わたしたちのピアノ教育史

多 美智子 第5回 これからのピアニストたちへ

2019/01/18
多 美智子 第5回
これからのピアニストたちへ Michiko Oono
躊躇することなくチャンスを掴む

多は、東京藝術大学で安川加壽子を源流とするフランス音楽の教育の流れを受け継ぐ存在である。しかし、安川から藝大の講師の打診を受けたとき、多はドイツ・シュトゥットガルトの地に根を下ろしていた。ドイツ生活は16年を数え、大学で教え始めて10年が過ぎていた。国際電話で「安川先生にお電話をするように」と母から連絡が入り、安川に電話をすると「東京に戻ってこられる?」「いつまでにお返事を?」「明日までに」。ごく簡単に淡々と答えられ電話が切れた。重大な決断をするにはあまりにも時間が少ない。頭の中は超特急で様々なことを想定。根を下ろしていたドイツでの生活、積み重ねたものの重みを鑑みると、ドイツに残る方が安定していたかもしれない。ただ1回、日本在住の教授ご夫妻に意見を伺う。「この重大な決断ができたのは、その時のある一言で背中を押されたことが大きいです。生来ののんきな気前良さも手伝って、『その一言』が自分の心、感覚に響いた後は、決断は早かったです」。8時間の時差も考え、6時間後には腹を決めて安川に電話で伝えた。「これまでを振り返ると、確かに運に恵まれていたところもあるかもしれません。ただ、チャンスが巡ってきた時、それを掴めるか。あの時もパッと掴んでいました」。多は東京藝術大学で教える道を選んだ。
その後、教授に就任し、ピティナのコンペティションでも好成績を修めた長瀬賢弘や實川風ら優秀なピアニストや指導者を育てた。「チャンスはやはり待つしかない訳ですが、アンテナを張り続けないといけない。『これ』と思った時に、躊躇することなく掴み取ることが必要になると思います。チャンスを掴んでからその先は、自分で努力して実らすしかない」と多は話す。

どこに置かれても通用する人に

多は東京藝大教員時代に、定年を迎える5年前、東京藝大附属高校の校長という重責を担った。「この頃は、我が身を守るのではなく、学校のため、生徒のためという感覚でした。のめりこんでいましたね。私自身卒業生であり演奏系の感覚で、夢中で学校の新しい姿を模索していました。その仕事からパワーをもらい、5年間とても充実していました」。生徒たちへの思いを語る言葉の中で、多の教えの核に触れた。

一番大事にしてほしいことは、ひとりの人として、社会で通じる人間であるという事。「音楽の特別な才能があるから許される」のではなく、倫理観をもって、人として守るべきことを守り、他人をいたわり、思いやりのある人間であってほしい。それと同時に、幅広い教養、想像力を高める。普段の挨拶、口の利き方や立ち振る舞いも大事で、実技が優秀、ピアノが弾けるだけでは説得力ある演奏は生まれない、と考えています。

高弟の長瀬賢弘は、その思いをこう受け取っていた。「人間として大事にしていただいている、と感じていました。わからないことばかりだった藝高の受験の時から、音楽性やテクニックはもちろん、礼儀や人に伝えることの大切さを厳しく教えていただきました。器用ではない性格もあり、先生の心遣いや、細やかな指導から得るものがたくさんありました」。その経験が、大学卒業後に留学したロシアでも、文化を超えて、周囲と違和感なくやりとりできるほど役に立った、とも話す。長瀬はピアノのみならず、心も育ててもらった経験が、自分の中で活きているのを感じている。

未来のピアニストたちへのバトン

多の言葉からは、教育者としての“凛”とした姿が浮かび上がる。「礼儀や道徳に外れていたり、規則を守れないときは、ビシッと注意しますので、生徒や周りからは『怖い』『厳しい』と言われています。退職して8年になりますが今でも、気になることを目にするとつい口から文句が出てしまいます」。それは元をたどると、多が研鑽を積む中で、恩師たちから指導されてきたことであり、熱心で愛情深い指導を受けてきたからこそ受け取ったものである。つまり多の厳しさの中にあるものは、恩師から受け取ってきたものの、後世への大切なバトンのリレーなのではないだろうか。
多は、安川について「凛としたご様子、美しいステージマナー、また欠くことの出来ない公正さは、まさにピアニスト、そして教師としての理想です」と語った。そして、第4回で登場した弓削田優子は、多が奏でる音楽、その雰囲気や所作に憧れていたと話している。凛とした教師像は、その精神とともに受け継がれているのである。あたかも、戦後の女流ピアニストと指導者の道を切り開いた安川を源流として、門下生へと脈々と流れ、日本のピアノ教育の精神的な支柱になっているかのように。

多は、現在も藝大の名誉教授としてジュニア・アカデミーで若い芽を育てる他、数々のコンクールの審査員や公開講座の講師を務め、未来のピアニストたちを厳しく、そして温かく導いている。


深水悠子
企業広報の仕事を経て、東京藝術大学大学院音楽文化学音楽音響創造に入学。電子音響音楽の作品制作、及び「日本におけるエリック・サティの受容」の研究を行う。現在、音楽ライター、東京藝術大学音楽学部教育研究助手。
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