ブーレーズ Boulez, Pierre 1925
作曲家解説
- 2009年1月 執筆者: 岡田 安樹浩
- ピエール・ブーレーズは1925年フランスのモンブリゾン生まれ。リヨンで数学などを学んだ後、パリ音楽院でアンドレ・ヴォラブール(6人組の1人アルテュール・オネゲルの妻)やオリヴィエ・メシアンに対位法や作曲を師事。
音楽院を中退後、シェーンベルクやヴェーベルンの弟子として知られるルネ・レイボヴィッツに学び、音列技法へ傾倒する。 …続きを読むこの傾向はさらに推し進められ、第2次世界大戦終結後、1947年から始まったドイツのダルムシュタット夏季現代音楽講習会に参加した経験もともなって「トータル・セリエリズム(総音列主義)」へ行き着く。2台ピアノのための《構造》(1952/1961)は、この技法によって作曲された代表的な作品である。ブーレーズは既に1945年にピアノのための《12のノタシオン》(2009年現在、VIIIまでオーケストラ版が作られている)、46年には《ピアノ・ソナタ第1番》を完成しており、ダルムシュタットにかかわる以前から既に彼独自の作風が追及されていたことがうかがえる。
この他、音列技法へ傾倒した時期の作品として傑出しているが《ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)》(1953-55)で、《構造》よりも自由な音列技法によっている。
ダルムシュタットは20世紀の作曲家にとって重要な意味をもち、ブーレーズはこの講習会を通してジョン・ケージをはじめとする作曲家たちと交流を深めた。
ケージとの交流によってブーレーズは「偶然性の音楽」に出会う。これは19世紀以降の西洋音楽において、作曲家がより一層具体的な指定を楽譜に書き込むようになり、演奏によって生じる響きをより明確に書き記そうとしたのに対し、作曲の過程や演奏行為の中に意図的に偶然的要素を盛り込むものである。作曲過程において偶然性を取り入れる手法は「チャンス・オペレーション」、演奏と聴取の過程において偶然性がかかわるものは「不確定性の音楽」として区別されている。
ブーレーズは、悪く言えば「何でもあり」のケージ的な偶然性とは一線を隠し、作品の細部においては順序などが演奏者の意思によって異なるパターンが生まれ得るが、作品の構造、意図などは作曲者本人が管理している。これを「管理された偶然性」と呼んでいる。
ブーレーズとケージは「作品」という概念に対する考え方が根本的に異なっており、ブーレーズはケージの《4分33秒》について、作品が閉じられていないために解釈不能であることを指摘し、作品として成立していないと批判している。ブーレーズにとって「作品」とは「閉じられる」ことによってはじめて演奏者が解釈可能な状態となり、それによって作品が成立する。しかし、ケージにとって作品は閉じられている必要はなく、「開かれた」ものである。このことは、ブーレーズがいかに前衛的であろうとも、彼が西洋音楽の土壌に根ざしていることを示している一例である。
この「管理された偶然性」による代表的な作品が《ピアノ・ソナタ第3番》(1955-57/63)である。
ブーレーズは1970年前後を境に作風を一変させ、それまで否定的だった「反復要素」を作品に取り入れるようになる。この時期、ブーレーズはパリの音響音楽研究所IRCAMの創設にかかわり、ライヴ・エレクトロニクスの技術を持ち込んだ作品《レポン》(1980-84)などを生み出している。
近年、ブーレーズは作曲家としてよりも、むしろ指揮者としてその名を知る人も多いかもしれないが、彼の指揮活動のルーツは1954年に現代音楽演奏のためのアンサンブルを自ら創設したことにさかのぼる。その後、ストラヴィンスキーやバルトーク、ラヴェルらのレパートリーとして定着していない作品や、新ヴィーン楽派の作品を度々取り上げ、その再評価につとめた。
しかし、彼の指揮者としての存在が世界的に知れ渡るきっかけは、1966年からバイロイト音楽祭において《パルジファル》、1970年からは《ニーベルングの指環》を指揮したことであろう。かつて「オペラ劇場を爆破せよ」と言い放ったブーレーズがバイロイトのピットに入ったという出来事事態が、驚くべきことである。
また、1979年にパリ・オペラ座においてツェルハによって補筆完成されたベルクの《ルル》3幕版を世界初演したことも、20世紀音楽史上の重要な出来事である。
この他、IRCAMに現代音楽演奏を専門とするアンサンブル・アンテル・コンタンポランを創設したり、ニューヨーク・フィルハーモニックの常任指揮者をつとめた他、近年ではシカゴ交響楽団、ロンドン交響楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、そしてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団などと意欲的な演奏活動を行っている。
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- 2008年8月 執筆者: 齊藤 紀子
- フランスの作曲家。3曲のピアノ・ソナタの他、2台ピアノのための作品を創作している。パリ音楽院でメシアンに和声を師事した。また、対位法をアンドレ・ヴォラブールに、十二音技法をレボヴィツに個人的に学んでいる。ルノー・バロー劇団の音楽監督を務めた他、マリニー小劇場音楽会を創設した。後者は、「ドメーヌ・ミュジカル」となってフランス現代音楽の普及に貢献した。ダルムシュタット夏期音楽講習会での講義は、シュトックハウゼンやノーノと共に「ダルムシュタットの三羽烏」と呼ばれるほど名高い。バーゼル音楽院やハーヴァード大学院でも指導にあたる等、音楽の教授への関わりを強くもつようになった1960年代には、指揮者としての活動も積極的に展開した。ブーレーズの功績は、1970年代に創設し自ら所長も務めたIRCAM(音響と音楽の探求と調整の研究所)や、現代音楽の演奏を専門とする「アンサンブル・アンテルコンタンポラン」の創設にもみられる。 …続きを読むまた、執筆活動も精力的に行っている。
作風は、第二次ヴィーン楽派やメシアンの影響を受けたところから出発し、それを独自の手法に展開させた。セリーを音高だけではなくリズム等の他の音楽の構成要素にも適用した他、セリーの操作を精緻な数理的構造に活用した。ブーレーズの音楽を語る際には、「抽象的印象主義」や「迷宮の形式」、「管理された偶然性」といった語句が用いられる。
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