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バッハ  :  2声のインベンション
Bach, Johann Sebastian  :  Invention  BWV 772-786
ピアノ独奏曲 [piano solo/ 曲集・小品集

作品概要

楽章・曲名 演奏時間
1 第1番 ハ長調  /  BWV772  C-Dur 1分 20秒
1 第1番 ハ長調  /  BWV772  C-Dur 1分 20秒
2 第2番 ハ短調  /  BWV773  c-moll 1分 30秒
2 第2番 ハ短調  /  BWV773  c-moll 1分 30秒
3 第3番 ニ長調  /  BWV774  D-Dur 1分 00秒
3 第3番 ニ長調  /  BWV774  D-Dur 1分 00秒
4 第4番 ニ短調  /  BWV775  d-moll 1分 00秒
4 第4番 ニ短調  /  BWV775  d-moll 1分 00秒
5 第5番 変ホ長調  /  BWV776  Es-Dur 1分 30秒
5 第5番 変ホ長調  /  BWV776  Es-Dur 1分 30秒
6 第6番 ホ長調  /  BWV777  E-Dur 1分 30秒
6 第6番 ホ長調  /  BWV777  E-Dur 1分 30秒
7 第7番 ホ短調  /  BWV778  e-moll 1分 10秒
7 第7番 ホ短調  /  BWV778  e-moll 1分 10秒
8 第8番 ヘ長調  /  BWV779  F-Dur 1分 00秒
8 第8番 ヘ長調  /  BWV779  F-Dur 1分 00秒
9 第9番 ヘ短調  /  BWV780  f-moll 1分 40秒
9 第9番 ヘ短調  /  BWV780  f-moll 1分 40秒
10 第10番 ト長調  /  BWV781  G-Dur 1分 00秒
10 第10番 ト長調  /  BWV781  G-Dur 1分 00秒
11 第11番 ト短調  /  BWV782  g-moll 1分 20秒
11 第11番 ト短調  /  BWV782  g-moll 1分 20秒
12 第12番 イ長調  /  BWV783  A-Dur 1分 30秒
12 第12番 イ長調  /  BWV783  A-Dur 1分 30秒
13 第13番 イ短調  /  BWV784  a-moll 1分 30秒
13 第13番 イ短調  /  BWV784  a-moll 1分 30秒
14 第14番 変ロ長調  /  BWV785  B-Dur 1分 20秒
15 第15番 ロ短調  /  BWV786  h-moll 1分 10秒
23分 0秒
作曲年:1720-23
出版年:1801
初出版社:Breitkopf & Härtel

楽曲解説

総説 2010年1月  執筆者: 朝山 奈津子
「クラヴィーアの愛好者、とくにその学習希望者に、(1)二つの声部をきれいに弾きこなすだけでなく、更に上達したならば、(2)三つのオブリガート声部をも正しく、かつ、手際よく処理し、あわせて同時にインヴェンツィオをたんに得るだけでなく、それをたくみに展開し、そしてとりわけカンタービレの奏法をしっかりと身につけ、しかもそのかたわら作曲への強い関心をも養うための明確な方法を教示するところの、正しい手引き。 アンハルト=ケーテン侯宮廷楽長ヨハン・ゼバスティアン・バッハ これを完成す。1723年。」

 バッハは完成した曲集の扉に自らこのようにしたためた。《インヴェンション》と《シンフォニア》は、長男フリーデマンのレッスン用の小品を集めて改訂したものであり、その成り立ちから既に教程としての性質を持っている。しかし、ここに書かれていることの真意はいったいなんだろうか?
 バッハは音楽家を育てるのに、両手を使った鍵盤音楽の演奏技術を身に付けさせることから始めた。手の運動と結びつけることで、より自然な音楽性を習得するためである。ここで用いられるのはしかし、バロック時代特有の通奏低音、すなわち低音に対して適切な和音を右手で補充するという書法ではない。すべての声部が掛け替えのない「オブリガート」パートであり、それぞれを「カンタービレ」に演奏すべく書かれている。そして独立した各声部は、和声の中でひとつに溶け合う。厳格対位法とカンタービレ、旋律と和声。一見すると簡明な2声および3声の作品群は、実は「多様なものの統一」という16-17世紀の大きな美学的命題を負っているのだ。
 バッハのメッセージの中の「インヴェンツィオ」という言葉もまた、古い音楽の美学と作曲法に関わりがある。この語は修辞学に由来し、「着想」と訳されることが多いが、本来(「発明」ではなく)「発見」を意味する。つまり、自分が伝えたい内容にふさわしい表現を見つけだすことである。そのためには、できるだけ多くの修辞表現(フィグーラ)を学び、その配列の方法を知らなくてはならない。《インヴェンション》と《シンフォニア》はその範例として書かれており、バッハの持てる鍵盤音楽のきわめて多様な様式を見ることができる。いってみればバッハの音楽世界の縮図である。
 したがって、「インヴェンション」とは決してなんらかのジャンルや楽式を表す言葉ではない。バッハ以前のドイツの作曲家にはこれをタイトルとした曲集がいくつか見られるが、形式の上で統一や共通点はない。バッハ以降、もしも楽曲分析などで一般的な意味での「インヴェンション」という表現が用いられるとすれば、それは簡明でありながらよく整った、様式や技法の上で模範的な対位法作品、というポジティヴな文脈において、あるいはバッハの珠玉の作品へのオマージュとしてであろう。
 作曲年代は1720-23年、バッハがケーテンの宮廷に勤め、数多くの器楽曲を生み出した時代にあたる。1720年にバッハは、10歳になった長男フリーデマンのために音楽帖を作り始めた。この中に2声の《プレアンブルム》と3声の《ファンタジア》がハ長調、ニ短調、ホ短調、ヘ長調、ト長調、イ短調、ロ短調、変ロ長調、イ長調、ト短調、ヘ短調、ホ長調、変ホ長調、ニ長調、ハ短調の順で書き込まれている(ただし、3声のハ短調は欠落)。配列は調号の数に関係する。これを1723年に清書した際には、楽曲そのものを改訂したほか、配列も全音階順に改め、2声を《インヴェンション》、3声を《シンフォニア》と名づけた。

※「シンフォニア」の項もご覧下さい。

 第5番 変ロ長調 BWV 776
 主題と対主題が冒頭から同時に提示されるため、二重フーガの様相を呈す。2つの主題には、上行と下行、装飾音付きのゆったりとしたリズムと16分音符による無窮動、分散和音と順次進行といった、あらゆる対比が含まれている。そのため、あまり複雑な対位法的処理をせずとも、各動機の声部を入れ替えるだけで多彩なヴァリエーションが生まれる。奏者は更に、装飾音を自由に施して、曲の経過に独自の色づけをすることができるだろう。
 この曲がごく少ない動機のみでも単調にならない理由は、もうひとつ、模続進行を巧みに用いて形成される調推移にある。主題そのものが属音上に終止するため、Es-Durで開始したのちすぐに属調(B-Dur)へ移る。その後、冒頭の音型を通常2回のところ、左手も含めて5回繰り返すことで、c-Moll への道を開く。が、第15小節で本来オクターヴの分散和音上行を短7度にすることで、f-Moll を確保する。この手法が次の4小節でも繰り返され、一旦 b-Moll へゆく。しかしそれも、第20小節から上行へ模続するはずの冒頭動機が下行し、再び f-Moll へと押し戻されてしまう。このように中間では、安定しない短調の領域が続いたが、第24小節の跳躍を両手とも2度で多く飛ぶことで、遂にAs-Durへと抜け出し、次の提示でEs-Dur への回帰を果たす。このように、曲全体が主調を巡るドラマを織り成している。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第1番 ハ長調

 全ての調に性格を与えたバッハの作品で、C-dur(ハ長調は)、純真無垢、色で言うと白と言うイメージです。バッハの調の性格を理解するには、同じ調の曲を聴くことが重要です。例えばC-durであれば、他のC-durも聴いてみてください。そして共通のムードをそこから見いだしてください。

 筆者の感じるバッハのC-durはおとなしい作品が多いと思いますが、意外とC-durで書かれている作品は少ないです。このインベンションの他、BWV 933のプレリュード、平均律曲集、シンフォニア、と言ったところでしょうか。

 1つの調は必ず1つの性格とは限らず、1つの調に多くの性格を持っている調もあります。しかしながらこのC-durの場合、極端に深刻であったり、極端にテンションが高かったりすることは無く、きわめて純粋な性格を描写しています。

 とはいえ、1つの性格やムードに固執することも無く、奏者が思うように自由に弾けば良いと思います。そうなってくると、このインベンションのテンポはいくつか考えることができ、同時に、アーティキュレーション、ダイナミック等、本来この楽譜に書いていない事も自由に考えて良いと思います。そして、モルデントによってムードもかなり変わってきます。この辺りも工夫してみて良いのではないかと思います。

 また、この曲はハープシコードで弾かれたか、オルガンで弾かれたかなどを想像してみましょう。

 他の演奏のヒントとしては、転調する度にムードが変わりますので、その辺りの、調の演出です。

 ダイナミックをコントロールして、各調のムードを作ってみましょう。

 その他、考えてみる点を挙げてみます。

◎ 5小節目4拍目より6小節目2拍目までcrescendoがかかります。問題は、6小節目3拍目は同小節2拍目よりも大きいか、小さいかという議論になります。左手は2拍目でGに上り詰めますが、そこからE、次にHと下行しますね。右手は2拍目でEに達し、3拍目では高いGが待っているものの3拍目の頭の音は前の拍のEからDと下行します。これをどのように考えるかは自由です。
◎ 9小節目よりも10小節目を大きく弾き、11小節目でフォルテに達して良いでしょう。
◎ 14小節目のフレーズは15小節目の右手Aで一区切りつきます。そのあと16分音符でオクターブ上のAに行きますが、その時、微妙に時間を取ります。本当に分からない程度にです。
◎ 15小節目より、sequenceの形を辿りつつ徐々に下行してきますね。この一蓮のsequenceは18小節目まで続きます。下行してくるのですから、diminuendoが望ましいのですが、特に気をつけるのは、17小節目から18小節目に入ったところで、これは和声学的には解決の和音になります。そこを意識して18小節目を弾くと良いでしょう。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第2番 ハ短調

 バッハのc-mollは、パルティータ、平均律1巻、2巻、などを見る限り、決して寂しさや悲しみの表現ではないと思います。故に、この2番のインベンションをどのように演奏しようと、これもまた自由ではありますが、音楽的に演奏する工夫も含め、演奏のヒントを述べていくことにします。

 まずトリルの話になりますが、2小節目、4拍目に出てくるような、後ろの音符が32分音符などの細かい音符で書かれてあるトリルは、トリルをその音符まで弾き続けます。途中で止めないようにします。そうすると、このトリルの速度は32分音符の速度と仮定して構わないと思います。

 3小節目、3拍目、トリルはGに書いてありますので、GとAsのトリルになりますが、問題は、どちらの音から始まるかという問題になります。多くの場合、後ろの音と異なった音からトリルを始めるマナーがあります。つまり、2拍目の最後の音はGで終わっていますので、3拍目のトリルでGかAsかの選択がある場合はAsから始めるようにします。

 そうすると、Asからトリルを始めた場合、実音のGでトリルを終わらせるためには、偶数で無ければGに行きません。故に、Asから4つ、As G As G とトリルを入れます。そしてこれらのトリルは後に左手にも出てきますので、指導者の皆様は、これらのトリルの難易度を鑑みた上で、学習者の皆様が無理なくトリルを入れられるテンポに設定されれば良いでしょう。

 次に2度の下行形についてお話しします。3小節目、3拍目右手の、G-Fや、4小節目、1拍目右手のF-Esなど、全ての2度の下行形は、サスペンション(非和声音)を含んでいます。つまりは、1つ目の音は、前の拍から引っ張ってきている音で、非和声音になり、2つ目の音で解決されます。故に、2つ目の音にはアクセントを付けないようにしなければなりません。

 その他、和音の解決部分はその小節の1拍目などに来る場合が多く、注意しなければなりません。

 例えば、4小節目、4拍目は、BDFAsという属7の和音であり、それは次の小節の1拍目に於いて、EsGBという和音で解決されます。従って、4小節目、4拍目の右手 AS F B F は、次にGに行きますので、このGにアクセントは付きません。ほぼ消えるようにGに達します。むしろ裏拍のEsに力が入ります(力が入るというのはここをフォルテシモにしてくださいという意味ではありません、ストレスがEsに行くという意味です)。

 以降、同様に、このような和音の解決部分にはとくに注意を払い、解決音にアクセントが付かないようにします。

 ゆっくり、レガートで演奏しても良いとも思います。曲は、C-moll、Es-dur、G-moll、などに転調します。各調の雰囲気を異ならせ、平坦にならないように演奏します。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第3番 ニ長調

 バッハのD-durは実に楽しい調です。テンポも速く、躍動的で、喜びに満ちあふれています。平均律、1巻、2巻、トッカータ、シンフォニア等を見たとき、その性格がよく分かりますね。このインベンションも楽しく弾く事が重要ですが、楽しく聴かすためには明快なアーティキュレーションや軽さが必要になります。8分音符をスタッカートで弾くことにより、軽さを出すことができます。テンポは、装飾音などを入れることに無理の無いテンポで、軽快に進むテンポを選んで下さい。

 さてこのインベンション、筆者はヘンレー版を見ているのですが、オリジナルの楽譜には珍しい、フレーズマーキングが(スラーが)書かれています。他のインベンションでは15番にやはり、スラーが書いてあります。このスラーは何を意味するのでしょうか?想像できることは2つあります。

 1つは、このインベンションが3拍子を常に認識して演奏することを指示しているマーキングかもしれません。冒頭、16分音符2つから始まるフレーズですが、下手をするとどこが1拍目であるか分からなくなってしまいます。そのような、拍を常に認識させるためという想像と、もう1つは、弦楽器などのボーイングを意味する可能性もあります。バッハは何故これらのスラーを書いたか、本当のところはわかりませんが、このアーティキュレーションを守って弾く事も楽しく弾けることであると思います。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第4番 ニ短調

 バッハの短調は決して暗くないという典型的な見本のような曲です。バッハのd-mollは基本的には深刻な側面の描写が多く、フランス組曲1番や、シンフォニア、トッカータ1番、平均律第2巻が典型で、このインベンションはそのような意味から言えば、きわめて楽天的と言えます。

 技術も比較的難しくは無いのですが、長いトリルによってボロが出てしまう学習者もいます。特に左手のトリルはあらゆる方法を駆使して速く正確に動かせるように練習をしてください。トリルが速く弾けない場合、基本の筋肉が足りない場合が考えられますので、ハノンなどで筋肉を付けると良いと思います。

 短調でも楽しい曲ですので、8分音符は全てスタッカートで演奏し、テンポも軽快なテンポで演奏して良いと思います。極端に強い部分は感じられませんので、ダイナミックの幅は平坦にしないものの、極端なフォルテも要らず、品の良さを出す演奏が望ましいかもしれません。

 転調はまず、平行調であるF-durに転調します。そして属調であるa-moll、そして再びd-mollに戻ります。それぞれの調で雰囲気を変えてください。

 冒頭、音楽は6小節目ト音記号のBにたどり着き、この音がこの曲で最も高いピッチとなる音になります。6小節目のBに達したら、シークエンスを辿りながら、最終的に18小節目1拍目の右手Fまで徐々に音量を落としながら下りてきます。F-durにたどり着いたら、柔らかな音でトリルを始めます。26小節目でa-mollに入りますので、そこで雰囲気を変え、37小節目のAまでテンションを持続し続けます。

 最高音であるBは44-45小節間にも2回出てきます。この44-45小節間がどのくらいダイナミック的に大きいかという議論は自由です。筆者個人的な考えから言いますと、この44-45小節間のBはそれほど大きい物とは感じません。むしろ36-37小節間のAの方を大きく感じますが、これは主観的な話ですので、奏者に判断を委ねて良いと思います。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第5番 変ホ長調

 バッハのEs-durは、上品で力強い調です。筆者はこの5番の演奏で、かなりおとなしく、ゆっくりの音源を耳にしていた時期があります。躍動的であろうとも、ゆっくりであろうとも自由です。しかし形式は知っておきましょう。

 テーマをわかりやすくお伝えすると、1小節目からの右手で、4小節目まで続きます。厳密に言うと、5小節目の最初の右手の音、Dまで続きますが、4小節単位とお考え頂いた方がよりわかりやすいと思います。この4小節のテーマでは。1小節目より、2小節目のほうが音が高い位置にありますので、2小節目のほうにテンションが行きます。そしてさらに3小節目、4小節目とテンションは高くなりますね。

 ちなみに、1小節目のフレーズのゴールは3拍目のGです。よって、次に来るAsはGよりも高い位置にあるものの、Asは解決的な音ですので、Gのほうを強く(3拍目を強く)しておくとよいでしょう。2小節目も全く同じマナーですが、1小節目よりも少し音量を上げます。3-4小節間は2小節で1つのフレーズと考え、4小節目、4拍目のFにゴールを持って行きます。

 そして5小節目からは左手がB-durで同じテーマを演奏します。マナーは1-4小節間と全て同じです。9-11小節間はシークエンスになります。テーマの断片が1小節毎に登場し、上行しますので、クレシェンドをかけて良いと思います。

 12小節目からテーマは左手で、C-mollによって演奏されます。16小節目、テーマは右手に入れ替わり、f-mollで演奏されます。20-23小節間、2回目のシークエンスです。テーマの断片は左手に登場します。この場合、音は下行していますので、ディミヌエンドでも良いと思います。

 23-24小節間で1つ、25-26小節間で1つとして、これもシークエンスと見なします。

 27小節目、ようやくEs-durに戻り、エキストラの30小節目を含んだテーマが最後まで続きます。

 非常にわかりやすい形式であると思います。奏者は、各調で現れるテーマにカラーを与え、同じようには弾かないようにします。他のインベンションとは異なり、特に最もピークを迎えるポイントがこのインベンションには存在しません。そうなると、なおさらダイナミックや音質の変化が求められます。

 そしてもう1つの注意点は各小説1拍目の最初の音の扱いにあります。ほぼ、全ての小節の最初の音はpまたはppと思って頂き、決してアクセントが付かないようにします。多くの場合、フレーズの終わりの音だからです。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第6番 ホ長調

 バッハのE-durは比較的おとなしい調であると言えます。シンフォニア、平均律、フランス組曲等のE-durを聴いたとき、心の強さはあまり感じられず、気品に満ち、どちらかというと華奢なムードがそこにあります。

 アーティキュレーション:4小節目のように、16分と32分が組み合わさったパターンは曲中何回も出てきます。この小節のアーティキュレーションはまず16分をスタッカート、32分2つをレガートで繋ぎ、次の16分をスタッカート。32分2つをレガートで次の16分をスタッカート、最後2つの32分をレガートで次の小節に繋ぎます。

 これ以外のリズムパターンは全てレガートで処理して良いと思います(勿論、例外はいくらでも考えられますので最終的には奏者に委ねられます)。

 10小節目最後の左手の音であるCisは、次の小節で14度も低いDisに下りてこなければなりません。つまり、左手の8分音符3つの形はこの場合、9小節目から始まり、15小節目まで続きます。これらをレガートで弾いても、10小節目から11小節目、12小節目から13小節目は、跳躍が広くてどうしても切れてしまいます。そのまま、切れたら切れたで構わないかもしれませんが、一瞬のペダルで繋ぐことも可能です。オプションとしてお考え下さい。

 2声のバランス:1小節目から既に、右手と左手の音は交互に現れます。このようなパターンの場合、両声部を同じ音量にするとかなり硬く聞こえてしまいます。どちらかの声部をppなどでソフトに演奏することで、両声部のポリフォニーの秩序を守ることができます。

 ダイナミック:曲のキャラクターから判断して、そこまで大きな音を出す曲ではありません。中間部以降が音量的には大きくなりますが、筆者独自の考え方で言わせて頂ければ、39小節目、ナポリの6を使っている箇所が最もテンションの高まる部分だと思います。あるいは、58小節目を大きくしても良いと思います。

 シークエンス: 9-10小節間、11-12小節間など当たり障りの無いシークエンスの他に、例えば、33-34小節間と35-36小節間、37-38小節間の3つのシークエンスは、1つ1つ和音の性格が異なります。そしてたどり着く38小節目はナポリの6になりますので、テンションの高い部分と見なして良いと思います。29-32小節間はシークエンスと呼べるかどうかはわかりませんが、1小節毎の性格はやはり異なりますので、それぞれの表情を与えて上げて下さい。
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第7番 ホ短調

 平均律、シンフォニア、トッカータなどに見られるバッハのe-mollという調は、深刻さの中に美しさがあります。この曲中に書いてあるトリルの数やタイミングを考えると、あまりテンポの速い曲では無い事が読んで取れます。そしてこれらのトリルの多さから判断すると、この曲には即興的な要素も含まれているのかもしれません。つまりは、他のインベンションに比べれば多少即興的であり自由で良いとも思います。

 この曲は4番と同じく、長いトリルが左右の手に出てきます。これらの長いトリルは、テクニックの有無をあからさまにしてしまいます。指導者の皆さんは、学習者に4番もしくはこの7番を与えるとき、十分気をつけて与えるようにしてください。何故なら、この長いトリルが速く弾けなかったり粒が揃わなかったり、ムラが出たとき、曲はとても聞きづらいものになり、結果、生徒さんの自信を喪失しかねないからです。

 さて、この曲の主題ですが、他のインベンションと同じく、裏拍から始まります。よって表拍の音は前のフレーズの最後の音となることが多く、決してその音にはアクセントを付けないようにします。冒頭、2小節目の1拍目、表拍のDisがそれです。3小節目、1拍目表拍のGも2小節目のフレーズの最後の音になり、1拍目裏拍より次のフレーズが始まります。いつでもフレーズの始まりと終わりを把握しておきましょう。

 メロディーラインのシェーピングですが2つ考え方があります。1小節目を例に取ります。主題は1拍目裏拍から始まり、2小節目表拍で終わりますが、その間、最も高い位置にある音は4拍目のFisになります。Fisは前のEよりも大きいか小さいかという議論はさておき、仮に4拍目を最もテンションが高まるところであると仮定した場合、それまでの道筋が議論になります。

 1つの考え方として、1拍目裏拍より2拍目最後の音を見てみると、H A G Fis E という音階があることが分かります。そうすると最後のEはHから徐々に下がってきてpになるという考え方です。もう1つの考え方は、4拍目に向かうので、1-2拍目が下行していようとクレシェンドをかけ、テンションを高めていくという考え方です。どちらが間違っているとか合っているとかの問題ではありませんので、ご自身で感じられる方を取れば良いと思います。

 さて、2小節目の最初の右手の音であるDisは、1小節目からの主題の終わりの音になりますが、このDisを弾いた後、切れ目を作って次のFisを弾くか、切れ目を作らずにFisに行くかも自由です。

 もう1つの議論は15小節目、3拍目から始まる長いトリルの問題です。15小節目3拍目は明らかに最もテンションの高まるところですので、フォルテで良いと思いますが、そおから徐々に、シークエンスを辿って下行して、17小節目の3拍目に向かってdiminuendoをかけていけば良いのですが、選択肢はその際のペダリングです。15小節目3拍目から多少のペダルを入れることでドラマティックな奥深さが出ます。

 反面、濁りが生じます。筆者個人がコンサートで演奏するのであれば間違いなくペダルを少し入れて、効果をつけますが、弟子をコンクールに出す場合などは考えてしまうと思います。皆さんはどのように感じられるでしょうか?
演奏のヒント 2016年8月  執筆者: 大井 和郎
第8番 ヘ長調

 いつ頃でしたか、バッハのインベンションを学習していく順番があったような記憶があります。確か、1番、8番、4番、、、と続いたような記憶があります。誰がこれを決めたのかはわかりませんが、この8番は、筆者に言わせればインベンションの中ではかなり難しい曲に分類されます。それが何故最初から2番目に弾く曲として選ばれているのかよく分かりませんが、実際テクニック的にとても高度で、簡単に弾く事はできません。その結論に至った経緯をお話します。

 まずF-durという調は、とても活発で強い調である事はバッハの他のF-durを見てもよく分かります。イタリアンコンチェルトなどが典型だと思います。インベンション8番の冒頭には当然のことながらテンポマーキングは書いていません。これをゆっくり弾く事もできますが、F-durの持つ調の特性を考えたとき、決して遅くなく、元気が良く、故に、8分音符は短くスタッカートとして切ってしまう事で元気が出ますね。

 そうなると、この曲に書かれてある8分音符は全て、スタッカートで短く切ってしまいます。実際そのように弾かれているのが一般的ですね。そうなると当然、16分音符はとても速いパッセージになり、色々技術的に難しい箇所が出てきます。どんなに工夫をしても、左手単独で、しかも3,4,5の指を使ってパッセージを弾く事は避ける事ができません。19-20小節間の左手1拍目が典型です。

 このインベンションはその調の性格が故、テンポは速くなり、結果、16分音符も相当なスピードになります。指導者の方々はこの8番を一番最後に持って行ってもよいと思います。それほど難しい曲になります。例えば11小節目の1拍目はどうしても4345という指番号になります。何故なら2拍目にGFEFは1232で取らなければならなく、そのためには前の拍がどうしても4345でなければなりません。

 学習者はまず、指の形が正しくなければこの8番のインベンションは相当困難になります。指の形を正し、その上で練習を始めてください。最もシンプルな練習方法としては、11小節目、1拍目の左手の指番号を潔く4345に決め、この1拍目だけを何度も繰り返し、ループを作ります。そうこうしているうちに、左手の345の指が辛くなったり、筋肉が増えてくるのを実感できたり、極端な過労が指に感じられたりします。そうなる事は「成功している」という意味でもあります。普段、なかなか、345をこのテンポで弾く機会はそうそうありません。良いチャンスだと思って鍛えてみてください。

 その他、ピシュナー的な技法を用いたり、3度を使ったり、あらゆる手段を考えてこれらの困難なパッセージを克服します。かなりの指の訓練にもなります。大人の方や指導者の方はこの曲をかなり昔にお弾きになったと思いますが、今一度チャレンジしてみてください。なかなか手強い事が実感できると思いますし、何しろ良い練習曲となると思います。
演奏のヒント 2015年10月  執筆者: 大井 和郎
第9番 ヘ短調
 これはもちろんバッハから始まったことであるとは思いますが、多くの作曲家にとってfmollと言う調はとても深刻で悲しい調であると思います。このinventionも例外ではありません。例によって楽譜にはテンポマーキングもダイナミックマーキングも何も書かれていませんので、奏者が自由に弾けば良いのですが、提案をするのであれば、わりとゆっくり目に弾いたほうが曲の性格に合うと思います。

 ゆっくり弾くと、音楽的にも難しくなってきます。幸いこのinventionは技術的には難しくありません。レガートで横に流れるように弾くことだけは忘れなければ良いです。主題は基本的に4小節単位で現れます。例えば1-4小節間を見たとき、右手に主題が来ていると仮定すると、3小節目で音が一番高くなってBに達しますね。1小節目よりも2小節目、2小節目よりも3小節目がダイナミック的には大きくなるようにします。3小節目でピークを迎え、4小節目で衰退していきます。これが基本のダイナミックです。これ以降に出てくる主題に同じように使います。主題が左手に移ったとき(例えば5小節目)も、同じマナーです。ただし、同じようにと言っても全く同じではいけません。これは後術します。

 2小節目の1拍目右手には本来Asが来てしかるべきですが、それがナチュラルになっていたり、3拍目の左手が下行しているのにも関わらずEとDがナチュラルであったりと、バッハが特別なムード作りをしているのが手に取るようにわかりますね。

 さて、主題は様々に変化していきます。また調性も変わります。奏者は同じ主題でも、変化の具合によってダイナミックや音色を変化させてください。例えば、1小節目の主題と、9小節目の主題は明らかにムードが異なりますし、13-14小節間の調性にも、今までとは変化をつけます。

 またシークエンスにも気を使います。例えば25-27小節間、27小節目は完全なシークエンスではありませんが、順次進行で音階が2度ずつ降りてきますね。シークエンスの処理方法としては、下行=dimunendo 上行=crescendo と基本的には考えておいてください(もちろん例外もたくさんあります)。

 さて28小節目から31小節目にかけて、左右の手が徐々に離れていきますね。バッハがこのような書き方をしたとき、多くの場合crescendoと思って間違いありません。さながら、パイプオルガンの太いパイプがなっているように、低音を響かせて良いと思います。
演奏のヒント 2016年9月  執筆者: 大井 和郎
第10番 ト長調

 バッハのG-durはF-durと比べたとき、F-durまでの力強さは無いものの、活発であり、気分的にとても楽しい状態である事がわかります。それは平均律やフランス組曲などを見ても分かりますね。この10番のアーティキュレーションは実に可能性が多くあると思います。学習者の方は先生と相談の上、アーティキュレーションを決めてみては如何でしょうか?筆者は、小学生の頃、家にインベンション全曲の音源があり、この10番で、1拍に入る3つの8分音符は、1つ目と2つ目にレガートがかけられており、3つ目がスタッカートでした。そして4-6小節間はレガートで、7小節目からは、1拍目がレガート、2-3拍目が再び レガート+スタッカートのアーティキュレーションに戻るパターンでした。それを繰り返し聴いていましたので、耳にはそれが定着してしまいましたが、アーティキュレーションは自由にかけて構いません。

 この曲は通常、速いテンポで演奏される事が多いです。そうすると例えば、11小節目や12小節目の1拍目最初の音には、左右の手にトリルが書かれています(ヘンレー版を見ています)。よくある失敗例として、このトリルに時間を取り過ぎてしまって、タイミングを失う事です。気をつけましょう。

 20小節目かた23小節目までと、24小節目から25小節目まで、左右にそれぞれ長いトリルがあります。これは連続のトリルですので、止まる事の無いようにします。
演奏のヒント 2016年9月  執筆者: 大井 和郎
第13番 イ短調

 15曲のインベンションの中では、技術的に最も難しいインベンションと思われます。学習者は緻密な練習が必要となりますし、演奏家や教師の方々はこのインベンションを良いエチュード代わりにすることができると思います。このインベンションは指番号が重要かもしれません。これによって難易度が変わってくるかもしれません。曲は強く、速く、激しい曲です。8分音符はスタッカートにして、ある程度速いテンポでなければなりません。

 そしてシークエンスの嵐のように、ほぼこの曲はシークエンスで作られていると言っても過言ではないほどシークエンスが続きます。学習者はまず緻密な分析を行ってみましょう。そこから曲を見てみましょう。(注)次に挙げる分析と奏法はあくまで1つの例に過ぎません。

1-2小節間、右手に主題が来ます。
3-4小節間、1小節単位のシークエンスです。3小節目よりも4小節目の音量を少し落とします。
5-6小節間、2拍単位のシークエンスになります。下行していますのでディミヌエンドにします。
そしてC-durに転調します。C-durはa-mollと比べて柔らかい調であると仮定し、音量を控えます。
7-8小節間、1-2小節間と同じように、主題が右手に登場しますが、C-durで登場します。
9-10小節間、1小節単位のシークエンスです。10小節目の音量は9小節目よりも落とします。
11-13小節間、2拍単位のシークエンスです。下行していますが、待ち受けているのはe-mollで、14小節目は減7の和音ですので、逆にクレシェンドをかけて14小節目に達します。
14-17小節間、1小節単位のシークエンスです。原調が18小節目に待っていますので、14小節目をフォルテシモにしたら、少しずつ音量を下げて18小節目に達します。
18小節目 1小節間、主題が変化した形で登場します。
19-21小節間、1小節単位のシークエンスです。下行していますが、ここをクレシェンドにするかディミヌエンドにするかは意見の分かれるところであると思います。筆者であればクレシェンドをかけます。
22-25小節間、主題が変化して16分音符のみで終わります。
ご参考まで。
演奏のヒント 2016年9月  執筆者: 大井 和郎
第14番 変ロ長調

 バッハのB-durは、C-durの持つ純真無垢なキャラクターとは少し異なり、気品と高貴なムードが加えられます。C-durの色が白であれば、B-durは銀色といったところでしょうか。パルティータなどのB-durを見ても、そのカラーは独特ですね。

 このインベンションも色々な弾き方ができると思いますが、そこまで躍動的ではないような気もします。落ち着いた雰囲気から察するに、moderatoでレガートをかけ、32分音符に無理のないスピードでテンポ設定をすれば良いと思います。
それでは冒頭から分析してみましょう。1小節目、右手の主題は1拍目、16分休符1つの後から始まり、2小節目の最初の音であるGで終わると仮定します。その場合、この1つの主題はBから始まり、オクターブ上のBまで到達し、そこから再び下行してくる事がわかります。ダイナミックは自然に、2-3拍目に向かって少し大きくすると良いでしょう。

 2小節目。見てみると1小節目ととても似た音形がある事がわかります。しかし2小節目の場合、最高音はEsまでにしか達しませんし、最低音は4拍目でCまで下りてくる事がわかります。そうなると、ダイナミックは自然に1小節目よりも小さく処理します。

 3小節目。1-2拍目と3小節目の違いは音形の入れ替わりにあります。1-2拍目は1-2小節目とほぼ変わりませんが、3-4拍目の音形が1-2小節目とは鏡で映したように、逆になっていますね。もう1つ別の考え方としては、3-4拍目の音形は、1-2拍目をさらに高い位置へ持ってきたと考えます。故にクレシェンドを4拍目に向かってかけても良いと思います。

 4-5小節間で1拍ずつのシークエンスが始まります。この場合、徐々に下行していますので、ディミニュエンドで良いのではないかと思います。そして最終的にF-durに達します。

 6-8小節間、1-3小節間と全く同じ事が起こります。しかしながら左手と右手が入れ替わります。

 9-11小節間、1小節単位のシークエンスが始まります。下行していますが、ここでは和声に注目します。9小節目1-2拍目は長3和音、3拍目は減7和音、4拍目は属7、10小節目1-2拍目が短3和音、3-4拍目が属7和音、11小節目、1-2拍目短3和音、3拍目減7和音、4拍目属7和音、になります。

 それぞれの小節は全くムードが異なりますので、それぞれのカラーを出してください。

 12小節目、曲中では最も弱くなる部分の1つです。ここからシークエンスを経て13小節目の4拍目にたどり着きます。

 その後、14小節目から16小節目3拍目まで、徐々にシークエンスを辿りながら下りてきますので、16小節目の3拍目をゴールとしてディミニュエンドをかけます。その際に注意が1つあります、各小節、各拍の表拍にあたる部分、丁度16分音符で書かれている表拍の部分にはくれぐれもアクセントを付けないようにしてください。この部分は前の拍の最後の音になります。

 16小節目の3拍目は右手と左手が重なってしまいます。ペダルを使い4分音符の音が切れないようにします。しかし左手でもう一度同じ音を弾かなければなりませんので、この左手で弾いたDは余計に伸ばし、恰も右手の4分音符のDが伸びているように聴かせます。

 さて、考えるべきは20小節目の全音符+フェルマータです。仮にフェルマータを1・5倍の長さしか伸ばさなかったとしても、この全音符をきちんと数え、フェルマータをプラスしてやるとかなり長い音符になる事が解ると思います。これは、勿論きちんと伸ばすべきなのでしょうが、このインベンションで唯一解せない部分です。皆さんはどのように考えられますか?

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