会員・会友レポート

音楽における九星 第一部 <第三回>モーツァルトのからくり

2017/10/12
「音楽における九星」金澤 攝
◆ 第一部
<第三回> モーツァルトのからくり

本年、2017(平成29)年は一白水星年にあたります。九星の数は年々逆行するため、昨年が二黒土星年、来年は九紫火星年に戻ります。

九星の切り替わりは元旦からではなく立春からで、2月4日、年によっては5日からということになります。それ以前の早生れは、原則として前年の九星を「本命星」とします。

冬至から翌年の節分までが、新旧両年の影響が重なる期間とされていますが、ほとんどの場合、前年の九星で判断して差支えありません。ただ、特別な神童タイプに限っては、翌年の九星支配が優先することがあります。

モーツァルトが典型的で、彼は明らかに二黒土星ではなく、一白水星が本命と見られます。その他、シューベルトやメンデルスゾーンもそれに準ずる例ですが、モーツァルトほどはっきりした人は他に見当たりません。

九星各星の性格とそれぞれの音楽家たちについては、第二部で詳説します。

モーツァルトは一白の気質が勝っているとはいえ、二黒の性格も内面的に失っていないので、水と土の二つの要素を兼備していることになります。このように相剋する二つの星を跨いでいる場合、衝突する五行が存在しないことになるのです。モーツァルトを嫌う人が少ない、大きな理由と考えられます。

特に六白、七赤の金星を持つ人にとっては「親」と「子供」の両方にあたり、二重に相性がいいことから、熱烈なモーツァルト・ファンが多いようです。カール・ベーム、クララ・ハスキル、アルテュール・グリュミオーらがその代表者でしょう。

同じパターンにある作曲家をもう一人挙げておきます。意外なようですがスクリャービンです。

スクリャービンは二黒土星の一月生れで、彼の場合は三碧木星を本命と考えるべきですが、木と土を備えているため、あれ程陶酔的で、”アブナい音楽”を書いているのに、何故かあまり嫌われません。木と土の双方に相生するのは九紫火星ですから、例えば「プロメテウス」の初演を行った名指揮者、セルゲイ・クーセヴィツキーや、ウラデミール・ソフロニツキーのピアノを思い起こせば納得がいきます。

しかし、こうした翌年の九星を先取りするような”神童タイプ”は長く生きられないようです。それは彼らが余りにも”霊感”に依存し過ぎるためで、例えばモーツァルトの作品は、彼個人の創意とは程遠い、”あの世の丸写し”状態にあります。それを彼の「自作」とされてしまうと、人間の目には「天才」と写りますが、これをやり過ぎると、単なるマリオネットとなって酷使され、人間としての生活が破綻します。これは「相性」とは別次元の話になりますが、モーツァルトやシューベルト作品の多くは私にとって痛ましいものです。彼らが自らの人生と引き換えにもたらしたことの重みを、想わざるを得ません。(2017.9.24)

この連載について

作曲家でピアニストの金澤攝氏は数千人におよぶ作曲家と、その作曲家たちが遺した作品を研究対象としています。氏はその膨大な作業に取り組むにあたって、「十二支」や、この連載で主にご紹介する「九星」を道しるべとしてきました。対人関係を読み解く助けとなる九星は、作曲家や、その人格を色濃く反映する音楽と関わるに際して、新たな視点を提供してくれるはずです。「次に何を弾こうか」と迷っている方、あるいは「なぜあの曲は弾きにくいのだろうか」と思っておられる方は、この連載をご参考にされてみてください。豊かな音楽生活へとつながる道筋を、見出せるかもしれません。
(ピティナ読み物・連載 編集長)


ピティナ編集部
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