ショパンの2つの《練習曲集》全24曲の起源は、2つある。
ひとつは、バッハ《平均律クラヴィーア曲集》、すなわち24の調によるプレリュードとフーガである。もちろんこうした曲集の編み方自体はバッハの発明ではないが、音楽のあらゆる技法や形式の見本として、学習者のための規範として《平均律》こそが金字塔を打ち立てた。そして、ショパン以前には既に、
クレメンティ、カルクブレンナーなど、ショパン以後には
リスト、
バルトーク、
ラフマニノフ、ピアノ以外にもパガニーニなど、実に多くの作曲家がバッハへのオマージュを込めて《練習曲集》を世に送り出している。18世紀後半の間は、前奏曲と練習曲を1対としたものが、19世紀に入るとこうした組み合わせが時代に合わなくなり、それぞれ別の曲集として作られるようになった。ショパンもまた、《練習曲集》Op. 10, 24のほかに《24の前奏曲集》Op. 28を出版している。
もうひとつの起源とは、もちろん、19世紀前半にさかんに書かれたピアノ教則本としての練習曲集である。これらは、楽曲形式や演奏技法の包括的範例であるとともに、実践的な訓練のためのプログラムだった。ショパンは特に、クレメンティ、
モシェレスのものを参考としたが、先達の練習曲集にはない「独自の方法で」みずからの練習曲を書いた。すなわち各曲には、高度な練習曲は高度な音楽であるはずだ、というショパンの信念が反映されている。これが単なる学習課題の範疇を超えてこんにち広く愛されているのは、美しい旋律と和声が織り成す抒情性、まさに高度な音楽であるが故だろう。ただし、これらが実際に彼自身のための練習課題であったことは間違いない。つまり、リストがのちに行なったような、「練習曲」の語をひとつのジャンル名として捉え、当初から演奏会の曲目として、つまり技巧を聴衆に披露する手段としての楽曲をショパンは構想していない。そしてこれが、現代でもピアノ教育の最終段階における課題として学習者に必ず課せられるのは、24曲を通じて、技巧だけでなくショパンの音楽性の真髄をあますことなく学びとれるからである。
《練習曲集》Op.10 は、当代最高のピアニストとして敬意を表し、リストに献呈された(ただしショパンは、作曲家としてはリストをあまり評価せず、後年も友人としては距離を置いた。)この献呈はおそらく、この卓越したヴィルトゥオーゾからの賞賛を狙ったものであり、リストは望みどおり惜しみない賛辞を送った。
12曲の調配列は、
C:-a:-E:-cis:-Ges:-es:-C:-F:-f:-As:-Es:-c:
第1番と第7番にハ長調を置き、前半をシャープ系、後半をフラット系にまとめようした痕跡が窺える(変ト長調は嬰ヘ長調の異名同音調である)。また各曲間には緩やかな調的連関が見られる。すなわち、各関係はつねに一定ではないにせよ、何らかの近親調の範囲にある。なお、《練習曲集》Op.25 第1番は変イ長調(As:)であり、2つの曲集を順番通りに通して演奏する際にも調的な違和感が生じない構成になっている。
第1番
ハ長調であること、同一音型で和声が少しずつ変化することなどから、明らかにバッハ《平均律クラヴィーア曲集》第1巻第1番のプレリュードへのオマージュである。
練習課題は、右手首、右肘の柔軟な使い方と腕の疲労の処理。
第2番
練習課題は右内声の処理。
第3番(「別れの曲」)
練習課題は、両内声の処理、および上声のカンタービレな表現。
第4番
こうした旋律の作り方は、バッハの時代に「紡ぎ出し」と呼ばれたもの。細かな動機が変奏や転回によって徐々に発展してゆく。
練習課題は、正確で粒の揃った右手の発音、各部のコントラスト。
第5番(「黒鍵」)
右手が黒鍵の音のみを使用するため、機能和声の力が殺がれ、一種エキゾティックな響きが生まれる。
練習課題は黒鍵の奏法。
第6番
非対位法的ポリフォニーの例。一貫して3つのパートが維持される。
練習課題は、左内声の処理。
第7番
練習課題は、重音のレガート奏法。
第8番
練習課題は右手のパッセージワーク、特に幅広い音域に渡る分散和音音型。
第9番
練習課題は左手の分散和音音型。
第10番
ショパンの付けたスラーとアクセントによって、両手に異なる拍子が現われている。
練習課題は、両手の対照的アクセント、左手の跳躍を含む分散和音音型。
第11番
練習課題は、両手で幅広い分散和音をつかむこと。
第12番(「革命」)
通称は、リストによる命名。ただし、ショパンがポーランドからパリに向かう途中、1831年にシュトゥットガルトで、前年12月に起こったロシア軍のワルシャワ侵攻を知ったのは事実だが、失望と憤怒のあまり〈革命〉のエチュードを一気に書き上げたというのは俗説である。そもそもこの曲の構想はそれ以前からあったとみられ、前年秋には作曲に着手していた可能性がある。また、確かに即興的なパッセージワークに満ちているが、ショパンの作品が常にそうであるように、即興性はあくまで演出であって、〈革命〉のエチュードもまた細部まで精緻に計算され、よく練られている。
練習課題は、左手の細かな音型の正確な発音、右のオクターヴの奏法、そしておそらくはフォルティシモそのものの演奏。