作曲家解説
1916年ブエノスアイレス生まれ。1928年ウィリアムス音楽院に入学し、音楽理論、ソルフェージュ、ピアノ、和声、作曲を習う。1936年から国立音楽院にてパルマに和声を、ヒルに対位法とフーガをアンドレに師事。1937年バレエ音楽《蝶Panambi》で名声を上げた。1945年渡米して自作曲の演奏会を開くなどし、また、作曲の後進の指導にもあたった。1961年に第二回インターアメリカ音楽祭で印象的な作品(作品名を挙げる)の初演。名声がさらに高まった。以後、多数の委託作品をアメリカから受けており、ラテン・アメリカの若い音楽家達に影響を及ぼした。
彼の作風は三つの時期に分類される。第一期の作品(客観的民族主義時代)では、アルゼンチンの風土や国民性を意識しつつも、直接民謡の旋律やリズムを用いることはなかった。第二期(主観的民族主義時代)では第一期とは逆に、音楽表現の要素として、祖国のリズムや旋律を積極的に取り入れた。1952年の《ピアノ・ソナタ第一番》に、この時期の表現方法がうかがえる。第三期(新表現主義時代)では、十二音技法を取り入れ、多調性、微分音の複合体、偶然性による手法なども試みた。
彼の作品には、ピアノ曲の他、バレエ、協奏曲、室内楽曲、グランド・オペラ、などがある。