作曲家解説
1.学習・師事・受賞歴
ポーランドに生まれ、主にフランスで活動した。8歳でピアノを始め、生まれ故郷のウッチにある音楽院でピアノや和声、対位法を学んだ。その後、リヒテルに対位法や音楽形式、作曲を師事しながら、ワルシャワ大学にて邦楽と哲学を学んだ。1919年、ポーランド国民音楽コンクールに2つの作品を別々のペンネームで出品したところ、ヴァイオリンとピアノのための《ファンタジー》が第1位に、《ピアノ・ソナタ》が第2位に入賞した。そして、この入賞を機に、パリに移る。コンクールと同年の10月、パリに到着している。第二次世界大戦中はアメリカ合衆国に渡り、映画音楽を手がけていた。その間、1941年にクーリッジ記念章を受章。戦後、パリに戻ってきた。
2.作風
初期の作品には、ショパンやラヴェル、ストラヴィンスキーと通じるものもみられる。タンスマンの作品の特徴としては、民族的要素の採用や独自の楽器編成による響き、異なる様式の併用が挙げられる。それらの語法によって叙情性や哀愁を生み出している。
3.作曲以外の活動
指揮者、ピアニストとして自作品の演奏にも取り組んだ。クーセヴィツキーが率いるボストン交響楽団と共に、ヨーロッパやカナダ、パレスティナ等を訪れた他、極東にも足を運んだ。また、ストラヴィンスキーについての著述がある。
4.関わりのあった音楽家
パリで、ラヴェル、ロラン-マニュエル、ミヨー、オネゲル、ゴルシュマンらと知遇を得た。第2次世界大戦中に身をおいていたアメリカ合衆国では、ストラヴィンスキーとも出会っている。
■参考文献
GIRARDOT,Anne.
「タンスマン,アレクサンドル」『ニューグローブ世界音楽大事典』金子,篤夫(日本語訳),第10巻,368頁.