学校教育を受けなかったチェルニーは、ピアノ演奏・作曲にかんする偏りのない知識を取り入れるためにパリ音楽院で使用されていたルイ・アダンの《ピアノ・メソッド》(1805)やアントニン・レイハの作曲教程を独訳したほか、1830年代にはJ. S. バッハの《平均律クラヴィーア曲集》、D. スカルラッティのソナタをはじめとする鍵盤作品、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを校訂した。バッハをはじめとする17,18世紀の鍵盤作品は、家庭用のサロン音楽が流行する当時にあってはそれほど一般に知られていなかったが、チェルニーはその価値を問いかけると同時に、また自らもソナタやフーガを作曲することによって自身を鍵盤楽器の「偉大な伝統」の中に位置づけようとした。今日、フレージングやメトロノームの速度表示などが書き加えられた「チェルニー版」のバッハやベートーヴェンは、19世紀の演奏観を知る上で多くの示唆を与えてくれる資料として研究者の関心の的となっている。