わたしたちのピアノ教育史

金子勝子 第5回(最終回) 学びの精神

2017/11/29
金子勝子 第5回(最終回)
学びの精神
「指メトード」

「指メトード」

金子は、生徒を公開レッスンに参加させたり、音高音大受験に挑戦させるなどして、体当たりで得たノウハウを「指メトード」にまとめた。 本は、金子の次のような信念に基づいている。

指導者は、教材の通りにしていてはいけない。自分で頭の中で考えて「これはこう」と整理しないと、生徒に身につけさせられない。

「指メトード」の効果は、覿面てきめんだった。「ここ10年で、生徒がよく弾けるようになった」と自負する。

「指メトード」の弾き方を披露する金子。

金子流の「指メトード」活用法はこうである。ハノンを併用して、小学生からコントロールのきく指作りを始める。早い生徒は、小学1、2年から始めるため、小学校卒業までにはハノン39番までと全調が終わる案配である。「『指を落としてから抜く』脱力ができるのは中学生から」としながらも、「小学生からしっかり指の練習をやる。後々になってちゃんと効果がでる」と力を込める。金子の生徒は、中学2、3年になる頃にグンと伸びると話すが、それも基礎の指作りのおかげだろう。金子が目指すのは、その先の「音から音へ流れを作り、どう音色を変えて、どうフレージングを作るか」といった音作りである。

「指メトード」で育った生徒たち

小学5年から金子に習い始めた木室綾乃は、金子のもとで一から指メトードで基礎を固めてきた生徒の一人である。レッスンで2、30分、長い時は1時間かけて打鍵と音の出し方を集中的に練習した。しかしなかなか癖が抜けず、3年ほど指作りに取り組み続けて、ようやく早いパッセージをきれいに弾けると実感できるようになったと話す。現在、優秀な門下の先輩に続けと、目下音高受験に向けてピアノに向かう毎日だ。

大学生の草間紀和は、脱力で苦労したという。「瞬発力で落として、次の指に行く時に力を抜く、というのが難しかったです。『力が残ってる。肩の力を抜いて、指に力がいくように』と注意を受けていました」。しかし、レッスンを重ねるうちに体の使い方が自然になり、音楽の楽しさを感じるようになった。「金子先生は、技術的な指導も素晴らしいですが、音楽の表現も大切にしてくださる」と話し、東京藝術大学に在籍している今も、金子のレッスンが自分の音楽の土台になっていると感じるという。

俊英揃いの金子の門下生の中でも輝きを放ち、目覚しい活躍を見せるのが牛田智大だろう。演奏会で忙しい時間を縫ってインタビューに答えてもらった。牛田も、小学校から金子から「指メトード」で指導を受けて成長した。今でも練習前に弾くようにしており、長年弾き慣れていることもあって、本番前に弾くと「落ち着く」と話す。小学生だった牛田にとって、金子のレッスンは楽しい思い出である。練習がうまくいかず憂鬱な気持ちでレッスンに行っても、金子が歌ったり、踊ったりして楽しい雰囲気を作ってくれるため、終わるころには音楽的に弾けるようになっていた。低学年からショパンの叙情的な作品を与えてくれたことも、現在の牛田の財産になっているという。

いい指導者とは

門下生の活躍を聞くと、ポイントをつかめばうまくいきそうに感じるが、ピアノを弾くための指作り指導は、「そう単純ではない」と金子は言う。指が小さい、大きい、細長いなど、生徒一人一人手の質が異なる。それに応じて、「この子にはこう」とやり方を変えていく。「ただ正解を教えるだけが、指導者ではない。生徒の欠点に気づいて、いい方向に近づけることが大事。欠点を伸ばさないと、本当の意味で成長してくれません。『素質がある子は、必ず欠点もある』ということを知っていて、欠点を見抜ける先生がいい先生だと私は思います」と話す。

長年ピアノ指導に従事してきた金子だが、一つわかったことがあるという。「おおよそ、リズム感のいい子で前のめりにパッパと進む生徒と、テンポがずれてしまう生徒の2つに分かれます。ずれてしまうと、なかなか人の心に入っていきません。音楽は、前へ前へと誘い込んで行かないと、聴衆がついてこないところがありますから。大学院生になって、既に私の手を離れていた門下生に、テンポがずれていることを指摘したことがあります。こういった直りにくい欠点をいい方向に持っていくのは、とても根気がいることなのです」。

前出の木室の母は、金子が指導している様子をこう話す。「子どもが同じ間違いをしても、金子先生は怒らずに繰り返し根気強く教えてくださりました」と。レッスンでの金子は、よく歌い、朗らかで明るい。しかし、ここぞという時にきつく叱ることがあり、いつも優しい様子とのギャップで子どもには絶大な効果があると木室の母が話してくれた。手を変え品を変え、粘り強く生徒に付き合うことで金子は、生徒の欠点を伸ばしているのである。

金子は、指導者は「謙虚であることが大事」と話す。この姿勢は、金子が先輩指導者から多くを学んできた実感からである。「演奏も素晴らしく、指導力もあったとしても、謙虚さが足りないのでは問題があります。人からしてもらうことを当たり前と思っては駄目ね」。ここに金子の真価がある。先生として完璧であることや、プライドを持つことといった意識を過剰に持つことなく、あくまで謙虚に、そして臆せず学び続ける。金子は生涯挑戦者である。


深水悠子
企業広報の仕事を経て、東京藝術大学大学院音楽文化学音楽音響創造に入学。電子音響音楽の作品制作、及び「日本におけるエリック・サティの受容」の研究を行う。現在、音楽ライター、東京藝術大学音楽学部教育研究助手。
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