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メシアン Messiaen, Olivier 1908~1992

メシアン
Messiaen, Olivier
[フランス]  1908~1992

作曲家解説

20世紀の最も重要な作曲家の一人。メシアンの音楽語法は非常に独自性の強いものであったが、創作、演奏、教育という諸々の活動を通して、その音楽語法は20世紀の音楽の展開に大きな影響を及ぼした。
フランス、アヴィニヨン生まれ。父ピエールはシェイクスピアの全作品を仏訳した英語教師、母セシル・ソーヴァージュは女流詩人であった。7歳から作曲を始め、1918年、和声の教師ド・ジボンからドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》の総譜を贈られたことが、彼の人生を決定づけた。11歳でパリ音楽院に入学。1930年に音楽院を卒業後、すぐにパリの聖トリニテ教会のオルガニストに就任し、以後半世紀以上にわたってその職務を全うした。
1936年からパリのエコール・ノルマルとスコラ・カントルムの教師となり、同年、ボドリエ、ルシュールジョリヴェとともに「若きフランス」を結成したが、このグループの活動は、第二次世界大戦の開始とともに中断されている。40年にドイツ軍の捕虜となり、シュレジェンの収容所で《世の終わりのための四重奏曲》を作曲。この作品は翌年、5000人の捕虜を前に初演された。41年に釈放された後、パリ音楽院の和声法の教授に就任。以後、フランス内外で積極的に教鞭を執った。47年からはパリ音楽院で彼のために新設された分析のクラスの教授に任命され、ユニークな授業を展開し、そこからブーレーズシュトックハウゼンらを始めとする多くの弟子を輩出した。1966~78年は同音楽院の作曲家教授。67年にフランス学士院の会員に選出され、また同年に彼の名を冠した国際ピアノ・コンクールが創設されている。
78年にパリ音楽院を退いた後も旺盛な作曲活動を展開し、8年余りを費やして作曲されたオペラ《アッシジの聖フランチェスコ》が、83年、パリ・オペラ座で小澤征爾の指揮で初演された。85年には第1回京都賞を受賞している。
2006年5月 執筆者: 横田 敬
 同時期に誕生した作曲家一覧
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