ピティナ調査・研究

III.ミャンマー その1

アジアの音楽教育事情とピアノ Ⅲ ミャンマー(その1)
安藤 博(正会員)(2018年11月記)

アジア各国音楽教育事情についての調査シリーズ、今回はミャンマーについて2回にわたってレポートする。(2018年10月訪問)

ミャンマー(ミャンマー連邦共和国)はインドシナ半島の一番西側に位置し、隣接国は北西のインド、西のバングラデッシュ、北東側が中国、東側がラオスそして南東側に南に向かって細長く接しているタイの5カ国に及ぶ。また、稀に見る多民族国家で大きく8つの部族があり、さらに細かく分類すると全体で135の民族が存在するといわれている。ここでは、その歴史を詳しく紐解く余裕はないが、19世紀以降3度の英緬(イギリス・ビルマ)戦争を経て、イギリスの支配からの独立は1948年1月とされている。なお、読者はご存知だろうが、以前の国名は通称ビルマ、1989年から現在のミャンマーに改称されている。

教育制度

まず、基本の教育制度だが、

小学校5年間:
6歳~10歳(1年生~5年生)但しKG (Kindergarten)と呼ばれる1年間の就学前教育がある。
中学校4年間:
11歳~14歳(6年生~9年生)
高校2年間:
15歳~16歳(10年生~11年生)

したがって、大学には16歳から入学が可能となる。ただ、大学は4年~7年間教育となっており、学部によって修学年数が異なっている(例えば文学部5年、教育学部6年、医学部7年間など)また大学入学については、高校卒業時に課される統一試験の結果によって左右される。

*ミャンマーの教育制度概要については、外務省のページ参照

私がヤンゴンを訪れるのは、2016年6月の初訪問から今回が4回目。今回訪れたのは、2つの大学と2つの音楽学校、教科として音楽を提供している私立一貫学校(幼稚園から高校)、さらに国立交響楽団など。いずれも、音楽に対するこの国の新しい息吹を感じさせられる訪問となった。
また、ミャンマーを訪れていつも感じることだが、この国では英語に堪能な人が実に多いことに驚かされる。たとえば、今回訪れた二つの高等教育機関、ヤンゴン国立芸術文化大学とミャンマー神学学院では教育言語は英語である。また、今回私の訪問をアレンジしてくださったソウ・モーゼス氏が勤めているILBCという私立の一貫校(幼稚園教育から高校まで)の教育言語も(ミャンマー国語の授業を除いて)すべて英語である。(学則に「学内ではすべて英語で会話すること」と書かれている)また、私立学校だけでなく、公立高校でも数学と科学の授業は英語で行われているという。ということは、これらの学校すべての教員と生徒が英語での授業を可能とするだけの英語力を備えているということだ。

ミャンマー神学学院
Myanmar Institute of Theology(MIT)
MITのエントランス

MITの歴史は古く、前身のバプティスト神学校の創立は1927年にさかのぼる。1960年に東南アジア神学教育協会に正式メンバーとして認められ、学位授与することができる高等教育機関(大学)に改組された。教育カリキュラムについても様々な改変をへて、現在は「リベラルアーツ・プログラム」として7つの学科(商学・コンピュータ・都市計画学・社会学・英語・音楽・宗教学)により教育カリキュラムが展開されており、学士だけでなく修士のプログラムも提供されている。なお、キリスト教系大学(注2)ではあるが、宗教学学科を除いて宗教・民族に関係なく入学が可能とのこと。学生数は1年生約250名、そのうち音楽学科は約10名、ただし、他学科学生が選択科目として履修することも可能で、そうした学生も約40名が音楽を学んでいる。

サリー・アウンSally Aung音楽学科長

お話を伺ったのは音楽学科長のサリー・アウン氏。
まず尋ねたのは、大学前教育に一部の私立学校を除いて音楽教科が教えられていない中で、どのような学生が入学してくるのだろうかという疑問。注1
先生のお答えは明快で、まずは教会などのクリスチャン・コミュニティーの教育プログラムに音楽があり、そこで学んだ学生、インターナショナル・スクールなど音楽教科を提供している学校、その他、専門学校としての音楽学校、さらにプライベート・レッスンで楽器を学んできた学生などが入学してくるそうだ。

注1
新しい音楽教科書(小学1年生用)
ミャンマーの公共教育に音楽は学科として存在しているが、教科書や楽器が不足していることなどから、実際にはほとんど教えられていなかった。しかしようやく昨年2017年からJICAなどの協力により小学校1、2年生用の教科書が作成され、新しい教育が始まっている。なお、新しい教科書作りは他学年についても年次計画によって継続されることになっている。

カリキュラムは通常の音楽大学にありがちな技術教育重視よりも「リベラルアーツ・プログラム」の一学科として音楽が捉えられている点が大きな特長のようだ。そのため、一年目にはあえて専攻を持たせないで、鑑賞教育に重点をおき、1年終了時にオリエンテーションを行い、各専攻を与えるとのこと。また2年目以降のカリキュラムも理論、音楽史、視唱、ピアノ、弦楽器、声楽のほか、4年時には指揮法(合唱、器楽)、パート・ライティング、さらに「音楽と礼拝」といった教科も教えられている。中でもピアノは2年時から4年時まで3年間必修とされている。音楽学科の教育ミッションに「・・・地域社会や教会において役立つ音楽教育プログラムを供する」と書かれている点もこの大学の教育方針の一端を物語っている。また、キリスト教系大学であるため、海外との交換プログラムも確立されているとのこと。

注2
ミャンマーのキリスト教徒
ミャンマーは仏教国(90%)として知られているが、キリスト教徒は4%くらいと言われている。この数は日本人のキリスト教徒が0.6%くらいといわれているので、考えようによっては、かなり多い数字である。歴史上の経緯から山岳系の民族に多く、たとえばカチン族は約90%、カレン族も約35%がキリスト教徒と言われている。

今回訪問したもう一つの大学は、ヤンゴン国立芸術文化大学 National University of Arts and Culture, Yangon 1993年創立。国立の芸術系大学は、マンダレーにもあるが (National University of Arts and Culture, Mandalay)、こちらは2000年創立で、学士までのプログラムしかないため、修士志望の学生は修士課程をもつヤンゴンに進学するという連携システムになっている。学科構成は次の5つ。
映像・音楽・劇・絵画・彫刻
なお、我が国の東京藝術大学と交流協定が締結されている。

音楽学科長のMaung Maung Zaw Htet(筆名:Diramore)氏は同大学を卒業されたミャンマーで著名な音楽家。専門の作曲だけでなく歌手、指揮者、プロデューサーとしても多岐にわたって活躍されている。東京藝大に留学され修士号も取得されている。氏とは2016年初めてヤンゴンを訪れた際にもお会いしているので、今回が2度目ということになる。
音楽学科の構成は、

Ⅰ. 演奏:伝統楽器、西洋楽器(ヴァイオリン、ピアノ)
Ⅱ. 音楽学
Ⅲ. 音楽理論・創作

以上の3つ。入学後2ヶ月は基礎課程として学び、その後専攻を決めさせるとのこと。また、3年時には全員が副科としてビルマ伝統アンサンブルを学ぶことになっているそうだ。
実は、2年前にお会いした際には、音楽学専攻はまだなく、逆に先生から音楽学の入試方法やカリキュラムなど多く質問されたことを記憶している。その際にも伺ったことだが、小学校から音楽が教科として始まり、音楽教員が必要になってきているので、今後は、音楽教育専攻についても立ち上げを検討しているとのお話だった。教育行政の変化に合わせた改革への意欲が強く感じられた。
それに伴い、現在カリキュラム上実施されていない副科ピアノについても検討しなければならない時期にきているとも伺った。
なお、今回はお会いできなかったが、同大学にはSu Zar Zar氏注3という、東京芸大で音楽学の博士号を取得された先生も教えておられる。著名なハープ(サウン)奏者の一人で、また前述の新しい教科書作りのチームにも参加されるなど、ミャンマーの音楽教育界に大きく寄与されている。

注3
Su Zar Zar氏については、こちらの記事にご本人のこと、新しい教科書作りのことなど、詳しく語られている(英語)

以上、今回はヤンゴンにある二つの高等教育期間の音楽教育内容について書いたが、次回はいわゆる「音楽学校」や国立交響楽団について報告する。

安藤 博 Ando Hiroshi
東京芸術大学楽理科卒業
前 国立音楽大学演奏部事務室・学長事務室室長
現在、タイ・バンコク市近郊のマヒドン音楽大学(College of Music. Mahidol University)客員教授としてタイ在住。
ピティナ正会員、日本音楽学会正会員