会員・会友レポート

アジアの音楽教育事情とピアノ III.ミャンマー その2

2019/01/17
アジアの音楽教育事情とピアノ Ⅲ ミャンマー(その2)
安藤 博(正会員)(2018年11月記)

ミャンマーに音楽教育レポート(その2)は、この国の音楽教育に大きな役割を果たしてきた音楽学校などをレポートする。

ヤンゴンの音楽学校

ここで紹介する2つの音楽学校は、大学と異なり学位を授与する高等教育機関ではなく、日本でいうと「専門学校」に近い存在だが、ヤンゴン地域の音楽教育に大きく寄与している学校である。

1) ギタメイト音楽センター Gitameit Music Center
Olive Nyein Lynn Phyu氏(右)とSaw Patalar Htaw氏

2003年設立の非営利音楽学院。創設者はアメリカ人のピアニスト、作曲家、即興演奏家として著名なキット・ヤング女史注4と彼女の弟子のモエ・ナイン氏。
私にとって同校の訪問は今回が3回目。前回訪問時には工事中だった新しい校舎も完成し、お話を伺ったOlive Nyein Lynn Phyu先生(ピアノ)とSaw Patalar Htaw先生(ギター)お二人のお顔からも、学院の新しい展開への明るい期待感が感じとられた。
同音楽院では、現在300人以上の生徒が学んでいるという。その内訳は、やはりピアノが一番多く約150名、弦楽器がギター50名、ヴァイオリン23名、ハープ13名、チェロが3名、その他ドラムが23名、フルート8名など。楽器だけでなく、合唱教育にも力を注いでいて、さらに音楽理論、音楽史、視唱など・・・通常の音楽学校で教える科目はほぼ網羅されている。もちろん、伝統楽器や伝統舞踊も欠かせない科目である。
学院のスローガンは「音楽を通じて世界から私たちへ、私たちから世界へ」と謳っており、創設者のキット・ヤング女史のご意思が見事に受け継がれている。ピアノ教員たちは初期のヤング先生の弟子か約半数を占めていて、ジェネレーションから新しいジェネレーションに受け継がれていくことにより、伝統が守られている。

ギタメイト音楽センターのエントランスと新しい校舎に掲げられているプレート。ノルウエーの財団からの寄付により建てられたと記されている。
注4
キット・ヤングKit Young女史は幼少期をタイで過ごされ、その後も20年以上アジアを拠点に活動されている。アジアの伝統音楽、とくにタイとミャンマーの音楽に深い造詣をもち、サンダヤー(注4)と呼ばれるミャンマー独特のピアノ奏者としても著名。彼女の音楽観、またギタメイト音楽院の創設については、こちらのインタビューで詳しく語られている。(英語)
注5
ミャンマー・ピアノ(サンダヤー)
西洋音楽を代表する楽器ピアノだが、ミャンマーでは、この国では独自の発展を遂げ、伝統音楽の一分野として位置付けられている。1870年代に、あるイタリアの外交官が宮廷に一台のピアノを寄贈したのが始まり。ただ、この時、この外交官はただピアノを置いていっただけで、楽譜や奏法など何も説明がなかったため、予備知識の全くなかった宮廷音楽家たちが、自国の伝統音楽とともに演奏できるよう、独自のスタイルを築いたといわれている。誰もが持っているピアノの既存のイメージとはまったく異なるスタイルの音楽である。YouTubeで”Sandaya”で検索するとかなり出てくるが、まずは下記を聴いていただきたい。
2) ヤンゴン音楽学校Yangon Music School
ヤンゴン音楽学校

こちらは、2016年12月に設立されたばかりの新しい音楽学校。ギタメイト音楽院の共同創立者モエ・ナイン氏がギタメイトから独立して立ち上げた学校である。なお、後ほど触れるILBCという私立学校の理事長も共同出資者となっており、同校はILBCの幼稚園内でも教室を開いている。

Moe Naing氏

本校の校舎は、瀟洒な2階建ての洋館で、内部は元の雰囲気を崩さないように各部屋をレッスン室などに改装してあった。また、一階の一室には、Music for Oneという韓国系の非営利団体の事務所も置かれている。 校長のモエ・ナイン氏とは、SEADOM (Southeast Asian Directors of Music Conference)を通じて6年来の知り合いだが、今回改めて同校の活動の内容を伺った。

現在の生徒数は約250名でピアノがやはり多く約150名。各楽器のレッスンの他、楽典、音楽史、ソルフェージュ、合唱などほぼギタメイト音楽院と同様のプログラムだが、大きな特徴は教員養成のプログラムを始めている点だろう。これは地方からのインターンシップという形で学費の他、住居費や食費なども含むほぼ全額給付奨学金のシステムで行われているという。現在は4名がこの制度により学んでいる。こうした教員養成制度については、次のILBCのところでも詳しく触れたい。

ILBC (International Language and Business Center)
試験風景

同校は国内に32のキャンパスをもつ幼稚園から高校までの一貫教育を提供する私立学校。実は、私が2016年6月にミャンマーを初めて訪れたのも、同学校が新しく吹奏楽のプログラムを導入したいので協力してほしいというお話から、実情調査のために訪れたためであった。ILBCでは、教科として音楽を早くから取り入れており、放課後のクラブ活動にも伝統楽器の他、合唱、さらに吹奏楽も昨年から行われている。全国32校の教育レベルの均質化を図るために、音楽教員の訓練プログラムも独自に開発している。

審査員たち。テーブル一番奥がモエ・ナイン氏(ピアノ)、中央がソウ・モーゼス氏(音楽教育)、一番手間がナウ・キーン・ミャト・モン氏(フルート)

地方のILBCに勤務する音楽教員をヤンゴンに招聘し7ヶ月間養成訓練を行うという先進的なプログラムである。写真はその中間試験風景、ピアノとリコーダーは必修で、その他もう一つの楽器が課せられる。今回は5名のうち、1名はヴァイオリン、一名がフルート、その他3名はギターを選択していた。同校のソウ・モーゼス氏によると、現在は、同校の地方教員のためのプログラムだが、昨年から公立小学校でも新しい音楽教科が開始されているため、近い将来すべての教員のための養成プログラム開発を考えているとのことだった。

以上の教育機関の他今回のヤンゴン訪問では、国立交響楽団も訪問して事務局長のWin Min Phyo Ko氏にお話を伺った。

ミャンマー国立交響楽団
Myanmar National Symphony Orchestra

同楽団は、国立TV局に所属しており、その活動については、音楽監督が日本の山本祐ノ介氏であることから、我が国の新聞でも取り上げられたことがあるので、ご存知の方もおられると思う。
創立は2001年、長く活動が停滞していたが、2014年に音楽監督に山本祐ノ介氏を迎え、また国際交流基金の助成などを得ることによって活動を活発化させてきた。現在の団員数は65名(内非正規5名)で、第1ヴァイオリン12名によるフル編成。団員には給与の他、住居も提供されているので、それなりのステータスが与えられている。弦奏者の多くは国立文化芸術大学出身者で、管楽器はマーチングバンドなどの出身者が多いそうだ。ただ、演奏の機会は年3回の定期演奏会に加えて、TV音楽番組の出演が年6回程度ということなので、決して多いとは言えない。今後は、活動の数と質をどのように確保していくのかが問われてくるのではないだろうか。私の持論として、オーケストラは(ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ニューヨーク・フィルのように)その国や都市の音楽文化を代表する「顔」である。ミャンマーにもそうした「顔」が再活動を始めていることに大きな意味を感じるのは私だけではないだろう。

TV局内のオーケストラ事務室プレートとWin Min Phyo Ko氏)
終わりにかえて
ヤンゴン空港到着ロビー

私が現在住んでいるバンコクからヤンゴンまでは約1時間程度の飛行である。しかしヤンゴン空港に着くと、人々の光景が一変する。男女を問わず多くの人々がロンジーと呼ばれる長い丈の巻きスカートを着ているし、女性や子供たちの中にはタナカと呼ばれる白い粉のようなもの顔に塗っている人も多く見られる。東南アジアの国々の中でも、とくに「異国情緒」を感じさせられる国である。また、他の東南アジアの国々と同様に自国の伝統音楽は実に豊かで、ビルマハープとして知られるサウンの他、とくに打楽器に特徴がある。サンダヤーと呼ばれるミャンマー・ピアノの独自な奏法と音楽も実に印象深い。しかし、これまで述べてきたように、多くの教育現場で教育言語として英語が使用されている点は、我が国の教育現場とは大きく異なっている。こと教育においては国際的な垣根をできるだけ低くし、学生たちが国際的な視野をもてるよう(少なくとも教育現場では)鼓舞しているように感じられた。
もちろん問題点(というよりも課題)も多く感じられた。まず、こうした音楽教育と活動の現場を支える技術者(ピアノ調律者など)の不足である。この点は、ヤンゴン音楽学校のモエ・ナイン氏も力説されていたが、演奏家、楽器とそれを支える技術者とは三位一体ともいえる関係である。
また、いずれの教育現場でも管楽器を学ぶ人が少ないのも、メンテナンス技術者がほぼ皆無といった現状も大きな要因のひとつであろう。注6
この問題の解決策として、日本から技術者を派遣するという案はもちろん考えられるが、より将来的に地に足を着けた解決策は、調律師学校と管楽器技術者養成学校を開設し、現地で技術者を育成することだと思う。

注6
ヤンゴン市内にはヤマハの支店はなく、製品を扱ういわゆるディストリビューターとしてMusic Trading社という楽器商が中心となって楽器の供給をおこなっている。

もう一点は、より内実的な問題ではあるが、教育の成果をよりレベルアップするための音楽学的な視点の不足。たとえば、作品のアナリーゼや各作曲家の時代様式に沿った演奏スタイルなど・・・。この問題は、単に演奏技術のレベルアップという側面だけでなく、MITのように「リベラルアーツとしての音楽」という捉え方にも大きな意味を持つはずだ。ただし、この課題の解決には指導者の育成など長期的な視点が必要となろう。

安藤 博 Ando Hiroshi
東京芸術大学楽理科卒業
前 国立音楽大学演奏部事務室・学長事務室室長
現在、タイ・バンコク市近郊のマヒドン音楽大学(College of Music. Mahidol University)客員教授としてタイ在住。
ピティナ正会員、日本音楽学会正会員

ピティナ編集部
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