>　 <a href="#3-1">第１楽章　Allegro inquieto</a> </dd>
<dd>　 <a href="#3-2">第２楽章　Andante caloroso</a> </dd>
<dd>　<a href="#3-3"> 第３楽章　Precipitato</a> </dd>
<dt><a href="#4">第4章 まとめ</a> </dt>
</dl>

<p style="font-size:14px;padding-bottom:0px;">凡例</p>
<p style="font-size:13px;padding-left:10px;">1. 外国語，外国人名は、できるだけその国の発音に近い仮名書きで表記した。ただし、第３章における作品分析での楽語表記において は、参考楽譜に書かれた表記 に従った。 <br />
2. 曲名は訳題で表記し、適当な訳題のないものはそのまま仮名書きで表記した。 <br />
3. 譜例は、譜例番号とともに本文中に挿入しているが、文の引用による注釈、また 参考文献等は巻末にまとめた。 <br />
4. 括弧 「 」 引用句，強調句。<br />
『 』 書名。<br />
《 》 作品名。 </p>

<hr size="1" noshade>
<br />
<a name="0"></a>
<h3>序</h3>

<p style="font-size:14px;">ロシアの大作曲家セルゲイ・プロコフィエフがこの世を去って、５０年の月日が経とうとしている。現在、彼の音楽作品は、世界中の音楽家によって演奏され、多くの人々を魅了しているが、その中でも彼のピアノ・ソナタは、２０世紀のピアノ・ソナタの最も重要なレパートリーのひとつとして存在している。このソナタについて私は特に《第７番・変ロ長調・作品８３》を中心に取り上げ、さまざまな観点から分析的に検討したい。<br />
ロシア音楽界において、プロコフィエフの研究は過去にも色々と行われてきている。彼の本格的な再検討が始まったのは、彼の没後１０周年記念祭が行われた１９６３年前後からであった。これは、当時彼の全集や自著による『自伝・評論』、また手紙などの出版が出始めたことにもよるが、スターリンの死によるソヴィエトの「雪解け」が彼の研究を前進させたと言えるだろう。１９６０年末、伝記映画《プロコフィエフ》が製作されたのをはじめ、１９６２年には、プロコフィエフの最初の妻であるリーナ・リューベラの手記が出版され、数少ない資料しかなかった彼の外国生活が詳細に明らかになっている。１９６３年には、没後１０年記念として、死後１０年間の『論文と資料』が出版され、同年、未発表の自伝『幼年時代』も出版された。１９６６年には、全ソヴィエトでプロコフィエフ生誕７５周年祭が開催され、数々の代表作品を演奏、数多くの資料が出版されている。近年においては、ロシア以外の国々でもプロコフィエフの研究は大きく進み、我が国日本でも数々の翻訳、研究が見られる。<br />
しかし、そうした中、彼のピアノ・ソナタの中で、３つの《戦争ソナタ》及び、ピアノ・ソナタ第７番がどう位置付けられているのかについては、まだあまり研究されていない。最高傑作とも呼ばれるこの作品には、いったいどんな意義があり、またそれをどの様に演奏表現に結びつけることができるのか。本稿は、次の様な点において研究を進めていきたい。</p>

<p style="font-size:14px;">
（１）生涯と様式を含めた時代の中でみるプロコフィエフのピアノ・ソナタ<br />
（２）《戦争ソナタ》の３部作について<br />
（３）ピアノ・ソナタ第７番の多角的視点からのアナリーゼ及び演奏解釈</p>

<p style="font-size:14px;">これらの考察によって、さまざまな資料をもとに、独自の考えを編み出すことができればと思っている。</p>
<br />

<a name="1"></a>
<h3>第１章 プロコフィエフのピアノ・ソナタ</h3>

<p>セルゲイ・セルゲェーヴィチ・プロコフィエフ（１８９１~１９５３）は、その６２年間の生涯の中で、２０世紀に活躍した作曲家では珍しいほどさまざまな分野において多くの傑出した作品を書いている。７曲の交響曲をはじめ、バレエ音楽や映画音楽を含めた管弦楽作品、また１０曲の協奏曲や数々の室内楽曲、声楽曲、オペラ作品に至るまで、その多彩な作曲活動の広さには瞠目すべきものがある。<br />
ピアノ独奏曲も彼の多彩な作曲活動の一環であった。しかも、プロコフィエフは作曲家としてだけでなく、大変優れたピアニストとしても知られており、幼少期から慣れ親しんだピアノは、彼にとって自分の音楽をもっとも自由に表現できる楽器でもあった。それだけに彼のピアノ作品は、自身の演奏技法と密接に結びつけられており、高い技術力を誇ったプロコフィエフの演奏技術が至るところに現れている。<br />
彼のピアノ作品の最大の特徴は、ピアノの打楽器的な活用を推進させ、今までにない強烈なダイナミズムや野性味を表現している点である。<br />
プロコフィエフが生きた１９世紀末から２０世紀前半という時期は、音楽史の面からみて、ドビュッシー、ラヴェルをはじめ、ロシア音楽界の先輩でもあるリムスキー＝コルサコフ、スクリャービン、ラフマニノフなどの作風及びその流派の影響を受けずにはいられない時代でもあった。<br />
プロコフィエフも初期の作品において、その影響が少なからずみられるものの、彼は早くから独自の音楽語法を確立して、ピアノ音楽に新しい時代を築いたと言える。<br />
そのような中で、プロコフィエフは小品も含め、１００曲以上ものピアノ曲を書いたが、<br />
「ピアノ・ソナタ」においては、未完成のものを除いて生涯に９曲のピアノ・ソナタを書き残している。この全９曲におよぶピアノ・ソナタは、彼の多くのピアノ作品の中でも、高度な演奏技術と音楽的内容の深さから、特に重要な作品になっている。彼は「私の楽想の展開に必要なものを、ソナタ形式は、ことごとく備えている。私はソナタ形式よりも良いもの、より単純なもの、より完全なものを何も望まない...。」<span style="font-size:13px;"><a href="#c01">（注１）</a></span>と述べている。彼のドラマティックな音楽的要素に「ソナタ」という構成が、形式的にも作曲技法的にも適していたと言える。多作家だった彼にとっても作曲活動の上で「ピアノ・ソナタ」は、特に焦点を置いていたジャンルに違いない。さて、それぞれのピアノ・ソナタは時代別に、</p>

<p>「第１期」若い時期に書かれた第１，２，３，４番<br />
「第２期」外国滞在期の第５番<br />
「第３期」祖国に復帰してからの第６，７，８番<br />
「第４期」晩年の第９番</p>

<p>と大きく４つに分けることができる。この様にピアノ・ソナタは、彼の音楽人生の中でほぼ一貫して作曲され続けており、ピアノ・ソナタがプロコフィエフにとって創作上の一本の主柱であったばかりでなく、各時期での彼の音楽様式を人生と共に表現している作品といえよう。</p>



<div style="font-size:14px;;"><strong>ピアノ・ソナタ作品の一覧 </strong></div>

<table style="border-collapse:collapse;">
<tr>
<td class="td1 eee">期</td>
<td class="td1 eee">作曲年</td>
<td class="td1 eee">曲名</td>
<td class="td1 eee">主な出来事</td>  
</tr>
<tr>
<td class="td1">１</td>
<td class="td1">
１９０７ - ９<br />
１９１２<br />
１９０７ - １７<br />
１９０８ - １７
</td>
<td class="td1">
第1番　ヘ短調　作品１<br />
第2番　ニ短調　作品１４<br />
第3番　イ短調　作品２８<br />
第4番　ハ短調　作品２９
</td>
<td class="td1 vt">
ロシア時代<br />
１９０４~１４までペテルブルグ<br />
音楽院に在学 </td>
</tr>
<tr>
<td class="td1">２</td>
<td class="td1">１９２３</td>
<td class="td1">第5番　ハ長調　作品３８</td>
<td class="td1">外国滞在期（パリ時代）</td>
</tr>
<tr> 
<td class="td1">３</td>
<td class="td1">
１９３９ - ４０<br />
１９３９ - ４２<br />
１９３９ - ４４</td>
<td class="td1">
第6番　イ長調　作品８２<br />
第7番　変ロ長調　作品８３
第8番　変ロ長調　作品８４</td>
<td class="td1">ソヴィエト復帰後<br />
（第2次世界大戦中） </td>
</tr>
<tr>
<td class="td1">４</td>
<td class="td1">
１９４７<br />
１９５２ - ５３</td>
<td class="td1">
第9番　ハ長調　作品１０３<br />
第5番（改訂版）　作品１３５</td>
<td class="td1">晩年</td>
</tr></table> 


<a name="1-0"></a>
<h3>各時期にみるプロコフィエフのピアノ・ソナタ</h3>

<a name="1-1"></a>
<p style="color: #cc3399;font-size:14px;"><b>第１期...ピアノ・ソナタ第１，２，３，４番 作品１，１４，２８，２９</b></p>

<p>第１番から第４番のソナタは、１９１７年に起きたロシア革命以前のプロコフィエフがまだ１０代から２０代にかけての若い時期に書かれたソナタである。彼は１９０４年から１９１４年にわたって１０年間ペテルブルグ音楽院に在学し、リャードフに和声，対位法，フーガ、リムスキー＝コルサコフに楽器法、エシポワにピアノ、Ｎ．チェレプニンに指揮法を学び、ロシア音楽の伝統を学習する一方、サンクトペテルブルグの前衛音楽の中心的存在であったサークル「現代音楽の夕べ」に参加。内外の新しい音楽に触れ、自らも新しい音楽表現を探求する傾向を強め、伝統的な音楽を破壊する方向に進む。そして彼は、自作自演による作品発表によってセンセーションを起こし、ロシアの若きモダニストとして、活躍していた。<br />
この時期の代表作は、在学中の初演と共に大論争を起こしたピアノ協奏曲第１，２番、後期ロマン派の影響がみられるオペラ《マッダレーナ》、新古典様式で書かれた《古典交響曲》、ヴァイオリン協奏曲第１番などが挙げられる。<br />
ピアノ作品では、《４つの小品》作品４、ピアノの打楽器的表現を追及した《トッカータ》作品１１、《風刺》作品１４などがある。<br />
この頃の作品には早くも作曲者独自のスタイルが出ている。野性的で力強い表現、そして躍動するリズム、鋭い不協和音、異なった調性の旋律が突然結合するなど、この時代にして全く前衛的なことを古典的形式の中で幅広く取り入れている。しかし初期の作品には、まだロマン派の作曲家たちの影響も色濃く残している。この時期の４つのピアノ・ソナタにもそうした彼の若い作風をみることができる。</p>





<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei1.gif" width="453" height="108" class="b10">

<p>第１番のソナタ（譜例１）は、習作期の作品でまだプロコフィエフのスタイルがはっきりと現れていない。単一楽章で全体はロマン派の影響が強く、特に当時彼が崇拝していたというスクリャービンの初期様式が感じられる他、在学中の研究対象であったシューマンやラフマニノフの影響も窺える。この点は、同時期に書かれ、スクリャービンに献げられた交響的絵画《夢》作品６（１９０９~１０）や、交響的スケッチ《秋》作品８（１９１０）にも現れている。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei2.gif" width="427" height="102" class="b10">

<p>第１番の完成から３年後に完成された第２番（譜例２）は、１９１２年に作られた習作的な単一楽章のソナチネ２曲のうち１曲を第１楽章とし、１９０８年に作曲していたスケルツォと新しくアンダンテと終曲を加え、４楽章形式でできている。この作品は第１番に比べ、かなり彼の音楽が至るところで発揮された作品になっており、斬新な和声、軽快なリズム、トッカータ風のパッセージなど注目すべき点が随所に見られる。 <br />
第３番のソナタ（譜例３）も、音楽的にいくつか第２番と共通する特徴をもつ上、単一楽章の中に劇的な構成を作っている。この作品は、１９０７年に作曲された習作のソナタを１９１７年に改訂されたものであるが、初稿から改訂まで１０年の歳月を経て、プロコフィエフの作風も変化していることから、《古いノートから》という副題がつけられた。激しくエネルギッシュな楽想を基調とし、青年期のプロコフィエフの作風が前面にでた作品となっている。</p>
 
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei3.gif" width="472" height="105" class="b10">

<p>第４番のソナタ（譜例４）は、１９０８年の習作ソナタを１９１７年に改作したもので、<br />
第２楽章は１９０８年に音楽院で作曲された交響曲ホ短調のアンダンテ・アッサイを原曲としている。こうした点から、この作品も第３番と同じ副題がつけられているが、前作とは対照的に抑制された叙述的な性格を持ち、習作期に得たロマン派の作曲家たちの面影も見られる。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei4.gif" width="439" height="110" class="b10">

<p>「第１期」にみられたこの時期のプロコフィエフは、初期においてスクリャービンなどの数々の作曲家から影響を受けているものの、早くから独自の音楽語法を身につけ、特に多くのピアノ作品にそれを示している。第１番から第４番までのピアノ・ソナタにおいても、伝統的な音楽を踏まえながら、既に非凡な才能を示し、はっきりと自己のスタイルを創り出していると言えよう。</p>

<a name="1-2"></a>
<p style="color: #cc3399;font-size:14px;"><b>第２期...ピアノ・ソナタ第５番 作品３８</b></p>

<p>ピアノ・ソナタ第５番は、プロコフィエフが１９１８年から１９３６年の外国滞在期のうち、１９２２年からのパリ時代に書かれたソナタである。１８年間にもおよぶ外国生活の発端は、革命勃発の混乱を避け、ロシアを去ることから始まった。ロシアで目覚ましい成功を遂げてきたプロコフィエフは、夢と共に日本経由でアメリカに渡るが、ここでは名声を博すことができなかった。当時、アメリカではラフマニノフが支持されていたのに対し、プロコフィエフは、ピアニストとしては成功したものの、保守的なアメリカの音楽事情の中、作曲家としては得るところがなく、１９２２年、彼は、活動の場をヨーロッパに移すこととなる。この時期の代表作には、ロシア革命の年に着手されたピアノ協奏曲第３番、大胆な手法によって彼を世界的に有名にしたオペラ《３つのオレンジへの恋》などがある。<br />
さて、アメリカを去ったプロコフィエフは、ヨーロッパで活動を始め、１９２３年からパリに定住する。１９２０年代のパリは、ストラヴィンスキーをはじめ、オネゲルやミヨー，プーランクなどの「６人組」が一世を風靡していた時代であった。<br />
そうした風潮の中、プロコフィエフは、スキタイ組曲《アラとロリー》、ピアノ協奏曲第３番の作曲者としてよく知られていたが、彼の革新的な音楽の一方で、ロマン的な表現を重ね合わせ持つ彼のロシア時代の音楽は、新古典主義が全盛していた当時のパリにおいて、またも冷たくあしらわれる運命となる。プロコフィエフは、こうしたパリの批評家の好みを反映して、新古典主義的傾向の作品を発表するが、作品数は少なく、ロシア時代に手掛けたものをまとめあげたもの、または旧作を改編したものが多かった。<br />
パリ時代では、表情豊かな旋律を持つオペラ《炎の天使》作品３７、交響曲第２，３，４番、左手のためのピアノ協奏曲第４番，ピアノ協奏曲第５番などが挙げられる。<br />
この時期の作風は、彼が「パリでは複雑な型と不協和音が一般に認められていて、複雑なものに対する私の好みを助長した...。」<span style="font-size:13px;"><a href="#c02">（注２）</a></span>と述べているように、ピアノ・ソナタ第５番をはじめ、弦楽五重奏曲作品３９や交響曲第２番などに見られる半音階手法による調性感の喪失、旋律的発展のこみいった技巧、複雑な対位法など、音楽は半音階的で不協和，複雑なものになっている。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei5.gif" width="440" height="100" class="b10">

<p>ピアノ・ソナタ第５番（譜例５）は、スペイン生まれの歌手リーナ・リューベラと結婚した１９２３年にパリで作曲され、ロシアを離れて外国滞在中に発想が生まれた最初の作品である。難解な形式で、パリ時代の作風がそのまま表れた作品となっており、全体は極度に複雑になっている。しかし、プロコフィエフは、この３０年後の１９５３年に改訂版（作品１３５）を書き、第１楽章の展開部とコーダを全体に書き直し、第３楽章のパッセージも新しくした。全体の構成と各主題は変更されなかったものの、全楽章に渡って晩年の様式が反映され、技巧の簡素化が進められている。<br />
パリ時代のプロコフィエフは、周囲の音楽環境の影響によって、独自の新しい音楽語法を得るために、実験的様式の追及に踏み切っている。そういった点からピアノ・ソナタ第５番は、過渡期の作品と言えよう。</p>


<a name="1-3"></a>
<p style="color: #cc3399;font-size:14px;"><b>第３期...ピアノ・ソナタ第６，７，８番 作品８２，８３，８４</b></p>

<p>ピアノ・ソナタ第６，７，８番は、今までの外国生活にピリオドを打ち、ロシア革命後の祖国ソヴィエトに復帰してからの、創作の頂点を迎えた時期に書かれた作品である。プロコフィエフは１９３６年、念願の祖国に家族と共に帰国し活動を始めるが、当時ソヴィエト連邦は、１９３２年末に第１次５カ年計画を４年で達成し、社会主義国家建設に邁進していた。芸術分野においても「社会主義リアリズム」の方針を発表。作曲家に対し、音楽によって社会的な内容を一般人民に広く訴えかけ、ソヴィエトの伝統、各地の民俗的な要素を音楽語法の基本とすることが求められた。そうした中で、プロコフィエフのパリ時代にみられる半音階的で複雑な作品には懐疑の目が向けられる。新しい環境の中での矛盾に悩むプロコフィエフは、ソヴィエトの現実を知ろうと各地の文化施設などを見学、レーニンの著作も読み、自分の創作信念を再検討した。そして、彼の音楽は次第に社会体制に合わせ、半音階主義から全音階主義へ、形式的には明快かつ単純で、大衆的な旋律へと変貌していく。映画音楽《キージェ中尉》、バレエ《ロミオとジュリエット》、ヴァイオリン協奏曲第２番、子供のための音楽物語《ピーターと狼》などがある。<br />
しかし、第２次世界大戦（１９３９~１９４５）のさなかには、ソヴィエトの英雄的精神を歌った作品が数多く書かれるとともに、時代を背景とした深刻さや悲壮さといった音楽も書かれる。そして、若い時期に確立した前衛的技法に平易な様式を結合させ、さらに深い叙情性が加わり、高度な作曲技術をもって、ピアノ・ソナタ第６，７，８番をはじめとする質の高い表現力の傑作が次々と生まれる。<br />
最も優れたソヴィエト・オペラのひとつオペラ《戦争と平和》、作曲者自身「長年の創作活動の頂点」<span style="font-size:13px;"><a href="#c03">（注３）</a></span>と述べた交響曲第５番、バレエ《シンデレラ》、社会主義リアリズムの立場から高く評価されたカンタータ《アレクサンドル・ネフスキー》、ヴァイオリン・ソナタ第１，２番などがこの時期に書かれている。<br />
祖国復帰後のプロコフィエフは、ソヴィエト社会主義国家と第２次世界大戦という周囲の環境の中で、円熟期を迎える。そうした中で書かれたピアノ・ソナタ第６，７，８番の３つの《戦争ソナタ》は、彼のピアノ作品のうちでも、傑作群として有名である。これらの作品はどう成立し、どんな内容を持っているのか、この点は第２章で検討する。</p>

<a name="1-4"></a>
<p style="color: #cc3399;font-size:14px;"><b>第４期...ピアノ・ソナタ第９番 作品１０３</b></p>
<p>ピアノ・ソナタ第９番は、晩年にあたる１９４７年に書かれている。この年は、交響曲第６番が完成された年でもあるが、プロコフィエフは４０年代後半から健康を害し、病の身ながら作曲活動を続けていた。そうした中、ソ連共産党中央委員会は１９４８年２月に声明を発表し、プロコフィエフを含めた多くの作曲家を痛烈に批判する。すなわち「ジダーノフ批判」である。これは、ソヴィエト政府が第２次世界大戦中から戦後にかけての芸術管理が甘くなった結果、作曲家たちにかつての社会主義リアリズムを支点とした創作活動が弱まったため、国家の介入が必要と考えたからである。彼のオペラ《戦争と平和》は激しく批判され、彼の若い時期にみる前衛的な作品は演奏中止になった。これによって晩年のプロコフィエフは、自らの音楽様式に対し批判と反省を加え、青年期にみられた強烈な個性はさらに影をひそめ、簡素で平明な様式、調性の明確化、また叙情的な旋律を主体とした作風を作るようになる。<br />
晩年の代表作には、交響曲第６，７番、オラトリオ《平和のまもり》、バレエ《石の花》<br />
チェロと管弦楽のための交響的協奏曲、チェロ・ソナタなどがある。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei6.gif" width="439" height="115" class="b10">

<p>ピアノ・ソナタ第９番（譜例６）も「ジダーノフ批判」の前に作曲されたものの、鋭い響きや複雑な対位法も姿を消し、明らかに彼の晩年の様式に入った作品になっている。<br />
こうして晩年のプロコフィエフは、社会体制によって自らの創作に制約をうけ、痛手となったが、そこに見られる透明で澄みきった音楽は、我々にまた別の「人間プロコフィエフ」をも見せてくれている。<br />
さて、この様に９曲におよぶプロコフィエフのピアノ・ソナタをそれぞれの時期とともに見てきたわけだが、彼の様式は、各時期によって大きく異なり、作品にもそれを表している。そうした彼の音楽に、どの時期のものを典型とするかは問題のあるところだが、その作品全てにわたり、彼独特の斬新な和声とリズム感、そして広大なロシアの風土や環境によって育まれた民俗的な旋律素材がちりばめられており、彼のピアノ・ソナタは２０世紀音楽の中でも極めて個性的かつ優れた芸術として存在しているといえよう。</p><br />

<a name="2"></a>
<h3>第２章 戦争ソナタ（第６，７，８番）について</h3>

<p>ピアノ・ソナタ第６，７，８番は、第２次世界大戦の真っ只中に書かれたため《戦争ソナタ》と呼ばれ、いずれも充実した作品で内容も濃く、近代ピアノ音楽史の上でも極めて重要な位置を占める作品と言える。これら３曲のソナタは、前作の第５番完成から１６年もの歳月を経た１９３９年の春に同時に着手されている。この年の９月１日にはナチス・ドイツがポーランドに進撃し、第２次世界大戦が勃発。ソ連軍も１９４０年に各地で行動を開始し、１９４１年６月には独ソ戦争に突入した。こうした中、プロコフィエフの創作活動は少しの衰えも見せず、多彩な分野で数多くの傑作を生み出していった。３曲の戦争ソナタはプロコフィエフの「戦争に対する告白」<span style="font-size:13px;"><a href="#c04">（注４）</a></span>と言われているが、戦争という時代背景や社会情勢を見事に反映した作品と言えるだろう。<br />
ピアノ・ソナタ第６番（譜例７）は、３曲の戦争ソナタの中で一番早く１９４０年２月に完成した。この作品は、全９曲のソナタのうち最も大作で、戦争ソナタの中でも唯一の４楽章形式でできている。第１楽章が古典的ソナタ形式、第４楽章はロンド形式で両楽章は伝統的な形式をとっているものの、第２楽章はスケルツォの変形であるマーチと、第３楽章が古典形式のリード楽章にあたるワルツを配している点で、このソナタは完全に計算されたソナタ形式ではなく、コントラストを考えて作られた組曲形式でできているといってもいいだろう。青年期にみられたプロコフィエフの特徴でもあるダイナミズム、鋭い響きなどの作風がさらに発展し示され、力強い作品になっている。初演は、作曲者自身の手で１９４０年４月８日、モスクワ放送で行われた。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei7.gif" width="441" height="102" class="b10">

<p>ピアノ・ソナタ第７番は、疎開先のグルジア共和国の首都トビリシで、１９４２年春になって、オペラ《戦争と平和》の作曲とともに本格的に取り組み、第６番に続いて着手から３年後の１９４２年５月に完成された。その頃、独ソ戦争は激しさを増し、ドイツ軍が猛烈な攻撃を開始、有名なスターリングラードの攻防戦が起こっていた。そういう点からか、この第７番は冒頭からの不安定な音描写や、極めてドラマティックに展開する楽想において、３曲中最も社会的空気を表していると言える。そして、前作の第６番が重々しく古典的であるのに対し、第７番はリズムを主体とする打楽器的要素を多用し、全体が無調的に書かれた近代感覚の作品になっている。また、４楽章形式の第６番に対しても第７番は３楽章と一層集約されており、それぞれの楽章は強い個性を持ちながらも鮮やかに対比し、感情的にも統一されたものとなっている。初演は、第１番から第６番のソナタがプロコフィエフ自身によって行われていたが、この第７番は当時２８歳のスヴィアトスラフ・リヒテルのピアノによって、１９４３年１月１８日モスクワにて行われ，同年のスターリン賞を受賞。その後、アメリカにおいてもピアニスト，ウラディミール・ホロヴィッツによって演奏され、大きな反響を呼んだ。<br />
ピアノ・ソナタ第８番（譜例８）は、第２次世界大戦も終わりに近づいた１９４４年７月から８月にかけて、モスクワの北東２５０キロのイワノヴォ市に近い「作曲家の家」で、交響曲第５番とともに作曲に打ち込み、同年の９月初旬、戦争ソナタの中で最も遅く完成される。着手から５年、プロコフィエフの音楽スタイルも大分変化し、ここでは晩年に見られるような特徴がやや見られる。調性と楽章形式の面で第７番と類似しているものの、無調的で攻撃的な第７番に比べ、第８番では基本調が明確で、簡潔な深い叙情性をもった規模の大きい作品になっている。曲は、晩年に生活をともにした女性ミラ・メンデルソンに捧げられ、１９４４年１２月３０日、エミール・ギレリスによってモスクワで初演された。１９４６年にはスターリン賞を受賞している。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei8.gif" width="478" height="108" class="b10">
<p>プロコフィエフは、このそれぞれ違った個性を持つ３部作の《戦争ソナタ》の中で、第６番よりも、第７番、第８番と次第にピアニスティックな音の響きから、音の単純化と簡素化を進めていき、第９番において晩年の世界に突入していく。この様に、彼の円熟期の微妙な作風の変遷を見るとともに、一方で、ソヴィエトの深刻な時代や社会環境の現実を踏まえた彼の啓示的、あるいは自伝的なものもそこに見ることができよう。</p><br />

<a name="3"></a>
<h3>第３章 ピアノ・ソナタ第７番の分析的考察</h3>

<a name="3-1"></a>
<p><b>第１楽章 Ａｌｌｅｇｒｏ ｉｎｑｕｉｅｔｏ（速く・不安に）</b></p>

<p>第１楽章は、途中２回叙情的なＡｎｄａｎｔｉｎｏの部分（第２主題）をはさんでいるものの、全体はスピード感溢れるソナタ形式で書かれている。この楽章の大きな特徴は、以下に挙げる数々のモティーフによって全体が組み立てられていることである。そして、それらのモティーフ同士はそれぞれ密接に関連し合ってできている。<br />
まず冒頭の無調的なユニゾンで始められる第１主題は、３つのモティーフに分けることができる（譜例９）。ハの音を核音としたモティーフａ、４度上行する音型をもつモティーフｂ、８分音符によるリズム・パターンのモティーフｃである。そして、第１主題に続く７小節目のモティーフｂ´は、モティーフｂの４度上行する音型によってできていることが読み取れる。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei9.gif" width="567" height="267" class="b10">
<p>その後、２４小節目で叩きつけられる様なリズム・パターン（譜例１０）は、４５小節目で半音階上行音型モティーフｄ（譜例１１）になって現れ、そのモティーフｄは、６５小節６拍目で、リズムを変えた逆行の形モティーフｄ´（譜例１２）になって現れる。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei10.gif" width="357" height="129" class="b10"><br />
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei11.gif" width="392" height="78" class="b10"><br />
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei12.gif" width="375" height="84">

<p>また、この半音階的なモティーフｄ´と対照的な後半の分散和音音型のモティーフｅは、モティーフａの変奏と結び付いた７１小節目の旋律の終結部分（譜例１３）に現れている。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei13.gif" width="396" height="66"></p>


<p>さて、７６小節目ではモティーフｃのリズム・パターンによるｑｕａｓｉ Ｔｉｍｐ．と書かれたモティーフ（譜例１４）が現れるが、これは第２主題のモティーフを予告するものである。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei14.gif" width="257" height="112" class="b10">
<p>モティーフｃからできた１２４小節目からの第２主題（譜例１５）は、今までの緊張感溢れるスピード感をもった楽想から一変し、叙情性豊かな旋律と高度な和声処理によって哀愁を帯びたものとなっている。ピアノ演奏の上でも、今までのドライなタッチから、テンポ・ルバートをかけた表情豊かなタッチが望まれる。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei15.gif" width="498" height="126" class="b10">
<p>その後、徐々にテンポを上げて展開部に入るが、ここではこれまでの数々のモティーフが巧みに使われ、激しい楽想とともに高度な技術を要する楽章のクライマックスを築いている。その中でも、２６９小節目からの右手のリズム・パターン１の下に第２主題が拡大して現れているのは興味深い（譜例１６）。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei16.gif" width="435" height="109"></p>
<p>コーダでは、第１主題によるモティーフをさまざまに変形しながら使い、楽章の最後はこの曲の調性でもある変ロ長調の主音変ロで終わる。しかし、この楽章は、わずかな例外を除いて、殆どの部分が無調で書かれている。これは、打楽器的に叩きつけられるような不協和音を多く用い、また全体が単一の声部と鋭い２声部の部分からできているためである。</p>

<a name="3-2"></a>
<p><b> 第２楽章 Ａｎｄａｎｔｅ ｃａｌｏｒｏｓｏ（ほどよくゆっくり・熱情的に）</b><a name="chapter3_2"></a></p>

<p>第２楽章は、重厚で暗い情熱さをもった、ロマン的な緩徐楽章になっている。楽想の点から見ても、両端の楽章と大きく対比し、第２楽章がこのソナタの全体的な構成の中で重要な位置を占めていると言える。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei17.gif" width="532" height="215"></p>
<p>曲は、冒頭の内声部にみられるｃａｎｔａｂｉｌｅと書かれた半音階的な主題旋律（譜例１７）が短いモティーフを加えて転調、発展していく。<br />
その後、３１小節３拍目から新しい旋律（譜例１８）が現れて、１２小節３拍目からの跳躍音程による表情をもった旋律（譜例１９）とともに装飾的な変奏部分に入り、楽想の頂点を迎える。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei18.gif" width="390" height="135" class="b10"><br />
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei19.gif" width="429" height="101" class="b10">

<p>ここでは、５６小節目から和音の響きによって鐘の響きと同様な効果を狙った音型（譜例２０）が現れるが、これはラフマニノフやムソルグスキーなど、ロシアの作曲家が使う得意な手法の一つである。演奏においてもそれぞれの響きが、全く異なった鐘の様に区別して聴こえるために、音色を変化させて弾くことが望ましいといえる。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei20.gif" width="405" height="119" class="b10">

<p>やがて楽想は徐々に静まり、遠い鐘の音型が再び現れ繰り返しながら、冒頭の主題を再現し、ホ長調の主和音で静かに終わる。</p>

<a name="3-3"></a>
<p><b>第３楽章 Ｐｒｅｃｉｐｉｔａｔｏ（性急に）</b></p>

<p>曲は、Ａ?Ｂ?Ｃ?Ｂ?Ａという対称形で書かれ、全体を通して、運動性をもつトッカータ風の楽章になっている。また、１小節は８分音符単位で２?３?２の組み合わせによるリズムで書かれており、演奏上でも規則正しいリズム感が要求される。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei21.gif" width="499" height="201" class="b10">

<p>まずＡの部分（譜例２１）は、左手が変ロの音をベースに、嬰ハ音にアクセントを置く２小節を１つとした一定のリズム・パターンでできており、その上に右手が３和音による冒頭のテーマをさまざまに変化をしながら進んでいく。<br />
５０小節目からのＢの部分は、右手が２?３?２のリズムの組み合わせによる和音連打の中、左手がｍａｒｃａｔｏと書かれた第１楽章モティーフｅの変形した旋律（譜例２２）を奏していく。</p>
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei22.gif" width="510" height="127" class="b10">

<p>７９小節目からのＣの部分では、左手のｎｏｎ ｌｅｇａｔｏと書かれた旋律（譜例２３）と、対照的な性格をもつ８３小節６拍目からの右手ｅｓｐｒｅｓｓ．と書かれた旋律（譜例２４）が交互に現れるが、右手ｅｓｐｒｅｓｓ．の旋律（譜例２４）は、第１楽章第１主題のモティーフａが変形したものである。第１楽章と第２楽章とでは拍子自体が６拍子と７拍子とで異なるが、音程の面から見た両音型はほぼ同じであり、第１，３楽章に渡って第１楽章第１主題が顔を出していることが分かる。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei23.gif" width="510" height="92" class="b10"><br />
<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei24.gif" width="365" height="91" class="b10">

<p>また、それに続く８７小節２拍目からの旋律（譜例２５）も、第１楽章第１主題に続くモティーフｂ´を含む第１楽章７小節２拍目からの旋律が形を変えて現れたものである。</p>

<img src="/seminar/images/thesis_ichikawafurei25.gif" width="366" height="92" class="b10">
<p>１４５小節目からの最後のＡの部分は、冒頭のＡの部分をさらに華やかにしてこのソナタ最大のクライマックスを築き、全曲として楽章は力強く終わる。</p>

<a name="4"></a>
<h4>第４章 まとめ</h4>
<p>プロコフィエフの全９曲におよぶピアノ・ソナタの中で、第２次世界大戦中に書かれた３曲の《戦争ソナタ》は、どれも高度な技巧と内容をもった作品となっているが、そのうち《ピアノ・ソナタ第７番》は、彼の原点でもある律動するピアノの打楽器的な鋭い表現と、円熟期の特徴でもある深い叙情性の対照的な両面の作風を見ることができる。こういった点から、この作品を演奏する場合、演奏面においても一方的でない幅の広い表現が求められるだろう。<br />
第１楽章においては、アレグロ部分にみられる動的なリズムの近代感覚と、アンダンティーノ部分にみられる旋律的で表情豊かな表現がみられる。演奏者にとっても、この両極の楽想の差を鮮やかに表現することが望まれる。<br />
第２楽章は、熱情的な楽章になっているが、ロマンティシズムが溢れる面からも、激しさの上に微妙なテンポの揺れ、また旋律に深い表情を作りだすことが課題といえよう。<br />
そして、前楽章と対照的にエネルギッシュに急進する第３楽章では、演奏表現も一変して、生き生きとしたリズム、直線的に前進した演奏が求められるといえる。<br />
この様に、第７番のソナタでは、第１楽章での大きな２つの両極的要素、また第２楽章と第３楽章との対照的な楽想の対比に演奏者はポイントを置くことになろう。また、作品の背景に戦争を含めたソヴィエトの暗く不安な時代が存在していたことも忘れられない。この作品を、作曲家が置かれていた大戦中の疎開生活や社会情勢と兼ね合わせてみるとき、聴くものに時代の戦慄を感じさせずにはいられないのである。<br />
ウクライナに生まれ、ソヴィエトに没したプロコフィエフ。その創作活動の中で、アメリカ、ヨーロッパの体験を踏まえ、革命と２つの大戦に翻弄された彼の多彩かつ劇的な生涯は、彼の全９曲のピアノ・ソナタ作品そのものといえる。その中でも《ピアノ・ソナタ第７番》は、彼の生きた社会やその戦争という時代背景を鮮烈に映し出した作品として、今でも我々に強い印象を与えているのである。</p><br />


<p style="font-size:13px;"><span styel="font-size:14px"><b>注</b></span><br />
<a name="c01"></a>注１...ホフマン・Ｒ・ミシェル著 清水正和 訳『プロコフィエフ』東京：音楽之友社 昭和４６年 ９４ページ<br />
<a name="c02"></a>注２...プロコフィエフ・セルゲイ著 園部四郎・西牟田久雄 共訳『プロコフィエフ自伝・評論』東京:音楽之友社 昭和３９年 ９３ページ<br />
<a name="c03"></a>注３...マカレスター・リタ著 一柳富美子 訳「プロコフィエフ」『ニューグローブ世界音楽大辞典 第15巻』東京:講談社 １９９６年 ５５５ページ<br />
<a name="c04"></a>注４...石田一志「プロコフィエフ」『ピアノ曲鑑賞辞典』東京：東京堂出版 平成４年 ２５３ページ</p> 



<p style="font-size:13px;"><span styel="font-size:14px"><b>参考文献</b></span><br />
石田一志「プロコフィエフ」 『ピアノ曲鑑賞辞典』 東京堂出版 平成４年<br />
井上頼豊『プロコフィエフ』音楽之友社 昭和４３年<br />
井上頼豊「プロコフィエフ」『音楽大辞典 第４巻』平凡社 １９８２年<br />
岩井正浩『ソヴィエト連邦の音楽と社会主義リアリズム』愛媛大学教育学部紀要第１部 教育科学第１７巻第１号 昭和４５年<br />
大木正純「プロコフィエフ」名曲ガイド・シリーズ(12)『 器楽曲 (下)』音楽之友社 １９８４年<br />
大宅渚「プロコフィエフ」『ピアノ曲読本』音楽之友社 １９９６年<br />
岡田敦子「プロコフィエフあるモダニストの航路」『クラシックの快楽２』洋泉社 平成1年<br />
クラシック音楽の２０世紀第１巻『作曲の２０世紀（１）』音楽之友社 １９９２年<br />
作曲家別名曲解説ライブラリー(20) 『プロコフィエフ』音楽之友社１９９５年<br />
サフキーナ著 広瀬信雄 訳『プロコフィエフ その作品と生涯』新読書社 １９９５年<br />
柴田南雄『西洋音楽史 印象派以後』音楽之友社 １９６３年<br />
千蔵八郎・他著『基本音楽史』音楽之友社 １９６８年<br />
西沢昭男『プロコフィエフの和声について』横浜国立大学教育紀要第１３集 昭和４８年<br />
藤岡由美子『プロコフィエフとロシア?後期ピアノソナタをめぐって?』フィルハーモニー 昭和５５年<br />
プロコフィエフ・セルゲイ著 園部四郎・西牟田久雄 共訳『プロコフィエフ自伝・評論』音楽之友社 昭和３９年<br />
ホフマン・Ｒ・ミシェル著 清水正和 訳『プロコフィエフ』音楽之友社 昭和４６年<br />
マカレスター・リタ著 一柳富美子 訳「プロコフィエフ」『ニューグローブ 世界音楽大辞典 第15巻』講談社 １９９６年</p>


<p style="font-size:13px;"><span styel="font-size:14px"><b>楽譜</b></span><br />
Prokofieff,Serge Sonatas for Piano Vol.1(No.1-5) Introduction and performance notes by Peter Donohoe.London：Boosey & Hawkes 1985<br />
Prokofieff,Serge Sonatas for Piano Vol.2(No.6-9) Introduction and performance notes by Peter Donohoe.London：Boosey & Hawkes 1985</p><br />

]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2001年度採用レポート／伊藤　庸子</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.piano.or.jp/report/04ess/ronbunreport/2001/04/01_8984.html" />
    <id>tag:www.piano.or.jp,2009:/ronbunreport//51.8984</id>

    <published>2001-04-01T05:12:52Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:15:51Z</updated>

    <summary> タッチを意識したピアノ指導 ~弱音のタッチに留意して~ 伊藤　庸子 ＜目次＞ ...</summary>
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    </author>
    
    
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<div class="title">タッチを意識したピアノ指導 ~弱音のタッチに留意して~</div>
<p>伊藤　庸子</p>


<p style="padding-bottom:0px;"><strong>＜目次＞</strong></p>
<dl>
<dt><a href="#0">０．はじめに</a></dt> 
<dt><a href="#1">１．歴史的鍵盤楽器のタッチ</a></dt>
<dd><a href="#1-1">1-1.フォルテピアノ</a></dd>
<dd><a href="#1-2">1-2.クラヴィコード</a></dd>
<dt><a href="#2">2.現代のピアノのタッチ</a></dt>
<dd><a href="#2-1">2-1 レガート</a> <br />
　 　 <a href="#2-1-1">2-1-1「語る」レガート</a> <br />
　 　 <a href="#2-1-2">2-1-2「歌う」レガート</a> <br />
<dd><a href="#2-2">2-2スタッカート</a> 
<dd><a href="#2-3">2-3装飾音</a> 
<dd><a href="#2-4">2-4アルペジオ</a> 
<dd><a href="#2-5">2-5和音</a> 
<dd><a href="#2-6">2-6鍵盤の戻し方</a> 
<dd><a href="#2-7">2-7タイミング</a> 
<dt><a href="#3">3.学習者にタッチの意識をもたせるためには</a> </dt>
</dl>
<br />


<a name="0"></a>
<h3>０．はじめに</h3>

<p>　日頃、コンクールなどで子供や若い人たちの演奏を聴くたびに感じることがある。それは、特に弱音において音色に対する意識が薄くタッチに無頓着であるということである。一音ずつはっきりした音や、ff方向の音に対する意識はあるのに、明瞭でありながら柔らかく繊細な音や、なぜか弱音に対する意識は弱いように思われる。大きな音で指が機械のように速く動く演奏者はとても多いが、変化に富んだ音色の魅力を聴かせてくれる人は少ない。かつては私自身もそのような奏者の一人であった。しかし、１８世紀の鍵盤楽器、フォルテピアノやクラヴィコード、チェンバロを弾くようになってから、減衰していく音の行方を聞き届けること、弱音を美しく響かせること、タッチによる音色の多様性の追求にめざめた。目から鱗が落ちる思いをした。本稿では、歴史的鍵盤楽器におけるタッチと弱音指向の問題にかかわる経験を通して、現代のピアノ教育におけるタッチの扱い方の諸相について述べてみたい。</p>


<a name="1"></a>
<h3>１．歴史的鍵盤楽器のタッチ</h3>

<a name="1-1"></a>
<div class="t2">１．１．フォルテピアノ</div>
<p>　ここで述べるフォルテピアノとは、モーツァルト時代のヴィーンのピアノである。１０年ほど前、初めてフォルテピアノを弾いたとき、現代のピアノとのタッチの大きな違いに驚いた。鍵盤が非常に軽くて浅く、現代のコンサート・グランドピアノのものと比べて深さはおよそ３分の１、重さは４分の１程度である。長年、現代のピアノを以下に大きく豊かに鳴らすか、を課題とした訓練を通じて身につけてきたタッチでは、ほとんどコントロール不可能だった。鍵盤が浅いので、フレーズのはじめが前のめりのタイミングになってしまい、早いパッセージは転びまくり、音は楽器の限界を超えた汚い音となってしまった。なめらかに「つなぐ」、「切る」ことすらままならない。ましてやモーツァルトやハイドンなど１８世紀の作品に多用されるアルベルティ・バスや細かなスラーの、ニュアンスに満ちたアーティキュレイションなど、表現できるわけもなかった。長年の練習で体にしみこんだ現代のピアノで強い響きを得ることを主眼においたタッチから、重さとスピードを抑えて軽いタッチで鍵盤をコントロールすることは決して容易ではないが、力加減をコントロールできるようになると、多様なニュアンスに対する表現意欲を強く持てるようにもなった。その意識は、フォルテピアノを始めてから数年ののち、クラヴィコードを弾くようになってさらに強まる。</p>

<a name="1-2"></a>
<div class="t2">１．２．クラヴィコード</div>

<p>　クラヴィコードの発音原理はピアノとは大きく異なっている。ピアノでは、通常は皮革、フェルトなどが巻かれたハンマーが弦を叩くことで発音するのに対して、クラヴィコードは、鍵の先に直接取り付けられた金属製のタンジェントで弦を押し上げて音を出す。ごくごく単純なアクション機構であり直に弦を弾いている感覚が奏者に対して伝わるが、楽音を発音するにも一定の習熟が必要で、それ故きわめて自然に自分のタッチを意識させられることとなる。<br />
　打鍵の瞬間から響きが減衰し始めるピアノを弾く人なら誰でも必ず感じたことがあると思うが、歌や旋律楽器のようにメロディーを歌いたいという願望も、クラヴィコードはかなりな程度まで叶えてくれる楽器なのである。だが、一つ一つのタッチが意識されコントロールされたものでなければ奏者を歯牙にもかけてくれない。ある人の言葉を借りれば、「鍵盤の上を猫が一匹歩いたとき、それがピアノなら、音楽となりうる。だがクラヴィコードでは、カチカチと金属が弦に触れるノイズがするだけだ。」<br />
クラヴィコードでは、指はつねに弦の上に置いておき、決してたたきつけずに鍵盤を押し下げる。必ず次に弾く指を準備させておく。不用意に触れると雑音が出る。音程が広いほど、指の準備が重要である。クラヴィコードを弾き込むことにより、レガートでカンタービレな奏法が身についた。と同時に、今までいかに自分のタッチが不用意なものであったかに気が付くことができた。</p>


<a name="2"></a>
<h3>２．現代のピアノのタッチ</h3>

<p>　フォルテピアノやクラヴィコードなど古い鍵盤楽器で会得したタッチは、現代のピアノを演奏する場合にも生かすことができる。多くのピアノ学習者は、はじめに述べたように概して弱音に対して無頓着であるか、あるいは彼らに対してその重要性はあまり強調されていないように思われる。ピアノ方向のダイナミックレンジが不足していたり、弱音が不明瞭になってしまう点で不満足な結果にとどまっていることが多い。以下に、私がイメージしている弱音のタッチについて、いくつかの状況別に説明する。いずれの場合においても、手を高い位置から鍵盤にたたきつけるようなタッチはさけられるべきである。</p>

<a name="2-1"></a>
<div class="t2">２．１．　レガート</div>

<a name="2-1-1"></a>
<p style="padding-left:20px;"><span class="t3">２．１．１．　「語る」レガート</span><br />

　モーツァルトやハイドンでは、短いスラーが多用されるが、このスラーの終わりは、言語で言えば、一つ一つの単語の終わりを表す。単語の語尾をどのようにしゃべるかは、語り口を大きく左右する。演奏の場合は、「叩く」という動作のイメージから脱却し鍵盤にのせておいた指先に、適度なスピードで手首からの重さをのせる。アーティキュレーションをはっきりさせるために、細かな力加減やスピードの変化が必要である。こうした配慮によって、同じレガートのイメージの曲でも多様なタッチの可能性を試みるべきである。</p>


<a name="2-1-2"></a>
<p style="padding-left:20px;"><span class="t2">２．１．２．　「歌う」レガート</span><br />
　「語る」レガートに対して、音のつながりが一筆書きのラインになる。<br />
　指の腹に肘からの重みをゆっくりとかけ次の指へと伝えていく。重みを一つ一つの指にかける、と言うとらえ方ではなく、指から指へと加重がリレーされる、あるいはドミノ倒しのように伝えられていくようなイメージでとらえることができる。手首の移動は、指の動きに自然に追随するようにさせる。指がキーから離れないように保つ。次の音との交代の際、離鍵は十分注意してていねいに行わなければならない。このとき、慎重になりすぎて発音が不明瞭になりすぎないよう注意することも大切である。</p>


<a name="2-2"></a>
<div class="t2">２．２　スタッカート</div>

<p>　ほとんどの現代譜においてはスタッカートはいわゆるスタッカート記号「・」で表される。すると学習者の多くは、作品の性格、時代背景、テンポなどに関わりなく一様に跳ねるように短く、元気良く、アクセントのついた音として弾いてしまう傾向がある。指導者の側にもそのような画一的な認識にとらわれている面も散見される。しかし、現代の校訂譜において「・」で表現されている場合も、自筆譜やコンテンポラリーな資料のファクシミリや、原典版においては、より多様な記号で表現されている場合もある。<br />
　たとえば、児島新は『ベートーヴェン研究』（春秋社、1985年）および『ベートーヴェンピアノ作品集』（春秋社、1985年）で、ベートーヴェンのスタッカートについて自筆譜の研究を通して、ベートーヴェンのスタッカートの機能の研究にもとづき、以下のような異なる５種の表記を採用している。このような点をふまえれば、（他の作曲家の作品を現代譜を通して扱う場合も）記号としては同一の「・」であっても、現実の表現としては多様な再現の可能性の追求が許容され、また求められるものといえよう。</p>

<p>ベートーヴェンにおけるスタッカートと句読記号の分類と、タッチ指導の留意点（伊藤）（記号の分類は、児島新『ベートーヴェン作品集』（春秋社、1985年、5頁）
による</p>

<p>スタッカートと句読記号の分類（児島、1985年） タッチの留意点 <br />
名称 表記 音価の持続 強調 <br />
点 ・ 2分の1 なし 音が鳴るぎりぎりの浅さで軽やかに弾く。指を手のひら側にはじく。ちょうど弦をつまびくように弾く。 <br />
雨だれ 細いくさび形 4分の1 一部あり 最も短いスタッカート。指先を立て腕の重みをかけずに速いスピードで打鍵・離鍵する。キーをつきすぎて手が高く上がらないように注意する。 <br />
テヌート - 4分の3 あり 手首の重さを鍵盤にのせるが、アクセントを強調しすぎないように注意する。 <br />
強調 太いくさび形 1分の1 あり 短く切るのではなくマルカートで区切るという意識を持って弾く。手首からの重さを適度なスピードでのせる。 <br />
句読記号 縦の棒 - - これは、児島新も同頁で指摘しているとおり今日スタッカートと混同されているが、フレーズや動機の区切りを示す記号として使われている。指の腹をキーにゆっくり「置く」感覚で弾く。「語尾」であることを意識して、ていねいに鍵盤を戻すよう指導すると良い。</p>

<a name="2-3"></a>
<div class="t2">２．３．　装飾音</div>

<p>　本来装飾音とは、旋律を美しく引き立たせるものである。しかし装飾音がバタバタと旋律よりも目立って弾かれてしまうことがよくある。トリルやモルデントなど、隣り合った２音で細かく動く装飾の場合、ただ単に指を速く動かすことだけが求められがちだが、曲の性格やテンポに応じて時には激しく、時には優しく弾き分けられなければならない。そのためには、指を高く上げすぎないように注意しながら、ゆっくりと歌うように練習するとよい。どの指も同じ高さに上げる、ということも重要である。</p>

<a name="2-4"></a>
<div class="t2">２．４．　アルペッジョ</div>

<p>　アルペッジョでは、最低音から最高音まで、一定の速いスピードで手首の重さを押しつけるような弾き方をよく耳にするが、均一なタイミングにとらわれることなく、また加重のかけ方も柔軟に変化させて弾くと良い。<br />
１．バスを長めに響かせてからゆっくりと最高音へ、煙が立ち上っていくように音を弱めていく。<br />
２．中間部分へ向かって音をふくらませてスピードをつけたあと最高音で、ディミヌエンドし速度もゆるめる。<br />
３．最高音を一番響かせるようにクレッシェンドし、テンポも速める。<br />
４．すべての音を豊かに響かせるようにほとんど同時に弾く。<br />
など、アルペッジョも一様に弾かず、重みをかける音や速度を変化させてみる。</p>

<a name="2-5"></a>
<div class="t2">２．５．　和音</div>

<p>　最高音と最低音を指先でしっかりつかむようにして、手の甲全体に腕の重みをかける。腕の重みは指先、指の各関節で支えるようにする。弱音だからといって指先だけで弾くと、響きが少なく固い音質になってしまう。さらに一番響かせるべき音を弾く指に意識してウェイトをのせることが重要である。</p>

<a name="2-6"></a>
<div class="t2">２．６．　鍵盤の戻し方</div>

<p>　鍵盤の下げ方について非常に多くのことが語られているが、鍵盤を戻し方には意外なほど注意が払われていないのではないか。たとえば、『ニューグローブ世界音楽大事典』（1994年、講談社）の「タッチii」の項（第10巻229頁）でも、鍵盤の押さえ方、打鍵の方法と述べていて、リリースの仕方については触れていない。<br />
　だが、せっかく適切な打鍵をしてもリリースが不注意だと音の表情はまったく違うものとなってしまう。特に気になるのが、スラーの終わりや2.2スタッカートでふれた「句読記号」（｜）の付いた音の時である。場面に関わりなく鍵盤の奥へ力をかけて手首を振り上げて「取る」、というのをよく見かけるが、これは、終わりの音で手がキーの上にジャンプするかのようにリリースすることで、語尾に不自然なアクセントをおくことになってしまう。反動をつけずにていねいにキーを戻すようにすることが重要である。鍵盤をすばやく戻す、ゆっくり戻す、という離鍵のスピードが音楽の語尾、文末をどう表すかの大切なポイントになる。</p>


<a name="2-7"></a>
<div class="t2">２．７．タイミング</div>

<p>　文章の朗読では、句読点の間の取り方や、抑揚の付け方がその善し悪しを決める重要なファクターである。音楽にも拍節があり、フレーズがあり、フレーズの中には強調すべき音と、強調されるべきではない音とがある。間も抑揚もない朗読のような演奏にしないためには、強調したい音やフレーズの始まりや終わりの音を不用意に弾かないようにする時間が必要となる。<br />
　適切なタッチと発音のタイミングにはきわめて重要な関係がある。フレーズの変わりめの音、subito　p.、subito f.などの音を、前の音符と同じタイミングで発音したのでは表情の乏しい演奏になってしまう。subito p.では、前の音が消える時間をとり、subito f.や弱拍にアクセントがある場合は、時間を縮めて弾く。このように微妙なタイミングを計るためには、上半身を自由で楽な状態に保ち、適切な深さ、速さで呼吸することが大切である。そして鍵盤を下げるスピードと重さを自由自在にコントロールできるようにしなければならない。</p><br />


<a name="3"></a>
<h3>３．学習者にタッチの意識をもたせるには</h3>

<p>　私はいつも小さい頃から、「音が弱い」、「もっと強い音で」、「鍵盤の下までしっかり弾きなさい」と指導されてきた。しかし、いくらがんばって弾いても、なかなか豊かに大きく鳴る音は出ず、どう弾けばよいのかわからなかった。ただ「大きい音を出そう」と念じて力任せに弾いていた。<br />
　その経験から、生徒には初歩の段階でピアノのアクションを見せて、どうやって音が出るか（消えるか）を説明することにしている。それからハンマーの動きを見せながら、また、キーを下げる速さを確認させながら、強い音、弱い音を弾いて聴かせる。消音の仕方もキーを戻す速さを実際に見せながら聴かせる。次に実際に生徒自身に弾き比べてもらう。キーにどのくらいの速度でどのくらいの重みをかけると、どういう音が出るのか、自分が出した音を注意深く聴く「実験」をさせるのである。この実験をしただけで、はじめは無造作にキーを叩いていたり、ただ楽譜通り弾けばいい、と思いこんでいた生徒も劇的にタッチに気を遣い、自分の出す音に耳を傾けるようになる。さらに、つねに音に対してイメージをもってから打鍵するために、どういう音色、音量で弾くのがよいかを考える習慣をつけるようにさせる。これらの積み重ねにより生徒は強い音よりもむしろ非常に弱い音を出す方が注意が必要であることを知り、鍵盤の重さや深さを指先で敏感に感じ取る意識を持つようになる。曲に対してイメージをもつようなレッスンをしていくうちに、生徒は「フォルテやアクセント＝強く」、「ピアノ＝弱く」という単純に図式化された弾き方から脱却できるようになる。<br />
　さらに、強弱だけではなく、より多様な音のイメージや曲の正しいイメージをもつためには、１．音楽史や作曲家についての知識、２．ピアノ以外の楽器の音や響きの特性についても知らなければならないこと、またさらに、３．ピアノに限らず良い演奏をたくさん聴くことを通じて「良い趣味」を身につけること、４．空間的なイメージ力、構想力を高めるために視覚的な側面からも感受性を磨くことが、ピアノを「弾く」練習と同程度に重要である、と生徒に伝えている。<br />
　以上のように、自分でイメージした音を実際に表現する楽しみを感じてほしくて、日々のレッスンに臨んでいる。主に弱音のタッチの指導について述べてきたが、ダイナミックレンジが広く多様な音色を自在に使って、音楽を表現する喜びを多くのひとに感じてもらいたいと願っている。
</p>

<h3>参考文献一覧</h3>
<p style="font-size:13px;">『ニューグローブ世界音楽大事典』第10巻、講談社、1994年<br />
児島新『ベートーヴェン研究』　春秋社、1985年<br />
『ベートーヴェンピアノ作品集』全2巻、児島新校訂　春秋社、1985年<br />
渡邊順生『チェンバロ・フォルテピアノ』　東京書籍、2000年<br />
モーツァルト『幻想曲とソナタハ短調』渡邊順生校訂　全音楽譜出版社、1995年</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2000年度採用研究論文／三好優美子</title>
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    <published>2000-04-01T05:21:00Z</published>
    <updated>2009-07-14T05:21:20Z</updated>

    <summary> シューベルトの後期ピアノソナタ ─ 歌曲を通じての一考察 ─ 三好　優美子 2...</summary>
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<div class="title ct">シューベルトの後期ピアノソナタ<br />
<span style="font-size:18px;">─ 歌曲を通じての一考察 ─</span></div>
<p style="text-align: right;">三好　優美子</p>

<div class="ct b10">2000年度の募集の結果、三好　優美子さんの研究論文<br />『シューベルトの後期ピアノソナタ　歌曲を通じての一考察』が、紀要論文と して採用されました。</div>
<br />

<p style="text-align:center"><strong>※論文要旨※</strong></p>

<p style="font-size:14px;margin:0px 10px">　シューベルトは、その生涯において数多くの歌曲を遺しており、それらについては多くの研究がなされている。一方でピアノ作品に目を向けるとピアノソナタ、特に遺作の３曲D958~D960についてはどのように捉えればいいのか、歌曲ほど多くは発言されていない。本稿は、晩年の長大なピアノソナタを理解するための解釈の一つの可能性を提示するものである。 </p>


<p style="font-size:14px;margin:0px 10px">　はじめに、彼の歌曲にみられる想念「死」と「さすらい」の扱われ方を考察する。「死」は多くの歌曲に登場するが、晩年の連作歌曲集『冬の旅』では、死への憧れに加え、絶望感をもった主人公の姿が見られる。「さすらい」については、自分の居場所を探してあてもなくさまようさすらい人や巡礼者たちにも共通する心情が、シューベルトの「私の夢」という文章に見られる。</p>


<p style="font-size:14px;margin:0px 10px">　この考察に続き、ピアノソナタA-Dur D959の第二楽章を中心題材として楽曲分析等を通じて研究する。その結果、このソナタにおいてシューベルトは、典型的といわれるソナタ形式を踏襲しつつ、さまざまな和声の扱いや転調の多用によって動機が性格づけされ展開されていく、彼独自のピアノソナタの様式を確立したことがわかる。 歌曲でみた世界観と、ピアノソナタにおける独創性という二つの視点からこのソナタ全体を眺めると『冬の旅』にも共通する「さすらいの旅」が背景に存在しているように捉えられる。さすらう主人公が第一楽章で旅出ち、第二楽章で苦難の嵐にあい、第三楽章では喜び、第四楽章では暖かい春を歌い、その終結部では第一楽章冒頭の主題に戻ってゆく。この冒頭への回帰は、さすらい人の探し求めた居場所が外に存在するのではなく、自分の心の中にあり、それを自ら受け止めることが救いなのだというシューベルトのメッセージともいえるのではないか。歌曲の中では描写されていなかった「さすらい人の自己への回帰」というメッセージを、このソナタにおける解釈の一つの可能性としてここに提案したい。 </p>

<br />
<!-- ▼目次▼ -->
======================================
<p style="padding-bottom:0px;">＜目次＞</p>
<dl style="margin-bottom:0px;">
<dt><a href="#00">はじめに</a></dt>
<dd>成立事情とエディション</dd>
<dt><a href="#01">第一章</a></dt>
<dd>「死」と「さすらい」の想念をめぐって</dd>
<dt><a href="#02">第二章</a></dt>
<dd>ピアノ・ソナタ A-Dur Ｄ959の作品分析~第二楽章を中心に~</dd>
<dt><a href="#03">まとめ</a></dt>
<dt><a href="#04">参考文献一覧</a></dt>
</dl>
======================================
<!-- ▲目次ここまで▲ -->
<br />
<br />

<a name="00"></a>
<div class="t1">はじめに</div>

<p>シューベルト(Franz Schubert 1797~1828)は、「歌曲の王」といわれ、すばらしい歌曲を数多く生み出した。一方、ピアノ作品に目を向けると『即興曲集』や『さすらい人幻想曲』など一部の曲は演奏会でもよく取り上げられるものの、ピアノソナタ、特に遺作の３曲D958~D960についてはどのように捉えればいいのか、歌曲ほど多くは発言されていない。本稿では、シューベルトの晩年の長大なピアノソナタの演奏解釈の一助として、歌曲の世界を通じて後期ピアノソナタの一面に近付くことを目的としている。そのために、まず第一章では歌詞から「死」と「さすらい」の想念について考察する。第二章ではピアノソナタA-Dur D959を題材として和声や形式の分析等を行いながら、このソナタにおける演奏解釈について一つの提案をしていく。</p>

<div class="t2">I. 晩年の３つのソナタ成立の概略</div>

<p>シューベルトの生涯は、多くの人の知るところであるが、遺作のピアノソナタが作曲された時期について少し触れておきたい。最後の３曲のピアノソナタは、1828年の9月に書き上げられたという自筆の記入はあるが、いつ頃着手されたのかは明らかではない。彼は、最後の3つのピアノソナタのことを、ライプツィヒの出版者ハインリヒ・プロープストに宛てた手紙の中で、次のように述べている。</p>

<p>「私は、独奏ピアノのための3つのピアノソナタを書き上げました。それを私はフンメルに捧げたいと思います。」<span class="c"><a href="#1">[1]</a></span></p>

<p>結局、これらはシューベルトの生前に出版されることはなく、出版されたのは死後11年を経た1839年のことであった。それらの作品がディアベリ社から出版されたときには、すでにフンメルが他界していたため、出版社の意向でシューマンに捧げられた。</p>

<p>ところが、シューマンのこれらの作品に対する評価は、皮肉なことに「ひどく異常だ」ということであった。「シューベルトの最後の作品について」(Über Schuberts letzte Kompositionen) という論文のなかで、彼は</p>

<p>「（前略）...まるで決して終わることがないかのように、継続はいくら長くても困らないように、次から次へと音楽の流れが進んで行き、ときたま二、三の激しい興奮によって中断されるが、たちまちまた平静に帰するのである（後略）」<span class="c"><a href="#2">[2]</a></span></p>

<p>と述べ、内容の理解が困難なのはシューベルトの病気が原因だという判断を下している。演奏の頻度が極めて少なかったということは、シューマンが述べたように、曲の内容が容易には理解できないものだったからだろう。シューベルトのピアノソナタの評価や演奏頻度について、西村弘治氏は次のように述べている<span class="c"><a href="#3">[3]</a></span>。</p>

<p>「私の敬愛するエドウィン・フィッシャーやイヴ・ナットやヴァルター・ギーゼキングなどがこの分野（ピアノソナタ）で聴けないのはしかしとても残念だ。（中略）シューベルトのピアノソナタがもつ鬱勃たる情熱、屈折した心理、油然と歌う魅力、衝動的なリズムの尽きざる推進力、遠大な視野などは、往年の名ピアニストたちにはまったく異質のものだったのだろうか。これらの要素の評価となれば、近代音楽史にシューベルト、ブルックナー、マーラーという系列が大きく浮かび上がってくるまで、ほとんど手がつけられなかった。シューベルト評価の変化はやはり大きな時代の流れとともにある。」</p>

<div class="t2">II． エディションについて</div>

<p>シューベルトの遺作のピアノソナタは、彼の死後出版されたため、彼自身が校訂した楽譜は遺されていない。しかし、自筆譜<span class="c"><a href="#4">[4]</a></span>（現在は個人のコレクションとなっている）や、それをもとにした初版<span class="c"><a href="#5">[5]</a></span>の楽譜は遺されており、現在市販されている楽譜は、おおむねこの自筆譜と初版を重視して出版されている。原典版としての扱いでは、旧全集<span class="c"><a href="#6">[6]</a></span>（リプリント版、Dover）、新全集（NSA = Neue Schubert Ausgabe）からの先行出版のピース楽譜<span class="c"><a href="#7">[7]</a></span>、Henle版<span class="c"><a href="#8">[8]</a></span>、そしてウィーン原典版<span class="c"><a href="#9">[9]</a></span>などが挙げられる。また、現在は販売されていないがUniversal Editionからも原典版が出版されていた<span class="c"><a href="#10">[10]</a></span>。なお、本稿では新全集の楽譜を基本的に用い、自筆のスケッチ<span class="c"><a href="#11">[11]</a></span>、ウイーン原典版などを適時に参照した。</p>

<hr size="1" noshade>
<strong>脚注</strong><br />
<a name="1"></a>[1] Franz Schubert ; Neue Ausgabe sämtlicher Werke, herausgegeben von der Internatioanalen Schubert-Gesellschaft, Kassel 1967~　Epilogue（Walburga Litschauer）より<br />
<a name="2"></a>[2] Alfred Einstein: 『シューベルト-音楽的肖像- 』浅井真男 訳 白水社 1968 P.420<br />
<a name="3"></a>[3] 西村弘治「シューベルト演奏の評価とその表現者」: 『レコード芸術』 1978年10月号 P.177
<a name="4"></a>[4] 自筆譜: Dr.Georg Floersheim collection, Basel<br />
<a name="5"></a>[5] 初版: A.Diabelli, Wien  1838 <br />
<a name="6"></a>[6] 底本は Kritische durchgesehne Gesamtausgabe Breitkopf & Härtel, Leipzig 1884~1897<br />
 リプリント版はDover, New York 1964<br />
<a name="7"></a>[7] Bärenreiter, Kassel 1995 (D958), 1997 (D959, 960)　<br />
 新全集として第VIIシリーズの第二部（全3巻から成る）として刊行される予定であるが  それに先立ちピースとして一部の作品が出版されている。<br />
<a name="8"></a>[8] Schubert Klaviersonaten Henle, München 1971,1973,1978<br />
<a name="9"></a>[9] Wiener Urtext Edition, Wien 1998~1999<br />
<a name="10"></a>[10] Wiener Urtext Ausgabe, Wien 1953<br />
<a name="11"></a>[11] ウイーン市立地方図書館所蔵　Hans Schneider, Tutzing, 1987
<hr size="1" noshade>
<br />

<a name="01"></a>
<div class="t1">第一章　晩年における「死」と「さすらい」の想念をめぐって</div>

<p>　シューベルトに限ったことではない