作曲家解説
1860年、ニューヨーク生まれ。作曲家、ピアニスト、教師。幼少の頃から芸術的才能があり、8歳の時にピアノを習始める。1876年にパリに留学し、マルモンテルにピアノを師事、サヴァールに理論を学ぶ。1877年にパリ音楽院入学し、ソルフェージュをアントナンに師事するが、翌年にニコライ・ルービンシュタインが演奏したチャイコフスキイのピアノコンチェルト第1番変ロ短調を聴き、ドイツで学ぶ決意をすると同時に退学してしまう。1879年にフランクフルト・アム・マインのホーホー大学にてピアノをハイマンに、作曲をラフに、対位法とフーガをフランツ・ベーメに師事した。1881年にはダルムシュタット音楽院にてピアノ教師を務めながら作曲に専念し、その曲はヨーロッパ中で演奏された。1888年母国に帰還し、初演や室内楽など演奏活動に成功が続き、名声が高まった。彼はアメリカ音楽の発展を自分の使命と考え、1896年コロンビア大学初の音楽教授に任命された際には、情熱を持って音楽教育に没頭し、学生のオーケストラや、合唱団まで指揮した。アメリカ、カナダ、ボストンなどで演奏活動を行い、自作のピアノ協奏曲でピアニストとしての活動に終止符をうつ。作風はヨーロッパ生活が長かったため、ドイツロマン派の影響、またグリーグの影響を受けている。楽想は自然、文学、音楽以外のものからの刺激を表現した。文学でいえば、ケルト伝説や北欧伝説に関心を持ち、演奏の際にその雰囲気がうまく表現されるような作品を作曲した。チャドウィックの作品、特にスコットランド民謡や、アイルランド民謡を高く評価していた彼は、1890年代から1900年代にかけて自作のピアノ曲に民族音楽からリズムや音色を引用を取り入れた。主要作品として、管弦楽曲、ピアノ曲、声楽曲などがある。