バッハのいろは

第2回 長男への想い

2018/10/18
第2回 長男への想い

バッハ一族の家系図を見ると、16世紀から18世紀の長きにわたりドイツで職業音楽家を輩出し続けた歴史を持ち、ヨハン・ゼバスティアン[Johann Sebastian Bach, 1685-1750]を分水嶺として、その息子たちは国際的に羽ばたき、新しい時代を築く礎になったことがわかります。後にヨハン・ゼバスティアンは「大バッハ」と呼ばれるようになりますが、先妻で従妹のマリア・バルバラとの間に授かった2人の息子は、大バッハを語る上で大変重要な人物となります。

図1:《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帖》の表紙見返し

父親が長男に寄せる想いの大きさは、ヴィルヘルム・フリーデマン[Wilhelm Friedemann Bach, 1710-1784]が9歳を迎えた時に現われます。本格的な教育を施すのにちょうど良い年齢だということに加えて、ヨハン・ゼバスティアンの脳裏をよぎったのは、彼自身が9歳の時に失った最愛の母のことだったかもしれません。1720年1月22日、彼は長男のために小品集を書き始め、まず音を正しく読むために必要な音部記号の説明から入りました。"Claves signatae"は上からヴァイオリン、ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、そして3種類のバス記号を示していますが、これは私たちが現在使っているト音記号やヘ音記号よりも多様な表記法で、楽器や状況に応じて使い分けが必要だったバロック時代の音楽そのものを反映しているのです。続いて装飾記号とその演奏法の対応表(Explication unterschiedlicher Zeichen)が添えられますが、装飾はバロック時代の音楽芸術において最も重要な問題なので、後述することにします。

図2:《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帖》より Claves signatae

このように始められた教則本は計62曲で構成され、《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帖》と名付けられました。ここに収められている小品は、後に《インヴェンションとシンフォニア》としてまとめられるほとんどの曲を含み、《平均律クラヴィーア曲集第1巻》の前奏曲のいくつかも断片として現れます脚注1。私たち教育者にとっても大変興味深いのは、この曲集こそが《インヴェンションとシンフォニア》の初稿にあたり、「インヴェンション」は「プレアンブルム(Praeambulum)」、「シンフォニア」は「ファンタジア(Fantasia)」というタイトルであること。そして最終稿(つまり《インヴェンションとシンフォニア》)とは曲順も異なり、シンフォニア第2番に該当する曲が残されていないことなのです。

この音楽帖に秘められたヨハン・ゼバスティアンの意図を一つずつ解いていくと、次第にバッハの全体像が明らかになり、息子たちが継いだものや流れゆく時代までもが透けて見えてくるのです。

脚注1
《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帖》の全体構成は、以下のサイトよりご覧ください。
バッハ/ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの音楽帖 全体構成

赤松林太郎
第44回全日本学生音楽コンクールで全国第1位、野村賞。第3回クララ・シューマン国際ピアノコンクールで日本初の上位入賞後、ヨーロッパ各国のコンクールで十指に及ぶ優勝や上位入賞。国内のみならずアジアやヨーロッパでの公演も多く、近年ではヨーロッパ各国での国際コンクール審査やマスタークラス講師も多数。ダヌビア・タレンツ国際音楽コンクール(ハンガリー)では第1回より審査員長を歴任。現在、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会評議員・演奏研究委員、ブダペスト国際ピアノマスタークラス教授、洗足学園音楽大学客員教授、大阪音楽大学特任准教授、宇都宮短期大学客員教授、カシオ計算機株式会社アンバサダー。
【GoogleAdsense】
ホーム > バッハのいろは > > 第2回 長男への想い